カールスルーエSC

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
カールスルーエSC
原語表記 Karlsruher Sport-Club
Mühlburg-Phönix e.V
愛称 KSC
クラブカラー 青と白
創設年 1952年
所属リーグ ブンデスリーガ
所属ディビジョン 2部
ホームタウン カールスルーエ
ホームスタジアム ヴィルトパルクシュタディオン
収容人数 33,000
代表者 ドイツの旗 フーベルト・ラーゼ
監督 ドイツの旗 マルクス・シュップ
公式サイト 公式サイト
ホームカラー
アウェイカラー
サードカラー
テンプレート(ノート)サッカークラブPJ

カールスルーエSCKarlsruher SC)はドイツバーデン=ヴュルテンベルク州カールスルーエを本拠地とするサッカークラブ。オリバー・カーンが最初に所属したクラブ。日本人のサッカー選手では、1998年から1999年にかけて、永井雄一郎が下部組織のKSCアマチュア(3部)でプレーしていた。

クラブの歴史[編集]

1952年、VfBミュールブルク(VfB Mühlburg)とカールスルーエFCフェニックス(Karlsruher FC Phönix)の合併により誕生した。1955年シャルケ04FC Schalke 04)に3対2で勝利し、カップ戦で初優勝を果たした。更に、翌1956年ハンブルガーSVHamburger SV)を3対1で下し、カップ戦の2連覇を果たした。ブンデスリーガ発足後は2部に在籍していたが、1975年に優勝してブンデスリーガ1部に昇格した。

1980年代はブンデスリーガ1部と2部の昇降格を繰り返した。1990年代に入ると安定してブンデスリーガ中位に位置した。この躍進を支えた新人キーパーがオリバー・カーンであったが、1994年バイエルン・ミュンヘンに引き抜かれてしまった。その他にも多くの優秀な若手選手がいたが、その多くがビッグクラブへ移籍していった。1990年代末より低迷期に入り、1998年にブンデスリーガ2部へと降格、更に2000年にはレギオナルリーガ(3部)にまで降格したが、翌年に2部へ復帰した。そして2006-07シーズンでは2部において優勝し、2007-08シーズンでは1部に復帰することが決まった。2007-08シーズンはハイナル・タマーシュらの活躍で11位と大健闘した。2008-09シーズンは苦戦が続き、17位で2部降格となった。2011-12シーズンには2部で16位となり、3部3位となったSSVヤーン・レーゲンスブルクとの入替戦に敗れ3部降格となった。翌2012-13シーズンには3部で優勝し、1シーズンで2部へ復帰した。

タイトル[編集]

国内タイトル[編集]

1955, 1956

国際タイトル[編集]

なし

過去の成績[編集]

  • 2004-2005 ブンデスリーガ2部 11位
  • 2005-2006 ブンデスリーガ2部 6位
  • 2006-2007 ブンデスリーガ2部 1位 昇格
  • 2007-2008 ブンデスリーガ1部 11位
  • 2008-2009 ブンデスリーガ1部 17位 降格
  • 2009-2010 ブンデスリーガ2部 10位
  • 2010-2011 ブンデスリーガ2部 15位
  • 2011-2012 ブンデスリーガ2部 16位降格
  • 2012-2013 ブンデスリーガ3部 1位 昇格

歴代監督[編集]

歴代所属選手[編集]

GK[編集]

DF[編集]

MF[編集]

FW[編集]

外部リンク[編集]