復活の日
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
| 文学 |
|---|
![]() |
| ポータル |
| 各国の文学 記事総覧 |
| 出版社・文芸雑誌 文学賞 |
| 作家 |
| 詩人・小説家 その他作家 |
| お知らせ |
| このテンプレートの解説ページができました。使用されるべき記事が決まりましたので一度ご確認ください。 |
『復活の日』(ふっかつのひ)は、小松左京が1964年に書き下ろしで発表した日本のSF小説である。また、同作を原作に、角川春樹事務所とTBSの製作により、1980年6月に東宝系で公開されたSF映画である。英題:VIRUS。
目次 |
[編集] 概要
小松にとっては『日本アパッチ族』に次ぐ長編第2作であり、バイオテクノロジーによる破滅テーマの本格SFとしては日本ではこれが嚆矢になった。執筆当時の香港風邪の流行、東昇の『ウイルス』、カミュの『ペスト』『戒厳令』、南極には風邪がないと記された岩波新書の『南極越冬記』、また冷戦時代の緊張下で同じく人類滅亡を扱ったネビル・シュートの『渚にて』を下敷きとしている[1]。本作で地震について調べたことが、代表作『日本沈没』にも繋がったという[2]。そして、福島正実の企画による早川書房の初の日本人SF作家による長編シリーズ「日本SFシリーズ」の第1巻となった[3][4]。
SF作家の堀晃は、日本のSFのレベルを引き上げたと高く評価[5]。評論家の石川喬司は、細菌兵器による終末テーマのSFの代表的な作品の一つとして扱っている[6]。
題名は当初は考えておらず[7]、掲載するに当たって急遽思いついたのだという。
[編集] 内容
注意:以降の記述で物語・作品・登場人物に関する核心部分が明かされています。
生物兵器に使うため弱毒化する過程で出来た、猛毒の新型ウイルス MM-88がスパイによって持ち出され、全世界に蔓延した。そして、人類を含む哺乳類と鳥類はほとんど絶滅し、わずかに生き残ったのは極寒の南極大陸に滞在していた各国の観測隊員約1万人(映画では863人)と蔓延前に出航していた原子力潜水艦の乗組員[8]だけであった。
絶望の中から再建の道を模索する彼らだったが、日本隊の地質学者・吉住がアラスカへの巨大地震の襲来を予測する。そしてこの地震による被害を「敵国」の核攻撃と誤認する米のARS(自動報復装置)によってソ連本土に核ミサイルが撃ち込まれ、さらにこれを受けてソ連のARSも作動し、南極も含めた全世界に核弾頭付き ICBM が降り注ぐ危険が判明する。吉住は自ら志願して、ワシントンD.C.にあるスイッチを切る為に、ふたたび死の世界へと赴く。
[編集] 用語
- MM-88
- 原作では、MM-88によって変異したインフルエンザは「チベット風邪」と呼称される(原作の記述によれば最初の発生地域はスイスとイタリアの国境周辺であるが、作品世界内ではそういう認識はない)。米国が大気圏外から無作為に採取し、生物兵器として使える可能性があるとしてフォート・デトリック(メリーランド州の町。陸軍感染症医学研究所の通称)で研究されていた微生物「RU-308」を英国の息がかかったスパイが盗み出し、ポーツマス近郊の英国細菌戦研究所の研究員グレゴール・カールスキィ教授が継代改良した88代目の菌種(原作のある登場人物によれば、MMとは「火星の殺人者(マーシアン・マーダラー)」の頭文字)。増殖率・感染率・致死率があまりにも高いために生物兵器としては強力すぎるとの理由からカールスキイ教授はこれを弱毒化して「実用化」を目指していたが、MM-88は前代のMM-87から2000倍の毒性を獲得してしまった。教授は職業的倫理観や良心の咎め、MM-88が万が一にも外に漏れた場合の人類滅亡の可能性を思ううちにノイローゼとなり、職業スパイを通じてMM-88株をチェコスロヴァキアの著名な分子生物学者に送り、東西合同で対抗薬品を研究・開発させる事を思い立つ。しかしスパイたちの乗った逃走用の飛行機はイタリアアルプス山中に墜落、MM-88菌は世界にばら撒かれる結果になった。
- 映画では「イタリア風邪」と呼称される(原作の最初の発生地点と同じ。ただし本作ではカザフスタンが最初の発生地点となっている)。「フェニックス計画」という遺伝子操作による生物兵器開発により生成されたが、研究所から盗み出された。その後、東ドイツライプチヒの陸軍細菌研究所からクラウゼ教授によって持ち出され、西側のスパイの手に渡ったが、スパイのセスナ機がアルプス山中で墜落したために墜落。春になって気温が上がるのと共に全世界に蔓延することになる。
