北村晴男

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北村 晴男
生誕 1956年3月10日(53歳)
日本
長野県更埴市(現・千曲市
職業 弁護士タレント
配偶 あり
  

北村 晴男(きたむら はるお、1956年3月10日- )は、長野県更埴市(現・千曲市)出身の日本弁護士(登録番号:21115、東京弁護士会)、タレント。弁護士法人北村・加藤・佐野法律事務所所属。長野県長野高等学校早稲田大学法学部卒。30歳の時に司法試験に合格し、司法修習41期経て弁護士になる。高校時代は野球部に所属。血液型AB型

目次

[編集] 人物

  • 弁護士としては、主に一般民事(保険法・交通事故・債権回収・医療過誤など)を専門としている。特に生命保険に関する訴訟では高い評価を得ている。ジャックスドメイン訴訟では、原告のジャックス側代理人(弁護団)の一人として関与した。また、北海道日本ハムファイターズ武田久の代理人も務めている。
  • 日本テレビ系『行列のできる法律相談所』に単発2時間スペシャル時代から出演し、レギュラー化された現在も放送開始からレギュラー出演している(現在まで、唯一『行列』に無欠席を継続している)。「法廷に笑顔はいらない、冷静沈着」がキャッチコピーで、バラエティ番組に出演していながらあまり番組中に笑うことがない。司会島田紳助からは笑わない弁護士(例:ドラえもんスネ夫みたい、ロボット弁護士等)とネタにされて有名になる。しかし最近では、以前に比べて笑顔を見せる場面が多い。
  • ゲストや他の弁護士と意見が噛み合わなかった場合は激しい怒りを見せ反論し、島田紳助から「ホンマに恐いですから」とたしなめられる場面がよくある。また仕事の場などで簡単に泣く人間を許せない性格で、にしおかすみこと『人生が変わる1分間の深イイ話』で共演していた時も「傲慢なキャラで出演しているなら最後まで突き通せ!」と怒鳴った。
  • 『行列』以外のレギュラーの出演番組は「本業優先」を理由に断っているが、時々、他の番組にゲスト出演かスペシャル番組で出演している。ギャラについては、「謝礼・お車代程度」(いわゆる文化人ギャラ)だと述べている。但し島田紳助は「橋下徹(弁護士時代)は事務所経由なのでギャラが高い」と言っている。
  • 「恋愛では何やっても自由」が持論であり、番組内で恋愛関係のトラブルの場合、ほとんどが「恋愛は騙しあいが当たり前で、何やっても自由、通常の恋愛はこんなもの」とお決まりの見解を述べる。
  • 『行列』において、2004年11月7日の2回目の緊急生放送で、「今までの番組で放送した法律相談において、よく考えれば、自分の出したジャッジが間違いだったと後で思い直した事がある」という質問をされたとき、他の3人(丸山和也住田裕子橋下徹)は「ある」と答えたが、唯一北村だけが「ない」ときっぱり答え、今までの番組での自分の法律論による主張に誤りがないという事を語っていた。
  • 『行列』では、参議院議員となるまで毎週のレギュラーだった丸山和也弁護士と常に意見の相違で対立し、番組内では犬猿の仲であったが、実際はお互いを認めている。
    • 丸山が2005年8月、『24時間テレビ28』でのチャリティーマラソンで完走した際、抱き合ったり肩車をしたり等、丸山を激励・感動していた映像があったが、その後引き続き同会場の日本武道館から生放送された『行列』では「あれは間違いだった」と言っていた。しかし、その2日後に放送された、丸山の24時間マラソン密着ドキュメントでは、丸山を激励する為、残暑見舞いの葉書を送ったエピソードが紹介されている。
    • 2007年6月、丸山が参議院選挙に出馬したため、北村は表面上、「(丸山が)いなくなってせいせいした」とコメントしたが、『行列』のジャッジもどこか以前と違うと共演者から指摘され、北村もそれを認めている。丸山不在後、北村がバトルに参加しない、激しくならない事から島田紳助が「今ハブ(丸山)が居ないからマングース(北村)は退屈」等と言われた。尚丸山が参議院当選後、復帰した際に「自分は選挙の投票用紙には丸山と書いていない」と公言している。
    • 紳助の話では2007年の行列京都ツアーで番組終了後紳助が経営している店でカラオケ大会をした際に、松本志のぶが北村を「北村和也」と名前を間違って言ってしまい、「俺は丸山じゃない!」と酒を飲んでいたせいかかなり激怒していたとの事。
    • 笑わない弁護士として有名だが、丸山が「公約と言うのは昔は膏薬と言うんですよ…」等親父ギャグを連発した際には北村は涙を流すほど爆笑していた。尚この放送では偶然にも、橋下大阪府知事(橋下徹)が弁護士軍団席・東国原宮崎県知事(そのまんま東)がゲスト出演だった。
    • 2008年8月10日放送で、菊地幸夫弁護士に「そんな議論している弁護士なら参議院議員になれば良い」と暴言を吐き、紳助から「何で関係のない丸山弁護士を出すのか?」と言われていた。なお丸山不在の弁護士バトルは北村と菊地が激しくなっている傾向がある。
