1974 FIFAワールドカップ
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| 1974 FIFA World Cup Fußball-Weltmeisterschaft 1974 |
|
|---|---|
| 大会概要 | |
| 開催国 | |
| 日程 | 1974年6月13日 - 7月7日 |
| チーム数 | 16 (5連盟) |
| 開催地数 | 9 (9都市) |
| 優勝 | |
| 準優勝 | |
| 3位 | |
| 4位 | |
| 大会統計 | |
| 試合数 | 38試合 |
| ゴール数 | 97点 (1試合平均 2.55点) |
| 総入場者数 | 1,774,022人 (1試合平均 46,685人) |
| 得点王 | |
1974 FIFAワールドカップは、1974年6月13日から7月7日に西ドイツで16ヶ国が参加して開催されたサッカーの国際大会である。優勝国は西ドイツでオランダを2-1で下した。1954年以来の西ドイツ2度目の優勝である。
目次 |
[編集] 大会概要
この第10回記念大会で初めて現在でも使われているFIFAワールドカップトロフィーが、優勝国に手渡された。それ以前に使われていたジュールリメ杯は、1970年大会でブラジルが3度目の優勝を遂げたため、ブラジルにて永久に保管されることとなっており、新しいトロフィーが今後の大会のために準備されたのである。また、この大会から開幕戦は開催国ではなく、前回優勝国が出場することになった。これは2002年の日韓大会まで続いた。ドイツの地で2度目の開催となった2006年からは、前回優勝国の予選免除特権が無くなったため、再び開催国が開幕戦に出場することとなった。
大会の方式が1970年大会のものから変更され、初めて「二次リーグ制」が取り入れられた。16チームが地区予選を突破して招待され、一次リーグは4チームずつ4つのグループに分けられた。各グループの1位と2位チームが二次リーグに進出し、4チームずつ2グループに分けられた。各グループの1位同士が決勝戦を行い、各グループの2位チーム同士が3位決定戦を行った。この方式が実施されたのは今大会と次回アルゼンチン大会のみである。
1次リーグでは、ハンブルクの試合会場で東ドイツ対西ドイツ戦が行われた。両国が1次リーグ同組に入ることが決まった瞬間、組合せ抽選会場には大きなどよめきが起こったという。東西ドイツが対戦した唯一の試合であり、大方の予想を覆してユルゲン・シュパールヴァッサーのシュートにより東ドイツが1ー0で勝利したが、この時ハンブルクのフォルクスパルク・スタディオンは沈黙に包まれた。しかし東ドイツは二次リーグでグループ3位に終わったため再度の対決は無く、これがワールドカップにおける最初で最後の東西ドイツ対決となった。
前回優勝国のブラジルは、ペレ、トスタン、ジェルソンが代表引退した影響でチーム力が落ち、1次リーグも何とか通過する状態であった。2次リーグでもオランダに0-2で完敗し、三位決定戦でもポーランドに敗れ4位に終わったが、2次リーグでの東ドイツ戦でリベリーノがマジックのようなFKを決めた場面が唯一の見せ場だった。
2年前のミュンヘン・オリンピックで金メダルを獲得した実績を持つポーランドの躍進も話題となった。グジェゴシ・ラトーが通算7得点を挙げ大会得点王となったが、彼以外にもロベルト・ガドハ、アンジェイ・シャルマッフ、カジミエシュ・デイナら好選手を揃えてスピード溢れる攻撃サッカーを披露、2次リーグ最終戦で西ドイツに敗れたが、3位決定戦でもブラジルを下して3位の座を確保した。
ジャンニ・リベラ、サンドロ・マッツォーラらを擁して優勝候補にも挙げられていたイタリアだったが、名GKディノ・ゾフの持つ連続無失点記録をよりによってハイチにストップされたのがケチの付き始めとなった。ハイチ戦は3-1で勝利したものの、続くアルゼンチン戦を1-1の引分け、2次リーグ進出を賭けたポーランド戦を1-2で落すと、アルゼンチンに得失点差で1点及ばず、1次リーグ敗退に終わった。
この大会は既存のサッカー戦術に大きな変革をもたらした大会であった。準優勝に終わったものの、今大会の台風の目となったオランダは、”フライング・ダッチマン”ヨハン・クライフを中心にヨハン・ニースケンス、ルート・クロル、ロブ・レンセンブリンク、ヨニー・レップ、アリー・ハーン、ビム・ヤンセンらが従来のポジションに捉われず目まぐるしく動き回る全員攻撃・全員防御の「トータルフットボール」を披露し、サッカー界に一大センセーションを巻き起こした。
