ハンス・チルコフスキ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
ハンス・チルコフスキ Football pictogram.svg
Hans Tilkowski.jpg
名前
ラテン文字 Hans Tilkowski
基本情報
国籍 ドイツの旗 ドイツ
生年月日 1935年7月12日(79歳)
出身地 ドルトムント=フーゼン
選手情報
ポジション GK
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1955-1962 ドイツの旗 SCヴェストファリア・ヘルネ 219 (0)
1963-1967 ドイツの旗 ボルシア・ドルトムント 81 (0)
1967-1970 ドイツの旗 アイントラハト・フランクフルト 40 (0)
代表歴
1956-1958 西ドイツの旗 西ドイツ U-23 2 (0)
1957-1967[1] 西ドイツの旗 西ドイツ 39 (0)
監督歴
1970 ドイツの旗 1.FCニュルンベルク
1970-1972 ドイツの旗 TSV1860ミュンヘン
1973-1976 ドイツの旗 ヴェルダー・ブレーメン
1976-1977 ドイツの旗 1.FCニュルンベルク
1978 ドイツの旗 1.FCザールブリュッケン
1981 ギリシャの旗 AEKアテネ
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

ハンス・チルコフスキHans Tilkowski, 1935年7月12日 -)は、ドイツ出身の元サッカー選手サッカー指導者。ポジションはゴールキーパー

経歴[編集]

チルコフスキは1952年SCヴェストファリア・ヘルネで選手経歴を開始した。1963年ボルシア・ドルトムントへ移籍すると、1965年DFBポカール優勝に貢献し、翌1966年UEFAカップウィナーズカップでは決勝でイングランドリヴァプールFCを2-1で下し初優勝に貢献した。この活躍により1965年にドイツ年間最優秀選手賞を受賞した。1967年からはアイントラハト・フランクフルトへ移籍し、1969年に現役を引退した。

西ドイツ代表としては、1957年4月3日に行われたオランダ戦で代表デビューをした[1]。しかし当時のゼップ・ヘルベルガー監督は若いヴォルフガング・ファリアンを重用したため、1962年ワールドカップ・チリ大会では控えとしての参加となった。この大会の後に監督がヘルムート・シェーンへ代わるとワールドカップ・イングランド大会では正GKの座を掴み、同国の準優勝に貢献した。

引退後は指導者の道へ進み、1.FCニュルンベルクヴェルダー・ブレーメン1.FCザールブリュッケンなどで監督を務めた。

脚注[編集]

  1. ^ a b Hans Tilkowski - International Appearances”. rsssf.com. 2014年8月30日閲覧。

外部リンク[編集]