加藤虎ノ介

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かとう とらのすけ
加藤 虎ノ介
本名 奥田 義人
生年月日 1974年10月20日(37歳)
出生地 日本の旗大阪府交野市
血液型 O型
職業 俳優
ジャンル 舞台テレビドラマラジオドラマ
主な作品
ちりとてちん

加藤 虎ノ介(かとう とらのすけ、1974年10月20日 - )は、日本俳優大阪府交野市出身。本名、奥田義人。所属事務所はライターズカンパニー田畑冨久子事務所→アルファーエージェンシー。身長167cm、体重58kg。血液型O型。

目次

[編集] 人物

大阪芸術大学芸術学部映像学科中退。

劇団MOTHER(劇団は2002年に解散)所属時の名は本名の奥田義人。

母方の先祖が、戦国時代の堺の武将小西行長にあたる。

『キミのミカタ』(ネット上の帯ドラマ)に出演した時期は、現在の虎ノ介ではなく虎之助と名乗っていたので、現在でも虎之助や虎ノ助と誤記されることがある。『ジライヤ忍法帖』での役名が加藤虎之助だったことも影響していると考えられる。ただし、DVD『キミのミカタ』(前編・後編)では、クレジットでは「加藤虎ノ介」、パッケージでは「加藤虎ノ助」となっている。

趣味はオートバイ、料理、モデルガン。東京から大阪までオートバイで移動することもある。

もともと舞台活動が中心だったため知名度は高くなかったが、連続テレビ小説ちりとてちん』の徒然亭四草役で人気が急上昇した。役名から、「四(ヨン)様」というあだ名で女性ファンに親しまれるようになる。

2008年2月25日、NHK『スタジオパークからこんにちは』に出演、番組内で質問を募集したところ、ファンからのメールでサーバーがダウンしてしまうという、NHKでは初めての事態が起こった。番組内では、7歳のころ病気で長期入院し素行が悪く半ば強制的に退院させられたことや、小学校6年間体育の授業はずっと見学だったことを告白した。『ちりとてちん』の脚本を担当した藤本有紀からの手紙に感涙する一幕もあった。

2008年3月、『ちりとてちん』で共演した桂吉弥の落語会に青木崇高とともに飛び入り参加した。演目はつる。その落語会には、同じく『ちりとてちん』で共演した林家染丸桂よね吉も出演した。

[編集] 出演作品

[編集] 舞台

<奥田義人 名義>

  • ラ!ラ!ラ!ラビリンス!!(1996年)
  • ONLY ME,NOBODY ELSE(1996年)
  • ジャンキー・スクエア (1997年)
  • やわらかな壁 (1997年)
  • PERFECT LIVES (1998年)
  • ラフカット'98(1998年)
  • DEEP BLUE(1998年)
  • SHYBAN (1998年)
  • 番長、西へ行く(1999年)
  • HOSPITAL (1999年)
  • プラスチック・ヘブン(1999年)
  • スイート・フラジャイル(2000年)
  • SHYBAN (2000年・AAM2000版)
  • プラシーボ・デパート(2000年・AAM2000版)
  • ジャンキー・スクエア (2000年・AAM2000版)
  • カラス、西へ行く(2000年)
  • 〜超老人介護宇宙戦艦〜 シルバーフェニックス(2000年)
  • ビート・シガレッツ(2001年)
  • インビジブル・タッチ(2001年)
  • クラウド・バスター(2001年)
  • LONG DISTANCE(2002年)
  • あいつはウエスタン(2002年)
  • ナミダメ。(2002年)
  • 戦場がメリークリスマス(2002年)
  • ビート・シガレッツ(2003年・スペシャルマイルド)
  • ビート・シガレッツ(2003年・スーパーマイルド)
  • 「オムレット」Omelette(2004年)
  • ギャラクシーBonBon(2004年)
  • アフター・ゴールデン・ウィーク(2005年)

<加藤虎ノ介 名義>

[編集] ドラマ

<奥田義人 名義>

<加藤虎ノ介 名義>

[編集] テレビ

[編集] 映画

[編集] ラジオ

 

[編集] Webドラマ

[編集] CM

[編集] 外部リンク

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