昭和基地

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南極にある日本の基地

昭和基地しょうわきち)は、南極圏内の東オングル島にある日本の観測基地。南緯69度00分22秒 東経39度35分24秒 / 南緯69.00611度 東経39.59000度 / -69.00611; 39.59000座標: 南緯69度00分22秒 東経39度35分24秒 / 南緯69.00611度 東経39.59000度 / -69.00611; 39.59000、標高29.18m。基地の名称は建設された時代の元号昭和」にちなむ。

概要[編集]

昭和基地は天体気象地球科学生物学の観測を行う施設である。施設は大小60以上の棟から成り、3階建ての管理棟のほか、居住棟、発電棟、汚水処理棟、環境科学棟、観測棟、情報処理棟、衛星受信棟、焼却炉棟、電離層棟、地学棟、ラジオゾンデを打ち上げる放球棟があり、このほか、大型受信アンテナ、燃料タンク、ヘリポート、太陽電池パネル、貯水用の荒金ダムもある。また、51次隊から建設が始まった自然エネルギーを研究する為の棟は54次観測隊で完成した。1000キロ離れた南極大陸内にドームふじ基地がある。余暇(通常業務が休みになる南極時間の土日、および臨時で日本時間のこどもの日)を利用して基地職員によるアマチュア無線局(8J1RL)の運用が行われている。多くの建物は木造プレハブ構造で、大手住宅メーカーのミサワホームが製造したものが使用されている。

医務室、管理棟、厨房、食堂、通信室、公衆電話室、図書室、娯楽室などは管理棟内にある。医務室には手術が行える設備があるが、実際は非常時用で手術例はほとんどない。

郵政民営化までは郵便局もあり、現在は日本郵便銀座郵便局昭和基地内分室が置かれ、日本国内と同料金で手紙やハガキを日本本土へ送る事ができる。かつては昭和基地内郵便局の郵便番号として100-70(国立極地研究所扱い。枝番70は一旦閉鎖された基地の業務が再開された1970年にちなむ)が宛てられていたが、現在は特に定められていない。

荒天時は使用しない特殊な棟(放球棟など)を除き、各棟は渡り廊下で接続されている。これは、他国の南極基地で3 m離れた別棟のトイレに向かった隊員が悪天候で遭難死する事故があり、このような事故を防ぐためである。

南極地域観測隊員は約60名で、そのうち約40名が越冬する。翌年度の隊が来た観測船で前年の越冬隊が帰国するため、基地には常に人がいることになる。所管は文部科学省と極地研究所。2009年2月から2010年2月を担当したのが50次観測隊で、2010年2月からは51次観測隊、2011年2月からは52次観測隊の担当となる。越冬交代式は近年通常2月1日に行われている。1次越冬隊の際に有名になった樺太犬など犬ぞり用の犬は、その後環境保護に関する南極条約議定書(付属書II第四条)により生きた動物や植物等の南極への持ち込みが禁止されたため、現在はいない。

タイムゾーンは基地の経度からUTC+3時間(JST-6時間)としている。隊員は国家公務員の男性であるが、専門技能を持った民間企業の社員や、みなし隊員として民間企業出向の女性も派遣されている。

気候[編集]

昭和基地(1981年 - 2010年)の気候
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
最高気温記録 °C (°F) 8.2
(46.8)
8.0
(46.4)
3.6
(38.5)
0.5
(32.9)
2.8
(37)
−0.7
(30.7)
−2.5
(27.5)
−2.8
(27)
−1.1
(30)
−1.2
(29.8)
7.3
(45.1)
8.5
(47.3)
8.5
(47.3)
平均最高気温 °C (°F) 2.0
(35.6)
−0.5
(31.1)
−4.3
(24.3)
−7.6
(18.3)
−10.7
(12.7)
−12.1
(10.2)
−14.1
(6.6)
−15.8
(3.6)
−14.9
(5.2)
−10.8
(12.6)
−4
(25)
1.1
(34)
−7.6
(18.3)
日平均気温 °C (°F) −0.7
(30.7)
−2.9
(26.8)
−6.5
(20.3)
−10.1
(13.8)
−13.5
(7.7)
−15.2
(4.6)
−17.3
(0.9)
−19.4
(−2.9)
−18.1
(−0.6)
−13.5
(7.7)
−6.8
(19.8)
−1.6
(29.1)
−10.4
(13.3)
平均最低気温 °C (°F) −3.7
(25.3)
−5.5
(22.1)
−9.2
(15.4)
−13
(9)
−16.6
(2.1)
−18.7
(−1.7)
−20.8
(−5.4)
−23.3
(−9.9)
−22
(−8)
−17.2
(1)
−10.4
(13.3)
−4.6
(23.7)
−13.7
(7.3)
最低気温記録 °C (°F) −12.6
(9.3)
−14.8
(5.4)
−25.2
(−13.4)
−29.3
(−20.7)
−38.5
(−37.3)
−38.3
(−36.9)
−39.9
(−39.8)
−42.2
(−44)
−45.3
(−49.5)
−33.2
(−27.8)
−25
(−13)
−10.9
(12.4)
−45.3
(−49.5)
平均降雪日数 (≥ 0 cm) 13.3 17.5 29.6 29.5 30.8 29.3 30.3 30.6 29.5 30.5 30.0 28.5 329.4
 % 湿度 67 68 71 72 67 65 66 64 64 69 68 68 67
平均月間日照時間 375.7 203.2 120.1 58.0 17.7 0.0 4.8 64.1 136.5 191.0 316.0 434.6 1,925.9
出典 1: 気象庁
出典 2: 観測史上1 - 10位の値(年間を通じての値)

