ウェストハム・ユナイテッドFC

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ウェストハム・ユナイテッドFC
原語表記 West Ham United Football Club
愛称 ハマーズ(The Hammers)
アイアンズ(The Irons)
クラブカラー 臙脂と水色
創設年 1895年
所属リーグ プレミアリーグ
ホームタウン ロンドン
ホームスタジアム ブーリン・グラウンド
(アップトン・パーク)
収容人数 35,303
代表者 イングランドの旗 アンドリュー・バーンハート
監督 イングランドの旗 サム・アラダイス
公式サイト 公式サイト
ホームカラー
アウェイカラー
テンプレート(ノート)サッカークラブPJ

ウェストハム・ユナイテッド(West Ham United Football Club)は、イングランドロンドンのニューアム地区のアップトン・パークに本拠地を置くサッカークラブチーム。1904年以来、収容人数35,303人のブーリン・グラウンドでプレイしている。

クラブ概要[編集]

ロンドンっ子の象徴とされるコックニー訛りが飛び交う東ロンドンの下町地域に本拠を構える。サポーター層は純労働者階級が多数である。ロンドンの同地区を本拠地とするミルウォールレイトン・オリエントFCとの対戦がダービーマッチに当る。

クラブの特徴は、育成に実績のあるユース組織を備えており、有望な若手を発掘、育成し、ビッグクラブへ放出するという典型的な「売り手」型であるといえる。近年はその傾向が顕著でジョー・コールリオ・ファーディナンドフランク・ランパードマイケル・キャリックなどのイングランド代表選手はウェストハムのユース出身である。彼らはトップチームで頭角を現し、後にビッグクラブに移籍している。

92チームの中で、歴代の監督数が最も少ないという記録を持っており、116年間の歴史の中で、監督は14人のみである。しかし、2000年代に入ってからは成績が安定しないせいか、監督交代が相次いでいる。

歴史[編集]

ブーリン・グラウンド

1895年に東ロンドンの造船会社テイムズ・アイアンワークス(Thames Ironworks)の社員チームとして結成された。1898年に南部2部リーグに加入しプロ化され、その後一部に昇格。クラブの運営をめぐる争いの末、テイムズ・アイアンワークスは1900年に解散し、その後すぐにウェストハム・ユナイテッドFCが結成された。チームのルーツがアイアンワークスであることから、今日でもファンやメディアには”ジ・アイアンズ”、”ハマーズ”として知られている。

南部1部リーグでの試合を続けながら、1901年シーズン、ウエスタンリーグに加入した。1907年ウエスタンリーグ1B部のチャンピオンとなり、1A部のフラムを1-0で破り、ウエスタンリーグで優勝した。

1919年には、フットボールリーグ2部に加入し、1923年に1部に昇格。1923年に1部に昇格すると同時に、ウェンブリー・スタジアムで開かれた初のFAカップ決勝に出場した。この時の対戦相手はボルトンである。1932年に2部に降格し、その後30年ほとんどの期間を2部で過ごし、1958年に1部に昇格した。この間、1940年にフットボールリーグウォーカップで初優勝している。

1961年、ロン・グリーンウッドが監督に就任し、1964年にFAカップ優勝、1965年にUEFAカップウィナーズカップ優勝を果たした。1966年のFIFAワールドカップの時には、イングランド代表の主要メンバーはキャプテンのボビー・ムーア、マーティン・ピータース、ジェフ・ハーストといったウェストハムの選手であった。1974-75年シーズンにロン・グリーンウッドは総合監督に就任し、アシスタントのジョン・ライアルを監督に任命した。1976年にクラブは再びUEFAカップウィナーズカップ決勝に進出したが、4-2でアンデルレヒトに敗れた。1964年、1975年と1980年にはFAカップで優勝。1923年と2006年にも決勝に出場している。

2004-05シーズンにチャンピオンシップで6位ながらも、プレミアリーグ昇格プレーオフで勝利をおさめて昇格を果たした。昇格直後の2005-06シーズンのリーグ戦で9位に入り、FAカップでも準優勝している。2006年11月に実業家エガート・マグヌソン率いるアイスランドのグループによって1億2600万ユーロ(約200億円)で買収された。エガート・マグヌソンはアイスランド・サッカー協会会長とUEFA理事会理事を兼任している。

