カール=ハインツ・ルンメニゲ
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カール=ハインツ・ルンメニゲ |
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| 名前 |
| 愛称 |
Kalle、Mr.ヨーロッパ |
| ラテン文字 |
Karl-Heinz Rummenigge |
| 基本情報 |
| 国籍 |
ドイツ(旧西ドイツ) |
| 生年月日 |
1955年9月25日(56歳) |
| 出身地 |
リップシュタット |
| 身長 |
182cm |
| 体重 |
74kg |
| 選手情報 |
| ポジション |
FW |
| 利き足 |
右足 |
| 代表歴 |
| 1976-1986 |
ドイツ |
95 (45) |
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カール・ハインツ・ルンメニゲ(Karl-Heinz Rummenigge、1955年9月25日 - )は、ドイツ・リップシュタット出身の元同国代表サッカー選手。ポジションはFW。現在、ドイツ・ブンデスリーガ所属のバイエルン・ミュンヘン代表取締役である。
[編集] 人物・プレースタイル
1960年代のウーヴェ・ゼーラー、1970年代のゲルト・ミュラー、1990年代のユルゲン・クリンスマンと並び称されるドイツを代表するストライカー。スピードと決定力を武器にミスターヨーロッパと賞賛された。
若い頃はスピードを生かした高速ドリブラーとして知られた。しかし1978年にバイエルン・ミュンヘンの監督に就任したハンガリー人のパール・チェルナイから特訓を受けた結果、ドリブルシュート、ボレーシュート、ヘディングシュート等は勿論、泥臭いシュートもこなすヨーロッパを代表するセンターフォワードへと変貌を遂げた。
西ドイツ代表では、1976年10月6日ウェールズ戦でデビュー。ワールドカップには3大会(1978年アルゼンチン大会、1982年スペイン大会、1986年メキシコ大会)に出場。ワールドカップの舞台では、1982年と1986年は怪我のためフル出場試合は少ないが、合計10得点を挙げている。
特に1982年大会の準決勝・フランス戦の延長戦、および1986年大会決勝・アルゼンチン戦で、ともに2点ビハインドの場面で記録した追撃のゴールで知られる。前者はアクロバチックな体勢から決め、後者はまさに「魂で押し込んだ」とも言うべき泥臭いゴールであった。
[編集] 年譜
[編集] エピソード
- 自身が代表取締役をつとめるバイエルン・ミュンヘンは、2006年に浦和レッズとパートナーシップを締結。同年7月31日には埼玉スタジアムで両チームの親善試合が行われた際に来日し、OBオールスターマッチにも参加して往年の技を披露、ハットトリックの活躍を見せた。
- まだ無名だった頃、1975年1月にバイエルンミュンヘンの一員として来日、1月7日の日本代表との試合では開始1分でゴールを決めている。
[編集] 所属クラブ
[編集] 代表歴
- 1976-1986
西ドイツ代表 95試合45得点
- FIFAワールドカップ出場 3回(1978アルゼンチン大会、1982スペイン大会、1986メキシコ大会)
- UEFA欧州選手権出場 2回(1980イタリア大会、1984フランス大会)
[編集] 主な獲得タイトル
[編集] 個人タイトル
[編集] 外部リンク
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獲得タイトル・記録 |
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バロンドール受賞者 |
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| 1950年代 |
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| 1960年代 |
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| 1970年代 |
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| 1980年代 |
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| 1990年代 |
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| 2000年代 |
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