昭和基地における観測記録上の最低気温は-45.3°C(1982年9月4日)、最大瞬間風速は61.2 mである(1996年5月27日)。(2011年12月時点)

歴史[編集]

昭和基地の歴史は、ほぼそのまま日本の南極観測の歴史でもある。

1951年(昭和26年)に国際地球観測年が提唱されると、日本はこれに参加を希望した。当初、赤道観測を行う予定であったが、予定地の領有権を持つアメリカの許可が出ず、1955年2月、南極観測に切り替え、12か国による共同南極観測に参加した。本来は2次で終了する予定であった。準備期間が短く、観測船「宗谷」も旧船を急ぎ改造したものであった。観測隊出発まで基地の場所は決まらず、決定は隊長に一任されていた。

1956年に出発した南極観測船「宗谷」で永田武隊長率いる第1次南極観測隊53名が東オングル島に到着。1957年1月29日、永田らが上陸、昭和基地と命名する[1]1月31日の正式決定のあと2月1日から建設が始まる。2月8日、永田はここで一夜を明かした。永田らは2月15日に離岸する。このとき完成していた棟は4つで、うち1つは発電棟だった。隊員のうち西堀栄三郎副隊長兼越冬隊長以下11名が越冬した。1次隊は観測器具が凍りつくなどの極度の困難が続いた。このときに輸送などで活躍したのが、樺太犬による犬ぞりであった。一方2月15日に離岸した「宗谷」は分厚い氷に完全に閉じ込められ、28日に当時の最新鋭艦だった旧ソ連の「オビ」号に救出された。

1958年、1次隊に続けて隊長となった永田率いる第2次観測隊を乗せた「宗谷」は深い岩氷に挟まれ、接岸を断念。2月14日、1次隊越冬隊の全隊員は飛行機とヘリコプターで脱出した。犬のうち15頭はその後の活動のため残された。しかし天候は回復せず、2月24日正午(一説では13時)、永田は越冬不成立を宣言。犬は置き去りにされた。当初2次で終了する予定であった観測隊が、2次観測隊の不成立により3次まで延長され、1年後に第3次越冬隊が昭和基地に到着すると、犬のうちタロとジロの2頭が昭和基地で生き残っているのが発見された。この逸話は映画「南極物語」になり、大ヒットしている。

1959年1月から3月までの間、「宗谷」がプリンスハラルドに接岸の期間中、「宗谷船内郵便局昭和基地分室」が基地内に置かれた[2]

1960年10月10日、基地内でそりを固定しようとしていた第4次越冬隊員の福島紳1930年 - 1960年)が遭難。同10月17日死亡が確定される。遭難地点(S69°、E39°35′)には越冬隊によってケルンが建てられた。このケルンは福島ケルンと呼ばれ、1972年に環境保護に関する南極条約議定書(付属書V第八条)に基づき南極の史跡遺産に指定され、日本では南極史跡記念物に定められている[3]。福島隊員の遺体は1968年に、基地より約4 km離れた西オングル島で発見された。

当初2次で終了するはずだった南極観測隊は、結局5次まで延長され、さらに再延長を求める声が高まったが、「宗谷」の老朽化により、1961年出発、1962年帰還の第6次観測隊(越冬はせず)により日本の南極観測は中断、昭和基地は再び閉鎖された。

