ロベルト・ボナーノ
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ロベルト・ボナーノ |
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| 名前 |
| 本名 |
ロベルト・オスカル・ボナーノ |
| 愛称 |
Tito(ティト、空飛ぶ猫) |
| ラテン文字 |
Roberto BONANO |
| 基本情報 |
| 国籍 |
アルゼンチン |
| 生年月日 |
1970年1月24日(42歳) |
| 出身地 |
ロサリオ |
| 身長 |
185cm |
| 体重 |
82kg |
| 選手情報 |
| ポジション |
GK |
| 利き足 |
右 |
| クラブチーム1 |
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| 代表歴 |
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1. 国内リーグ戦に限る。現在。
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ロベルト・オスカル・ボナーノ(Roberto Oscar Bonano, 1970年1月24日 - )は、アルゼンチン・ロサリオ出身の元サッカー選手。ポジションはゴールキーパー。
[編集] 経歴
[編集] クラブ
地元のロサリオ・セントラルからデビューし、1996年に移籍したCAリーベル・プレートではプリメーラ・ディビシオンで5度、コパ・リベルタドーレスで1度、スーペルコパ・スダメリカーナで1度の優勝を果たした。
2001年夏、31歳にして初の海外挑戦を決意し、スペイン・リーガ・エスパニョーラのFCバルセロナに移籍した。すぐにポジションを獲得し、8月26日のセビージャFC戦(2-1)でデビューしたが、攻撃偏重のプレースタイルへの適応に苦しみ、周囲からの批判にさらされた。下部組織からビクトール・バルデスが台頭すると余剰戦力とみなされ、2003年夏にはレアル・ムルシアへの移籍を余儀なくされた。2004年夏にはセグンダ・ディビシオン(2部)のデポルティーボ・アラベスに移籍し、プリメーラ・ディビシオン(1部)昇格に一役買ったが、2005-06シーズンは同郷のフランコ・コンスタンソにポジションを奪われ、シーズン終了後にセグンダ・ディビシオンへの降格が決まった。2007-08シーズンはチームメイトのルイス・カレラスと喧嘩し、クラブの代表でありオーナーであり経営者であるディミトリ・ピテルマンに出場禁止処分を下されるという散々なシーズンだった[1]。シーズン終了後に現役引退した。
[編集] 代表
世代別アルゼンチン代表を経て、1996年12月28日のユーゴスラビアとの親善試合(2-3)でアルゼンチンA代表デビューした。2002年には2002 FIFAワールドカップに出場するメンバーに選ばれた。正ゴールキーパーを務めていた時期もあり、通算13試合に出場した。
[編集] 所属クラブ
[編集] タイトル
ロサリオ・セントラル
- コパCONMEBOL (1): 1995
CAリーベル・プレート
- プリメーラ・ディビシオン (5): アペルトゥーラ1996、クラウスーラ1997、アペルトゥーラ1997、アペルトゥーラ1999、クラウスーラ2000
- コパ・リベルタドーレス (1): 1996
- スーペルコパ・スダメリカーナ (1): 1997
[編集] 脚注
[編集] 外部リンク