2006-07シーズンはじめにワールドカップドイツ大会で活躍したアルゼンチン代表のカルロス・テベスハビエル・マスチェラーノの両選手を補強し、注目を集めたが同シーズンは前シーズンとは一転して苦しい戦いとなった。 開幕から数試合はまずまずの成績だったものの、その後ほとんど勝てなくなり3月4日トッテナムとのロンドンダービーでショッキングな逆転負けを喫するとついに最下位に転落してしまう。しかし、3月17日のブラックバーン戦で勝利するとラスト9試合を7勝2敗の好成績で乗り切り最終的に15位でシーズンを終えた。

2007-08シーズンはプレミアリーグ10位で終わった。2008-09シーズン早々、2006年12月より前監督アラン・パウデューに代わり指揮をしていたアラン・カービシュリー監督が辞任し、ジャンフランコ・ゾラがウエストハム史上、12人目の監督に就任した。しかしアヴラム・グラントが監督に就任した2010-11シーズンは最下位に沈み、降格が決まった。

2011-2012シーズンは3位で昇格プレーオフに回り、決定戦でブラックプールFCに勝利して1年でプレミアリーグに復帰した。

2013-2014シーズンはシーズン途中にディラン・トンビデスを精巣がんで亡くしてしまった。

タイトル[編集]

国内タイトル[編集]

国際タイトル[編集]

過去の成績[編集]

