ミヒャエル・バラック

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ミヒャエル・バラック
名前
愛称 ミヒャ、小皇帝、シルバーコレクター
ラテン文字 Michael BALLACK
基本情報
国籍 ドイツ
生年月日 1976年9月26日(32歳)
出身地 ゲルリッツ
身長 188cm
体重 85kg
選手情報
在籍チーム イングランドの旗 チェルシー
ポジション MF
背番号 13
利き足 右足
代表歴
1999- ドイツ 92 (41)
2009年4月2日現在
Template(ノート 解説)サッカー選手pj
バイエルン・ミュンヘン時代

ミヒャエル・バラックMichael Ballack1976年9月26日 - )は、ドイツゲルリッツ(旧東ドイツ)出身のサッカー選手。ポジションはミッドフィールダーオフェンシブハーフセンターハーフ)。

目次

[編集] 人物

ドイツに古くから存在する少数民族のソルブ人で、ポーランド人チェコ人などと同じ「西スラヴ民族」であり、ドイツで多数を占めるゲルマン民族ではない。旧東ドイツ出身者としては、初めて統一後の代表チームでキャプテンを務める。

[編集] 経歴

1997年、ブンデスリーガ・カイザースラウテルンに入団。2年目よりレギュラーとして定着し、能力の高さを発揮する。1999年にはバイヤー・レバークーゼンへ移籍するとドイツA代表にも招集され、同年4月28日スコットランド戦で代表デビューを果たす。2001年/2002年シーズンにはUEFAチャンピオンズリーグ・国内リーグ・国内カップ戦でそれぞれ準優勝に貢献した。

2002年にはブンデスリーガの強豪クラブであるバイエルン・ミュンヘンに加入し、中盤の核として活躍。

ワールドカップ・日韓大会準決勝では、味方のミスをカバーする為、イエローカードをもらうと累積で決勝に出場できなくなる事を知りながら、戦術的ファウルを犯しイエローカード2枚目をもらってしまう。直後にチームを決勝へと導くゴールを挙げるが、バラックを欠いたチームは決勝で敗退。

その活躍ぶりから同クラブのかつての名選手・フランツ・ベッケンバウアーの後継者との評価も高く、ベッケンバウアーのニックネーム「皇帝」に準え、バラックは「小皇帝(kleiner Kaiser)」と呼ばれていた。

2006年5月バイエルン・ミュンヘンからFAプレミアリーグチェルシーに移籍した。しかし、チェルシーではなかなかチームに馴染めず、能力を出し切れなかったことから、ベッケンバウアーに「バラックのチェルシー移籍は失敗だった」と指摘された[要出典]。 2007年4月ニューカッスル戦で相手選手との接触により左足首を負傷。以降2度に渡って手術をし、8ヶ月の戦線離脱となる。しかし足首の負傷が完治した2007年12月以降はパフォーマンスも向上し、完全に復調。イングランドでのスタイルにも適応し、チャンピオンズリーグではクラブ史上初の決勝進出への原動力となった。

現在ドイツ代表チームでも主将を務めており、自国開催となる2006年ワールドカップ・ドイツ大会では得点こそできなかったが、その構成力とキャプテンシーで自国を3位に導く活躍を見せた。

[編集] プレースタイル

大柄な体を生かした高いキープ力と強靭なフィジカルを持ち、ピッチ上のあらゆる場所から試合を組み立てる能力を持つ。また長短のキックの精度も非常に精密であり、アシスト能力も高い。左右のキックが正確なのは、ユース時代に徹底的に練習したためである。ミッドフィールダーながらフォワード並の得点力を備えている数少ない選手でもあり、強烈なミドルシュート、高い打点のヘディングで相手を粉砕する。精神面も非常に強く、ドイツ代表の精神的支柱である。もっとも、スピードについては自らその不足を認めている。

スター選手でありながらもワンマンプレーに走る事がない。クレバーであり戦術理解度も非常に高いため、所属していた全てのチームの監督から厚い信頼を受けている。本人も「ヒーローという言葉は好きじゃない。サッカーは1人でやるものじゃない。チームスポーツだ。」と述べており、チームプレーを信条としている。そのため、ボールに絡まず黒子に徹することも多く、「消えている時間が多い」「運動量が少ない」等、間違った批判を受けることもある。

イングランド・チェルシー移籍後は、プレースタイルの少々の変更を余儀なくされたが、それが逆に自身のプレーの幅を広げており、功を奏したといえる。イングランドサッカー特有の展開の速さに順応し、スピードを殺さずに味方を生かすプレーや、逆に自らが生かされるプレーを覚えた。

[編集] シルバー・コレクター

現代サッカー最高峰の選手の一人だが、国際タイトルにはまったく縁がなく、チャンピオンズリーグ、ワールドカップ、欧州選手権ともに最高成績が準優勝ということから『シルバーコレクター』という不名誉なあだ名を持つ。特に2007-2008シーズンでは*UEFAチャンピオンズリーグプレミアリーグカーリングカップで準優勝という「シルバー三冠」を達成した。

<ドイツ代表>

<クラブ>

ちなみに、バラック加入後、チェルシーは2年連続でプレミアリーグ2位となっている(加入前、チェルシーFCはリーグ2連覇していた)。

[編集] 所属クラブ

チェルシー(2008年)

[編集] 個人成績

クラブ個人成績
シーズン クラブ リーグ 国内リーグ 国内カップ戦 大陸カップ戦 合計
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
ドイツ ブンデスリーガ DFBポカール 欧州 合計
95–96 ケムニッツFC ツヴァイテリーガ 15 0 - 15 0
96–97 レギオナルリーガ 34 10 - 34 10
97–98 カイザースラウテルン ブンデスリーガ 16 0 2 0 - 18 0
98–99 30 4 2 0 5 0 37 4
99–00 バイエル・レバークーゼン ブンデスリーガ 23 3 0 0 2 2 25 5
00–01 27 7 2 0 5 1 34 8
01–02 29 17 4 1 15 7 48 25
02–03 バイエルン・ミュンヘン ブンデスリーガ 26 10 5 4 7 1 38 15
03–04 28 7 3 2 8 0 39 9
04–05 27 13 4 3 9 2 40 18
05–06 26 14 5 1 6 1 37 16
イングランド プレミアリーグ FAカップ 欧州 合計
06–07 チェルシー プレミアリーグ 26 5 9 1 10 2 45 8
07-08 18 7 0 0 7 2 25 9
08-09 24 1 4 3 7 0 28 4
通算 ドイツ 281 85 27 11 57 14 365 110
イングランド 55 12 9 1 21 4 85 17
合計 336 97 36 12 78 18 450 127

[編集] 獲得タイトル

カイザースラウテルン時代

  • ブンデスリーガ優勝 1回(1997-98)

バイエルン・ミュンヘン時代

  • ブンデスリーガ優勝 3回(2002-03、2004-05、2005-06)
  • ドイツカップ優勝 3回(2002-03、2004-05、2005-06)
  • ドイツリーグカップ優勝 1回(2004)

チェルシーFC時代

  • FAカップ優勝 1回(2009)

[編集] 外部サイト

ウィキメディア・コモンズ