日田市

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ひたし
日田市
日本の旗 日本
地方 九州地方
都道府県 大分県
団体コード 44204-6
面積 666.19km²
総人口 70,162
推計人口、2011年12月1日)
人口密度 105人/km²
隣接自治体 本文参照
市の木 サザンカ
市の花 アヤメ
市の鳥 セキレイ
日田市役所
所在地 〒877-8601
大分県日田市田島二丁目6番1号
日田市役所
外部リンク 日田市

日田市位置図(大分県)

― 市 / ― 町・村
特記事項
Flag of Hita, Oita.svg

日田市旗
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日田市(ひたし)は、大分県北西部に位置するである。

目次

[編集] 地理

大分県に位置するが、筑後川水系にあるため歴史的に福岡県筑後筑前地方とのつながりが強く、この地域の方言である日田弁肥筑方言の特徴を持つ。

周囲を山に囲まれた典型的な盆地であり、多くの河川が流れ込み「水郷(すいきょう)」を形成している。そのため、春から秋にかけては、朝夕に地元では「底霧」と呼ばれている深いが発生する。また、雷の発生数も全国有数である。加えて、盆地であるために空気が滞留し、夏は暑くなり最高気温が35℃を越える猛暑日となる日も多く、海から離れた内陸部のため冬は寒いという気候が顕著に現れる。日田市は山間部にあるため、大分県内においては、積雪も多い地域である。市内中心部でも、多い時には10センチメートル程度の積雪が見られることもあり[要出典]、より山間部に入っていけば、積雪が10センチメートルを超えることもある。また、山間部の地域では降水量が非常に多く、それがの生育を早めるため、林業地域としての日田に寄与している部分もある一方で、土砂崩れのような自然災害を発生させる原因ともなっている。

日田盆地周囲の山地は、標高がおよそ1,000メートル、旧前津江・中津江・上津江村の位置する山間部では、標高が1,200メートルほどになる地域がある。

日田盆地に流れ込む多くの河川は、三隈川筑後川)に合流する。これらの河川は江戸時代の末期には、日田周囲の地域で伐採された木材や物資を、筑後川下流の福岡県久留米大川といった都市までの物流手段として欠かせないものとなった。これを日田川通船といったが、夜明ダムが建設されたことによって、このような輸送方法は行われなくなった。

[編集] 隣接している自治体

福岡県
熊本県
大分県


[編集] 歴史

[編集] 地名の由来

「日田」の地名の由来にはいくつかの説があり定かではない。

「湖であった日田盆地に大鷹が東から飛んできて湖水に羽を浸し、羽ばたき、旭日の中を北へ去ると、湖水は轟々と抜けて干潟となった。そして日隈、月隈、星隈の三丘が現れた。」という「日と鷹神話」が『豊西記』にあり、それよりヒタカと呼ばれるようになったという。

豊後国風土記』では、景行天皇が九州遠征時に浮羽から日田に立ち寄った際に、「久津媛」(ひさつひめ)と名乗る神が人となり現れたことに因んで名づけられたもので、後に久津媛が訛って「日田」になったとしている。

日田郡と呼ばれる以前は日高郡と呼ばれており、本来は日高見国であって、そこから日高、日田になったという説もある。現在も地名は、三芳地区に「日高町」として現存している。

[編集] 先史・古代

小迫辻原遺跡より、3世紀末から4世紀初頭にかけての豪族の環濠居館の跡が出土している。また、ダンワラ古墳からは1世紀 - 3世紀頃の漢鏡と推定される金銀錯嵌珠龍紋鉄鏡(国の重要文化財)が出土している。この鏡には卑弥呼の鏡ではないかとの説もあり、2009年に九州国立博物館4周年特別展で展示された際には「卑弥呼の鏡か?」とのコピーとともにPRされた。

旧事本紀』国造本紀に、古代ヒタにおいての国造には、「成務天皇の時代に葛城国造同祖、鳥羽足尼(宿禰)を定めた。」とある。止波宿禰(鳥羽宿禰)は、西暦470年以降(古墳時代後期)に靱編連(ユギアミノムラジ。現在の日田市刃連町付近)に会所宮(現在の会所山久津媛神社周辺)とよばれた屋敷に居住し、村人に農業などを指南した人物として『豊日志』(現存せず)に記されていたとされる。

欽明天皇の時代、日下部君の祖であるオオアジ(邑阿自)が靱部として仕えており、村について家を構えた。これにより靭負連(ユギオヒノムラジ)とよび、後に靭編(ユギアミ)と呼んだと『豊後国風土記』にある。ちなみにユギオイとは、靭(ユギ・ユキ、矢を入れる容器)を使用する者をいい、ユギアミとは、靭を作る者のことをいう。大化の改新後は郡司に任ぜられ、大蔵氏が郡司に就くまで日田の支配権を握っていたと考えられている。

[編集] 古代 - 中世

834年頃に、在地小豪族の大蔵氏 (豊後国) (大蔵氏の庶家)が居付いたとされている。日田大蔵氏に関しては中井王の子孫であるという説もあるが、一方、宇佐を本拠としていた鬼蔵永弘が日田に居付いて、大蔵日田氏となったという説もあり、渡来の秦氏であるというものまであるので定かではない。

日田城および大蔵館(鷹城)、現在の慈眼山公園を拠点に栄華を極め1444年まで590余年一系を保ったが、家臣たちにより16代永包を殺害した永好を美濃国で殺害[1]し、豊後の大蔵氏は滅亡する。その後、大友氏より親満(永世)を養子に受けて大友系日田氏として再興するが大友氏滅亡とともに1548年に滅亡する。以降は、大友義鑑が選出した旧豊後大蔵氏一族の郡老8名が政治を執り行った[2]

[編集] 近世

日田市内豆田町の町並み

安土桃山時代の1593年に豊臣家蔵入地(直轄地)となり、宮部継潤らによる検地(太閤検地)が行われた。宮木豊盛が代官として日隈城を築き、小川光氏丸山城築城以降に大名領を経て幕府直轄領となり城を廃城として日田陣屋を設置し、江戸中期に西国郡代が置かれた。初代郡代は揖斐政俊、最後の郡代は窪田鎮勝である。享保19年(1734年)当時には、豊前豊後日向筑前の天領地合わせて12万石を支配し、江戸末期には16万石にもなった。明治以降、松方正義を知事として迎えて日田県となり、その後、大分県への編入を経て現在に至る。

[編集] 文化

江戸時代に京大坂江戸を手本に町人文化が繁栄し、現在でも小京都などと呼ばれる。特に、代官・郡代により掛屋に指定された商人は大名貸しの金利などにより利益を得ており、その利益や蓄えを俗に日田金(ひたがね)ともいった。日田金は一例として、広瀬淡窓の弟である6世広瀬久兵衛(ひろせきゅうべい、1790年 - 1872年)による水路(小ヶ瀬井路)や通船用への川の整備や干潟の干拓(呉崎新田・久兵衛新田(宇佐)など)工事などの事業、大名の財政再建などに投じられている。

幕末広瀬淡窓の開いた私塾咸宜園には日本中から塾生が集まった。著名な塾生には蘭学者の高野長英や近代軍隊の基礎を築いた大村益次郎などがいる。

[編集] 近現代

1956年当時の市域

1889年(明治22年)の町村制度施行の際における日田郡全域が現在の市域にあたる(一部部分的な編入などによる例外あり)。

[編集] 市政

[編集] 国政・県政

[編集] 国政

衆議院小選挙区選挙では大分2区に属する。近年選出の議員は以下のとおり。

なお重野安正社会民主党)が比例で復活当選している。
なお衛藤征士郎自民)が比例で復活当選している。

[編集] 県政

本市ひとつで選挙区をなす。定数は3人。近年選出の議員は以下のとおり。

  • 2007年4月
    • 井上伸史(自民)
    • 酒井喜親(無所属)
    • 桜木博(自民)

[編集] 公共機関

[編集] 国の行政機関

法務省

財務省

厚生労働省

農林水産省

国土交通省

[編集] 司法機関

福岡高等裁判所

[編集] 独立行政法人

[編集] 県の行政機関

  • 西部振興局
  • 日田県税事務所
  • 西部保健所
  • 日田土木事務所
  • 日田警察署

[編集] 経済

[編集] 伝統工芸

[編集] 産業

古くから市周囲の山間部での林業が栄え、それらの林業地で育つ杉は、日田杉と呼ばれてきた。そのため、この杉を用いた下駄作りや漆器などの木工業がさかんである。しかしながら近年は外国産の安い木材の輸入増加などをうけ、林業自体が以前に比べて衰退傾向にある。

