ラダメル・ファルカオ
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|---|---|---|---|---|---|---|
| 名前 | ||||||
| 本名 | ラダメル・ファルカオ・ガルシア・サラテ Radamel Falcao García Zárate |
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| 愛称 | El Tigre(エル・ティグレ、虎) | |||||
| ラテン文字 | FALCAO | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 | ||||||
| 生年月日 | 1986年2月10日(27歳) | |||||
| 出身地 | サンタ・マルタ | |||||
| 身長 | 178cm | |||||
| 体重 | 72kg | |||||
| 選手情報 | ||||||
| 在籍チーム | ||||||
| ポジション | FW | |||||
| 背番号 | 9 | |||||
| 利き足 | 右足 | |||||
| クラブ1 | ||||||
| 年 | クラブ | 出場 (得点) | ||||
| 2005-2009 2009-2011 2011-2013 2013- |
88 (34) 51 (41) 67 (52) 0 (0) |
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| 代表歴2 | ||||||
| 2005 2005- |
10 (3) 45 (17) |
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| 1. 国内リーグ戦に限る。2013年5月23日現在。 2. 2013年6月11日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
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ラダメル・ファルカオ・ガルシア・サラテ(Radamel Falcao García Zárate, 1986年2月10日 - )は、コロンビア出身のサッカー選手。ASモナコ所属。コロンビア代表である。ポジションはフォワード。
目次 |
クラブ経歴[編集]
CAリーベル・プレート[編集]
幼少期はファイル・プライというサッカーチームでプレーし、その後首都ボゴタにあるCDミジョナリオスの下部組織に入団。U-17コロンビア代表でプレーしていた15歳の時にアルゼンチンのCAリーベル・プレートに引き抜かれた。プロデビュー前にブエノスアイレスにあるパレルモ大学(University of Palermo)に入学し、ジャーナリズムを専攻した。
19歳だった2005年3月6日、レイナルド・メルロ監督率いるトップチームで出場機会が訪れ、インスティトゥート・コルドバ戦でデビューしてその試合で2得点を決める順調なスタートを切ると、アペルトゥーラ2005シーズンは7試合で7得点を挙げて高評価を得た。2005年シーズンは11試合に出場して7得点し、そのうちの4得点はレオナルド・アストラーダ(Leonardo Astrada)に代わって途中出場してからの得点であった。しかし、CAサン・ロレンソとの試合中に右足靭帯を負傷し、2006年1月にもプレシーズンの練習中に同じ箇所を負傷して怪我を悪化させた。長期離脱を余儀なくされ、2006年いっぱいと2007年の前半は以前のコンディションに戻すのに苦しんだ。この時期は彼のキャリアの中で最も困難な時期であり、2006-07シーズンは25試合に出場して3得点しか挙げられなかった。2007年後半には先発メンバーに復帰し、9月27日のコパ・スダメリカーナ・ボタフォゴFR戦ではハットトリックを達成した。2人が退場処分を受けて劣勢だったが、彼の得点で息を吹き返し、準々決勝進出を決めた。同大会準々決勝・デフェンソール・スポルティング戦ではロングシュートを決め、準決勝進出を決めた。10月7日には、ボカ・ジュニアーズとのスーペル・クラシコで初めての得点を決めた。この年の特筆すべきパフォーマンスから、エル・パイス紙による南米年間ベストイレブンに選ばれ[1] 、南米年間最優秀選手投票でも5位に入った。
