大和郡山市

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大和郡山市
やまとこおりやまし
日章旗 日本
地方 近畿地方
都道府県 奈良県
団体コード 29203-6
面積 42.68km²
総人口 89,264
推計人口、2009年5月1日)
人口密度 2,090人/km²
隣接自治体 奈良市天理市生駒市
安堵町斑鳩町平群町
川西町
市の木 クロマツシダレヤナギ
市の花 キクヤマザクラ
他のシンボル -
大和郡山市役所
所在地 〒639-1198 奈良県
大和郡山市北郡山町248番地4
電話番号 0743-53-1151
外部リンク 大和郡山市

大和郡山市位置図(奈良県)

:市 / :町・村
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大和郡山市(やまとこおりやまし)は、奈良県北部に位置する。古くは郡山と呼ばれ、現在も近畿地方では通称としてこちらの方が通りがいい。1954年1月1日に郡山町が市制施行した際、市名については福島県郡山市と区別するために「大和郡山市」と定められた。 現在、人口はやや減少気味。

天気予報の発表区分および気象警報・注意報の発表区分は「奈良県全域 > 奈良県北部 > 奈良県北西部」で、衆議院選挙区は「奈良2区」となっている。

目次

[編集] 地理

空から見た稗田町の環濠集落。国土交通省『国土画像情報(カラー空中写真)』より作成。

奈良盆地北部に位置し、佐保川富雄川が南流している。市域は概ね平坦だが、富雄川以西では矢田丘陵が広がるため起伏が大きくなっている。また市内には池が数多く見られるが、これはため池や金魚の養殖池として用いられていたものである。

古くからの市街地は近鉄郡山駅やJR郡山駅周辺に広がり、現在でも細かな路地が入り組んでいる。佐保川の東側の稗田集落は、中世的な環濠集落の姿を留めていることで知られている。

[編集] 隣接している自治体

[編集] 人口

大和郡山市と全国の年齢別人口分布図(比較) 大和郡山市の年齢・男女別人口分布図
紫色は大和郡山市
緑色は日本全国
青色は男性
赤色は女性
1980年 81,266人
1985年 89,624人
1990年 92,949人
1995年 95,165人
2000年 94,188人
2005年 91,672人
総務省統計局 / 国勢調査2005年

大和郡山市の人口

  • データ出典 奈良県統計課の調査による各年10月1日の人口。
  • 2007年10月1日現在 : 93,452人
  • 人口増加率(2002年→2007年) : -3.3%

かつては橿原市に次ぎ、県内3位の人口であった。2008年には9万人を割り込んでいる。

[編集] 歴史

郡山城天守台からの眺望

古代の大和国添下郡村国郷、矢田郷、添上郡大宅郷、平群郡額田郷の地である。延喜式内の矢田坐久志玉比古神社(矢田町)や菅田神社(八条町)、賣太神社(稗田)が鎮座する。

都市の形が形成されたのは、戦国時代末期に筒井順慶郡山城に拠り、その城下町が発達してからである。順慶亡き後1585年豊臣秀長(当時羽柴秀長)が郡山城に入り、郡山はこの時期大和国の中心都市として栄えた。

江戸時代に入ってからは一時奈良奉行所の管轄となったが荒廃する。大坂夏の陣後に同戦役で活躍した水野勝成が入り、以後松平忠明に始まる松平家、本多政勝に始まる本多家と続き、享保9年(1724年)には甲斐国甲府藩から柳沢吉保の子柳沢吉里甲府から転封され、明治維新まで柳沢氏郡山藩藩主として一帯を統治した。また、片桐且元または片桐貞隆に始まる片桐家が市内、小泉町の小泉陣屋に入り、小泉藩(片桐藩)藩主となった。

版籍奉還廃藩置県に始まる紆余曲折を経て、1887年奈良県が再置された。1889年の町村制実施で8つの町村(郡山町、筒井村、矢田村、本多村、平端村、治道村、平和村、片桐村)が誕生。1896年に添下郡と平群郡の合併し、生駒郡が成立、現在の大和郡山市役所に生駒郡役場が置かれた。