- フォート・デトリックでRU-300系列を研究していたマイヤー博士は、世界をMM-88の惨禍が襲う中でその正体がRU-308であると気づいたが、時既に遅く、破滅を食い止めることはできなかった(映画では、メリーランド大学細菌研究所から防衛監視委員会に告発しようとしたが、ランキン大佐によって精神病院に入院させられてしまい、後にバークレイ上院議員によって解放されたが、大統領の手によって極秘事項にされた)。
- 絶対低温・絶対真空の宇宙空間に存在していたMM-88は、地球上の環境では強烈な増殖率を持つ。摂氏マイナス10度前後から萌芽状態にもかかわらず増殖し、マイナス3度以上で100倍以上、摂氏5度以上で毒性を持ち始めるが、その段階の増殖率は、マイナス10度段階の20億倍。:MM-88は増殖・感染する核酸のみの存在[9]で、ブドウ球菌に似た特定の球菌を媒介としてインフルエンザウイルスを含む「ミクソウイルス群」に寄生した状態で人体に侵入すると、ヒトの神経細胞の染色体に取り付き、変異を起こさせる。変異を起こした神経細胞は神経伝達物質の生成と伝達を阻害され、感染者は急性の心筋梗塞様の発作を起こして死亡するか、急性全身マヒに陥って死亡する。
- 大気中のMM-88は宿主となるウイルスの増殖力・感染力を殺人的に増加することで大規模な蔓延を引き起こす。人間だけではなく鶏などの伝染病としても蔓延し、鶏卵が高騰して防疫体制が深刻なダメージを受ける描写もある(通常のワクチン製造には鶏卵が大量に必要である為)。
- 細菌でもウイルスでもないMM-88にはワクチンも抗生物質も効果がなく、ウィルスに寄生するそのメカニズム、増殖・感染する核酸という理論が、軍事機密というベールの中で発見されたため、世界の防疫体制はMM-88の正体を知らぬまま壊滅した。南極の科学ブレーンの一人、ド・ラ・トゥール博士により、半ば偶然に発見された唯一の対抗手段は、原子炉内での中性子線照射によって生まれた人体には無害な変異体[10]によって、MM-88の増殖を抑える事だけであったが……。
- ARS(Automatic Revenge System)
- 米国の狂信的な反共軍人・ガーランド中将(映画での階級は統合参謀本部議長)が反共主義の前大統領・シルヴァーランドと共に造り上げた「全自動報復装置」。相互確証破壊戦略の確度を上げるため、軍の施設がソ連の攻撃を受けて破壊された場合、その施設と一定時間の通信を行い、応答が無い場合はソ連へ向けて報復のための全面核攻撃を全自動で実施するシステム。ホワイトハウスの地下シェルター(これはイーストウイングに実在する)の切り替えスイッチにより作動する。
- シルヴァーランドの後を受けて就任したリチャードソン大統領はこのシステムの廃棄を意図していたが、ガーランド以下、軍内部の反共勢力の強硬な反対により果たせず、まず全面軍縮を実現させてからARSシステムを無用の長物と化してしまおうと目論んでいた矢先に、世界はMM-88によって滅亡するが、MM-88の蔓延をソ連の生物兵器による攻撃であると盲目的に確信していたガーランドは、死の直前にARSシステムのスイッチを入れ、起動させる。
- ワシントンへ赴いた吉住とカーター少佐の目的は、起動している可能性のある(映画ではネレイド号が通信によって作動を確認した)ARSシステムが、大地震によるアラスカ方面の軍事施設の破壊(映画ではワシントンD.C.自体の大地震)を核攻撃と誤認して作動するのを防ぐために、スイッチを切る事にあった。
- 反動政治家シルヴァーランドの時代は恐怖政治が猛威を振るい、米ソは全面戦争の一歩手前まで行っていたという(「ケネディの選んだ道を強引に引き返した」とされ、保守的な軍人でさえも「アメリカの後進性に絶望」した。観測隊員の一人が“20世紀のアッティラ”とまで評した)。その為、対抗上ソ連側も全く同じARSシステムを保有せざるを得なかった。そしてシルヴァーランドは南極にも極秘で軍事基地を建設しており、これを知ったソ連側は南極を核ミサイルの射程に置いた、とされた(が、原作のラストでは…)。
[編集] 映画版
| 復活の日 | |
|---|---|
| 監督 | 深作欣二 |
| 製作 | 角川春樹 |
| 脚本 | 高田宏治 深作欣二 グレゴリー・ナップ |
| 出演者 | 草刈正雄 多岐川裕美 渡瀬恒彦 森田健作 夏木勲 緒形拳 千葉真一 |
| 音楽 | テオ・マセロ 羽田健太郎 |
| 主題歌 | ジャニス・イアン「You are love」 |
| 撮影 | 木村大作 |
| 配給 | 東宝 |
| 公開 | 1980年6月28日 |
| 上映時間 | 156分 |