一方、優勝した西ドイツもベッケンバウアーを中心としたリベロ・システムを披露した。オランダのトータルフットボールが全世界の注目を集めたため、それほど目立たなかったもののディフェンダーが戦術的に攻め上がるというシステムは画期的であった。西ドイツは円熟の境地を迎えた”皇帝”フランツ・ベッケンバウアーを始めとして”爆撃機”の異名を誇ったFWゲルト・ミュラー、中盤で試合を組み立てた”左足の芸術家”ヴォルフガンク・オフェラート、クライフを密着マークし完封したDFベルティ・フォクツ、決勝で同点ゴールとなるPKを事も無げに決めた若き左サイドバックパウル・ブライトナー、GKゼップ・マイヤーといった今日でも語り継がれるスター選手を揃えていた。ミュラーは決勝戦で決勝点を挙げ、西ドイツ代表の優勝に貢献した。
[編集] 出場国
ヨーロッパ
西ドイツ(開催国&前回3位・6大会連続8度目、旧ドイツ時代を含む)
イタリア(前回準優勝国・4大会連続8度目)
スウェーデン(2大会連続6度目)
ユーゴスラビア(3大会ぶり6度目)
ブルガリア(4大会連続4度目)
オランダ(7大会ぶり3度目)
スコットランド(4大会ぶり3度目)
東ドイツ(7大会ぶり3度目、旧ドイツ時代を含む。東西分裂後は初出場)
ポーランド(7大会ぶり2度目)
南米
北中米カリブ海
ハイチ(初出場)
アフリカ
ザイール(現コンゴ民主共和国)(初出場)
オセアニア
オーストラリア(初出場)
[編集] 第1ラウンド
[編集] グループ A
| チーム | 試合数 | 勝 | 分 | 負 | 得点 | 失点 | 得失点差 | 勝ち点 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 3 | 2 | 1 | 0 | 4 | 1 | +3 | 5 | |
| 3 | 2 | 0 | 1 | 4 | 1 | +3 | 4 | |
| 3 | 0 | 2 | 1 | 1 | 2 | -1 | 2 | |
| 3 | 0 | 1 | 2 | 0 | 5 | -5 | 1 |
| 1974年6月14日 16:00 |
|||
| 1 – 0 |
|
ベルリン・オリンピアシュタディオン 西ベルリン 観客数: 83,168人 主審: Dogan Babacan (トルコ) |
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| ブライトナー |
| 1974年6月14日 19:30 |
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| 2 – 0 | フォルクスパーク・シュタディオン ハンブルク 観客数: 10,000人 主審: Youssou N'Diaye (セネガル) |
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| (カーラン) シュトライヒ |
| 1974年6月18日 16:00 |
|||
| 3 – 0 | フォルクスパーク・シュタディオン ハンブルク 観客数: 35,000人 主審: Mahmoud Mustafa Kamel (エジプト) |
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| オフェラート クルマン ミュラー |
| 1974年6月18日 19:30 |
|||
| 1 – 1 |
|
ベルリン・オリンピアシュタディオン 西ベルリン 観客数: 20,000人 主審: Aurelio Angonese (イタリア) |
|
| ホフマン |
アフマーダ |
| 1974年6月22日 16:00 |
|||
| 0 – 0 |
|
ベルリン・オリンピアシュタディオン 西ベルリン 観客数: 14,681人 主審: Jafar Namdar (イラン) |
|
| 1974年6月22日 19:30 |
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| 1 – 0 | フォルクスパーク・シュタディオン ハンブルク 観客数: 60,350人 主審: Ramon Barreto (ウルグアイ) |
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| シュパールヴァッサー |
[編集] グループ B
| チーム | 試合数 | 勝 | 分 | 負 | 得点 | 失点 | 得失点差 | 勝ち点 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 3 | 1 | 2 | 0 | 10 | 1 | +9 | 4 | |
| 3 | 1 | 2 | 0 | 3 | 0 | +3 | 4 | |
| 3 | 1 | 2 | 0 | 3 | 1 | +2 | 4 | |
| 3 | 0 | 0 | 3 | 0 | 14 | -14 | 0 |