[編集] 行政

  • 市長:上田清 ※2001年(平成13年)6月の選挙で初当選、現在3期目。

[編集] 県の施設

  • 奈良県立ろう学校(丹後庄町)
  • 県立筒井寮(同上)
  • 中央卸売市場(筒井町)
  • 流域下水道事務所(額田部南町)
  • フラワーセンター(同上)
  • 民俗博物館(矢田町)
  • 郡山土木事務所(北郡山町)
  • 郡山警察署(杉町)

県立城内高等学校

[編集] 経済

[編集] 金魚

当市では、江戸時代より武士の副業として始められた金魚の養殖が大変に盛んであり、輸出もされている。山形県の庄内金魚と市場を大きく二分するほどのシェアを誇る。
しかし最近では後継者不足や市場の低迷から、廃業して養殖池を宅地などに転用する業者が相次いでおり、かつては市内のあちこちに見られた養殖池は年々減っている。
近年、市の後援や地元の業界団体などにより「全国金魚すくい選手権大会」などが開催されるなど、市場の活性化に向けた様々な試みが行われている。

[編集] 昭和工業団地

当市南部の昭和地区には、昭和40年代頃から多くのメーカーの工場が誘致され、現地では昭和工業団地として知られる。
同じく南部を東西に横切る西名阪自動車道とのアクセスがよい。

[編集] 市内にあるメーカー

[編集] 農業法人

[編集] 姉妹都市・提携都市

[編集] 日本国内

[編集] 地域

[編集] 教育

[編集] 高等専門学校

[編集] 高等学校

過去にあった高校

[編集] 中学校

[編集] 小学校

[編集] 交通

町の中心部は、城下町の町割が残り細い路地が多く迷路のようになっており、大型車や不慣れな方の自動車での移動はやや不便である。

[編集] 鉄道

近鉄郡山駅停車中の西大寺行き各駅停車

西日本旅客鉄道(JR西日本)は大阪市天王寺駅JR難波駅へ直通し大阪府南部への通勤通学用も便利である。JR大阪駅直通も1時間に3本程度大和路快速区間快速(時間帯によって違う)が運転されており大阪市内北部にも便利である。JR京都駅へも朝の通勤時間帯に直通がある。奈良駅みやこ路快速に乗り換えれば京都駅へ1時間前後で到着する。

一方、近畿日本鉄道は大阪市難波以北(大阪市内に行くには大和西大寺駅大和八木駅橿原神宮前駅での乗換が必要)および京都や奈良市方面への通勤通学用となっている。

[編集] バス会社

[編集] 夜行高速バス

京成バス共同運行

[編集] 道路

[編集] 市の交通機関

[編集] 名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事

大納言塚
慈光院の書院から望む庭園
城下町の姿を残す紺屋町と箱本館
松尾寺三重塔

[編集] 名所・旧跡

  • 郡山城跡
    • 逆さ地蔵
  • 外堀緑地
  • 筒井城
  • 小泉大塚古墳
  • 慈光院庭園(国の史跡名勝
  • 大納言塚(豊臣秀長墓所)
  • 額田部窯跡(国の史跡)
  • 奈良県立大和民俗公園
  • 奈良県立矢田自然公園

[編集] 博物館施設

[編集] 寺院・神社

※説明文中の「重文」は国の重要文化財を示す。

[編集] 祭り

  • 記憶力大会(記憶力日本選手権大会)(2月)古事記編纂に携わった稗田阿礼にちなんで
  • お城まつり(4月)城址の桜が見事
  • 大和の夏まつり(8月)
  • 全国金魚すくい選手権大会(8月第3日曜日「金魚すくいの日」)
  • バサラ祭り(8月)
  • 親子まつり(11月)

[編集] 大和郡山市出身の有名人

[編集] 大和郡山市ゆかりの有名人

  • 福井敏雄(お天気キャスター)出身地ではないが、気象庁退官後この地に居を構えた。
  • 赤塚不二夫(漫画家)終戦後、市内で暮らした。
  • タージン(タレント)全国きんぎょすくい選手権の総合司会(1 - 14回連続)。
ウィキメディア・コモンズ

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク