浜離宮恩賜庭園
Hama-rikyu Gardens |
|
|
| 所在地 |
東京都中央区浜離宮庭園
|
| 分類 |
都立庭園・特別名勝 |
| 面積 |
250,215.72m2 |
| 開園 |
1946年4月 |
| 設備・遊具 |
集会場(芳梅亭・中島の御茶屋)など |
| 駐車場 |
観光バスと障害者の車両のみ可 |
| 告示 |
1946年4月1日開園 |
| アクセス |
本文を参照 |
| テンプレートを表示 |
東京都立浜離宮恩賜庭園(とうきょうとりつ はまりきゅう おんし ていえん)は、東京都中央区浜離宮庭園にある都立庭園である。
[編集] 概要
東京湾から海水を取り入れ潮の干満で景色の変化を楽しむ、潮入りの回遊式築山泉水庭。江戸時代に庭園として造成された。園内には鴨場、潮入の池、茶屋、お花畑、ボタン園などを有する。もとは甲府藩の下屋敷の庭園であったが、将軍家の別邸浜御殿や、宮内省管理の離宮を経て、東京都に下賜され都立公園として開園。
[編集] 主な見所
- 鴨場 - 鴨の猟をおこなうために作られた池。
- 潮入の池 - 海水を引き入れ、潮の干満による眺めの変化を楽しむことが出来るようになっている。
- 中島 - 潮入の池の中央に位置する小さい島。
- 御茶屋 - 中島にある休憩所。
- 三百年の松 - 江戸時代、徳川家宣が改修したときに植えられたと伝わる。東京都内最大の黒松。
- ボタン園 - 60種800株が植えられている。
- お花畑 - 季節の花が咲きほこる。
- 桜 - 種類が多いため見頃が比較的長い。春はライトアップされる。
- 他の樹木 - 松、ケヤキなど多種。園内には多くの大木が残されている。
[編集] 歴史
1654年(承応3年)に甲府藩主の徳川綱重がこの地を拝領し、海を埋め立てて別邸を建てた。その後は甲府藩の下屋敷として使用された。このため甲府浜屋敷、海手屋敷と呼ばれるようになった。綱重の子である徳川家宣が6代将軍になると、将軍家の別邸とされた。浜御殿と改称して大幅な改修が行われ、茶園、火薬所、庭園が整備された。とくに徳川家斉と家慶の頃は、将軍の鷹狩の場であった。幕末には、幕府海軍伝習屯所であった。
慶応2年に着工した石造洋館が、明治2年に外国人接待所「延遼館」として竣工した。延遼館は、明治維新後も鹿鳴館が完成するまでは迎賓館として使用された。明治3年に、宮内省の管轄となり名前も離宮と改められた。明治天皇も度々訪れるようになる。
[編集] 交通
- 大手門口
- 中の御門口
- 水上バス
[編集] 特記事項
開園時間・休園日・料金・無料観覧日などの利用情報は下記サイトを参照のこと。
[編集] 関連項目
 |
ウィキメディア・コモンズには、浜離宮恩賜庭園に関連するメディアがあります。 |
[編集] 脚注
[編集] 参考文献
- 小杉雄三『浜離宮庭園』東京公園文庫 12, 郷学舎, 1981.
- 水谷三公『将軍の庭 ― 浜離宮と幕末政治の風景』中公叢書, 2002.
- 横浜開港資料館編『F. ベアト写真集 1 ― 幕末日本の風景と人びと』明石書店, 2006. - 英語版に写真あり
[編集] 外部リンク