1965年に竣工した南極観測船「ふじ」による、第7次観測隊および越冬隊から再開、1983年(昭和58年)の第25次観測隊および越冬隊から「しらせ(初代)」に変わった。

観測船「宗谷」、「ふじ」、「しらせ(初代)」には船内郵便局があり、それぞれ独自の風景印を使用していた。

1973年(昭和48年)9月29日に昭和基地は国立極地研究所の観測施設となった[4]

2003年平成15年)1月から2004年1月2日まで、基地内にNHK南極ハイビジョン放送センターがあり、職員5名が2002年12月から越冬してセンターの建設と日本へ放送の送信を行っていたが、2004年3月に帰国した。替わって、2004年1月1日から朝日新聞の南極支局が開設された。

砕氷艦「しらせ」の老朽化により、観測活動の継続に支障が懸念されたが、2006年にユニバーサル造船舞鶴事業所において、後継艦が建造された(2007年起工、2009年5月完成)。艦名は先代に引き続き「しらせ(2代)」となり、2009年(平成21年)の第51次南極観測隊および越冬隊から運用開始した。

ロケットの打ち上げ[編集]

昭和基地では1970年から1985年にかけて、オゾン測定やオーロラ観測などを目的とし、54の観測ロケットを打ち上げた。打ち上げられたのはS-160JAS-210JAS-310JAMT-135JAで、高度は60 kmから220 km程度である。