| 製作国 | |
| 言語 | 日本語、英語、ドイツ語 |
| 興行収入 | 24億円 |
| allcinema | |
| キネマ旬報 | |
| allmovie | |
| IMDb | |
1965年に映画化の話があったが「合作でないと日本では無理」と東宝が判断、英訳して、20世紀フォックスに渡した。当時、フォックスに出入りしていたマイケル・クライトンが4年後の1969年に類似テーマの『アンドロメダ病原体』を出版、ベストセラーとなり、映画化もされ小松を驚かす[11]。 1970年代、角川春樹が社長に就任した角川書店では角川文庫を古典中心からエンターテインメントに路線変更を図り、特に日本のSF小説に力を入れていた。本作も早川書房から刊行されていたものを1975年に角川文庫へ。また、当時、角川は映画製作事業も開始しており、いわゆる角川映画の1本として白羽の矢が立った。角川春樹は社長に就任するとすぐ小松に文庫化を依頼し、映画化の際には小松に「これを映画化するために会社を継いだ」と語ったという。角川春樹は自著でも、映画製作を行うようになったのは『復活の日』がきっかけと述べている[12][13][14]。
壮大なスケールの原作の映像化にふさわしく、当初14億円から15億円の予定だった製作費は最終的に25億円。深作欣二監督の下、スタッフは日本人とカナダ人の混成チームで、外国人俳優も多数参加した。撮影日数には1年以上をかけ、日本国外のロケに費やした日数は200日を数えた。南極やマチュ・ピチュでロケが行なわれ、特に35mmムービーカメラで南極大陸を撮影したのはこの映画が世界初となった[15][16]。南極ロケでは座礁事故を起こして一般ニュースとして日本での報道のみならずニューヨーク・タイムズの1面でも報じられた。また、チリ海軍とカナダ海軍の協力で本物の潜水艦(シンプソン・オカナガン)を撮影で使用するなど話題には事欠かなかった[17][18]。
世界各地の様子を知る為に昭和基地のアマチュア無線で情報収集をする様子が描かれている。
国内公開では配給収益24億円とヒットしたものの、製作費が巨額だったため、宣伝費等を勘案すると赤字であったとされる。本作がきっかけとなって、角川映画は1970年代の大作志向から、1980年代は、薬師丸ひろ子ら角川春樹事務所所属俳優主演のアイドル路線のプログラムピクチャーに転換した[19][20][21]。
角川と共同製作したTBSは、1980年4月から放送した連続テレビドラマ『港町純情シネマ』の第10回「復活の日」(1980年6月27日放送)で、西田敏行演じる映写技師が本作の場面を流すタイアップを行なった。
これまでに『日本沈没』『エスパイ』など自作が映画化されている原作者の小松だが、本作を非常に気に入っており、自作の映画化作品で一番好きだという[22][23]。 ただし、「さよならジュピター」企画当時にSF大会で行われた野田昌宏との対談で「(撮影の)木村大作さんの絵はものすごくいいんだけど・・・」などと、かなり否定的(特に深作の演出に対して)なコメントもしている。
[編集] スタッフ
- 製作:角川春樹
- 監督:深作欣二
- 脚本:高田宏治、深作欣二、グレゴリー・ナップ
- 撮影:木村大作
- 助監督:手塚昌明
- 原作:小松左京(角川文庫版)
- 音楽監督:テオ・マセロ(Teo Macero)、羽田健太郎
- 音楽監督補佐:鈴木清司
- 主題歌:ジャニス・イアン「ユー・アー・ラブ(Toujours gai mon cher)」
- 作詞:ジャニス・イアン
- 作曲:テオ・マセオ
- 翻訳:清水俊二、戸田奈津子
- 現像:東洋現像所、フィルムハウス(トロント)
[編集] キャスト
- 南極日本隊
- 南極アメリカ隊
- コンウェイ提督:ジョージ・ケネディ
- カーター少佐:ボー・スベンソン(Bo Svenson)
- サラ・ベーカー:ステファニー・フォークナー(Stephanie Faulkner)
- 無線係:ニコラス・キャンベル(Nicholas Campbell)
- 南極ソ連隊
- ボロジノフ博士:クリス・ウィギンス(Chris Wiggins)
- ネフスキー大佐:ジョン・エヴァンス(John Evans)
- 南極ノルウェイ隊
- 各国南極観測隊
- ロペス大尉:エドワード・ジェームズ・オルモス(Edward James Olmos)
- ラトウール博士:セシル・リンダー(Cec Linder)
- イルマ・オーリッチ博士:イブ・クロフォード
- ネレイド号乗組員
- マクラウド艦長:チャック・コナーズ(Chuck Connors)
