フアン・セバスティアン・ベロン
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| フアン・セバスティアン・ベロン | ||
|---|---|---|
| 名前 | ||
| 本名 | フアン・セバスティアン・ベロン | |
| 愛称 | ブルヒータ(小さな魔法使い) | |
| ラテン文字 | Juan Sebastián Verón | |
| 基本情報 | ||
| 国籍 | ||
| 生年月日 | 1975年3月9日(34歳) | |
| 出身地 | ブエノスアイレス州・ラ・プラタ | |
| 身長 | 186cm | |
| 体重 | 80kg | |
| 選手情報 | ||
| 在籍チーム | エストゥディアンテス・ラ・プラタ | |
| ポジション | MF | |
| 背番号 | 11 | |
| 利き足 | 右足 | |
| 代表歴 | ||
| 1996– | 60 (9) | |
| ■Template(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||
フアン・セバスティアン・ベロン(フアン、ホアン・セバスティアン・ベローン、セバスチャン、Juan Sebastián Verón、1975年3月9日 - )は、アルゼンチン・ブエノスアイレス州・ラ・プラタ出身の同国代表サッカー選手。
通称はセバス (Sebas)、セバ (Seba)、愛称はブルヒータ(La Brujita = 小さな魔法使い)。
目次 |
[編集] 人物
セバスティアンの父ラモンもまた、かつてアルゼンチン代表の名プレイヤーであった。ラモンもテクニックに優れる選手であり、ファンからはブルッハ(La Bruja = 魔法使い)の愛称で親しまれていた。その才能を確実に受け継いだ息子もそれにちなみブルヒータ(La Brujita = 小さな魔法使い)と呼ばれる。また、アルゼンチンでファンが彼に対して送る応援歌も父のそれと同じく、魔法使いの魔法を期待するものである。
スキンヘッドがトレードマーク。幼少時は荒んだ時期もあったが、サッカー選手として成功を収めてからは故郷に学校を設立するなどの慈愛に溢れた側面も見せる。
2004年3月にはペレが選ぶ偉大なサッカー選手100人に選出された。
家族は妻マリア・フロレンシア・ベナシア、娘イアラ、息子ダミアン。
下記の通り、違うクラブチームで3度もチームメイトとなるエルナン・クレスポとは公私に渡る親友として知られている。
[編集] プレースタイル
世界最高レベルとも言える右足の正確なパスで攻撃の展開に変化をつけるのが特徴的な選手。基本的な散らしの能力に加え、中~長距離のパスを早めに放り込むダイレクトパスを武器とし、攻撃時におけるハードワークであらゆる場所に出現して攻撃を束ねる。
特にピッチが小さく見えるほどの、ダイナミックなサイドから逆サイドの深い位置へのロングパスはベロンならではの武器である。大きな体から繰り出されるロングパスは、荒々しい弾道ながら遠くの味方目掛けて飛んでいき、多くのビッグチャンスを生み出す。
守備意識の低さが指摘される時期もあったが(ただ、対峙した際には激しいチャージングを仕掛けてる)、インテル時代にカンビアッソと共に中盤の底でバランスをとるようになってからは改善されている。
[編集] 略歴
- 1975年
- 3月9日 アルゼンチン、ブエノスアイレスのラ・プラタに生まれる。
- 198x年
- 不良少年であったベロンは自動車泥棒などの悪事をもしている。
- 1993年
- 地元のクラブであり、かつて父ラモンも在籍した、エストゥディアンテス・ラ・プラタでプロサッカー選手としてのキャリアをスタートさせる。
- 1994年
- 1993-1994シーズン、プロ1年目はわずか7試合の出場に留まる。
- 1995年
- 1994-1995シーズンはチームのレギュラーとなり主力として活躍を見せる。
- 1996年
- 同じブエノスアイレスに本拠地を構える、アルゼンチンの名門ボカ・ジュニアーズに移籍。ここでも優れた活躍を見せる。
- 6月20日のポーランド戦でアルゼンチン代表デビューを飾る。
- アトランタオリンピックにアルゼンチン代表として参加。銀メダル獲得。
- 彼の活躍は欧州でも知られるところとなり、イタリア・セリエAの名門サンプドリアへ移籍。ボカ・ジュニアーズで過ごしたのはわずか17試合のみである。
- 1998年
- フランスW杯。アルゼンチンの中心選手としてプレイ。アルゼンチンの全5試合にフル出場。ベスト8進出に貢献する。
- 同じセリエAのパルマへ移籍。当時のパルマは1990年代後半より積極的な戦力補強を進め、イタリアの新勢力としての地位を固めつつあった存在である。また、当時のパルマにはこの後ベロンと同じアルゼンチン代表選手であり、同じクラブを渡り歩くことになるエルナン・クレスポが在籍している。
- 1999年
- 1998-1999シーズンのパルマはコッパ・イタリアとUEFAカップの2冠を達成。ベロンはチームの中心として偉業の達成に大きく貢献する。
- 1998-1999シーズンオフには、さらなる強豪ラツィオへと移籍することになる。パルマで過ごしたシーズンも短かったが充実した1年である。
- ラツィオは、前年度UEFAカップウィナーズカップ王者として、UEFAスーパーカップに出場。これに勝利しタイトルを獲得。
