斉藤慶子

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さいとう けいこ
斉藤 慶子
本名 斉藤慶子
生年月日 1961年7月14日(47歳)
出生地 日本宮崎県小林市
血液型 A
ジャンル 女優
活動期間 1982年 -
主な作品
NHK大河ドラマ秀吉」』
親愛なる者へ

斉藤 慶子(さいとう けいこ、1961年昭和36年)7月14日- )は日本の女優タレントである。所属事務所アップフロントエージェンシー

目次

[編集] 略歴

宮崎県小林市出身。宮崎県立小林高等学校卒業、熊本大学教育学部中退。大学在学中の1982年日本航空の「JAL沖縄キャンペーンガール」に選ばれて、芸能界入りした。なお、この際に日本航空350便墜落事故が起きた為キャンペーン活動の一部を自粛せざるを得なくなるという不運に見舞われている。芸能界入り以前にも熊本の百貨店鶴屋百貨店CMにも出演していた。同大学出身の女優宮崎美子が人気を博していた直後であったため、「宮崎美子2世」とも呼ばれていた。1994年、『東雲楼 女の乱』で日本アカデミー賞優秀助演女優賞を受賞。 1997年に結婚、2000年に女児を出産、2008年に離婚。

現在も女優業・タレントとして活動中であり、たまにTVのワイドショー番組にコメンテーターとして出演している。また最近では2007年、彼女の出身地である宮崎県にて、東国原英夫(元タレント・そのまんま東)が知事選で初当選した際、彼女自身も東国原県知事に対して、祝福のコメントを述べる姿がTV等で大きく報道されていた。

[編集] クイズダービーの出演

TBSテレビの人気番組だった「クイズダービー」でもその宮崎美子の後に、7代目2枠レギュラー解答者を約1年半(1983年10月〜1985年3月)務めた。しかし、同番組での正解率は宮崎ほど高くはなく、井森美幸と同様に出演年齢が22〜23歳と若いことも影響してか、2割7分4厘(平均2勝6敗ペース)と北野大(2割7分3厘)と同様に可もなく不可もなくといった成績だったが、歴代ワースト2位(大橋巨泉時代は1位)の24連敗という記録を残している。(史上ワースト1位は井森の27連敗。)因みに降板が近づくにつれ5勝3敗ペースの日が続き、最終問題の正解率が高くなる傾向が見られた。

さらに、4枠レギュラーには竹下景子が座っていた為、司会の大橋巨泉が「けいこちゃん」「けいこさん」とだけ呼んだ時には、斉藤と竹下のどちらを呼んでいるのかが分かりにくく、当時としては非常に紛らわしかった。巨泉も当初は「けいこちゃん(さん)」は竹下景子だけで十分と、斉藤慶子の登用を拒んでいた。結果的には単に「けいこちゃん(さん)」が竹下で、混同しやすいときは「さいとうけいこちゃん(さん)」「たけしたけいこちゃん(さん)」と巨泉が使い分けていた。

なお斉藤のクイズダービー降板後は、元新体操選手で1984年ロス五輪8位入賞を果たした山崎浩子が2枠レギュラーを務めることとなる。又斉藤と山崎の二人は、1990年3月大橋巨泉がこの日限りで司会勇退となった際に、出場者の黄色チームとして久々にクイズダービーに出演、最終問題で竹下景子に全額(16,000点)賭けた後竹下が正解したので、見事賞金10万円(144,000点)を獲得している。

[編集] 出演

[編集] ドラマ

[編集] 映画

[編集] バラエティ

[編集] 著書

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

先代:
オールスター感謝祭チャンピオン
初代
1992年秋
次代:
中島啓江