  • 『行列』の企画でカンボジアに出向き、そこに住む子供達に野球を教えたり、「一生懸命勉強してカンボジアを世界一にしてください!」と魂の込もった授業を行った。また、濁った池の水を飲まざるを得ないカンボジアの状況にショックを受けたと話し、井戸作りを提案した。
  • お笑いの大ファンであり、テレビ雑誌で若手芸人について紹介コメントを寄せたことがある。
  • マンガを読むことも大好きである
  • ゴルフ・野球が趣味。野球の実力はかなりのもので、数多くのプロ野球OB選手達が、彼のピッチングによって敗れ去っている。「徳光&所の世界記録工場」では、三浦大輔投手(横浜ベイスターズ)、上野由岐子投手(ルネサス高崎、北京五輪女子ソフトボール日本代表)からヒットを打っている。ゴルフの実力もかなりのもので、ハンディは6。ゴルフ雑誌「週刊パーゴルフ」では、「北村晴男の弁護士ゴルファーがゆく!」というタイトルで、連載コラムを担当している。
    • 本人は行列の出来る法律相談所以外は他にレギュラー番組を持っていないが、趣味のゴルフ・野球関係のスペシャル番組には積極的に出演する。しかし、紳助の話では「北村先生のゴルフは異常なゴルフで、仕事以上にマジになる」とか言われている。本人は「ゴルフ前日に妻や子供が高熱などを出してもゴルフ優先。医者など最大限準備してゴルフに参加する」等言っている。
  • 行列の企画で人間ドックを受けたが結果が「尿酸値が高い」「ピロリ菌がある疑いがある」等で紳助や人間ドックで診察した医師が「尿酸値を下げる薬を飲むべき」「1週間でピロリ菌を殺す薬がある」と言っても断固断ってアドバイスを受け入れなかった。
    • 更に2009年2月15日放送では紳助が「あんた尿酸値が高いのにイカの塩辛や海鮮丼等食べるなんてどうかしている」「あんたより尿酸値が低いけど、毛が抜ける副作用を覚悟で痛風の薬を飲んでいる」等アドバイスや忠告は全く受けていない・
  • 普段のイメージからは想像が付かないが、酒癖が悪いようである。紳助が経営している「寿司はせ川 西麻布店」のオープン前日のレセプションに招かれた北村はこの酒癖で大失態を犯す。北村の元に挨拶に来たX JAPANYOSHIKIに対し「あんた誰?」「(割り箸を差し出して)叩いてみろ!」と暴言を吐いてしまった(因みに北村はYOSHIKIがドラマー経験者であることを認知している上での行動で、YOSHIKIは北村への反発感はなかったそうである)。
    • 2009年2月8日の行列の出来る法律相談所で紳助の話によると「酔っ払って波田陽区本人に終わった芸人と」同じ紳助の寿司屋で暴言を吐いた事が番組で発覚した。他には徳光和夫に対して生放送なのに関らず「メタボ親父」と言った事も発覚した。
  • 2002年夏、息子が全国高等学校野球選手権大会に神奈川県代表桐光学園の選手として出場した。
  • 小学館の学習雑誌小学六年生で連載されている漫画「夢への扉」では、北村が弁護士をめざすきっかけになったエピソードが紹介された。
  • サザンオールスターズ都はるみ酒井若菜チュートリアルのファンである。
  • 実家は鉄工所を経営しており、厳格な父の元で育つ。父親の「手に職を付けろ」との言いつけで弁護士を目指す。大学2年から司法試験に合格する直前まで、学費・生活費捻出のために埼玉県和光市で学習塾を開いていた。
  • 高校の同級生に、漫画・テレビドラマ『弁護士のくず』の原作者、井浦秀夫がいる。大学も同じ早稲田大学(井浦は第一文学部)。北村自身も「弁護士のくず」が好きで読んでいたが、同級生が書いているのを最初は知らなかった。
  • ジェットコースターが苦手。理由は「落ちるのが怖い」から。紳助の「俺が総理大臣やったら全部廃止してやる。何で金払って怖い思いしなきゃいけないかですよね?」という意見に同意していた。
  • 麻生太郎と懇意にしており、2007年自由民主党総裁選挙において麻生太郎の応援演説を行っている。演説はマスコミ、派閥政治を中心に批判した。尚麻生本人は行列の出来る法律相談所に3度出演している。

[編集] 略歴

  • 1956年 3月10日 長野県更埴市(現・千曲市)にて出生。家業は鉄工所。
  • 1971年 長野高校に入学。野球部に入部。
  • 1973年 第55回全国高等学校野球選手権記念長野大会の準々決勝で長野工業高校に敗れたことにより甲子園出場の夢を絶たれる。これを機に野球を断念。
  • 1974年 長野高校を卒業。浪人生活を送る。
  • 1975年 早稲田大学法学部入学。
  • 1979年 早稲田大学法学部卒業。
  • 1986年 30歳で司法試験合格。
  • 1989年 司法修習41期修了し弁護士に
  • 1992年 北村法律事務所を開設。
  • 2004年 北村・加藤・佐野法律事務所を開設。

[編集] 出演番組

[編集] 書籍

  • 『明快! 北村弁護士のくらしの法律相談』 (河出書房新社
  • 『北村弁護士のスバッと解決! 法律相談』 (二見書房)
  • 『もめない相続と手続き~上手な遺産のわけ方~』(主婦と生活社)

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク