松重豊

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まつしげ ゆたか
松重 豊
生年月日 1963年1月19日(51歳)
出生地 日本の旗 日本 福岡県
身長 188 cm
血液型 AB型
職業 俳優
ジャンル 舞台テレビドラマ映画
活動期間 1983年 -
配偶者 既婚
事務所 ザズウ
公式サイト 松重豊のブログ「修行が足りませぬ」
主な作品
毛利元就
蘇える金狼
離婚弁護士II
孤独のグルメ
ちりとてちん』他多数

松重 豊(まつしげ ゆたか、1963年1月19日 - )は、日本の俳優である。福岡県出身。身長188cm[1]、体重77kg、靴のサイズは28.0cm。血液型はAB型。西南学院高等学校卒業、明治大学文学部文学科卒業(演劇学専攻)。所属は東京サンシャインボーイズ蜷川スタジオを経て、現在はザズウ

来歴[編集]

1982年4月、明治大学文学部文学科に入学し、演劇学を専攻する。当初は映画や演劇を製作する側を目指していたが、状況劇場天井桟敷などの舞台を数多く観劇する中で演技に感動し、自らも俳優をめざすようになる。1983年新宿にあった小劇場「スペースデン」にて初舞台。その後、同学在学中を通じて、三谷幸喜が主宰していた東京サンシャインボーイズの作品に参加する。

1986年3月、大学卒業と同時に蜷川幸雄が主宰する劇団「蜷川スタジオ」に入団した。1989年、蜷川スタジオを退団する。その後はフリーで国内外の舞台、テレビドラマ、映画、VシネマCMナレーションなどに多数出演する。困窮から嫌気がさし、1年以上にわたり休業した時期があったが、同じ蜷川スタジオにいた俳優の勝村政信や所属事務所有限会社ザズウ社長の松野恵美子に激励されて復帰した。

2012年1月、『孤独のグルメ』で連続テレビドラマ初主演[2]

人物[編集]

  • 父親は酒が入ると暴力が絶えず、ちゃぶ台が飛ぶ巨人の星』の星一徹のような人であったが、本人は「普通の家庭に育った」と述懐している[3]
  • 学生時代には運動、特に格闘技系を好み、中学校時代には相撲の力士になりたかった(しかし自衛官にはなりたくなかった)と述べている。柔道に取組み、二段を与えられている。得意技は「払い腰」[4]。格闘技系に注力して身長は順調に伸長し、一時は190cmにまで達したが、その後加齢によって189cmさらには188cmに縮んでしまったと独白している[5]
  • 役者を休業していた頃は建設会社の正社員として現場作業員をしていた。[6]
  • 座右の銘は「その日ぐらし」である[7]。これは、以前に演じた経験を持ち込むことはせず「引き出しを持たずに全部捨てて、次に集中して臨むように」常に初心を忘れないという信条の反映である[8]

特技・趣味・嗜好[編集]

  • 多趣味人である。
    • 釣りには自信があると述べている。
    • 散策を好み、常に万歩計を携帯している[9][10]
    • 家電製品を好み、特に炊飯器にはこだわりを持つ[11][12]
    • 写真撮影を好み、デジタルカメラではなく一眼レフ式マニュアル操作のフィルムカメラを愛用[13]している。アナログカメラにこだわるのは、若い頃に映画撮影を志向していた時期があった名残である。
    • 園芸が趣味だが、農園を借りる大規模なものではなく、自宅の限られた環境で出来る限りの家庭園芸を行うことを好む。自宅には、1㎡田甫が設置されており、主に野菜を耕作している。結婚当初に定植したアロエは数十年にわたって愛育している。食用の作物類やアロエ等の葉肉類のような実用作物の栽培を好むが、野菜類の休耕期には花卉類を植えて花を愉しむこともある[14]
  • 2007年、忘備録とファンへの情報発信を兼ね、契約先プロバイダ@niftyのサービスを利用して公式ブログを開設し、いかつい風貌に反して博多弁を交えた人間味あふれるユーモラスな文章で日記を綴っている。ブログの管理については、所属事務所や専門のサードパーティーなどに任せることなく、自ら手作業で行っている。開設以来、ファンの声を反映させる目的でコメント欄を設置していたが、アダルトサイト系のスパムトラックバック被害が深刻となったため、2009年12月24日よりコメント欄を廃止することとなった[15]。コメント欄は2010年11月22日より復活している。
  • 好みの異性のタイプは「清楚な人」、「一生懸命頑張る子」である。例示として、「女子マラソンなんかみてると涙出てくるんです。汗と涙を流して最後まで走る子なんかみると、もうたまりませんね。」と語っている[16]

エピソード[編集]

  • 初めてもらった芸能人のサインは、小学生時代に福岡県の百貨店岩田屋に訪れた際の落語家桂米丸のものである。当時、特に米丸のファンではなかったが、芸能人のオーラに圧倒されたと述懐している[17]
  • 学生時代の失恋経験も多く、「博多駅のガード下で別れの手紙を渡されて、帰り道、涙が出た。封をあけるまでもなくそういうことなんだなあとトボトボ歩いて帰りました」「『太宰府天満宮の池のボートに乗ったカップルは別れる』というジンクスがあったにもかかわらず、デートのときにその子と乗ってしまった」などと述べている[18]
  • 大学入学のため上京した直後に下北沢の中華料理店「珉亭」のバイトに入った日に、バンド活動をするために上京していた甲本ヒロトも偶然同じ店にバイトで入り、以来30年に渡って交流があるという[19]
  • 高校の先輩に陣内孝則がいる。NHKの楽屋で対面した際に「自分も西南です」と挨拶して以来親しくなり、陣内が監督した映画にも出演している。同じく高校の後輩には俳優の鈴木浩介もいる。
  • 『孤独のグルメ』はSeason3で辞めるはずだったが、意外にも高齢者から「次はいつやるのか?」と言われる事があり、続ける意義が残ったことと、自分が必要とされる機会であること、人間ドックにも引っかからなかったことから継続になったと語っている[20]
  • 『孤独のグルメ』の主人公「五郎」を演ずる際には、本番直前まで一定期間の絶食を行った上で撮影に臨み、「美味しそうに食べる」ことを意識して演じている。原作では主人公は甘党であるが、松重自身は甘いものが実は苦手であると語っている。

出演[編集]

舞台[編集]

1983年
1984年
1985年
1986年
1987年
1990年
1991年
1992年
1993年
1994年
1995年
1996年
1997年
1998年
  • ハムレット(銀座セゾン劇場 作:ウィリアム・シェイクスピア 演出:蜷川幸雄)
1999年
2002年
2003年
2005年
2006年
2008年
2009年
2010年
  • 流れ姉妹〜たつことかつこ〜(真心一座身も心も 作:千葉雅子 演出:河原雅彦)
2012年
2013年
2014年
2015年

ドラマ[編集]

1990年代
2000年
2001年
2002年
2003年
2004年
2005年
2006年[21]
2007年
2008年
2009年
2010年
2011年
2012年
2013年
2014年

映画[編集]

1990年代
2000年
2001年
2002年
2003年
2004年
2005年
2006年
2007年
2008年
2009年
2010年
2011年
2012年
2013年
2014年

その他テレビ[編集]

Vシネマ[編集]

CM[編集]

本人出演[編集]

CMナレーション[編集]

ラジオ[編集]

受賞歴[編集]

2007年

2009年

脚注欄[編集]

  1. ^ 長らく身長は公称189cmであったが、2007年10月に開設された松重本人のブログのプロフィール欄にて、身長が縮んで188cmになったと記されている。
  2. ^ 個性派俳優・松重豊、連続テレビドラマ初主演 『孤独のグルメ』実写化
  3. ^ 1994年5月1日付 毎日新聞インタビュー記事
  4. ^ 「演劇ぶっく」1995年8月号
  5. ^ 松重豊公式ブログ「修行が足りませぬ」
  6. ^ INLIFE 男の履歴書 松重豊
  7. ^ 1990年2月公演「LYNX」公式パンフレットインタビュー記事
  8. ^ 2007年 第62回毎日映画コンクール受賞者インタビュー記事
  9. ^ 2007年12月14日放送 NHK「スタジオパークからこんにちは」インタビュー
  10. ^ 松重豊公式ブログ「修行が足りませぬ」
  11. ^ 2007年12月14日放送 NHK「スタジオパークからこんにちは」インタビュー
  12. ^ 松重豊公式ブログ「修行が足りませぬ」
  13. ^ 松重豊公式ブログ「修行が足りませぬ」
  14. ^ 松重豊公式ブログ「修行が足りませぬ」
  15. ^ 松重豊公式ブログ「修行が足りませぬ」
  16. ^ 1994年1月公演「カラマーゾフの兄弟」公式パンフレットインタビュー記事
  17. ^ 松重豊公式ブログ「修行が足りませぬ」
  18. ^ 1994年1月公演「カラマーゾフの兄弟」公式パンフレットインタビュー
  19. ^ 八重の父役の松重豊 遅咲き原点は甲本ヒロトと餃子店バイト
  20. ^ 朝日新聞2014年8月16日朝刊、beテレビ「孤独のグルメ Season4に出演 松重豊」より。
  21. ^ 一部の書籍やネット情報で、出演作に『氷壁』(2006年 NHK)が挙げられていることがあるが、『氷壁』に出演した事実はない。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]