この他、三隈川ではなどを対象とした内水面漁業が行われる。また、井上酒造、クンチョウ酒造、老松酒造などの酒造業も古くから存在する。

近年はTDK九州住電装等の工場や、サッポロビール九州日田工場、三和酒類日田蒸留所等の食品工業が進出している。

[編集] 日田市に本社を置く企業

[編集] 主要大規模小売店舗

日田市街地

上記すべての店舗が日田駅近くの中心市街地に立地する。

郊外

[編集] 中心商店街

  • 日田中央商店街
  • 三本松商店街
  • 寿通り商店街
  • 豆田町商店街

[編集] 地域

[編集] 人口

Demography44204.svg
日田市と全国の年齢別人口分布(2005年) 日田市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 日田市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
日田市(に該当する地域)の人口の推移
1970年 87,102人
1975年 83,649人
1980年 83,880人
1985年 83,655人
1990年 81,580人
1995年 79,776人
2000年 77,369人
2005年 74,165人
2010年 70,922人
総務省統計局 / 国勢調査

[編集] 教育

[編集] 高等学校

公立
私立

[編集] 中学校

  • 日田市立東部中学校
  • 日田市立南部中学校
  • 日田市立北部中学校
  • 日田市立三隈中学校
  • 日田市立大明中学校
  • 日田市立戸山中学校
  • 日田市立東有田中学校
  • 日田市立前津江中学校
  • 日田市立津江中学校
  • 日田市立大山中学校
  • 日田市立東渓中学校
  • 日田市立五馬中学校

[編集] 小学校

  • 日田市立朝日小学校
  • 日田市立有田小学校
  • 日田市立石井小学校
  • 日田市立三芳小学校
  • 日田市立咸宜小学校
  • 日田市立光岡小学校
  • 日田市立日隈小学校
  • 日田市立堂尾小学校
  • 日田市立小野小学校
  • 日田市立高瀬小学校
  • 日田市立羽田小学校
  • 日田市立月出山小学校
  • 日田市立夜明小学校
  • 日田市立静修小学校
  • 日田市立三和小学校
  • 日田市立花月小学校
  • 日田市立伏木小学校
  • 日田市立若宮小学校
  • 日田市立桂林小学校
  • 日田市立赤石小学校
  • 日田市立柚木小学校
  • 日田市立大野小学校
  • 日田市立出野小学校
  • 日田市立中津江小学校
  • 日田市立上津江小学校
  • 日田市立馬原小学校
  • 日田市立桜竹小学校
  • 日田市立台小学校
  • 日田市立塚田小学校
  • 日田市立出口小学校
  • 日田市立五馬市小学校
  • 日田市立丸山小学校
  • 日田市立都築小学校
  • 日田市立大山小学校

[編集] 特別支援学校

  • 大分県立日田支援学校

[編集] 交通

[編集] 鉄道路線

[編集] バス

[編集] 高速バス・急行バス

[編集] 一般路線バス

[編集] コミュニティバス

[編集] 道路

[編集] 高速道路

[編集] 一般国道

[編集] 県道

主要地方道

[編集] 名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事

豆田町(左は草野本家)
日田祇園祭の山鉾(山車)
日田天領まつり(千年あかり)の様子

[編集] 名所・旧跡

[編集] 温泉

[編集] 神社仏閣

[編集] 公園

[編集] 祭事・催事

[編集] 百選

[編集] 日田市を舞台とした作品

  • 西海道談綺 - 松本清張の小説。江戸時代の日田地域が主な舞台となっている。1983年にテレビドラマ化され、市内でロケが行われた。

[編集] 日田市に関係する著名な人物

[編集] 出身者

政治家
軍人
作家・文化人
俳優・芸能関係者
スポーツ関係者

[編集] 日田市に縁のある人物

  • 松方正義(公人・内閣総理大臣) - 初代日田県知事を勤めた。
  • バーナード・リーチ(イギリス人陶芸家) - 日田小鹿田に滞在して陶芸の研究を行った。
  • タモリ - 京町にあったホテルに併設されたボウリング場の支配人だったことがある[要出典]
  • 夏目漱石(作家・小説家) - 冬場日田に向かう途中、山中で落馬したエピソードがある。そのときの様子を「吹きまくる 雪の下なり 日田の町」と、詠んだ句がある。
  • 行基(僧侶) - 天瀬町高塚で地蔵菩薩を彫ったといわれる。
  • 末綱聡子 - 昭和学園高等学校出身の女子バドミントン選手。大分県大分市出身。

[編集] 脚注

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  1. ^ 木藪正道著『日田の歴史を歩く』芸文社 1990年
  2. ^ 長順一郎著『総合村落史考』歴研 2001年

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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