パブロ・アイマール
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| パブロ・アイマール | ||
|---|---|---|
| 名前 | ||
| 本名 | パブロ・セサール・アイマール | |
| 愛称 | 西: El Payaso(ピエロ) | |
| カタカナ | パブロ・アイマール | |
| ラテン文字 | Pablo AIMAR | |
| 基本情報 | ||
| 国籍 | ||
| 生年月日 | 1979年11月3日(28歳) | |
| 出身地 | コルドバ州リオ・クアルト | |
| 身長 | 170cm | |
| 体重 | 62kg | |
| 選手情報 | ||
| 在籍チーム | ベンフィカ | |
| ポジション | MF | |
| 背番号 | 10 | |
| 利き足 | 右足 | |
| 代表歴 | ||
| 1999- | 51 (8)
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パブロ・アイマール(Pablo César Aimar、1979年11月3日 - )は、アルゼンチン・コルドバ州リオ・クアルト出身のサッカー選手。ポジションはミッドフィールダー。ポルトガルのスーペルリーガ・ベンフィカ所属。
目次 |
[編集] プレースタイル
パジャッソ(スペイン語でピエロの意)と称されるようにそのプレーはテクニックと独創性に満ち溢れ、かのディエゴ・マラドーナは「今唯一お金を払ってプレーを見たい選手」と語った。
ゲームメーカーの選手に特徴的な個の力で局面を打開するタイプではなく、周囲を上手く使って自分を活かすタイプの選手で、パスを前提に機敏な動きでドリブルやシュートを仕掛けていく。本人曰く「1つのゴールより2つのアシスト」と言うようにゴール数こそ少ないが、高いスルーパス能力を筆頭にフィニッシュへ繋げる展開に非凡な才能を発揮する。ディフェンスはアイマールを止める手段として潰しとパスコースを切ることに労を費やすが、これを逆手に取ったワンタッチプレーとドリブルが非常に有効であり、特にパス&ゴーに集約されたダイレクトプレーは圧巻である。 アルゼンチンの選手らしく足下が巧みであり、ドリブルも速くなくとも上手いボール捌きを見せる。
華奢な体格の為フィジカルが非常に弱く、激しいプレスには簡単に潰され怪我をする事が多い。絶頂期のバレンシア時代にはそういった選手にマンツーマンでディフェンスされ、狩られることが多かった。
[編集] 略歴
[編集] クラブ
1996年にアルゼンチンプロサッカーリーグの名門リーベル・プレートで弱冠16歳にしてデビュー。当時からその才能は高く評価されており、1999-2000シーズンにはMFながら12得点を上げ、前後期のリーグ優勝に貢献した。
2001年1月、約25億円の移籍金でスペインのバレンシアCFに移籍。2001-2002シーズンのリーグ優勝およびUEFAチャンピオンズリーグ準優勝に貢献した。2003-2004シーズンには再びリーグ優勝、そしてUEFAカップ優勝の2冠に貢献するなど、クラブの中心選手として活躍した。
しかし、2004-2005シーズンにクラウディオ・ラニエリが監督に就任してからは、本来以外のポジションでプレーさせられたり、先発メンバーを外れることが多くなったりと不遇の時を過ごした。しかし同シーズンに成績不振からラニエリが退任し、アントニオ・ロペスが監督に就任した後は、アイマールを中心に据える戦術によって再び輝きを取り戻した。2005-2006シーズンは負傷やキケ・サンチェス・フローレス監督の起用法の影響からか、本来のプレーを発揮するに至らず、2006年7月に同リーグのレアル・サラゴサへ移籍した。 2008-2009シーズンからはポルトガルのベンフィカに約12億7500万円の移籍金で移籍した。
[編集] 代表
アルゼンチン代表としての経歴はユース時代に遡る。各世代での華々しい活躍は1995年のFIFA U-17世界選手権で3位、1997年にはU‐20南米選手権およびFIFAワールドユース選手権優勝などは広く知られている。フル代表では、1999年6月9日のメキシコ戦で初出場。2002年の日韓W杯にも3試合出場したが1次リーグで敗退した。また、2006年に行われたドイツW杯は絶対的な存在であったファン・ロマン・リケルメの控えという立場から出場機会は少なく3試合に途中出場するに留まった。また代表も優勝候補の一角と目されていたがベスト8で敗退した。
[編集] エピソード
- 甘いマスクの持ち主でもあり女性には大変な人気を誇るが、既に本人は22歳で幼馴染のアナと結婚して長男と長女がいる。また、弟のアンドレス・アイマールもサッカー選手で、アルゼンチンプロサッカーリーグの1部、ベルグラーノに所属している。ハビエル・サビオラはリーベル時代からの大の親友であり、リケルメとも非常に仲が良い。
- 2004年にはバレンシアCFの一員として来日、新潟県でJリーグのアルビレックス新潟と親善試合を行った際、同県を中心に被災者を出した水害や中越地震に心を痛め、義援金を出したことで有名である。この時の試合は5-2でアルビレックス新潟が勝利しているが、アイマール自身は負傷のため試合には出場しなかった。
- マラドーナ2世と呼び声高いリオネル・メッシは幼少時代に彼に憧れていたという。
[編集] 所属クラブ
| ベンフィカ - 現所属メンバー |
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1 モレイラ | 4 ルイゾン | 5 レオ | 6 レジェス | 7 カルドソ | 8 カツラニス | 9 マントラス | 10 アイマール | 11 バルボア | 12 キム | 13 F・バストス | 14 ペレイラ | 15 アモリム | 16 ウレッタ | 17 ゾロ | 18 ビーニャ | 19 マククラ | 20 ディ・マリア | 21 ヌーノ・ゴメス | 23 D・ルイス | 24 C・マルティンス | 25 J・リベイロ | 26 イェブダ | 27 シヂネイ | 28 M・ヴィトール | 30 スアソ | 31 モレット 監督: フローレス |
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