| 1974年6月13日 17:00 |
|||
| 0 – 0 | ヴァルトシュタディオン フランクフルト・アム・マイン 観客数: 62,000人 主審: Rudolf Scheurer (スイス) |
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| 1974年6月14日 19:30 |
|||
| 2 – 0 | ヴェストファーレン・シュタディオン ドルトムント 観客数: 25,000人 主審: Gerhard Schulenburg (西ドイツ) |
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| ロリマー ジョーダン |
| 1974年6月18日 19:30 |
|||
| 9 – 0 | パルクシュタディオン ゲルゼンキルヒェン 観客数: 20,000人 主審: Omar Delgado Gomez (コロンビア) |
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| バイェヴィッチ ジャイッチ シュルヤク カタリンスキ ボギチェビッチ オブラク ペトコビッチ |
| 1974年6月18日 19:30 |
|||
| 0 – 0 | ヴァルトシュタディオン フランクフルト・アム・マイン 観客数: 50,000人 主審: Arie van Gemert (オランダ) |
||
| 1974年6月22日 16:00 |
|||
| 1 – 1 | ヴァルトシュタディオン フランクフルト・アム・マイン 観客数: 60,000人 主審: Gonzalez Archundia (メキシコ) |
||
| カラシ |
ジョーダン |
| 1974年6月22日 16:00 |
|||
| 3 – 0 | パルクシュタディオン ゲルゼンキルヒェン 観客数: 35,000人 主審: Nicolae Rainea (ルーマニア) |
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| ジャイルジーニョ リベリーノ ヴァルドミーロ |
※ブラジルが得失点差でスコットランドを上回り第2ラウンド進出
[編集] グループ C
| チーム | 試合数 | 勝 | 分 | 負 | 得点 | 失点 | 得失点差 | 勝ち点 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 3 | 2 | 1 | 0 | 6 | 1 | +5 | 5 | |
| 3 | 1 | 2 | 0 | 3 | 0 | +3 | 4 | |
| 3 | 0 | 2 | 1 | 2 | 5 | -3 | 2 | |
| 3 | 0 | 1 | 2 | 1 | 6 | -5 | 1 |
| 1974年6月15日 16:00 |
|||
| 2 – 0 | ニーダーザクセン・シュタディオン ハノーファー 観客数: 53,700人 主審: Karoly Palotai (ハンガリー) |
||
| レップ |
| 1974年6月15日 16:00 |
|||
| 0 – 0 | ラインシュタディオン デュッセルドルフ 観客数: 22,500人 主審: Edison Perez Nunez (ペルー) |
||
| 1974年6月19日 19:30 |
|||
| 1 – 1 | ニーダーザクセン・シュタディオン ハノーファー 観客数: 12,000人 主審: Jack Taylor (イングランド) |
||
| パヴォーニ |
ボネフ |
| 1974年6月19日 19:30 |
|||
| 0 – 0 | ヴェストファーレン・シュタディオン ドルトムント 観客数: 53,700人 主審: Werner Winsemann (カナダ) |
||
| 1974年6月23日 16:00 |
|||
| 4 – 1 | ヴェストファーレン・シュタディオン ドルトムント 観客数: 52,100人 主審: Tony Boskovic (オーストラリア) |
||
| ニースケンス レップ デ・ヨンク |
(クロル) |
| 1974年6月23日 16:00 |
|||
| 3 – 0 | ラインシュタディオン デュッセルドルフ 観客数: 27,100人 主審: Erich Linemayr (オーストリア) |
||
| エドストレーム サンドベリ |
[編集] グループ D
| チーム | 試合数 | 勝 | 分 | 負 | 得点 | 失点 | 得失点差 | 勝ち点 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 3 | 3 | 0 | 0 | 12 | 3 | +9 | 6 | |