- 2000年
- 1999-2000シーズン、ベロンは大きな活躍を見せ、ラツィオはセリエAとコッパ・イタリア優勝の2冠を飾る。さらには、イタリア・スーパーカップのタイトルも獲得。この活躍でベロンは世界でもっとも優れたミッドフィールダーの1人としての地位を確かなものとした。
- 1999-2000シーズンオフ、ラツィオはクレスポを獲得。ベロンとは2度目のチームメイトである。
- イタリア市民権を得るために、偽造パスポートを使用したという疑惑が浮上。しかし、最終的にサッカー連盟は無実を認定した。
- 2001年
- 7月 イングランドのマンチェスター・ユナイテッドへ移籍。その移籍金はイングランド史上最高の2810万ポンド(約50億円)であったといわれる。移籍当初は怪我や異国でのプレイスタイルの違いもあったのか、なかなかこれまでのような活躍をできずにすごす。
- 2002年
- 日韓W杯。ベロンは優勝を期待されるアルゼンチン代表のキャプテンとしてこの大会に臨んだが、結果は期待はずれのグループリーグ敗退に終わる。
- 2003年
- 2002-2003シーズン、マンチェスター・ユナイテッドでFAプレミアリーグ優勝。しかし、ベロンはこのシーズンも彼本来の実力を発揮してはいない。
- 2002-2003シーズンオフに同じイングランドのチェルシーへ移籍。チェルシーはこの年、ロシア人の大資産家ロマン・アブラモヴィッチがオーナーに就任し、金に物を言わせた補強政策をとっている。また、クレスポもチェルシーに引き抜かれベロンと3度目のチームメイトとなる。このシーズンも怪我に悩まされ、相棒のクレスポもいまひとつ活躍できず、次のシーズンには移籍することとなる。
- 2004年
- 2002-2003シーズンオフにイタリア・セリエAのインテルへ移籍(レンタル移籍)。ちなみにクレスポはインテルの最大のライバルであり同じミランに本拠地を置くACミランへと移籍、3度に渡るかつての盟友はライバルとなる。
この頃から故障による欠場が目立つようになる。
- 2006年
- 6月、プロサッカー選手としてのキャリアをスタートしたエストゥディアンテス・ラ・プラタに復帰。12月、アルゼンチン前期リーグ優勝を果たす。クラブの23年振りの国内リーグ優勝の大きな原動力となった。
- 2007年
- ベネズエラで行われたコパ・アメリカで代表復帰。3ボランチの一角として準優勝に貢献した。
- 2008年
- フアン・ロマン・リケルメらを抑えて南米年間最優秀選手賞を獲得する。
- 2009年
- コパ・リベルタドーレス優勝を果たす。クラブ史上39年ぶり4度目の優勝だった。
[編集] 所属クラブ
- 1993年-1996年
エストゥディアンテス・ラ・プラタ - 1996年
ボカ・ジュニアーズ - 1996年-1998年
サンプドリア - 1998年-1999年
ACパルマ - 1999年-2001年
SSラツィオ - 2001年-2003年
マンチェスター・ユナイテッド - 2003年-2004年
チェルシーFC - 2004年-2006年
インテル・ミラノ - 2006年-
エストゥディアンテス・ラ・プラタ
[編集] 代表歴(国際大会)
| オリンピック | ||
|---|---|---|
| 男子 サッカー | ||
| 銀 | 1996 | サッカー |
- 1996年 アトランタオリンピック (成績:銀メダル)
- 1998年 フランスW杯 5試合出場1得点(成績:ベスト8)
- 2002年 日韓W杯 3試合出場0得点(成績:グループリーグ敗退)
- 2007年 コパアメリカ (成績:2位)
代表通算キャップ:63試合 得点:9得点
[編集] タイトル
- エストゥディアンテス
- アルゼンチン2部 : 1995年
- アルゼンチン1部・アペルトゥーラ : 2006年
- コパ・リベルタドーレス : 2009年
- パルマ
- コッパ・イタリア : 1998-1999年
- ラッツオ
- チェルシー
- プレミアリーグ : 2002-2003年
- インテル
- 個人
- 南米年間最優秀選手賞 : 2008年
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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| エストゥディアンテス - 現所属メンバー |
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2 デサバト | 3 セジャイ | 4 F・フェルナンデス | 5 M・サンチェス | 6 アラジェス | 7 サルゲイロ | 8 ペレス | 9 カルデロン | 10 G・フェルナンデス | 11 ベロン | 13 J・ディアス | 14 アンヘレリ | 15 ウエルタ | 16 レ | 17 ボセッリ | 18 ヌニェス | 20 ガルバン | 22 ブラーニャ | 23 ベニテス | 25 アルビル | 26 ペレッテ | 27 ビルヘ | 28 サルリテ | 29 ガリアナ | 30 モラレス | 31 イベルビア | 32 レンティニ | 33 ロホ | 監督: セベージャ |
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