2008年1月にはスペインのデポルティーボ・ラ・コルーニャが800万ユーロ(1250万ドル)と報道されている移籍金で獲得を試みたが、クラブがこのオファーを拒否した[2]。ファルカオはディエゴ・シメオネ監督の下でプレーを続け、クラウスーラ2008では初めてのリーグ優勝を果たした。本来のポジションはセンターフォワードであるが、シメオネ監督が採用した4-2-3-1フォーメーションでは攻撃的ミッドフィールダー3人の中央にも適合した。このポジションでは得点機会が減少したが、チームの中心としてボールに絡む回数が多くなった。それでもアペルトゥーラ2008期間中にはリーグ戦で6得点・コパ・リベルタドーレスで4得点の計10得点を挙げてチーム内得点王となった。2007-08シーズンの通算では全公式戦を通じて35試合に出場して19得点し、やはりチーム内得点王となった。シメオネ監督の2シーズン目はクラブ史上初めて最下位に終わり、長い歴史の中でも最悪のシーズンとなった。できの悪いチームの中では最も堅実な選手のひとりであったが、わずか6得点しか挙げることができなかった。シメオネ監督が退いてネストル・ゴロシート監督が就任すると、ファルカオは調子を取り戻し、公式戦21試合で10得点を挙げた。2008-09シーズンを通じて38試合に出場して16得点を挙げ、再びチーム内得点王となった。
FCポルト[編集]
2009-10シーズン[編集]
2009年7月15日、リサンドロ・ロペスをリヨンに放出したことで前線が手薄になっていた[3] スーペル・リーガのFCポルトに移籍した[4]。FCポルトのライバルのベンフィカも彼の獲得を狙っており、契約間近でライバルチームにファルカオをさらわれたため、ベンフィカの衝撃は大きかった[5][6]。8月16日、シーズン開幕戦のFCパソス・デ・フェレイラ戦でデビューし、その試合で初得点も決めて1-1の引き分けに持ち込んだ[7]。2節のCDナシオナル戦、3節のナヴァル1゚・ダ・マイオ戦、4節のレイションイスSC戦と開幕から4戦連続得点した。9月15日、UEFAチャンピオンズリーグのチェルシー戦(アウェー、0-1)で同大会初出場を果たした[8]。6節のベンフィカとの重要な一戦(ホーム)ではヘディングで決勝点を決め、1-0での勝利に貢献した[9]。ベンフィカ戦の4日後の9月30日には、UEFAチャンピオンズリーグのアトレティコ・マドリード戦(ホーム)で同大会初得点を決め[10]、アウェーでのアポエル・ニコシア戦[11]やアウェーでのアトレティコ・マドリード戦[12]と合わせてグループリーグで計3得点している。
2010年2月2日、タッサ・デ・ポルトガル準々決勝のベンフィカ戦では2得点を挙げた[13]。同月に行われたUEFAチャンピオンズリーグ決勝トーナメント1回戦アーセナル戦1stレグではGKウカシュ・ファビアンスキのミスからフリーキックを得て、早いリスタートから決勝点を決めたが[14][15]、これは彼の大会通算4点目だった。4月3日、CDマリティモ戦では2得点し、20得点で得点ランキングの首位に立った[16]。その後の試合で5点を加え、25得点でシーズンを終えたが、ベンフィカのオスカル・カルドソに1得点差で得点王を逃した。シーズン最終戦となったタッサ・デ・ポルトガル決勝のGDチャベス戦でも得点し、2-1之勝利で優勝を飾った[17]。公式戦を通じてシーズン34得点を決め、シーズン終了後にはリヴァプール、バレンシア、ACミラン、トッテナムなどのクラブから興味を持たれた[18][19]。
2010-11シーズン[編集]
2010年8月8日のスーペルタッサ・カンディド・デ・オリベイラ、ベンフィカ戦(2-0)で1得点を挙げてタイトルを獲得した[20]。8月22日のSCベイラ・マル戦ではリーグ戦シーズン初得点を含む2得点を挙げ[21]、11月7日のベンフィカ戦(5-0)でも2点を奪った[22]。12月2日のUEFAヨーロッパリーグ・SKラピード・ウィーン戦ではFCポルト移籍後初のハットトリックを達成し、得点ランキング首位に浮上した。2011年4月7日、同大会準々決勝のFCスパルタク・モスクワ戦(5-1)でもハットトリックを達成し、二桁得点に乗せて得点ランキング首位を堅持した。リーグ戦では25節のベンフィカ戦(1-1)に勝利して早々とリーグ優勝を決め、ファルカオはその試合でペナルティキックを獲得した。その後ヨーロッパリーグでは準決勝1stレグのビジャレアル戦で自身初の4得点を挙げ、大会通算15得点とし、UEFAカップ時代の1995-96シーズンにユルゲン・クリンスマンが記録した大会記録に並んだ[23]。続く2ndレグでも1得点を挙げ、大会記録を更新した[24]。決勝のブラガ戦でも得点し[25]、最終的に17得点という記録を樹立した[26]。
アトレティコ・マドリード[編集]