| 3 | 1 | 1 | 1 | 7 | 5 | +2 | 3 | |
| 3 | 1 | 1 | 1 | 5 | 4 | +1 | 3 | |
| 3 | 0 | 0 | 3 | 2 | 14 | -12 | 0 |
| 1974年6月15日 18:00 |
|||
| 3 – 1 | ミュンヘン・オリンピアシュタディオン ミュンヘン 観客数: 51,100人 主審: Vicente Llobregat (ベネズエラ) |
||
| リベラ ベネッティ アナスターシ |
サノン |
| 1974年6月15日 18:00 |
|||
| 3 – 2 | ネッカー・シュタディオン シュツットガルト 観客数: 31,500人 主審: Clive Thomas (ウェールズ) |
||
| ラトー シャルマッフ |
ヘレディア バビングトン |
| 1974年6月19日 19:30 |
|||
| 1 – 1 | ネッカー・シュタディオン シュツットガルト 観客数: 68,900人 主審: Rudi Glockner (東ドイツ) |
||
| ハウスマン |
(ペルフモ) |
| 1974年6月19日 19:30 |
|||
| 7 – 0 | ミュンヘン・オリンピアシュタディオン ミュンヘン 観客数: 23,400人 主審: Govindasamay Suppiah (シンガポール) |
||
| ラトー デイナ シャルマッフ ゴルゴン |
| 1974年6月23日 16:00 |
|||
| 4 – 1 | ミュンヘン・オリンピアシュタディオン ミュンヘン 観客数: 24,000人 主審: Pablo Sanchez Ibanez (スペイン) |
||
| ヤサルデ ハウスマン アジャラ |
サノン |
| 1974年6月23日 16:00 |
|||
| 2 – 1 | ネッカー・シュタディオン シュツットガルト 観客数: 68,900人 主審: Hans-Joachim Weyland (西ドイツ) |
||
| シャルマッフ デイナ |
カペッロ |
[編集] 第2ラウンド
[編集] グループ 1
| チーム | 試合数 | 勝 | 分 | 負 | 得点 | 失点 | 得失点差 | 勝ち点 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 3 | 3 | 0 | 0 | 8 | 0 | +8 | 6 | |
| 3 | 2 | 0 | 1 | 3 | 3 | 0 | 4 | |
| 3 | 0 | 1 | 2 | 1 | 4 | -3 | 1 | |
| 3 | 0 | 1 | 2 | 2 | 7 | -5 | 1 |
| 1974年6月26日 19:30 |
|||
| 4 – 0 | パルクシュタディオン ゲルゼンキルヒェン 観客数: 55,348人 主審: Bob Davidson (スコットランド) |
||
| クライフ クロル レップ |
| 1974年6月26日 19:30 |
|||
| 1 – 0 | ニーダーザクセン・シュタディオン ハノーファー 観客数: 58,463人 主審: Clive Thomas (ウェールズ) |
||
| リベリーノ |
| 1974年6月30日 16:00 |
|||
| 2 – 1 | ニーダーザクセン・シュタディオン ハノーファー 観客数: 38,000人 主審: Vital Loraux (ベルギー) |
||
| リベリーノ ジャイルジーニョ |
ブリンディシ |
| 1974年6月30日 16:00 |
|||
| 2 – 0 | パルクシュタディオン ゲルゼンキルヒェン 観客数: 67,148人 主審: Rudolf Scheurer (スイス) |
||
| ニースケンス レンセンブリンク |
| 1974年7月3日 19:30 |
|||
| 1 – 1 | パルクシュタディオン ゲルゼンキルヒェン 観客数: 53,054人 主審: Jack Taylor (イングランド) |
||
| ハウスマン |
シュトライヒ |
| 1974年7月3日 19:30 |
|||
| 2 – 0 | ヴェストファーレン・シュタディオン ドルトムント 観客数: 52,500人 主審: Kurt Tschenscher (西ドイツ) |
||
| ニースケンス クライフ |
[編集] グループ 2
| チーム | 試合数 | 勝 | 分 | 負 | 得点 | 失点 | 得失点差 | 勝ち点 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 3 | 3 | 0 | 0 | 7 | 2 | +5 | 6 | |
