戦国自衛隊 (映画)

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戦国自衛隊
G.I. Samurai
監督 斎藤光正
脚本 鎌田敏夫
原作 半村良
製作 角川春樹
出演者 千葉真一(兼 アクション監督
渡瀬恒彦
夏八木勲
音楽 羽田健太郎
主題歌 松村とおる 「戦国自衛隊のテーマ」
撮影 伊佐山巌
編集 井上親弥
製作会社 角川春樹事務所
配給 日本の旗 東宝東映洋画系マーケット
公開 日本の旗 1979年12月15日
上映時間 日本の旗 139分、欧米 95分
製作国 日本の旗 日本
言語 日本語
製作費 ¥1,150,000,000[1]
興行収入 日本の旗 ¥1,350,000,000
(配給収入)[2]
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戦国自衛隊』(せんごくじえいたい、G.I. Samurai)は、1979年日本映画アクション監督主演千葉真一監督斎藤光正製作角川春樹事務所、カラー・ビスタビジョンサイズ、139分。千葉真一芸能生活20周年・ジャパンアクションクラブ (JAC ) 発足10周年記念作品[3]1980年第23回 ブルーリボン賞ではスタッフ賞を受賞した。

解説[編集]

原作角川文庫にも収められている半村良SF小説戦国自衛隊』で、プロデューサー角川春樹UFOや映画『スター・ウォーズ』などの時代に合わせて時代劇にSFを加味して、角川の意図で青春映画として製作した[4][5]。製作発表でも角川は「映画『アメリカン・グラフィティ』の日本版を目指す」と抱負を語っている[6]フジテレビジョンと共同製作する予定だったが提携できず[6]、角川は自宅を抵当に入れ銀行から融資してもらい、製作費11億5千万円を捻出した[1]

主演アクション監督を兼務した千葉真一クリント・イーストウッド主演映画『戦略大作戦』(1970年)を意識して演出した[7]。千葉は時速100kmで飛ぶヘリコプターロープ1本でぶら下がり、乗馬で地面にあるを左右に傾いて拾い上げるスタント吹き替え無しで演じたのに加えて、ヘリコプターから宙吊りになるシーンは自前のハイスピードカメラを足に括りつけて撮影し[8]、騎手の目線を写すためにカメラを取り付けたヘルメットを被り乗馬するなど[注釈 1][1][9]、アクション監督としても自ら撮影を行っており、これらの敢行はスタッフをとても心配させた[8]。脇腹に隠れての乗馬は時代劇柳生一族の陰謀』第27話「美女と野獣」で千葉が既に演じていたものを騎馬武者ジャパンアクションクラブ (JAC ) に演じさせている。馬は短距離の瞬発力に優れ、急発進・急停止なども器用にこなすクォーターホースアメリカから輸入し、クランクイン1か月前から千葉とJAC はクォーターホースと共に生活して訓練した[1][3][9]。馬自身が転倒する時にはケガを負わせないように、クッションなど安全装置を設けて撮影された[1][3][9]。千葉は本作の騎馬シーンの一部を1989年の映画『将軍家光の乱心 激突』で再現している。

このほかのスタントは夏木勲が春日城天守閣からヘリコプターに吊り下げられた縄梯子で脱出するシーンや、真田広之は空中浮遊するヘリコプターから飛び降り、疾走する乗馬から伊庭義明三尉(千葉真一)へ飛び斬りかかるアクションを演じている。斎藤光正は「自分が監督するからには、青春映画でないと意味がない」と語り[10]脚本鎌田敏夫もテレビドラマ『俺たちの旅』シリーズで青春ものを手掛けていたことから、アクションSF戦争・時代劇に運命を翻弄される自衛隊員の青春群像が盛り込まれた作品である。キャッチフレーズでも「SF青春時代劇」を謳い[11]、松村とおる・井上尭之ジョー山中高橋研らによる青春をモチーフとした挿入歌が劇中に流されている。実戦をまったく経験したことのない近代軍隊が、殺戮を日常とする戦国時代の武士に倒されていく構図は、子供のような武士(薬師丸ひろ子)と木村三曹(竜雷太)が対峙するシーンなどで描かれており、評論家中邑宗雄は本作を「ベトナム戦争パロディ」と評した[12]小野みゆき岡田奈々ヒロインにはあえて台詞を割り当てない演出が施され、新井和子(岡田)が帰りを待つシーンでは相馬野馬追が盛り込まれている。シナリオでは川中島の戦いを2つのシーンのみで記されていたが、そのカット数は400を超え、20日間以上の日数が費やされた[3]ロケーション撮影春日山城には福井県丸岡城福島県新田川流域、小宮牧草地、静岡県御殿場と全国数か所にわたって行われた[3]。自衛隊員役には、挿入歌を担当した高橋やにしきのあきら鈴木ヒロミツかまやつひろしら、音楽分野の人間も起用された。草刈正雄勝野洋宇崎竜童・薬師丸らはワンシーンのみのカメオ出演した。

主人公の伊庭義明三尉率いる陸上自衛隊の一個小隊が、戦国時代タイムスリップというモチーフは原作と同じであるが、登場人物のキャラクター・戦の数・車両やストーリーは原作の相違がある[13]。奇想天外なストーリーを千葉の演出による迫力ある戦闘と青春群像を描いて配給収入13億5千万円のヒットをしたが[2][注釈 2]、脚本には燃料補給ができない・限られた弾薬タイムスリップすることになった描写がなく[13]、武器や燃料の消耗を危惧する内容は存在したものの、映画では登場しない[14]角川春樹事務所では前年の映画『野性の証明』に続く防衛庁自衛隊モチーフにした作品だが、千葉と夏木勲を体験入隊させるのみしか支援を受けられなかったため、2か月半と8千万円を費やして61式戦車レプリカを製造した[3][15]。撮影後にレプリカは映画館の前に陳列されて宣伝に使われた後、半村良に進呈しようとしたが断られている[16]ヘリコプター陸上自衛隊で採用されていないシコルスキー S-62を塗装して使用された。レプリカの61式戦車はその後、映画『ぼくらの七日間戦争』やテレビ番組『ビートたけしのお笑いウルトラクイズ』でも使用され、TBSドラマ『さとうきび畑の唄』では米軍戦車として登場した。長谷川和彦が監督、三池崇史助監督で続編の企画が1980年代に存在したが、実現しなかった[17]

キャッチコピーは、

歴史は俺たちに何をさせようとしているのか

公開・媒体[編集]

日本では配給東宝東映洋画系マーケットにて[18]1979年12月15日から公開された1980年のお正月映画で[18]配給収入13億5千万円を記録した[注釈 2]角川春樹事務所にとっては初の正月作品である[18][16]角川春樹は正月興行といえば東映時代劇という時代に育ち、正月に時代劇をやるのはプロデューサーとしての夢であった[4][5]。同事務所の過去3作同様に角川商法と云われたメディアミックスが展開され、もともと映画復活の日』を正月作品にあてがう予定だったが、製作の遅れにより本作が取って代わった[6]

欧米向けの作品は95分に編集されている[19]

メディア (媒体)は1990年5月1日にVHS、2000年8月25日にDVD、2012年9月28日に「角川ブルーレイ・コレクション」の一作品としてBlu-ray Discで販売された。

ストーリー[編集]

伊庭義明三尉を隊長とする、近代武器で武装した21名の陸上自衛隊員は、演習に参加するための移動時に突然、補給地ごと戦国時代タイムスリップしてしまった。戸惑っている彼らに長尾平三景虎が家来と共に会いに来た。景虎は伊庭と初めて会った瞬間「同族じゃ」と気に入り、異なる服装・武器に惹かれ、仲間にしたいと考える。タイムスリップした現実を安易に受け入れられなかった伊庭と自衛隊員たち。しかし景虎らに遭遇し、景虎と敵対する戦国大名のゲリラ軍に襲撃され仲間が死亡。そして景虎の戦を目の当たりにしたことで、戦国時代に来てしまったことを否応なしに受け入れていく。

伊庭は景虎から「あなたは戦国時代で生きるべき人だ」と、一緒に天下を取ろうと誘われる。伊庭は戸惑いながらも戦国時代を謳歌していることに気づき、二人にはいつしか友情が芽生えていた。部下の隊員たちも近隣の農民とその娘たちと交流し、中には農民の娘と恋に落ちる隊員もいた。それぞれに戦国時代と向き合っていくが、一方で現代に戻ろうと抗う、原住民と交流することは歴史を変えると慎重な者もいた。そんな時、かつて伊庭にクーデターを潰されたと思い込んでいる部下・矢野は、徒党を組んでいる仲間と哨戒艇・兵器を持ち出し、隊を無断で離れる。矢野らは欲望の赴くまま、周囲の村を次々と襲い略奪と強姦を繰り返す。伊庭は追跡し、戻るよう説得するが、矢野は拒んで戦おうと挑発。伊庭は不本意ながら、彼らを鎮圧した。

景虎と天下を取ることで歴史が変わり、現代に戻れると考えた伊庭は、天下をとるためにへ行くと部下に宣言し、隊員もこれに従う。景虎は越後から西へ進んで浅井朝倉連合を、伊庭は南へ進んで信濃川中島武田信玄をそれぞれ討ち破って京で再び会おうと約束し、進発した。

伊庭率いる自衛隊は川中島で武田軍と正面から激突する。当初は圧倒的な攻撃力で優位に戦を進めるが、「空を飛ぶ鉄の船(ヘリコプター)」や「地を這う鉄の馬(戦車装甲車)」の情報を得ていた信玄は、それに対処するための戦術を駆使して奮闘する。ヘリコプターは忍び込んだ武田勝頼によって乗員を殺害されて墜落、戦車は人海戦術で動きを封じられ、装甲車は落とし穴にはまって自走不能となり、その他の車輌も全て失って、伊庭たちは戦闘能力を失くしていく。伊庭は武田軍に巻き返しを図られる前に、信玄の首を求めて武田本陣に単騎斬り込み、信玄と一騎打ちの末に討ち取った。