2011-12シーズン[編集]
2011年8月にセルヒオ・アグエロの後釜を探すアトレティコ・マドリードにクラブ史上最高額となる移籍金4000万ユーロ、5年契約で移籍[27]。9月10日、バレンシアCF戦(0-1)でデビューを果たし、2012年1月21日、レアル・ソシエダ戦(4-0)でハットトリックを記録した。
2月16日、UEFAヨーロッパリーグ 2011-12のSSラツィオ戦(3-1)では2得点を記録しチームのラウンド16進出に貢献した。ラウンド16、ベシクタシュJK戦(3-0)のセカンドレグでは1ゴールを記録し、トータルスコア(6-1)で勝利した。 3月21日、アスレティック・ビルバオ戦(2-1)で2ゴールを記録した。ヨーロッパリーグ準々決勝のハノーファー96戦ではファースト、セカンドレグ共に得点しチームの準決勝進出に貢献した。
4月11日、レアル・マドリードとのマドリードダービーに初出場し、チーム唯一の得点を記録したが(1-4)で敗戦した。ヨーロッパリーグ準決勝のバレンシアCF戦(4-2)で2得点を記録し、決勝進出に貢献。2012年5月9日、決勝戦のアスレティック・ビルバオ戦(3-0)で先制の2ゴールを記録し、ポルト時代に続いての2季連続のヨーロッパリーグ制覇を成し遂げ、また自身も2季連続得点王に輝いた[28]。リーグ戦ではリオネル・メッシとクリスティアーノ・ロナウドに次ぐ得点ランキング3位となる24得点を記録した。
2012-13シーズン[編集]
2012-13シーズンのリーグ戦第2節、ヨーロッパリーグ決勝の相手となったアスレティック・ビルバオ戦(4-0)でハットトリックを記録[29]。8月31日、2012 UEFAスーパーカップのチェルシーFC戦(4-1)でもハットトリックを記録しチームのタイトル獲得に大きく貢献した[30]。12月9日、デポルティーボ・ラ・コルーニャ戦(6-0)では1試合5得点を記録した。UEFAヨーロッパリーグ 2012-13はラウンド32まで進出したが、FCルビン・カザンにトータルスコア(1-2)で敗れ大会を去ることとなった。コパ・デル・レイでは決勝まで進出し、決勝戦のレアル・マドリードとのマドリードダービーではジエゴ・コスタのゴールをアシストし、延長戦の末14年ぶりとなるダービー勝利(2-1)を果たし優勝した[31][32][33][34]。
ASモナコ[編集]
レアル・マドリードやチェルシー、マンチェスター・シティ、マンチェスター・ユナイテッドといったスペイン国内外の強豪が獲得に動いたが、2013年5月31日にASモナコに5年契約で移籍決定。移籍金は6000万ユーロともいわれる[35]。
代表経歴[編集]
2005年にコロンビア代表デビューした。2007年のキリンカップで来日し、日本戦に途中出場した[36]。モンテネグロ戦(1-0)ではこの大会チーム唯一の得点となる代表初得点を決めた。CAリーベル・プレートでの好調からコロンビア代表でも一定の地位を確保し、2010 FIFAワールドカップ・南米予選全試合に招集された。2009年6月10日、2010 FIFAワールドカップ・南米予選のペルー戦(1-0)で決勝点を挙げた。
人物[編集]
ミドルネームのファルカオと呼ばれることを好む。この名前は1980年代に活躍したブラジル代表MFファルカンからとって名づけられた。El Tigre(エル・ティグレ、虎)というニックネームで呼ばれることもある[27]。
キリスト教徒であり[37]、暇な時間には聖書を読むことを欠かさない[38]。
サッカーへの真摯な姿勢とプロ精神を学んだとして、リーベル・プレート時代に指導を受けたディエゴ・シメオネを自身の人生に大きな影響を与えた人物に挙げている[39]。
父親のラダメル・ガルシアもサッカー選手であり、コロンビアでディフェンダーとしてプレーした。
プレースタイル[編集]
左右両足から高い精度のシュートを放つことができる[40]。ファルカオ本人は自らの長所をポジショニングと瞬発力であると考えており、またヘディングに関しては「大の得意」と自信を持っている[38]。
イバン・サモラーノは、リオネル・メッシやクリスティアーノ・ロナウド、ウェイン・ルーニーらを「新時代のストライカー」と表現したのに対し、ファルカオを「世界で最後の偉大な典型的センターフォワード」と評した[41]。パウロ・フットレもまた、メッシやロナウドとは違う、よりクラシックなストライカーであると語っている[42]。
所属クラブ[編集]
- 2005-2009
CAリーベル・プレート - 2009-2011
FCポルト - 2011-2013
