TSV1860ミュンヘン

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TSV1860ミュンヘン
原語表記 Turn- und Sportverein München von 1860 e. V.
愛称 Die Löwen, Die Sechzger
クラブカラー
創設年 1860年
所属リーグ ドイツ・ブンデスリーガ
所属ディビジョン 2部
ホームタウン ミュンヘン
ホームスタジアム アリアンツ・アレーナ
収容人数 69,901
代表者 ドイツの旗 ゲアハルト・マイアホーファー
監督 オランダの旗 リカルド・モニズ
公式サイト 公式サイト
ホームカラー
アウェイカラー
テンプレート(ノート)サッカークラブPJ

TSV1860ミュンヘンドイツ語: Turn- und Sportverein München von 1860 e. V.)は、ドイツバイエルン州ミュンヘンに本拠地を置く総合スポーツクラブ。約2万人の会員を有する国内最大のスポーツクラブの一つである[1]サッカー部門が特に知られているが、それ以外にもバスケットボールロッククライミングボクシングボウリング陸上競技レスリングサイクリングスキーテニス体操ウォータースポーツなどのスポーツ部門を有する[2]。クラブのトレードマークにライオンが使われており、Die Löwen(ライオン)の愛称で親しまれている[2]

「1860 München」をドイツ語読みをカタカナで書くと「アハツェーンフンダート ゼヒツィヒ ミュンヒェン」である。

歴史[編集]

クラブのエンブレム

1848年7月15日ミュンヘン市内のパブで前身となる「ミュンヘン体操クラブ」が創設された[1]。同クラブは短い活動期間の後に活動を禁止されたが12年後の1860年5月17日に活動を再開し、1898年に「トゥルンフェライン・ミュンヘン1860」と改称した[1]。サッカー部門は1899年3月6日に創設され3年後に最初の試合が行われた[1]

1960年代中盤に入るとマックス・メアケルドイツ語版監督の下で最盛期を迎え[1]1963年に創設されたブンデスリーガには同じミュンヘンを本拠地とするバイエルン・ミュンヘンを抑えて初年度から参入。1963-64シーズンにDFBポカールで優勝すると、UEFAカップウィナーズカップ 1964-65では決勝でウェスト・ハム・ユナイテッドFCに敗れたものの準優勝という結果を残した[3]。国内リーグにおいても1965-66シーズンにリーグ優勝を果たしたが、1970年代以降は下部リーグに低迷した[1]

1994-95シーズンにブンデスリーガ1部に復帰を果たすと[2]、10シーズンに渡り1部に定着[2]1996年にはDFBハーレンポカールドイツ語版で優勝し、UEFAカップ1997-98への出場権を獲得すると2回戦に進出[1]。1999-00シーズンにはバイエルン・ミュンヘンとのダービーマッチにおいて2連勝するなど好調を維持し4位でシーズンを終えUEFAチャンピオンズリーグ 2000-01予選ラウンドへの出場権を獲得[1]。3次予選でイングランドのリーズ・ユナイテッドAFCに敗れたためUEFAカップ2000-01英語版へと回ったが、1回戦でチェコのFKドルノヴィツェ英語版、2回戦でスウェーデンのハルムスタッズBKを破り3回戦へ進出した[1]。翌2000–01シーズンにはUEFAインタートトカップに出場し準決勝へ進出した[1]

この当時には元ドイツ代表トーマス・ヘスラーやブンデスリーガ得点王となったマルティン・マックスらを擁していたが、2002-03シーズン終了後にヘスラーとマックスが退団すると2003-04シーズンは下位に低迷し[4]、17位という成績で2部に降格した[5]

2005年にバイエルン・ミュンヘンと共にホームスタジアムをミュンヘン・オリンピアシュタディオンからアリアンツ・アレナへ移転した[6]。2005-06シーズンはブンデスリーガ2部においても13位と低迷したが、新スタジアム効果により2部4位に終わった2004-05シーズンの2万人弱や現状1部での最後のシーズンとなった2003-04シーズンの2万8000人強を大幅に超える、ブンデスリーガ2部で1位となる4万2000人弱の平均観客動員を記録した。なお、このシーズンのTSV1860ミュンヘンの平均観客動員数はブンデスリーガ1部を含めても8位に入る好調さであった。

その後もブンデスリーガ2部に定着をしており[1]、2005–06シーズンと2007–08シーズンのDFBポカールでの準々決勝進出が目立った成績となっている[7][8]

