風来坊探偵 赤い谷の惨劇

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
風来坊探偵 赤い谷の惨劇
Wandering Detective:
Tragedy in Red Valley
Duel in The Valley
監督 深作欣二
脚本 松原佳成神波史男
出演者 千葉真一
曽根晴美
北原しげみ
音楽 池田正義
撮影 飯村雅彦
編集 鈴木寛
製作会社 ニュー東映
配給 東映
公開 日本の旗 1961年6月9日
上映時間 62分
製作国 日本の旗 日本
言語 日本語
次作 風来坊探偵 岬を渡る黒い風
テンプレートを表示

風来坊探偵 赤い谷の惨劇』(ふうらいぼうたんてい あかいたにのさんげき、Wandering Detective: Tragedy in Red Valley [注釈 1])は、1961年日本映画主演千葉真一監督深作欣二製作ニュー東映[注釈 2]モノクロ東映スコープ、62分。『風来坊探偵シリーズ』の第1作である。

解説[編集]

墜落事故に隠されていた陰謀を風来坊探偵が縦横に駆け巡り、謎を解き明かしていくアクションサスペンスミステリ映画[1]千葉真一が初主演深作欣二が初監督製作されたが、当時の東映は業績が良かったため、次々と映画を量産していく狙いがあった[2]。千葉・深作コンビはこのあと映画では17作品でコンビを組み、ヒットを連発していく第一弾となった[3]

曽根晴美と「拳銃コンビ」で売り出された千葉真一は[1][4]、東映から常にアクションスターであることを出演する作品のジャンルが替わっても求められていく[5]。深作欣二は降雪した浅間山セスナ機を置いてオープンセットを立てたり、セスナ機の衝突では特撮を使用するなど、ふんだんに予算を使った[6]雪渓での格闘やダイナマイトに吹き飛ばされ、乗馬しながら攻防など、吹き替え無しで演じる千葉の勇姿を迫真のカメラロケで迫っている[1]。スピーディーかつ乾いた深作の演出は、のんびりで叙情的な同時代の『渡り鳥シリーズ』(日活)とは異なる無国籍映画に仕上げられた[7]。時代は公開年に設定しているものの牧場高原が舞台であることから、西部劇を彷彿させるような出で立ちで現れる登場人物がおり、千葉演ずる主人公もウィンチェスターライフルで敵と戦い、クライマックスの銃撃戦・爆破も西部劇的な展開となっている。

本シリーズは同年の映画『ファンキーハットの快男児シリーズ』と共に、1966年の映画『カミカゼ野郎 真昼の決斗』や、1968年から1973年に放送されたテレビドラマキイハンター』の先駆けとなる作品になった[7][8][9]室田日出男もキャスティングされていたが、クランクインの前夜に酔って暴れ、ホテル窓ガラスを叩き割ったので降板させられている[9]

ストーリー[編集]

香山美佐子の兄と新日本開発の社長・南雲の乗ったセスナ機信州の赤岩岳に墜落し、彼らは死亡。優秀なパイロットである兄の死が信じられない美佐子は赤岩岳山麓の村へ着き、上田牧場の娘・ちか子に教えてもらい、墜落現場へ向かう。セスナ機の残骸は残されたままだったが、美佐子は場違いなマニキュアの小瓶をみつけたことから、この事故に違和感を抱く。すると彼女をそれまで尾けていたヨダレの政と2人のヤクザが、突然襲いかかってきて拉致しようとした。そこに颯爽とハンター姿の男が登場。政たちを叩きのめし、危うい彼女を救い、小瓶をチェックし立ち去っていく。この男は風来坊探偵の異名を持つ、西園寺五郎。五郎は新日本開発から依頼を受け、捜査していたのだ。この付近一帯が観光事業の利権が絡んでいることを突き止めた五郎に、上田牧場を地上げし赤岩岳周辺にスキー場ゴルフ場を造り独占しようと企む北東観光のボス・鬼頭とその配下である用心棒サウスポーの源とヨダレの政らヤクザたちが立ちふさがり、正体不明の拳銃使い・スペードの鉄も関わってくるが、五郎は真相を暴いていく。

キャスト[編集]

スタッフ[編集]

脚注[編集]

[ヘルプ]
注釈
  1. ^ Duel in The Valley という英語タイトルもある[1]
  2. ^ 1960年に設立された「第二東映」で、1961年には「ニュー東映」と改称された。当時の東映は、東映京都撮影所時代劇を製作していた「第一東映」と、東映東京撮影所現代劇を製作していた「ニュー東映」に分かれていた[2]
出典
  1. ^ a b c d 風来坊探偵 赤い谷の惨劇”. 日本映画製作者連盟. 2011年11月27日閲覧。
  2. ^ a b JJサニー千葉 『千葉流 サムライへの道』 ぶんか社2010年、138頁。ISBN 4821142694
  3. ^ “インタビュー <日曜のヒーロー> 第355回 千葉真一”. 日刊スポーツ (nikkansports.com). (2003年3月30日). http://www.nikkansports.com/ns/entertainment/interview/2003/sun030330.html 2009年6月26日閲覧。 
  4. ^ 月刊誌 『東映の友』 1961年東京国立近代美術館フイルムセンター4階図書室所蔵。
  5. ^ 脇田巧彦「アクションに賭ける男・千葉真一」 (パンフレット) 、『戦国自衛隊』、角川春樹事務所東宝1979年12月15日、 21頁。
  6. ^ 千葉流 サムライへの道、139頁。
  7. ^ a b 千葉流 サムライへの道、140 - 141頁。
  8. ^ 菅原文太、ほか「映画監督 深作欣二の軌跡」、『キネマ旬報 臨時増刊』第1380号、キネマ旬報社2003年、 154頁。
  9. ^ a b 千葉真一、深作欣二の初監督の怒号に驚いた」、『アサ芸+』、徳間書店2012年11月27日2012年12月5日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]