森田健作

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日本の旗 日本の政治家
森田健作
もりた けんさく
生年月日 1949年12月16日(62歳)
出生地 東京都大田区久が原
出身校 明治学院大学法学部二部(中退)
所属政党 無所属→)
民社党→)
自由民主党→)
無所属
公式サイト 森田健作オフィシャルWEB

選挙区 東京都選挙区
当選回数 1回
任期 1992年 - 1998年

選挙区 東京4区
当選回数 2回
任期 1998年 - 2003年

当選回数 1回
任期 2009年4月5日 - 現職
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もりた けんさく
森田 健作
本名 鈴木 栄治
すずき えいじ
生年月日 1949年12月16日(62歳)
出生地 日本の旗 日本東京都大田区久が原
国籍  日本国
民族  日本人
血液型 O型
職業 俳優歌手タレント・元参議院議員・元衆議院議員千葉県知事
ジャンル テレビドラマ映画
活動期間 1969年 -
活動内容 1969年:松竹映画「夕月」でデビュー
同年:『夕陽の恋人』、ならびに同名の主題歌で歌手としてもデビュー
1971年:「おれは男だ!
公式サイト www.mori-ken.jp
主な作品
「おれは男だ」(日本テレビ)、「砂の器」(松竹)

森田 健作(もりた けんさく、1949年12月16日 - )は、日本の俳優歌手タレント政治家千葉県知事

目次

[編集] 人物

本名は鈴木 栄治(すずき えいじ)。愛称モリケン青春の巨匠。特技は早寝・早起き[1]。趣味はガーデニング[1][2]。身長175cm[2]血液型O型[2]

2009年4月5日に千葉県知事に就任[3][4]

俳優・タレントとしてはサンミュージックに所属。

[編集] 経歴

[編集] 剣道

東京都大田区久が原に生まれ、4歳で同区東矢口へ引っ越す。兄、姉、弟、妹の5人兄弟。

大田区立矢口東小学校6年生の夏より、栄治は剣道三段である父・亀男の言い付けから母方の親戚で埼玉県蕨市に道場を構え、最高の位を持つ奥田芳太郎範士の下へ毎週土曜日の午後、早めに夕食を済ませ、電車とバスを乗り継ぎ約2時間かけ泊りがけで通い始める。この道場での修業を通して栄治は「相手と闘う前にまず自分と闘うこと、つまり克己心(こっきしん)を養わねば相手に打ち勝つことは出来ない」ことを身を以って学ぶ。稽古が終わると1-2時間かけ道場の床で正座し、雑念を払い、「無念無想」の境地へと思いを巡らせた。こうして大田区立安方中学校3年生の時には二段の免状を授かり、中学生組の大将として高校生組の大将と対抗試合を行い、栄治は快勝する[5]

[編集] 芸能活動など

1968年春に私立正則高等学校を卒業、しかし大学受験に失敗、悶々としていた同年7月下旬、NDTに所属していた姉の敏子に誘われ日劇のショーの合い間に同劇場地下の喫茶店「若葉」で姉の同僚だった萩田と後にサンミュージックのマネージャーとなる福田時雄を紹介される、萩田は姉・敏子とデュエットを組む間柄であったがラテン歌手志望だったため退団、NDT時代より知り合いであった福田より竹村次郎を紹介され、本格的な声楽を勉強していた、姉・敏子は父の実家が東北であることから栄治が民謡「相馬盆唄」を唄えることを福田に話す、福田は「鵜の目鷹の目」で有望な男性新人を探していた矢先だったこともあり、こうして栄治は神田の予備校へ通いながら週2回、歌のレッスンに通い始める[6]

加山雄三西郷輝彦のファンで歌謡曲が好きだった栄治は単調な浪人生活の息抜きも兼ねレッスンを受けていたが、来る日も来る日も譜面の読解力、発声練習といっこうに唄わせてもらえない竹村次郎の厳しいレッスンに閉口する、そんなある日、剣道での修行では型と竹刀での素振りが基本中の基本であることを思い出し、それからというもの前向きの姿勢でレッスンに臨むようになる。