タイトル[編集]

国内タイトル[編集]

1965-66
1941-42, 1963-64
1963
  • ガウリーガ・バイエルン: 1回
1941, 1943
1979
  • バイエルンリーガ: 3回
1984, 1991, 1993

国際タイトル[編集]

1964-65

過去の成績[編集]

出典[9]
  • 1963-64 ブンデスリーガ1部 7位
  • 1964-65 ブンデスリーガ1部 4位
  • 1965-66 ブンデスリーガ1部 1位
  • 1966-67 ブンデスリーガ1部 2位
  • 1967-68 ブンデスリーガ1部 12位
  • 1968-69 ブンデスリーガ1部 10位
  • 1969-70 ブンデスリーガ1部 17位
  • 1970-71 レギオナルリーガ南部 4位
  • 1971-72 レギオナルリーガ南部 3位
  • 1972-73 レギオナルリーガ南部 3位
  • 1973-74 レギオナルリーガ南部 3位
  • 1974-75 ブンデスリーガ2部 5位
  • 1975-76 ブンデスリーガ2部 4位
  • 1976-77 ブンデスリーガ2部 2位
  • 1977-78 ブンデスリーガ1部 16位
  • 1978-79 ブンデスリーガ2部 1位
  • 1979-80 ブンデスリーガ1部 13位
  • 1980-81 ブンデスリーガ1部 16位
  • 1981-82 ブンデスリーガ2部 4位
  • 1982-83 バイエルンリーガ英語版 6位
  • 1983-84 バイエルンリーガ 1位
  • 1984-85 バイエルンリーガ 11位
  • 1985-86 バイエルンリーガ 2位
  • 1986-87 バイエルンリーガ 3位
  • 1987-88 バイエルンリーガ 3位
  • 1988-89 バイエルンリーガ 5位
  • 1989-90 バイエルンリーガ 2位
  • 1990-91 バイエルンリーガ 1位
  • 1991-92 ブンデスリーガ2部 10位
  • 1992-93 バイエルンリーガ 1位
  • 1993-94 ブンデスリーガ2部 3位
  • 1994-95 ブンデスリーガ1部 14位
  • 1995-96 ブンデスリーガ1部 8位
  • 1996-97 ブンデスリーガ1部 7位
  • 1997-98 ブンデスリーガ1部 13位
  • 1998-99 ブンデスリーガ1部 9位
  • 1999-00 ブンデスリーガ1部 4位
  • 2000-01 ブンデスリーガ1部 11位
  • 2001-02 ブンデスリーガ1部 9位
  • 2002-03 ブンデスリーガ1部 10位
  • 2003-04 ブンデスリーガ1部 17位
  • 2004-05 ブンデスリーガ2部 4位
  • 2005-06 ブンデスリーガ2部 13位
  • 2006-07 ブンデスリーガ2部 8位
  • 2007-08 ブンデスリーガ2部 11位
  • 2008-09 ブンデスリーガ2部 12位
  • 2009-10 ブンデスリーガ2部 8位
  • 2010-11 ブンデスリーガ2部 9位
  • 2011-12 ブンデスリーガ2部 6位
  • 2012-13 ブンデスリーガ2部 6位
  • 2013-14 ブンデスリーガ2部 7位

現所属メンバー[編集]

2014年8月31日現在[10]
No. Pos. 選手名
2 ドイツの旗 DF モリッツ・フォルツ
3 ポーランドの旗 DF グジェゴシ・ヴォイトコヴィアク
4 ドイツの旗 DF カイ・ビューロー
5 スペインの旗 DF ギジェルモ・バジョーリ
6 ドイツの旗 MF ドミニク・シュタール
7 南アフリカ共和国の旗 MF デイロン・クラーセン
8 ブラジルの旗 FW レオナルド・サンチアゴ
9 スペインの旗 FW ロドリ
10 スペインの旗 MF エドゥ・ベディア
11 ドイツの旗 MF ダニエル・アトルング
13 スペインの旗 MF イリエ・サンチェス
14 クロアチアの旗 MF マリン・トマソフ
15 ドイツの旗 DF コルビニアン・バーガー
16 ドイツの旗 FW シュテファン・ハイン
17 ドイツの旗 DF ゼバスティアン・ヘルトナー
18 スイスの旗 DF マルティン・アンガ
No. Pos. 選手名
19 オーストリアの旗 FW ルビン・オコティ
20 アルバニアの旗 MF ヴァルデト・ラマ
21 ドイツの旗 DF マークス・シュタインヘーファー
22 ドイツの旗 GK ミヒャエル・ネトリツキー
23 アメリカ合衆国の旗 FW ボビー・ウッド
24 ドイツの旗 GK シュテファン・オルテガ
25 ウルグアイの旗 DF ガリー・カゲルマッハー
26 ドイツの旗 DF クリストファー・シンドラー (Captain sports.svg)
27 ドイツの旗 FW マリウス・ヴォルフ
28 ドイツの旗 MF ユリアン・ヴァイグル
29 ドイツの旗 MF ヤニック・シュタルク
30 ドイツの旗 GK ヴィトゥス・アイヒャー
31 ドイツの旗 MF リヒャルト・ノイデッカー
32 ドイツの旗 DF マクシミリアン・ヴィッテク
33 ドイツの旗 MF コルビニアン・フォルマン