アトレティコ・マドリード - 2013-
ASモナコ
個人成績[編集]
| クラブ | リーグ | シーズン | 国内リーグ | 国内カップ | 国内リーグカップ | 国外カップ | 通算 | |||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | |||
| プリメーラ・ディビシオン | アペルトゥーラ2005 | 8 | 7 | 3 | 0 | – | – | 11 | 7 | |||
| アペルトゥーラ2006 | 12 | 1 | 1 | 0 | – | – | 13 | 1 | ||||
| クラウスーラ2007 | 8 | 2 | 4 | 0 | – | – | 12 | 2 | ||||
| アペルトゥーラ2007 | 11 | 5 | 6 | 4 | – | – | 17 | 9 | ||||
| クラウスーラ2008 | 16 | 6 | 7 | 4 | – | – | 23 | 10 | ||||
| アペルトゥーラ2008 | 15 | 5 | 2 | 1 | – | – | 17 | 6 | ||||
| クラウスーラ2009 | 18 | 8 | 4 | 2 | – | – | 22 | 10 | ||||
| 通算 | 88 | 34 | 27 | 11 | – | – | 115 | 45 | ||||
| スーペル・リーガ | 2009-10 | 28 | 25 | 4 | 5 | 1 | 0 | 7 | 4 | 40 | 34 | |
| 2010-11 | 22 | 16 | 3 | 3 | 0 | 0 | 10 | 11 | 34 | 27 | ||
| 2011-12 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | ||
| 通算 | 51 | 41 | 7 | 8 | 1 | 0 | 17 | 15 | 75 | 61 | ||
| リーガ・エスパニョーラ | 2011-12 | 34 | 24 | 1 | 0 | 0 | 0 | 15 | 12 | 50 | 36 | |
| 2012-13 | 2 | 3 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 3 | ||
| 通算 | 36 | 27 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | ||
| 通算 | 136 | 71 | 31 | 16 | 2 | 0 | 45 | 26 | 192 | 106 | ||
代表での得点[編集]
| # | 日時 | 場所 | 相手 | スコア | 結果 | 大会 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 2007年6月3日 | 0 – 1 | 0 – 1 | キリンチャレンジカップ | ||
| 2 | 2007年9月8日 | 1 – 1 | 2 – 2 | 親善試合 | ||
| 3 | 2008年11月19日 | 1 – 0 | 1 – 0 | 親善試合 | ||
| 4 | 2009年6月10日 | 1 – 0 | 1 – 0 | 2010 FIFAワールドカップ・南米予選 | ||
| 5 | 2009年8月12日 | 1 – 1 | 2 – 1 | 親善試合 | ||
| 6 | 2010年10月9日 | 0 – 1 | 0 – 1 | 親善試合 | ||
| 7 | 2011年3月26日 | 0 – 1 | 0 – 2 | 親善試合 | ||
| 8 | 2011年7月10日 | 1 – 0 | 2 – 0 | コパ・アメリカ2011 | ||
| 9 | 2 – 0 | |||||
| 10 | 2011年10月11日 | 1 – 2 | 1 – 2 | 2014 FIFAワールドカップ・南米予選 | ||
| 11 | 2012年2月29日 | 0 – 1 | 0 – 2 | 親善試合 | ||
| 12 | 2012年9月7日 | 1 – 0 | 4 – 0 | 2014 FIFAワールドカップ・南米予選 | ||
| 13 | 2012年9月11日 | 1 – 2 | 1 – 3 | 2014 FIFAワールドカップ・南米予選 | ||
| 14 | 2012年10月12日 | 1 – 0 | 2 – 0 | 2014 FIFAワールドカップ・南米予選 | ||
| 15 | 2 – 0 | |||||