3ヵ月経ち、福田時雄より黛ジュンのヒット曲である『夕月』が映画化されることとなり、一般公募で彼女の相手役を決める旨を告げられる。応募の条件は18才~22才でその選考基準は「男っぽい魅力のスポーツマン」であった。歌手になるべく日々厳しいレッスンを積んで来た栄治にとって映画俳優という方向性の違いに動揺するものの福田に一任する。やがて一時審査である書類選考に通り、二次審査である面接は築地松竹本社にて行われた、栄治は紺のスーツに赤いネクタイ姿で臨むが緊張のあまりすっかりコチンコチンになってしまい、審査員に対してぎこちなくぶっきら棒な受け答えをしてしまう、だが、それがかえって学生っぽく素朴な印象を与え、実に応募総数6千人(厳密には6300人)の中から選ばれることとなった。

さっそく栄治は姉・敏子に合格したことを報告、だが父には唄のレッスンを受けていたことすら内密で時機をみて話すつもりだったものの、そうこうしている間にクランクイン当日を迎えてしまう。この頃になるとあちこちの芸能誌で栄治は「期待の新人・森田健作」として登場し始めていたが、芸能界のような浮ついた世界を嫌う潔癖な父にとって知る由もなかった。謹厳な父・亀男は3年前に警視庁本庁の刑事を定年退職[7]し、ちょうど栄治の映画出演が決まった頃は仙台へ旅行している最中(さなか)であった、だがたまたま買った地元のスポーツ新聞で「黛ジュン主演映画 夕月の相手役決まる!」なる記事の森田健作という息子にそっくりな青年の写真に目が留まる「世の中には自分の息子によく似た顔があるものだ!」と感心するのも束の間、続けて経歴を読んだところなんと我が息子であることに気づく。予定を繰り上げ急ぎ帰京した父から栄治は「この親不孝者が!親を騙しておまえはいままでなにをやっていた!お父さんはおまえが真面目に予備校へ通って勉強しているものだとばかり思っていた!親を騙して恥ずかしいとは思わないか!」、と烈火の如く怒り心頭な父を目の当たりにする、そんな父に姉・敏子が割って入り「お父さんは芸能界という所を誤解していらっしゃるわ!映画俳優だって立派な職業です!」と宥める(なだめる)、急ぎ駆け付けた福田は「せっかく決まった栄治君が役から降りるとなれば多くの人達に迷惑がかかります!映画出演はこの1本だけで構いません!」、そして栄治は「来年、再来年、たとえ何年かかっても大学へは進学してみせます!」と懇願、こうしてどうにか3人の熱意が通じ父は渋々納得する。

クランクアップ後に栄治は父を「夕月」の完成試写に招待する。「下手で演技なんてものじゃないけど、一生懸命やった、ある意味では受験勉強より辛い経験だった、そこを見て欲しい!」と栄治は父に心の内を語った、試写が終わると「素人なりに一生懸命やった努力は認めよう!」と傍にいた姉・敏子に父は我が息子への気持ちを伝える。こうして頑なだった父は次第に理解を示し始め、続いて2作目である「恋の季節」の出演が決まると父は「どうしてもやりたいのならやってみろ!」、とまで勇気づけてくれるようにもなった。栄治の仕事への情熱に対する父と姉の温かさと励ましがあり、続く「婚前旅行」そして4作目である「夕陽の恋人」では新人らしからぬ異例のスピードで初主演を飾った[8]

また同年にはRCAビクターより、シングル「夕陽の恋人」(同名タイトル映画の主題歌)を発売し、念願だった歌手デビューを果たした。

1971年日本テレビ系の青春ドラマおれは男だ!』に主演する。劇中で「剣道に打ち込む実直かつ純朴な青年」を熱演、青春スターとして若い女性から人気を得た。以来、青春映画テレビドラマに多数出演し、後々「青春の巨匠」と呼ばれるようになる。プロマイドも爆発的に売れ、1971年、1972年、1974年の年間売上実績が男性部門で1位となった。

歌手としても、1971年に「さらば涙と言おう」、1972年に「友達よ泣くんじゃない」がそれぞれヒットした。

1974年、映画『砂の器』にて、若い刑事役を演じる。1975年以降はそれまでの人気に陰りが出てきたものの、テレビ時代劇大岡越前』など数々のドラマに出演する。

1978年明治学院大学法学部を中退。

[編集] 政治活動歴

[編集] 参議院議員

[編集] 衆議院議員

[編集] 2003年の埼玉県知事選挙(立候補せず)

[編集] 2005年の千葉県知事選挙(落選)

[編集] 2009年の千葉県知事選挙

2009年1月26日千葉市内で記者会見を開き、3月執行予定の千葉県知事選挙に再度立候補する考えを正式表明した。会見では東京湾アクアラインの値下げなどの公約を発表すると共に、前回の選挙に敗北した際、雪辱を期す考えを持っていたことを明らかにした。また同選挙では、石原慎太郎東京都知事の3選、丸川珠代参議院議員当選に貢献した選挙プランナーの三浦博史が参謀役に就任した。

同年3月29日に執行された千葉県知事選挙に無所属として立候補し、1,015,978票(得票率45.5%)を得て当選した。

[編集] 県知事就任後

2009年5月22日に、公約であった東京湾アクアライン通行料の800円への値下げを、ETC搭載の普通車に限り8月から2年間実施することを発表。普通車以外も値下げの方針で、財政負担は約20億円となる見込み[11]

知事選中は「完全無所属」として選挙活動をしていたが、当選後に自由民主党支部長だったことが判明。2009年7月3日に自由民主党を離党[12]。前日の2日には、森田が支部長を務め、事実上の個人献金の受け皿でもあった自民党東京都衆議院選挙区第2支部も解散を届けている[13]。自民党支部長である森田が「完全無所属」をうたったのは公職選挙法の虚偽記載公表罪に当たるとして市民団体から刑事告発されたが、2009年9月に千葉地検は「所属党派証明書の交付を受けていない以上、無所属とせざるを得ない」として不起訴処分とし、2010年7月に千葉県第二検察審査会は『政党隠しを行っていたと推測できるが、「完全無所属」が政党との人的・資金的なつながりがないことを示すと断言するのは難しい』として不起訴相当とした[14]

第45回衆議院議員総選挙では、千葉県をはじめ、神奈川、埼玉県など各地で自民党候補の応援演説をした[15][16][17][18]

2010年1月14日民主党公明党などが成立を目指す外国人参政権について「国籍を持って投票すべきだというのが私の考えだ。国会に提出されるなら慎重な審議をお願いしたい」と述べ、反対の姿勢を強調した[19][20]。なお、これに先駆けて千葉県議会は、2009年定例会にて外国人参政権に反対する意見書を可決している[21][22]

[編集] エピソード

  • 父は元警視庁警察官(2007年12月に98歳で死去)。森田が小学生の頃、父親が多忙であったため、一緒に遊びに行くことが少なかったが、そのことを母親に話した時に、母親から「お父さんはね、友達がみんな楽しく遊べるようにね、みんなを守ってるんだよ」と言われて、父親の仕事の大変さを理解したと述べている[23]
  • 姉にもスカウトの話があったが、姉は学業を優先するため断った。
  • 学生時代に剣道の経験があり、俳優デビュー初期よりプロフィールなどで段位は二段であるとしている。これは各地区の剣道連盟などの団体が主催する昇段審査会を受審し、各種試験や登録料の納付などによって免状が発行される特定団体の段位ではなく、高校一年生の頃に、高野佐三郎直系の弟子であり範士(剣道における最高位)である恩師に腕前を認められ「わかった、二段許す」と口頭で言い渡されたものであるとしている[24]
  • 柔道の経験があり、講道館初段を取得している[要出典]
  • 弟子はブッチャーブラザーズ。千葉県知事就任以降も月に一度は夕食を共にするほどの仲。
  • 松竹映画『夕月』の主役が決まった後、事務所の社長、相沢は所属タレントのファン名簿にある3万名に松竹に森田を応援するハガキを送ってくれるように、森田の紹介文をプロマイドを添えて送った。これに呼応したハガキが数千通届いたことで、松竹は森田の主演の2本目の映画制作と、主題歌も森田が歌うことを決定した。
  • 『俺は男だ!』で共演した早瀬久美志垣太郎は親友同士である。
  • 事務所の後輩だった岡田有希子を妹のようにかわいがっており、岡田の方も森田を兄のように慕っていた。双方のラジオ番組に互いにゲスト出演するなどしており、当時岡田がDJをしていたラジオ番組にはしばしば「ユッコ(岡田の愛称)は、森田さんのお嫁さんになっては?」というハガキが届いていたという。1986年4月に岡田が自殺した際には、フジテレビおはよう!ナイスデイ[いつ?]に出演し(『後追い自殺はやめて』という緊急特集が組まれた)、涙ながらに後追い自殺を思い留まるよう青少年にメッセージを送った。
  • 一人息子の名前を、敬愛するミヤコ蝶々から名づけてもらっている[要出典]
  • 1990年千葉県山武郡芝山町に私邸と「森田塾」を建設した[25]
  • 2002年小泉純一郎内閣総理大臣初訪朝後に出演したテレビ朝日ワイド!スクランブル[いつ?]の中で「どうして拉致被害者達拉致した最大の実行犯が、金正日だと誰もハッキリ言わないんですか!?」と激昂する一幕があった。
  • 2003年より麗澤大学外国語学部客員教授を務める。
  • 2005年8月に、競走馬「ハルウララ」の公式応援サイトにおいて「ハルウララ基金」の発起人として同馬の応援団長を名乗っていたとされる森田が紹介されたが、森田の公式サイト掲示板に批判的な書き込みが数多く寄せられる事態となり、まもなく掲示板は閉鎖され、森田は公式サイト上で基金とは無関係である旨を表明するに至った。
  • 2005年秋改編より2009年春改編まで、34年ぶりのラジオレギュラー番組、『森田健作 青春スピリッツ!』(bayfm)のパーソナリティを担当。また、同年12月5日に千葉県(松戸市)を拠点とする社会人野球のクラブチーム「千葉熱血MAKING」を設立した。阪神タイガースなどで活躍した若生智男が監督を務め、森田は総監督に就任。
  • 2006年に自らの保守思想に基づく、映画『I am 日本人』を企画・制作したが、興行的には失敗した。映画のオフィシャル・サイトも消失している[26]
  • 2007年の第39回思い出のメロディーNHK総合テレビジョン)で、代表曲「さらば涙と言おう」を生熱唱した。
  • 2009年12月1日、『笑っていいとも』(フジテレビ)の「テレフォンショッキング」に、千葉県知事に就任してから初めての出演をする。森田自身は参議院議員時代の1992年9月30日に出演して以来17年ぶり5度目の出演となった。翌日のゲスト(お友達)には東京都知事の石原慎太郎を指名した。

[編集] 出演作品

[編集] 映画

  • 夕月(1969年)
  • 恋の季節(1969年)
  • 喜劇 婚前旅行(1969年)
  • 夕陽の恋人(1969年)
  • 喜劇 逆転旅行(1969年)
  • 夕陽に向かう(1969年)
  • 喜劇 よさこい旅行(1969年)
  • 栄光の黒豹(1969年)
  • 夕陽が呼んだ男(1970年)
  • 喜劇 満願旅行(1970年)
  • 花の不死鳥(1970年)
  • 三度笠だよ人生は(1970年)
  • 喜劇 体験旅行(1970年)
  • 高校さすらい派(1970年)
  • 喜劇 開運旅行(1971年)
  • 望郷(1971年)
  • 初笑いびっくり武士道(1972年)
  • 喜劇 誘惑旅行(1972年)
  • 喜劇 怪談旅行(1972年)
  • 喜劇 快感旅行(1972年)
  • 男じゃないか 闘志満々(1973年)
  • 愛ってなんだろう(1973年)
  • ひとつぶの涙(1973年)
  • 涙のあとから微笑みが(1974年)
  • 東京ド真ン中(1974年)
  • 砂の器(1974年) - 吉村弘 役
  • はだしの青春(1975年)
  • 夜霧の訪問者(1975年)
  • 青春の構図(1976年)
  • 喜劇 大誘拐(1976年)
  • 八甲田山(1977年) - 三上少尉 役
  • 惑星大戦争(1977年) - 三好孝次 役
  • 皇帝のいない八月(1978年) - 有賀弘一 役
  • 赤穂城断絶(1978年) - 間十次郎
  • 真田幸村の謀略(1979年)
  • 徳川一族の崩壊(1980年) - 弥太 役
  • 復活の日(1980年) - 真沢隆司 役
  • 疑惑(1982年) - 藤原好郎 役
  • 必殺! ブラウン館の怪物たち(1985年) - 藤林辰之進 役
  • I am 日本人(2006年)

[編集] テレビドラマ

[編集] バラエティ

[編集] ラジオ

[編集] パチンコ

[編集] 発売作品

[編集] シングル

  • 夕陽の恋人(1969年4月5日)映画『夕陽の恋人』の主題歌
  • この夢を君に(1969年8月5日)
  • あの時君は天使だった(1969年12月5日)
  • 花びらの青春
  • 制服の恋人
  • さらば涙と言おう(1971年3月25日)ドラマ『おれは男だ!』の主題歌
  • 君のいる空ドラマ『たんとんとん』の主題歌
  • 青春の旅(1971年11月5日)ドラマ『おれは男だ!』の挿入歌
  • 友達よ泣くんじゃない(1972年1月25日)最大のヒット曲 オリコン最高位2位
  • 若い涙はみな熱い(1972年4月25日)ドラマ『青春をつっ走れ!』の主題歌
  • 涙によろしく(1972年7月5日)ドラマ『あしたに駆けろ!』の主題歌
  • 若者たち(1972年10月25日)ドラマ『あしたに駆けろ!』の挿入歌
  • 青春に悔はないか(1973年2月25日)ドラマ『おこれ!男だ』の主題歌
  • さらば愛の日々(1973年6月25日)ドラマ『おこれ!男だ』の主題歌
  • 青春のバラード(1973年10月5日)CMソング
  • 涙のあとから微笑みが(1974年2月15日)映画『涙のあとから微笑みが』の主題歌
  • 銀河の約束
  • 両手いっぱいの明日(1974年9月15日)CMソング
  • 東京発
  • はだしの青春 映画『はだしの青春』主題歌
  • 女友達へ
  • 今日は想い出
  • 兄妹
  • さらば涙と言おう(1985年1月)新録音盤
  • 約束(2006年7月19日)映画『I am 日本人』の主題歌

[編集] アルバム

[編集] 著書

  • 『青春二十周年なのだ』(ネスコ) ISBN 4890367535
  • 絵本『わくわくもりたのなかまたち』(森田塾出版) ISBN 4895030016 ほか
  • 『批判するだけでは変わらない』(KKベストセラーズISBN 4584008299
  • 『もう少し努力してみないか』(日本能率協会マネジメントセンター) ISBN 4820711997
  • 『家庭力』(日本実業出版社、2004年3月20日発売) ISBN 453403718X
  • 『元気の泉 森田健作格言サプリ』(教育出版社、2006年10月13日発売) ISBN 4316801996
  • 『ゼロの勇気』(PHP研究所、2008年11月22日)ISBN 4569704778
  • 『逆境力―成功に導く67の発想』(双葉社、2009年7月31日)ISBN 457530140X

[編集] 政歴

  • 1992年 参議院議員東京都選挙区)初当選。民社党に入党
  • 1996年 沖縄開発政務次官に就任
  • 1997年 文部政務次官に就任
  • 1998年 衆議院議員東京4区)当選
  • 1998年 文部政務次官に就任(2回目)
  • 2000年 衆議院議員(東京4区)無所属で当選
  • 2001年 自民党復党
  • 2002年 自民党情報調査局長に就任
  • 2003年 衆院選に立候補せず
  • 2009年 千葉県知事選挙に無所属として立候補し当選

[編集] 公的場面での通名(芸名)使用について

国会議員は行政機関の一員ではないため、通名(芸名)の使用が認められているが、都道府県知事は行政機関の一員であり、公文書などでは責任明確化の観点から基本的に芸名使用は認められていない。このため、対外的に法的効果を有する文書などには本名の鈴木栄治が用いられる[27]