| 3 | 2 | 0 | 1 | 3 | 2 | +1 | 4 | |
| 3 | 1 | 0 | 2 | 4 | 6 | -2 | 2 | |
| 3 | 0 | 0 | 3 | 2 | 6 | -4 | 0 |
| 1974年6月26日 16:00 |
|||
| 2 – 0 | ラインシュタディオン デュッセルドルフ 観客数: 66,085人 主審: Armando Marques (ブラジル) |
||
| ブライトナー ミュラー |
| 1974年6月26日 19:30 |
|||
| 1 – 0 | ネッカー・シュタディオン シュツットガルト 観客数: 43,755人 主審: Ramon Barreto (ウルグアイ) |
||
| ラトー |
| 1974年6月30日 16:00 |
|||
| 2 – 1 | ヴァルトシュタディオン フランクフルト・アム・マイン 観客数: 55,000人 主審: Rudi Glockner (東ドイツ) |
||
| デイナ ラトー |
カラシ |
| 1974年6月30日 19:30 |
|||
| 4 – 2 | ラインシュタディオン デュッセルドルフ 観客数: 66,500人 主審: Nicolae Rainea (ルーマニア) |
||
| オフェラート ボンホフ グラボウスキ ヘーネス |
エドストレーム サンドベリ |
| 1974年7月3日 16:30 |
|||
| 1 – 0 | ヴァルトシュタディオン フランクフルト・アム・マイン 観客数: 59,000人 主審: Erich Linemayr (オーストリア) |
||
| ミュラー |
| 1974年7月3日 19:30 |
|||
| 2 – 1 | ラインシュタディオン デュッセルドルフ 観客数: 40,000人 主審: Luis Pestarino (アルゼンチン) |
||
| エドストレーム トルステンソン |
シュルヤク |
[編集] 3位決定戦
| 1974年7月6日 16:00 |
|||
| 1 – 0 | ミュンヘン・オリンピアシュタディオン ミュンヘン 観客数: 74,100人 主審: Aurelio Angonese (イタリア) |
||
| ラトー |
[編集] 決勝
| 1974年7月7日 16:00 |
|||
| 2 – 1 | ミュンヘン・オリンピアシュタディオン ミュンヘン 観客数: 75,200人 主審: Jack Taylor (イングランド) |
||
| ブライトナー ミュラー |
ニースケンス |
[編集] 最終結果
| 1974 FIFA ワールドカップ優勝国 |
|---|
西ドイツ 5大会ぶり2回目 |
[編集] 得点ランキング
| 順位 | 選手名 | 国 | 得点数 |
|---|---|---|---|
| 1 | グジェゴシ・ラトー | 7 | |
| 2 | アンジェイ・シャルマッフ | 5 | |
| ヨハン・ニースケンス | 5 | ||
| 4 | ゲルト・ミュラー | 4 | |
| ヨニー・レップ | 4 | ||
| ラルフ・エドストレーム | 4 | ||
| 7 | ヨハン・クライフ | 3 | |
| パウル・ブライトナー | 3 | ||
| リベリーノ | 3 | ||
| レネ・ハウスマン | 3 | ||
| ドゥシャン・バイェヴィッチ | 3 | ||
| カジミエシュ・デイナ | 3 |
[編集] 会場一覧
| 競技場 | 都市 |
|---|---|
| ベルリン・オリンピアシュタディオン | ベルリン |
| ヴェストファーレン・シュタディオン | ドルトムント |
| ライン・シュタディオン | デュッセルドルフ |
| ヴァルトシュタディオン | フランクフルト・アム・マイン |
| パルク・シュタディオン | ゲルゼンキルヒェン |
| フォルクスパーク・シュタディオン | ハンブルク |
| ニーダーザクセン・シュタディオン | ハノーファー |
| ミュンヘン・オリンピアシュタディオン | ミュンヘン |
| ネッカー・シュタディオン | シュトゥットガルト |
[編集] FIFA選出ベストイレブン
| ポジション | 選手名 | 国 |
|---|---|---|
| GK | ロニー・ヘルストレーム | |
| DF | ベルティ・フォクツ | |
| ルイス・ペレイラ | ||
| フランツ・ベッケンバウアー | ||
| マリーニョ・ペレス | ||
| MF | ヨハン・ニースケンス | |
| ビリー・ブレムナー | ||
| カジミエシュ・デイナ | ||
| FW | ヨハン・クライフ | |
| ロベルト・ガドハ | ||
| グジェゴシ・ラトー |
|
|||||||||
|