| 16 | 2013年3月22日 | 4 – 0 | 5 – 0 | 2014 FIFAワールドカップ・南米予選 | ||
| 17 | 2013年6月11日 | 1 – 0 | 2 – 0 | 2014 FIFAワールドカップ・南米予選 |
タイトル[編集]
クラブ[編集]
- プリメーラ・ディビシオン クラウスーラ2008
- スーペル・リーガ 2010-11
- タッサ・デ・ポルトガル 2009-10
- スーペルタッサ・カンディド・デ・オリベイラ 2009, 2010
- UEFAヨーロッパリーグ 2010-11
- UEFAヨーロッパリーグ 2011-12
- UEFAスーパーカップ 2012
- コパ・デル・レイ 2012-13
個人[編集]
- タッサ・デ・ポルトガル得点王 2009-10
- UEFAチャンピオンズリーグベストゴール 2009-10
- UEFAヨーロッパリーグ得点王 2010-11, 2011-12
脚注[編集]
- ^ Diario EL PAIS – Montevideo – Uruguay
- ^ Goles, no millones
- ^ “Acordo com o Lyon para a transferência de Lisandro” (Portuguese). FC Porto (2010年7月7日). 2010年12月12日閲覧。
- ^ “COMUNICADO”. FC Porto Official Website (2009年7月15日). 2009年7月15日閲覧。
- ^ “Águias já sabem como podem contratar Falcao” (Portuguese). Record (2008年8月13日). 2010年12月12日閲覧。
- ^ “FC Porto announces agreement for Falcao”. FC Porto (2008年8月16日). 2010年12月12日閲覧。
- ^ “P. Ferreira 1-1 FC Porto”. zerozerofootball.com (2008年8月16日). 2010年12月12日閲覧。
- ^ “Match details / line-up: Chelsea FC - FC Porto (Champions League 2009/2010)”. World Football.net (2009年9月15日). 2010年12月15日閲覧。
- ^ “FC Porto 1-0 Sporting”. zerozerofootball.com (2009年9月26日). 2010年12月12日閲覧。
- ^ “Match details / line-up: FC Porto - Atlético Madrid (Champions League 2009/2010)”. worldfootball.net (2009年9月30日). 2010年12月15日閲覧。
- ^ ポルト、ファルカオの決勝点で勝ち抜けuefa.com、2009年11月3日
- ^ アトレティコ、大敗も3位確保uefa.com、2009年12月8日
- ^ “FC Porto 5-2 Sporting”. zerozerofootball.com (2010年2月2日). 2010年12月12日閲覧。
- ^ “Match details / line-up: FC Porto - Arsenal FC (Champions League 2009/2010)”. worldfootball.net (2010年2月17日). 2010年12月15日閲覧。
- ^ ファルカオの決勝点でポルトが先勝uefa.com、2010年2月17日
- ^ “Doblete de Falcao García en la victoria del Porto contra Marítimo en el fútbol portugués” (Spanish). El Tiempo (2009年4月3日). 2010年12月15日閲覧。
- ^ “Chaves 1-2 FC Porto”. Zerozerofootball.com (2010年5月16日). 2010年12月12日閲覧。
- ^ “Recusa: Radamel Falcão sai por 20 milhões” (Portuguese). Correio da Manhã (2010年10月2日). 2010年12月12日閲覧。
- ^ “Radamel Falcao na mira do AC Milan” (Portuguese). O Jogo (2010年11月15日). 2010年12月12日閲覧。
