出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
|
ゼップ・マイヤー |
 |
|
 |
| 名前 |
| 本名 |
ヨーゼフ・ディーター・マイヤー |
| 愛称 |
ゼップ、Katze von Ansing |
| ラテン文字 |
Sepp Maier |
| 基本情報 |
| 国籍 |
ドイツ |
| 生年月日 |
1944年2月28日(66歳) |
| 出身地 |
メッテン |
| 身長 |
183cm |
| 体重 |
77kg |
| 選手情報 |
| ポジション |
GK |
| 利き足 |
右足 |
| 代表歴 |
| 1966-1979 |
西ドイツ |
95 (0) |
|
| ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
ゼップ・マイヤー(Sepp Maier, 1944年2月28日 - )は、ドイツ・メッテン出身の元サッカー選手、サッカー指導者。選手時代のポジションはゴールキーパー。
[編集] 人物
ハラルト・シューマッハー、ボド・イルクナー、アンドレアス・ケプケ、オリバー・カーンに連綿と受け継がれているドイツ代表の名ゴールキーパーの歴史は、このマイヤーが源泉といって過言ではない。
明るい性格で人格者としても知られる。70年代の西ドイツ代表とバイエルン・ミュンヘンには絶対的な「皇帝」フランツ・ベッケンバウアーが存在したが、守護神マイヤーの人徳もあってはじめてチームメイトたちに精神的な秩序と安定をもたらしたと評されている。
1966年5月6日に西ドイツ代表デビューを飾り、1974年のワールドカップ西ドイツ大会では全7試合に出場し地元西ドイツの優勝に貢献する等、1979年に退くまで95試合に出場した。またクラブレベルにおいては、UEFAチャンピオンズカップでバイエルン・ミュンヘン3連覇の原動力となり、ドイツサッカー界の一時代を築いた。
交通事故による負傷のため1979年に現役を引退。その後はバイエルン・ミュンヘン、西ドイツ代表、そしてドイツ代表のGKコーチを兼任で長く務めた。しかし2004年に代表監督に就任したユルゲン・クリンスマンが同年秋にアンドレアス・ケプケをドイツ代表GKコーチとして迎えた事で、その職務を退いた。なおバイエルン・ミュンヘンのGKコーチは2008年6月に引退した。
[編集] 所属クラブ
[編集] 獲得タイトル
[編集] 選手時代
- 1974 FIFAワールドカップ優勝
- 1970 FIFAワールドカップ3位
- UEFA欧州選手権1972優勝
- UEFA欧州選手権1976準優勝
- UEFAチャンピオンズカップ優勝3回 (1974,1975,1976)
- インターコンチネンタルカップ優勝1回 (1976)
- UEFAカップウィナーズカップ優勝1回 (1967)
- ブンデスリーガ優勝 4回(1969,1972,1973,1974)
- DFBポカール優勝 4回(1966,1967,1969,1971)
- 20世紀の偉大なサッカー選手100人 86位(ワールドサッカー誌選出 1999)
- ドイツ年間最優秀選手賞 3回(1975,1977,1978)
[編集] 指導者時代
- 1990 FIFAワールドカップ優勝
- 2002 FIFAワールドカップ準優勝
- UEFA欧州選手権1996優勝
- UEFA欧州選手権1992準優勝
- UEFAチャンピオンズリーグ優勝1回 (2001)
- UEFAチャンピオンズリーグ準優勝1回 (1999)
- UEFAカップ優勝1回 (1996)
- トヨタカップ優勝1回 (2001)
- ブンデスリーガ優勝 8回(1987、1997,1999,2000,2001,2003,2005,2006)
- DFBポカール優勝 5回(1998,2000,2003,2005,2006)
[編集] 外部リンク