[編集] 脚注

  1. ^ a b 千葉県, “知事プロフィール”, プレスリリース, http://www.pref.chiba.lg.jp/syozoku/a_hisyo/chiji/chijikara/profile/profile.html 2010年2月24日閲覧。 
  2. ^ a b c 森田健作 Sun Music Group Official Web Site
  3. ^ 投開票速報についてからリンクする知事選挙「開票結果」(Excelファイル): 千葉県選挙管理委員会による知事選挙臨時啓発サイト
  4. ^ 平成21年中に予定される選挙: 千葉県選挙管理委員会サイト.
  5. ^ 以上は、近代映画 近代映画社 1969年9月号 138~140頁。
  6. ^ 以上は、近代映画 近代映画社 1969年8月号 108頁。
  7. ^ この時代の定年は55歳。
  8. ^ 以上は、近代映画 近代映画社 1969年10月号 136~139頁。
  9. ^ 「森田議員の秘書逮捕 総選挙で買収申し込み容疑 「連座制」適用も」『北海道新聞』2000年8月31日付朝刊、31面
  10. ^ 「森田議員の元秘書に罰金50万円略式命令」『北海道新聞』2000年9月20日付朝刊、第30面。
  11. ^ アクアライン「800円」実現へ 森田知事、料金引き下げ表明 MSN産経ニュース 2009年5月22日
  12. ^ “森田健作知事が自民を離党、支部解散に伴い届け出 千葉”. asahi.com (朝日新聞社). (2009年7月4日). http://www.asahi.com/politics/update/0703/TKY200907030527.html 2009年11月30日閲覧。 
  13. ^ 「森田知事:自民党を離党、東京支部も解散」 毎日jp 2009年7月3日
  14. ^ 選挙で「完全無所属」 森田知事は不起訴相当 千葉検審 MSN産経ニュース 2010年7月21日
  15. ^ 「声からし 最後の訴え 森田知事が応援演説 自民」東京新聞2009年8月30日
  16. ^ 森田健作千葉県知事が神奈川県内入り MSN産経ニュース 2009年8月22日
  17. ^ 【09衆院選】森田知事や熊谷市長も「最後のお願い」走る MSN産経ニュース 2009年8月29日
  18. ^ 森田千葉知事が「自民勝たせて」 県内で支持訴え 中日新聞 2009年8月29日
  19. ^ “「国籍持って投票を」 森田健作知事、外国人参政権付与に反対表明”. 産経新聞. (2010年1月14日). http://sankei.jp.msn.com/politics/local/100114/lcl1001141323003-n1.htm 2010年1月15日閲覧。 
  20. ^ “森田健作知事、選挙権付与に反対”. 日刊スポーツ(共同通信). (2010年1月14日). http://www.nikkansports.com/general/news/f-gn-tp0-20100114-585704.html 2010年1月14日閲覧。 
  21. ^ “定住外国人の地方参政権反対意見書など可決 12月県議会閉会”. 産経新聞. (2009年12月22日). http://sankei.jp.msn.com/region/kanto/chiba/091222/chb0912221934004-n1.htm 2010年1月14日閲覧。 
  22. ^ “外国人参政権、14県議会が反対 「保守」掲げ自民主導”. 朝日新聞. (2010年1月8日). http://www.asahi.com/politics/update/0108/TKY201001070489.html 2010年1月14日閲覧。 
  23. ^ 千葉県 (2009-07-23), “知事定例記者会見概要”, プレスリリース, http://www.pref.chiba.lg.jp/syozoku/a_hisyo/chiji/kaiken/09/090723.html 2010年2月26日閲覧。 
  24. ^ 千葉県 (2009-05-21), “知事定例記者会見概要”, プレスリリース, http://www.pref.chiba.lg.jp/kouhou/chijishitsu/teirei/h21/h21-0521.html 2011年1月25日閲覧。 
  25. ^FRIDAY』 2009年5月8・15日合併号
  26. ^ I am 日本人(Internet Archiveによるキャッシュ)
  27. ^ 千葉県総務部政策法務課 (2009-04-06), “知事の氏名の表記について” (pdf), プレスリリース, http://www.pref.chiba.lg.jp/syozoku/a_bunsyo/tizisimei.pdf 2010年2月26日閲覧。 

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク


公選第16 - 17代:
堂本暁子
Shadow picture of Chiba prefecture.png 千葉県知事
公選第18代:2009 -
次代:
-
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