発射ロケット一覧
日時(GMT) ロケット 高度 搭載機器
1970年2月10日12:30 S-160JA-1 87 km TP、電子密度測定器、オゾン観測器
1970年2月17日12:10 S-160JA-2 88 km TP、電子密度測定器
1971年4月30日10:00 S-160JA-3 83 km TP、電子密度測定器、オゾン観測器
1971年6月24日01:05 S-210JA-4 130 km TP、オーロラX線観測器、極光紫外線観測器
1971年7月21日21:52 S-210JA-3 131 km TP、オーロラX線観測器、極光紫外線観測器
1971年8月10日02:24 S-210JA-1 139 km TP、電場観測器
1971年9月13日21:50 S-210JA-5 115 km TP、電子密度測定器、オゾン観測器
1971年9月24日21:08 S-210JA-2 138 km TP、極光紫外線観測器、極光電波雑音観測器
1971年12月3日12:00 S-210JA-6 131 km TP、電子密度測定器、オゾン観測器
1972年2月11日12:00 S-210JA-12 108 km TP、電子密度測定器
1972年4月16日23:42 S-160JA-4 86 km  ?
1972年5月13日23:13 S-210JA-9 129 km TP、電子密度測定器、オーロラX線観測器、極光紫外線観測器
1972年5月15日23:02 S-210JA-10 115 km TP、電子密度測定器、オーロラX線観測器、極光紫外線観測器
1972年8月7日01:45 S-210JA-11 126 km TP、電子密度測定器、極光紫外線観測器、極光可視光線観測器
1972年8月11日01:01 S-210JA-8 127 km TP、電子密度測定器
1972年12月13日21:23 S-210JA-7 126 km TP、極光可視光線観測器電子密度測定器
1973年2月14日20:45 S-210JA-16 103 km TP、オーロラX線観測器、電子密度測定器
1973年3月25日17:47 S-210JA-14 114 km TP、極光赤外線観測器、極光可視光線観測器、電場観測器
1973年4月22日18:25 S-210JA-17 124 km TP、オーロラX線観測器、電子密度測定器
1973年6月10日17:20 S-210JA-13 123 km TP、極光赤外線観測器、極光可視光線観測器
1973年6月11日18:10 S-210JA-15 125 km TP、極光赤外線観測器、極光可視光線観測器
1973年7月15日16:09 S-210JA-19 131 km TP、電波雑音測定器
1973年8月22日21:53 S-210JA-18 129 km TP、電場測定器、電子密度測定器
1976年1月25日23:20 S-210JA-22 127 km TP、NO測定器、電子密度測定器、35 keV以上の電子エネルギースペクトル測定器
1976年2月13日09:45 S-310JA-1 216 km TP、VLFスペクトルの測定器、HF帯スペクトルの測定器
電子密度測定器、電子温度測定器
1976年6月24日23:40 S-210JA-20 118 km TP、VLFスペクトルの測定器、HF帯スペクトルの測定器
電子密度測定器、35 keV以上の電子エネルギースペクトル測定器
1976年7月26日00:23 S-210JA-21 116 km TP、VLFスペクトルの測定器、HF帯スペクトルの測定器
電子密度測定器、35 keV以上の電子エネルギースペクトル測定器
1976年8月16日23:54 S-210JA-24 118 km TP、電場測定器、電子密度測定器
1976年9月1日00:00 S-210JA-25 125 km TP、電場測定器、電子密度測定器
1976年9月13日04:31 S-210JA-23 120 km TP、NO測定器、電子密度測定器、35 keV以上の電子エネルギースペクトル測定器
1977年2月10日00:22 S-310JA-2 212 km TP、VLFスペクトルの測定器、VLFヒスのポインティングフラックス測定器
HF帯のノイズスペクトラム測定器、電子密度測定器、30 keV以上の電子エネルギースペクトル測定器
1977年3月27日03:55 S-210JA-28 106 km TP、NO測定器、オゾン測定器、電子密度測定器
1977年4月11日05:00 S-210JA-26 105 km TP、NO測定器、オゾン測定器、電子密度測定器
1977年7月12日16:15 S-210JA-29 118 km TP、静電場の測定、電場測定器、電子密度のゆらぎ測定器
1977年7月26日15:35 S-310JA-3 221 km TP、VLFスペクトル測定器、電子プラズマ波・イオン波のW-K測定器
電子密度測定器、30 keV以上の電子エネルギースペクトル測定器
1977年8月10日12:47 S-210JA-27 120 km TP、NO測定器、オゾン測定器、電子密度測定器
1978年1月28日20:20 S-210JA-30 125 km TP、NO密度測定器、オゾン密度測定器、電子密度測定器
1978年2月6日18:55 S-210JA-31 116 km TP、NO密度測定器、オゾン密度測定器、電子密度測定器
1984年4月4日19:27 S-310JA-8 201 km TP、オーロラ粒子測定器
電子密度測定器、ラングミュアプローブ、地磁気姿勢計
1984年5月3日22:14 S-310JA-9 204 km TP、オーロラ粒子測定器
電子密度測定器、ラングミュアプローブ、地磁気姿勢計
1984年5月28日23:17 S-310JA-10 209 km TP、オーロラ粒子測定器
電子密度測定器、ラングミュアプローブ、地磁気姿勢計
1985年1月30日14:00 MT-135JA-1 60 km
1985年3月26日14:30 MT-135JA-2 60 km
1985年5月29日00:59 S-310JA-11 212 km TP、オーロラ粒子測定器、低周波プラズマ測定器、プラズマ密度測定器
高周波プラズマ測定器、電子密度測定器、オーロラ電場測定器、磁場測定器、地磁気姿勢計
1985年6月28日13:35 MT-135JA-3 61 km
1985年6月28日16:16 MT-135JA-5 71 km
1985年6月28日18:10 MT-135JA-6 73 km
1985年6月28日20:02 MT-135JA-7 69 km
1985年6月28日21:58 MT-135JA-4 69 km
1985年7月12日19:35 S-310JA-12 222 km TP、オーロラ粒子測定器、低周波プラズマ測定器、プラズマ密度測定器
高周波プラズマ測定器、電子密度測定器、オーロラ電場測定器、磁場測定器、地磁気姿勢計
1985年9月25日14:00 MT-135JA-9 71 km
1985年9月25日16:00 MT-135JA-8 71 km
1985年9月25日18:00 MT-135JA-11 72 km
1985年9月25日20:00 MT-135JA-10 73 km
引用資料:[5]。搭載機器の項目は[6][7]に従った。

登場作品[編集]

南極にウイルスが蔓延しなかったため一時期舞台として登場。その際に無線機でアメリカにいる子供の声を受信するのだが……。
劇中前半に登場。犬の描写が有名だが一部はフィクションである。
「南極物語」と同様、第1回南極観測隊を中心に描く。

脚注[編集]

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  1. ^ 1957年(昭和32年)2月11日官報第9037号付録『官報資料版』2ページ「行政日誌」
  2. ^ 1958年(昭和33年)11月8日郵政省告示第1137号「宗谷船内郵便局昭和基地分室を設置する件」
  3. ^ 1997年(平成9年)9月29日総理府令第53号「南極地域の環境の保護に関する法律施行規則」
  4. ^ 1973年(昭和48年)9月29日文部省令第23号「国立極地研究所組織運営規則」
  5. ^ Syowa Base”. Encyclopedia Astronautica. 2010年4月20日閲覧。
  6. ^ 宇宙開発と明星電気の歴史、年表:1970年代”. MEISEI. 2010年4月20日閲覧。
  7. ^ 宇宙開発と明星電気の歴史、年表:1980年代”. MEISEI. 2010年4月20日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]