- ^ “FC Porto 2-0 Benfica”. Zerozero Football.com (2010年8月8日). 2010年12月12日閲覧。
- ^ “FC Porto 3-0 Beira-Mar”. Zerozero Football.com (2010年8月22日). 2010年12月12日閲覧。
- ^ “FC Porto 5-0 Benfica”. Zerozero Football.com (2010年11月7日). 2010年12月12日閲覧。
- ^ EL大会記録を誇るファルカオGoal.com 2011年4月30日
- ^ ファルカオ、16得点で大会記録を更新UEFA.com 2011年5月6日
- ^ “ポルト、ファルカオのゴールで優勝”. UEFA.com (2011年5月18日). 2011年5月23日閲覧。
- ^ “ファルカオ、UEL最多得点記録を更新”. UEFA.com (2011年5月18日). 2011年5月23日閲覧。
- ^ a b “ファルカオ:「4000万ユーロは大きな責任」”. Goal.com (2011年8月20日). 2011年8月22日閲覧。
- ^ “Falcao at double as Atlético march to title”. UEFA. 2012年5月9日閲覧。
- ^ “Falcao stars in Atletico romp”. ESPNFC. 2012年8月27日閲覧。
- ^ “Falcao fires Atlético to Super Cup glory”. UEFA. 2012年8月31日閲覧。
- ^ “Atleti stun Real in extra time”. FIFA.com (2013年5月17日). 2013年5月24日閲覧。
- ^ “Copa Del Rey 2013: Top Takeaways from Atletico Madrid's Thrilling Victory”. Bleacher Report (2013年5月17日). 2013年5月24日閲覧。
- ^ “Real Madrid vs. Atletico Madrid Copa Del Rey Final Live Score, Highlights, Recap”. Bleacher Report (2013年5月17日). 2013年5月24日閲覧。
- ^ “Atlético deny rivals Madrid to lift Copa del Rey”. UEFA.com (2013年5月18日). 2013年5月24日閲覧。
- ^ “モナコ、ファルカオ加入を発表”. Goal.com (2013年6月1日). 2013年6月1日閲覧。
- ^ 日本代表 対 コロンビア代表日本サッカー協会
- ^ “10 Things you need to know about Spurs target Falcao”. Mirror.co.uk. (2008年8月26日) 2009年6月13日閲覧。
- ^ a b ヨーロッパリーグで大会得点記録を更新したポルト躍進の原動力ファルカオとは何者かワールドサッカーキング No.179 2011年6月2日号
- ^ ファルカオ:「僕が影響を受けた人物は...」Goal.com 2011年10月11日
- ^ ワールドサッカーダイジェスト、日本スポーツ企画出版社、2010年2月18日号、69頁
- ^ “サモラーノ氏:「ファルカオは最後の偉大なCF」”. Goal.com (2012年10月27日). 2012年11月19日閲覧。
- ^ “「ファルカオはメッシ、C・ロナウドと同等」”. Goal.com (2012年10月26日). 2012年11月19日閲覧。
外部リンク[編集]
- Official profile on Atlético Madrid
- Radamel Falcao – UEFA主催大会記録
- Radamel Falcao - FIFA主催大会成績
- Radamel Falcao Garcia – Sitio oficial
- ラダメル・ファルカオ - National-Football-Teams.com
- Transfermarkt profile
- Radamel Falcao García at Football Lineups
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