- ジョーンズ大尉:ケン・カメルウ(Ken Camroux)
- T232号乗組員
- スミノルフ少佐:ジャン・ムジンスキー(Jan Muszynski)
- 電探係:チャールズ・ノースコート(Charles Northcote)
- 日本本土
- アメリカ本土
- リチャードソン大統領:グレン・フォード
- バークレイ上院議員:ロバート・ヴォーン
- ガーランド統参議長:ヘンリー・シルヴァ(Henry Silva)
- ランキン大佐:ジョージ・トゥリアトス(George Touliatos)
- マイヤー博士:スチュアード・ギラード
[編集] 外国語版
国際市場を意識して、外国人俳優を起用して海外ロケを行い、当初は監督と脚本に外国人スタッフを打診した[24]。アメリカ人スタッフによる編集で海外版を制作したものの、海外セールスは好調とはいかなかったとされる。オリジナルと異なり、日本本土のシーンがほとんどカットされている上、その他のシーンも順序が入れ替えられており、結果として登場人物の行動の理由が全く変わっている箇所もある。何より、オリジナルの後半が全面的にカットされており、結末が全く異なってしまっている。
[編集] 受賞歴等
- キネマ旬報ベスト・テン 特赦読者ベスト・テン 3位
- ブルーリボン賞 ベストテン
- 優秀映画鑑賞会ベストテン 8位
- 映画芸術 ワーストテン 7位
- シティロード 読者選出ベストテン
- 文化庁優秀映画製作奨励金交付作品
- 毎日映画コンクール
- 日本映画優秀賞
- 録音賞(紅谷愃一)
- 日本アカデミー賞 最優秀録音賞(紅谷愃一)
[編集] 註
- ^ 小松左京『SFへの遺言』光文社、1997年、p.124。
- ^ 小松左京『小松左京のSFセミナー』集英社文庫、1982年、p.221.
- ^ 小松左京『小松左京自伝 ――実存を求めて――』日本経済新聞社出版社、2008年、pp.63,130-134.
- ^ 福島正実『未踏の時代』早川書房、1977年、pp.136-145.
- ^ 堀晃「復活の日 作者と作品」『世界のSF文学・総解説』自由国民社、1992年増補版、pp.246-247.
- ^ 石川喬司『IFの世界』毎日新聞社、1978年、p.201.
- ^ 小松左京『題未定』に詳しく書かれているが、小松は題名を考えずに小説を書く
- ^ 原子力潜水艦は通常の潜水艦と異なり、艦内の空気を長期間自己完結させるほか、海水電解で空気を精製させることが出来るため。詳しくは同項目を参照。
- ^ 小説発表時にはこのようなものは知られていない、空想上の病原体であったが、後に高等植物に感染するウイロイドや細菌に感染するプラスミドなどの「増殖・感染する核酸」の実在が知られるようになった
- ^ 映画版ではワクチンとして扱われている
- ^ 小松左京『SF魂』新潮新書、2006年、p.141
- ^ 『SF魂』p.141
- ^ 角川春樹『試写室の椅子』角川書店、1985年、pp.126,137.
- ^ 『SF魂』p.159.
- ^ 小松でさえ、映画化の話を聞いたときはアラスカかグリーンランドでロケをするのだろうと思っていた(角川書店版「あとがき」より)。
- ^ 日本の北海道ロケで済まそうという話もあったが、撮影監督の木村大作がそれなら降りると主張して、南極ロケが実施された(金澤誠聞き手・文「風にふかれて気のむくままに 木村大作「劔岳 点の記」への道、」第5回「復活の日」篇1『キネマ旬報』2009年1月上旬号、キネマ旬報社)。
- ^ 深作欣二、山根貞男『映画監督深作欣二』ワイズ出版、2003年、pp.374-384.
- ^ 金澤誠聞き手・文「風にふかれて気のむくままに 木村大作「剣岳 点の記」への道、」第6回「復活の日」篇2『キネマ旬報』2009年1月下旬号、キネマ旬報社
- ^ 樋口尚文『『砂の器』と『日本沈没』70年代日本の超大作映画』筑摩書房、2004年、pp.223-p230.
- ^ ひげじい「キネマの天地とハリウッドに見る20世紀の映画事情」『20世紀死語辞典 20世紀死語辞典編集委員会編』太田出版、2000年、p.276.
- ^ 磯田勉「角川映画のアイドル戦略」『別冊映画秘宝VOL.2 アイドル映画30年史』洋泉社、2003年、p.97
- ^ 『小松左京自伝』p.330.
- ^ 『SF魂』p.148.
- ^ 『映画監督深作欣二』pp.376-377.
[編集] 関連項目
- 2009年新型インフルエンザ - 蔓延状況が酷似している。
- 感染列島 - 同じく新型ウイルスによるパニックを描いた作品(2009年)[1]。


