ルイ・アグアス
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| 名前 | ||||||
| 本名 | ジョゼ・ルイ・ロペス・アグアス | |||||
| ラテン文字 | José Rui Lopes Águas | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 | ||||||
| 生年月日 | 1960年4月28日(53歳) | |||||
| 出身地 | リスボン | |||||
| 身長 | 179cm | |||||
| 体重 | 74kg | |||||
| 選手情報 | ||||||
| ポジション | FW | |||||
| クラブ1 | ||||||
| 年 | クラブ | 出場 (得点) | ||||
| 1981–1982 1982–1983 1983–1985 1985–1988 1988–1990 1990–1994 1994 1995 |
- (-) - (-) 46 (10) 74 (35) 64 (30) 99 (42) 9 (4) 12 (0) |
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| 代表歴2 | ||||||
| 1985–1993 | 31 (10) | |||||
| 監督歴 | ||||||
| 1999-2001 2003-2006 |
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| 1. 国内リーグ戦に限る。2010年3月18日現在。 2. 2010年3月18日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
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ジョゼ・ルイ・ロペス・アグアス(José Rui Lopes Águas, 1960年4月28日 - )は、ポルトガル・リスボン出身の元ポルトガル代表のサッカー選手。ポジションはFW。
目次 |
経歴 [編集]
ポルトガルのリスボンで生まれ、地元のGDセジンブラでキャリアをスタートさせ、翌年はアトレティコCPでプレーした。
1985年にSLベンフィカに移籍すると1年目に12ゴールを決めるなどチームの3冠に貢献した。1988年にはUEFAチャンピオンズカップ決勝まで勝ち進んだが決勝でPSVアイントホーフェンに敗れた。
1988年の夏に、FCポルトに移籍し2年目には17得点を決めた。わずか2年でベンフィカに戻り25得点を決め得点王を獲得した。その後CFエストレラ・アマドーラに移籍。1995年1月にイタリアのレッジャーナに移籍し、そのシーズンの後に現役を引退した。
引退後の2000年にヴィトリア・セトゥーバルの監督に就任し、2003年にはスポルティング・ブラガのアシスタントコーチを務めた。
代表歴 [編集]
ポルトガル代表として、1985年4月3日にイタリア代表戦でデビューを果たした。その後1986 FIFAワールドカップメンバーにも選ばれた。1993年11月17日の1994 FIFAワールドカップ予選イタリア代表戦が最後の代表戦となった。
人物 [編集]
父親は1950年代から60年代にかけてのSLベンフィカやポルトガル代表でプレーしたストライカーのジョゼ・アグアスがいる。また姉のレーナ・ダグアはポルトガル最初の女性ロック歌手で、「日本帝国」というヒット曲がある。いとこにはサッカーの選手及び監督経験のあるラウル・アグアスがいる。
所属クラブ [編集]
GDセジンブラ 1981–1982
アトレティコCP 1982–1983
ポルティモネンセSC 1983–1985
SLベンフィカ 1985–1988
FCポルト 1988–1990
SLベンフィカ 1990–1994
CFエストレラ・アマドーラ 1994
レッジャーナ 1995
タイトル [編集]
- クラブ
- スーペル・リーガ 1986-87, 1989-90, 1990-91, 1993-94
- タッサ・デ・ポルトガル 1985-86, 1986-87, 1992-93
- スーペルタッサ・カンディド・デ・オリベイラ 1986
- 個人
- スーペル・リーガ得点王 1990-91
外部リンク [編集]
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