ローン移籍選手[編集]

in
No. Pos. 選手名
out
No. Pos. 選手名

歴代監督[編集]

歴代所属選手[編集]

GK[編集]

DF[編集]

MF[編集]

FW[編集]

その他のスポーツ[編集]

陸上競技[編集]

陸上競技部門はクラブの中で最も多くの成功を収めている[11]。部門内には競技コースと「フィットネス・レーヴェン」コースの2種類があり、競技コースは夏季オリンピック世界陸上競技選手権大会ヨーロッパ陸上競技選手権大会といった国際大会に多くの選手を送り出している[11]。一方、子供を対象にした「フィットネス・レーヴェン」は健康促進を目的とし、バレーボールバドミントンなどの簡単なレクリエーション、フィットネス体操など様々なプログラムを実施している[11]

体操とレクリエーション[編集]

体操部門はクラブの前身となる「ミュンヘン体操クラブ」が創設された1848年から存在したが2年後に活動を停止[12]、12年後の1862年に再建された[12]。これまでの歴史の中で1936年に行われたベルリンオリンピック団体総合金メダリストのイノツェンツ・シュタングルドイツ語版を輩出している[12]。フィットネスを目的としたレクリエーション部門は1975年に体操部門に統合されており、親子、青少年、女性、大人を対象としたフィットネスジム、護身術卓球などのプログラムを実施している[12]。また、競技コースには新体操も含まれており、2009年2010年2011年にバイエルン州選手権で優勝している[12]

ボクシング[編集]

ボクシング部門は1919年に創設された[13]。これまでの歴史の中で1924年のドイツヘビー級王者のルートヴィヒ・ハイマン、1936年に行われたベルリンオリンピックバンタム級銀メダリストのハンス・ツィクラルスキドイツ語版を輩出している[12]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j k geschichte”. TSV 1860 München. 2014年8月30日閲覧。
  2. ^ a b c d クラブデータ”. ブンデスリーガ公式ウェブサイト. 2014年8月30日閲覧。
  3. ^ 1964/65: Hammers 'bubble' on home soil”. UEFA.com. 2014年8月30日閲覧。
  4. ^ 1860ミュンヘン、新監督が決定”. UEFA.com (2004年4月20日). 2014年8月31日閲覧。
  5. ^ Bundesliga 2003/2004 - Der aktuelle 34. Spieltag”. Fussballdaten. 2014年8月31日閲覧。
  6. ^ アリアンツ・アレーナ”. ブンデスリーガ公式ウェブサイト. 2014年8月30日閲覧。
  7. ^ Die Spielstatistik TSV 1860 München - Eintracht Frankfurt”. Fussballdaten. 2014年8月31日閲覧。
  8. ^ Die Spielstatistik FC Bayern München - TSV 1860 München”. Fussballdaten. 2014年8月31日閲覧。
  9. ^ TSV 1860 München”. Fussballdaten. 2014年8月30日閲覧。
  10. ^ Profis”. TSV 1860 München. 2014年8月31日閲覧。
  11. ^ a b c Leichtathletik”. TSV 1860 München e. V.. 2014年8月30日閲覧。
  12. ^ a b c d e f Turn- und Freizeitsport”. TSV 1860 München e. V.. 2014年8月30日閲覧。
  13. ^ Boxen”. TSV 1860 München e. V.. 2014年8月30日閲覧。

外部リンク[編集]