辛くも伊庭たちは勝利を収めたものの、戦車・ヘリコプター・装甲車などを無くし、隊員も次々と戦死するなど犠牲も大きく、武器は小銃拳銃のみしか残っていなかった。生き残った隊員たちは補給地へ戻り、再びタイムスリップするのを待とうと伊庭へ進言。しかし伊庭は戦国の世で天下を取ることが主たる目的になっており却下したため、隊員たちと絶対的な溝が生じた。先行して京へ入っていた景虎は足利義昭本願寺光佐九条義隆らから、「正体不明の伊庭を天下人と認めるわけにはいかない。そのような者と手を組む景虎も朝敵とみなす」と弾劾される。伊庭たちが近代兵器を喪失し、散々な形で荒れ寺へ避難したことを知った3人は「伊庭恐れるに足りず」と、細川藤孝へ伊庭らを抹殺するよう命令するが、景虎がその動きに待ったをかける。彼らは景虎にあることを迫っていた。

景虎は苦渋の表情を見せ、ある決意を抱き、伊庭たちが休息している荒れ寺へ向かう。心強い味方の到着に伊庭は笑顔を見せるが…。

キャスト[編集]

スタッフ[編集]

兵器[編集]

自衛隊の協力を得られなかったため、登場する自衛隊の装備は全て民間の所有品、もしくはレプリカである。

この他にも64式小銃62式機関銃などのプロップガンが作られ、それらは当作の後も自衛隊の登場する映画で長らく用いられた。

脚注[編集]

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注釈
  1. ^ 当時のカメラは今と比べると、遥かに大きく重たかった。
  2. ^ a b 配給収入は宣伝費まで含めた製作費に近い金額となっている[16]1980年度邦画配給収入第5位[2]
  3. ^ 西日本空輸所属のヘリコプターパイロット。10,700時間以上の飛行経験を持ち、当時の日本では加納を含めて5人しかいなかった。その自由自在な操縦技術で城郭や馬にギリギリまで近づくなど、リアルさと迫力を反映させることとなり、千葉真一斎藤光正らスタッフ一同を感嘆させた[1][3]
  4. ^ 農夫に化けた間者という設定で、姿・格好が1980年6月に公開された映画復活の日』の宣伝ポスターを彷彿とさせている。
出典
  1. ^ a b c d e f 「日本映画レトロスペクティブ 第3回 千葉真一」『日本映画専門チャンネル』 2011年11月3日23:00 - 、4日14:00 - 、23日14:00 - 、29日21:00 - 、30日14:00 - 、12月16日18:30 - 、30日14:00 -
  2. ^ a b c 1980年配給収入10億円以上番組 - 日本映画製作者連盟
  3. ^ a b c d e f g 「プロダクションノート」 (パンフレット) 、『戦国自衛隊』、角川春樹事務所1979年12月15日、 26 - 27頁。
  4. ^ a b 鎌田敏夫 「角川春樹『製作意図』」『シナリオ 戦国自衛隊』 角川文庫1979年
  5. ^ a b 「あとがき」 シナリオ 戦国自衛隊
  6. ^ a b c 「邦画新作情報」『キネマ旬報』 1979年5月下旬号、180頁
  7. ^ 高平哲郎 (2011年5月18日). “JJサニーちば、真面目さと優しさに溢れ…”. ZAKZAK. 夕刊フジ. 2014年12月10日閲覧。
  8. ^ a b 脇田巧彦 「アクションに賭ける男・千葉真一」 パンフレット、21頁
  9. ^ a b c 千葉真一 『千葉真一 改め 和千永倫道』 山と渓谷社2008年、73 - 74頁。ISBN 4635340228
  10. ^ 戦国自衛隊大全、110頁
  11. ^ 戦国自衛隊大全、113頁
  12. ^ 『キネマ旬報』 1980年2月下旬号
  13. ^ a b 「原作『戦国自衛隊』について」 戦国自衛隊大全、21頁
  14. ^ 戦国自衛隊大全、37頁
  15. ^ 戦国自衛隊大全、88頁、107頁
  16. ^ a b c 「角川春樹氏特別インタビュー 「戦国」から「大和」へ!!」、『ビッグマンスペシャル 戦国自衛隊パーフェクトBOOK』、世界文化社2005年、 12 - 15頁。
  17. ^ 轟夕起夫 「日本一多作な男が日本一寡作な男の半生に迫る! 長谷川和彦vs三池崇史」『轟夕起夫の映画あばれ火祭り』 河出書房新社2002年、237頁。
  18. ^ a b c キネマ旬報』 2000年10月下旬号、角川春樹インタビュー
  19. ^ 『戦国自衛隊大全』 岩佐陽一、双葉社2005年、105頁。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]