シーズン ディビジョン FAカップ リーグカップ 欧州カップ / その他
リーグ 試合数 得点 失点 勝ち点 順位
1958-59 ディビジョン1 42 21 6 15 85 70 48 6位 3回戦敗退
1959-60 ディビジョン1 42 16 6 20 75 91 38 14位 3回戦敗退
1960-61 ディビジョン1 42 13 10 19 77 88 36 16位 3回戦敗退 2回戦敗退
1961-62 ディビジョン1 42 17 10 15 76 82 44 8位 3回戦敗退 2回戦敗退
1962-63 ディビジョン1 42 14 12 16 73 69 40 12位 準々決勝敗退 2回戦敗退
1963-64 ディビジョン1 42 14 12 16 69 74 40 14位 優勝 準決勝敗退
1964-65 ディビジョン1 42 19 4 19 82 71 42 9位 4回戦敗退 2回戦敗退 チャリティ・シールド 優勝
カップウィナーズカップ 優勝
1965-66 ディビジョン1 42 15 9 18 70 83 39 14位 4回戦敗退 準優勝 カップウィナーズカップ 準決勝敗退
1966-67 ディビジョン1 42 14 8 20 80 84 36 16位 3回戦敗退 準決勝敗退
1967-68 ディビジョン1 42 14 10 18 73 69 38 12位 5回戦敗退 4回戦敗退
1968-69 ディビジョン1 42 13 18 11 66 50 44 8位 5回戦敗退 3回戦敗退
1969-70 ディビジョン1 42 12 12 18 51 60 36 17位 3回戦敗退 3回戦敗退
1970-71 ディビジョン1 42 10 14 18 47 60 34 20位 3回戦敗退 3回戦敗退
1971-72 ディビジョン1 42 12 12 18 47 51 36 14位 5回戦敗退 準決勝敗退
1972-73 ディビジョン1 42 17 12 13 67 53 46 6位 4回戦敗退 3回戦敗退
1973-74 ディビジョン1 42 11 15 16 55 60 37 18位 3回戦敗退 2回戦敗退
1974-75 ディビジョン1 42 13 13 16 58 59 39 13位 優勝 3回戦敗退
1975-76 ディビジョン1 42 13 10 19 48 61 36 18位 3回戦敗退 4回戦敗退 チャリティ・シールド 準優勝
カップウィナーズカップ 準優勝
1976-77 ディビジョン1 42 11 14 17 46 65 36 17位 4回戦敗退 4回戦敗退
1977-78 ディビジョン1 42 12 8 22 52 69 32 20位 4回戦敗退 2回戦敗退
1978-79 ディビジョン2 42 18 14 10 70 39 50 5位 3回戦敗退 2回戦敗退
1979-80 ディビジョン2 42 20 7 15 54 43 47 7位 優勝 準々決勝敗退
1980-81 ディビジョン2 42 28 10 4 79 29 66 1位 3回戦敗退 準優勝 チャリティ・シールド 準優勝
カップウィナーズカップ 準々決勝敗退
1981-82 ディビジョン1 42 14 16 12 66 57 58 9位 4回戦敗退 3回戦敗退
1982-83 ディビジョン1 42 20 4 18 68 62 64 8位 3回戦敗退 準々決勝敗退
1983-84 ディビジョン1 42 17 9 16 60 55 60 9位 5回戦敗退 4回戦敗退
1984-85 ディビジョン1 42 13 12 17 51 68 51 16位 準々決勝敗退 3回戦敗退
1985-86 ディビジョン1 42 26 6 10 74 40 84 3位 準々決勝敗退 3回戦敗退
1986-87 ディビジョン1 42 14 10 18 52 67 52 15位 準々決勝敗退 5回戦敗退
1987-88 ディビジョン1 40 9 15 16 40 52 42 16位 4回戦敗退 3回戦敗退
1988-89 ディビジョン1 38 10 8 20 37 62 38 19位 準々決勝敗退 準決勝敗退
1989-90 ディビジョン2 46 20 12 14 80 57 72 7位 3回戦敗退 準決勝敗退
1990-91 ディビジョン2 46 24 15 7 60 34 87 2位 準決勝敗退 3回戦敗退
1991-92 ディビジョン1 42 9 11 22 37 59 38 22位 5回戦敗退 4回戦敗退
1992-93 ディビジョン1 46 26 10 10 81 41 88 2位 4回戦敗退 2回戦敗退
1993-94 プレミア 42 13 13 16 47 58 52 13位 準々決勝敗退 3回戦敗退
1994-95 プレミア 42 13 11 18 44 48 50 14位 4回戦敗退 4回戦敗退
1995-96 プレミア 38 14 9 15 43 52 51 10位 4回戦敗退 3回戦敗退
1996-97 プレミア 38 10 12 16 39 48 42 14位 3回戦敗退 4回戦敗退
1997-98 プレミア 38 16 8 14 56 57 56 8位 準々決勝敗退 準々決勝敗退
1998-99 プレミア 38 16 9 13 46 53 57 5位 3回戦敗退 2回戦敗退
1999-2000 プレミア 38 15 10 13 52 53 55 9位 3回戦敗退 準々決勝敗退 インタートトカップ 優勝
UEFAカップ 2回戦敗退
2000-01 プレミア 38 10 12 16 45 50 42 15位 準々決勝敗退 4回戦敗退
2001-02 プレミア 38 15 8 15 48 57 53 7位 4回戦敗退 2回戦敗退
2002-03 プレミア 38 10 12 16 42 59 42 18位 4回戦敗退 3回戦敗退
2003-04 ディビジョン1 46 19 17 10 67 45 74 4位 5回戦敗退 3回戦敗退
2004-05 チャンピオン 46 21 10 15 66 56 73 6位 4回戦敗退 3回戦敗退
2005-06 プレミア 38 16 7 15 52 55 55 9位 準優勝 3回戦敗退
2006-07 プレミア 38 12 5 21 35 59 41 15位 4回戦敗退 3回戦敗退 UEFAカップ 1回戦敗退
2007-08 プレミア 38 13 10 15 42 50 49 10位 3回戦敗退 準々決勝敗退
2008-09 プレミア 38 14 9 15 42 45 51 9位 5回戦敗退 3回戦敗退
2009-10 プレミア 38 8 11 19 47 66 35 17位 3回戦敗退 4回戦敗退
2010-11 プレミア 38 7 12 19 43 70 33 20位 準々決勝敗退 準決勝敗退
2011-12 チャンピオン 46 24 14 8 81 48 86 3位 3回戦敗退 1回戦敗退
2012-13 プレミア 38 12 10 16 45 53 46 10位 3回戦敗退 3回戦敗退
2013-14 プレミア 38 11 7 20 40 51 40 13位 3回戦敗退 準決勝敗退

現所属メンバー[編集]

2013-14シーズン 37節トッテナム・ホットスパーFC戦 フォーメーション

Soccer.Field Transparant.png

アドリアン
# 13
デメル
# 20
トムキンス
# 5
リード
# 2
マッカートニー
# 3
ノーブル
# 16
テイラー
# 14
ダウニング
# 12
ディアメ
# 21
ノーラン(C)
# 4
キャロル
# 9


