ミヒャエル・バラック
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| ミヒャエル・バラック | ||
|---|---|---|
| 名前 | ||
| 愛称 | ミヒャ、小皇帝、シルバーコレクター | |
| ラテン文字 | Michael BALLACK | |
| 基本情報 | ||
| 国籍 | ||
| 生年月日 | 1976年9月26日(32歳) | |
| 出身地 | ゲルリッツ | |
| 身長 | 190cm | |
| 体重 | 85kg | |
| 選手情報 | ||
| 在籍チーム | ||
| ポジション | MF | |
| 背番号 | 13 | |
| 利き足 | 右足 | |
| 代表歴 | ||
| 1999- | 85 (38) 2008年6月19日現在 |
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ミヒャエル・バラック(Michael Ballack、1976年9月26日 - )は、ドイツ・ゲルリッツ(旧東ドイツ)出身のサッカー選手。ポジションはミッドフィールダー(オフェンシブハーフ・センターハーフ)。
目次 |
[編集] 人物
ドイツに古くから存在する少数民族のソルブ人で、ポーランド人やチェコ人などと同じ「西スラヴ民族」であり、ドイツで多数を占めるゲルマン民族ではない。旧東ドイツ出身者としては、初めて統一後の代表チームでキャプテンを務める。
[編集] 経歴
1997年、ブンデスリーガ・カイザースラウテルンに入団。2年目よりレギュラーとして定着し、能力の高さを発揮する。1999年にはバイヤー・レバークーゼンへ移籍するとドイツA代表にも招集され、同年4月28日のスコットランド戦で代表デビューを果たす。2001年/2002年シーズンにはUEFAチャンピオンズリーグ・国内リーグ・国内カップ戦でそれぞれ準優勝に貢献した。
2002年にはブンデスリーガの強豪クラブであるバイエルン・ミュンヘンに加入し、中盤の核として活躍。
日韓W杯準決勝では、味方のミスをカバーする為、イエローカードをもらうと累積で決勝に出場できなくなる事を知りながら、戦術的ファウルを犯しイエローカード2枚目をもらってしまう。直後にチームを決勝へと導くゴールを挙げるが、バラックを欠いたチームは決勝で敗退。
その活躍ぶりから同クラブのかつての名選手・フランツ・ベッケンバウアーの後継者との評価も高く、ベッケンバウアーのニックネーム「皇帝」に準え、バラックは「小皇帝(kleiner Kaiser)」と呼ばれていた。
2006年5月にバイエルン・ミュンヘンからFAプレミアリーグのチェルシーに移籍した。しかし、チェルシーではなかなかチームに馴染めず、能力を出し切れなかったことから、ベッケンバウアーに「バラックのチェルシー移籍は失敗だった」と指摘された[要出典]。 2007年4月ニューカッスル戦で相手選手との接触により左足首を負傷。以降2度に渡って手術をし、8ヶ月の戦線離脱となる。しかし足首の負傷が完治した2007年12月以降はパフォーマンスも向上し、完全に復調。イングランドでのスタイルにも適応し、チャンピオンズリーグではクラブ史上初の決勝進出への原動力となった。
現在ドイツ代表チームでも主将を務めており、自国開催となる2006年・ドイツW杯では得点こそできなかったが、その構成力とキャプテンシーで自国を3位に導く活躍を見せた。
[編集] プレースタイル
大柄な体を生かした高いキープ力と強靭なフィジカルを持ち、ピッチ上のあらゆる場所から試合を組み立てる能力を持つ。また長短のキックの精度も非常に精密であり、アシスト能力も高い。攻撃能力についても強烈なミドルシュート、高い打点のヘディングで相手を粉砕する。ミッドフィルダーながらフォワード並の得点力を備えている数少ない選手でもある。
しかし、スピードについては自ら不足を認めている。左右キックが正確なのは、ユース時代に徹底的に練習したため。ヘディングの技術は屈指のものを誇る。スター選手でありながらもワンマンプレーに走る事がない。クレバーな選手で戦術理解度も非常に高い為、所属していた全てのチームの監督から厚い信頼を受けている。本人曰く「ヒーローという言葉は好きじゃない。サッカーは一人でやるものじゃない。チームスポーツだ」。
イングランド・チェルシー移籍後は、プレースタイルの少々の変更を余儀なくされたが、それが逆に自身のプレーの幅を広げており、功を奏したといえる。イングランドサッカー特有の展開の速さに順応し、スピードを殺さずに味方を生かすプレーや、逆に自らが生かされるプレーを覚えた。精神面も非常に強く、ドイツ代表の精神的支柱であり、MFでありながらも試合を決定付けるゴールを何度も決めている。
チームプレーを心情としているため、ボールに絡まず黒子に徹することも多く、「消えている時間が多い」「運動量が少ない」等、間違った批判を受けることもある。
[編集] シルバー・コレクター
現代サッカー最高峰の選手の一人だが、国際タイトルにはまったく縁がなく、チャンピオンズリーグ、ワールドカップ、欧州選手権ともに最高成績が準優勝ということから『シルバーコレクター』という不名誉なあだ名を持つ。
<ドイツ代表>
- 2002 FIFAワールドカップ-準優勝(決勝には累積警告で出場できず)
- EURO2008-準優勝
<クラブ>
- UEFAチャンピオンズリーグ 2001-02 レバークーゼン-準優勝
- UEFAチャンピオンズリーグ 2007-08 チェルシーFC-準優勝
ちなみに、バラック加入後、チェルシーは2年連続でリーグ2位となっている(加入前、チェルシーFCはリーグ2連覇していた)。
[編集] 所属クラブ
- 1983-1995

FCカール・マルクス・シュタット/ケムニッツFCユース - 1995-1997
ケムニッツFC - 1997-1999
カイザースラウテルン - 1999-2002
バイヤー・レバークーゼン - 2002-2005
バイエルン・ミュンヘン - 2006-
チェルシーFC
[編集] 獲得タイトル
カイザースラウテルン時代
- ブンデスリーガ優勝 1回(1997-98)
バイエルン・ミュンヘン時代
- ブンデスリーガ優勝 3回(2002-03、2004-05、2005-06)
- ドイツカップ優勝 3回(2002-03、2004-05、2005-06)
- ドイツリーグカップ優勝 1回(2004)
[編集] 外部サイト
| チェルシーFC - 現所属メンバー |
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1 チェフ | 2 イヴァノヴィッチ | 3 A・コール | 5 エッシェン | 6 カルヴァーリョ | 8 ランパード | 9 ディ・サント | 10 J・コール | 11 ドログバ | 12 ミケル | 13 バラック | 15 マルダ | 16 シンクレア | 17 ボシングワ | 18 ブリッジ | 19 フェレイラ | 20 デコ | 21 カルー | 23 クディチーニ | 26 テリー | 27 ミネイロ | 33 アレックス | 35 ベレッチ | 39 アネルカ | 40 イラーリオ | 監督: スコラーリ |
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