レイモン・コパ

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レイモン・コパ Football pictogram.svg
Raymond Kopa 1963.jpg
名前
本名 レイモン・コパゼフスキー
愛称 レイモン・コパ、ナポレオン
ラテン文字 Raymond KOPA
基本情報
国籍 フランスの旗 フランス
生年月日 1931年10月13日(83歳)
出身地 ヌー=レ=ミーヌ
身長 168cm
体重 68kg
選手情報
ポジション FW/MF
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1949-1951
1951-1956
1956-1959
1959-1967
アンジェSCO
スタッド・ランス
レアル・マドリード
スタッド・ランス
60 (15)
158 (48)
79 (24)
244 (36)
代表歴
1952–1962 フランスの旗 フランス 45 (18)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

レイモン・コパゼフスキーRaymond Kopaszewski1931年10月13日 - )はフランス出身のサッカー選手。ポーランド系。ポジションはFWMF。愛称は『ナポレオン』。

1950〜60年代のフランスサッカー界のスター選手であり、フランス人サッカー選手として初めてレジオンドヌール勲章を受賞した[1]

経歴[編集]

地元のクラブであるUSヌー・レ・ミネで頭角を現し、1949年アンジェSCOとプロ契約。1951年スタッド・ランスに移籍し、そこで2度のリーグ優勝を成し遂げる。1952年10月5日の西ドイツ戦で、フランス代表としてもデビューした。1956年チャンピオンズカップ決勝戦でレアル・マドリードと対戦。惜しくも敗れたが、その活躍がレアル・マドリードの首脳陣の目に留まる。翌シーズン、アルフレッド・ディ・ステファノがスペイン国籍を取得したことによってレアル・マドリードの外国人枠に空きができ、同クラブへと移籍。デビュー戦でもある10月に行われたFCソショーとの親善試合では、14-1という結果を残した。その後もディ・ステファノらと共に黄金時代を築き上げ、所属年度すべてでチャンピオンズカップを優勝、リーグ優勝を2度経験する。

1958年ジュスト・フォンテーヌらと共に出場したワールドカップ・スウェーデン大会で、フランス代表はペレガリンシャなどを擁するブラジル代表に破れ3位に終わったものの、コパは3得点、最多アシストを記録し最優秀選手に選ばれた。同年その活躍が認められバロンドールを受賞。

1958年にスタッド・ランスに戻り、2度のリーグ優勝と2部リーグ降格を経験する。そこで11年間プレーした後、1969年に現役を引退した。

1999年ワールドサッカー誌の20世紀の偉大なサッカー選手100人で91位に、2004年3月にはペレが選ぶ偉大なサッカー選手100人に選出された。2010年には、ディ・ステファノ、ボビー・チャールトンエウゼビオに次いで4人目となるUEFA会長賞を受賞した[1]

所属クラブ[編集]

タイトル[編集]

チームタイトル[編集]

個人タイトル[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b コパ氏がUEFA会長賞を受賞 - uefa.com 2011年2月4日

外部リンク[編集]