2014年7月18日現在
No. Pos. 選手名
2 ニュージーランドの旗 DF ウィンストン・リード
3 北アイルランドの旗 DF ジョージ・マッカートニー
4 イングランドの旗 MF ケヴィン・ノーラン (Captain sports.svg)
5 イングランドの旗 DF ジェームズ・トムキンス
7 イングランドの旗 MF マシュー・ジャーヴィス
9 イングランドの旗 FW アンディ・キャロル
12 ポルトガルの旗 FW リカルド・ヴァス・テ
13 スペインの旗 GK アドリアン
16 イングランドの旗 MF マーク・ノーブル (副主将)
17 アイルランド共和国の旗 DF ジョーイ・オブライエン
19 ウェールズの旗 DF ジェームズ・コリンズ
20 コートジボワールの旗 DF ギー・デメル
21 セネガルの旗 MF モハメド・ディアメ
22 フィンランドの旗 GK ユッシ・ヤースケライネン
23 イングランドの旗 MF スチュワート・ダウニング
No. Pos. 選手名
24 イングランドの旗 FW カールトン・コール
25 アイルランド共和国の旗 GK スティーブン・ヘンダーソン
27 イングランドの旗 DF ダニエル・ポッツ
28 イングランドの旗 DF ロジャー・ジョンソン
29 スイスの旗 GK ラファエル・シュピーゲル
31 イングランドの旗 MF ダニー・ホワイトヘッド
37 イングランドの旗 DF レオ・チャンバース
46 イタリアの旗 FW マルコ・ボリエッロ
48 コートジボワールの旗 MF アブドゥル・ラザク
-- イングランドの旗 DF アーロン・クレスウェル
-- セネガルの旗 DF シェイフ・クヤテ
-- アルゼンチンの旗 FW マウロ・サラテ
-- イングランドの旗 MF ディエゴ・ポジェ
-- エクアドルの旗 FW エネル・バレンシア
ローン移籍選手
in
No. Pos. 選手名
28 イングランドの旗 DF ロジャー・ジョンソン (ウルヴァーハンプトン)
46 イタリアの旗 FW マルコ・ボリエッロ (ローマ)
out
No. Pos. 選手名
10 ウェールズの旗 MF ジャック・コリソン (ウィガン)
11 マリ共和国の旗 FW モディボ・マイガ (QPR)
No. Pos. 選手名
15 イングランドの旗 MF ラヴェル・モリソン (QPR)
-- イングランドの旗 DF ジョーダン・スペンス (MKドンズ)

歴代監督[編集]

国籍 氏名 期間
イングランドの旗 シッド・キング 1901-1932
イングランドの旗 チャーリー・ペインター 1932-1950
イングランドの旗 テッド・フェントン  1950-1961
イングランドの旗 ロン・グリーンウッド 1961-1974
イングランドの旗 ジョン・ライアル 1974-1989
スコットランドの旗 ロー・マカリ 1989-1990
イングランドの旗 ビリー・ボンズ 1990-1994
イングランドの旗 ハリー・レドナップ 1994-2001
イングランドの旗 グレン・ローダー 2001-2003
イングランドの旗 アラン・パーデュー 2003-2006
イングランドの旗 アラン・カービシュリー 2006-2008
イタリアの旗 ジャンフランコ・ゾラ 2008-2010
イスラエルの旗 アヴラム・グラント 2010-2011
イングランドの旗 サム・アラダイス 2011-

歴代所属選手[編集]

GK[編集]


DF[編集]


MF[編集]


FW[編集]


ユニホーム[編集]

年度 メーカー 胸スポンサー
1976–80 Admiral なし
1980–83 Adidas
1983–87 AVCO Trust
1987–89 Scoreline
1989–93 Bukta BAC Windows
1993–97 Pony Dagenham Motors
1997–98 None
1998–99 Dr. Martens
1999–03 Fila
2003–07 Reebok Jobserve
2007–08 Umbro XL.com
2008–10 SBOBET
2010–13 Macron

エンブレム[編集]

チームカラーの赤ワイン色と青の組み合わせは1897年のユニフォームに始まる。諸説あるが、地元の他2チームが使っていた色を採用したとか、強豪のアストン・ヴィラFCを真似たとか、またはある選手がアストン・ヴィラFCの選手に徒競走で勝ちユニフォームを貰ったことが起源だとの逸話もある。

エンブレムは1923年のFAカップ決勝進出時に、チーム発足にちなんだ2本のハンマーを交叉させたマークが使われたのがはじまりで、1950年に正式なエンブレムが決まった。1965年欧州カップの際にエンブレムに城の図案が追加された。この城は地元のブーリン城であり、名称はアン・ブーリンが元になっている。

その後、一時ハンマーのみの図案に戻されたが、1997年に赤ワイン色と青そして城はハンマーを黄色で描くエンブレムになった[1]

脚注[編集]

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  1. ^ エンブレムの世界 上海申花『サッカーマガジン』2012年1月10.17日号、ベースボール・マガジン社、2012年、雑誌23883-1/10.17, 069頁。

外部リンク[編集]

公式
ニュース
その他