アルベール・カミュ

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[[ファイル:|180px|アルベール・カミュ]]
ノーベル賞受賞者 ノーベル賞
受賞年:1957年
受賞部門:ノーベル文学賞
受賞理由:この時代における人類の道義心に関する問題点を、明確な視点から誠実に照らし出した、彼の重要な文学的創作活動に対して
文学
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アルベール・カミュAlbert Camus, 1913年11月7日 アルジェリア - 1960年1月4日)は、フランスの小説家劇作家

目次

[編集] 生涯

アルベール・カミュ

フランス系アルジェリア人の子としてモンドヴィ(Mondovi;現ドレアン, Dorean)アルジェリアに生まれる。1914年9月、幼くしてマルヌ会戦第1次世界大戦)で リュシアン(Lucien)を失い、聴覚障害を持つスペイン系のと、アルジェのベルクール地区で幼少期を送る。17歳の時に結核にかかるが一命をとりとめ、アルジェ大学を卒業。21歳の時アルジェ地区の共産党に入党し。アラビア人達に共産党の宣伝活動をするがその翌年離党する。1940年にパリの雑誌社『パリ・ソワール』の編集部員となるがドイツ軍がパリを制圧すると9月にアルジェリアに帰国する。1942年にカミュは再びフランスの地を踏み非合法誌『コンパ紙』を発行するなどレジスタンス活動に参加する。第二次世界大戦終結後はアメリカに渡りニューヨークで学生達を前に講演し熱烈な歓迎を受ける。

『異邦人』『シーシュポスの神話』『ペスト』などの著作で、人間存在の不条理さに光を当て、1957年にはノーベル文学賞を受賞した(『この時代における人類の道義心に関する問題点を、明確な視点から誠実に照らし出した、彼の重要な文学的創作活動に対して』; "for his important literary production, which with clear-sighted earnestness illuminates the problems of the human conscience in our times.")。これは、第二次世界大戦後としては最年少での受賞であった(史上最年少はラドヤード・キップリング)。

哲学者、文学者ジャン=ポール・サルトルと共同で文学活動を行ったが、1951年に刊行した評論『反抗的人間』における共産主義批判を契機として雑誌『現代』においてサルトルらと論争になったことで決裂した。かつて実存主義者とみなされることが多かったが、実際には実存主義提唱者サルトルなどと文学的内容は異なっており、本人も実存主義者とみなされることを強く否定していた。1960年、自動車事故死。遺作は『最初の人間』

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尚、在日外国人芸能人であるセイン・カミュは大甥(兄の娘の息子)に当たる。

[編集] 格言

  • 意志もまた、一つの孤独である。」『手帖』より

[編集] 著作

[編集] 小説

  • 1942年 『異邦人
  • 1947年 『ペスト
  • 1956年 『転落
  • 1957年 『追放と王国』(短編集)
  • 1971年 『幸福な死』 - 『異邦人』の初期草稿で、1936年から1938年にかけて執筆された。大筋は完成していたが放棄され、カミュの死後に刊行された。
  • 1994年 『最初の人間』 - 1950年代半ばに構想し、1959年から執筆を開始したが、翌1960年にカミュが交通事故により早世したため未完に終わった遺作

[編集] 戯曲

[編集] エッセイ、評論など

  • 1936年 『キリスト教形而上学とネオプラトニズム』 - 学位論文
  • 1937年 『表と裏』
  • 1939年 『結婚』
  • 1942年 『シーシュポスの神話
  • 1943年 - 1944年 『ドイツ人の友への手紙』
  • 1951年 『反抗的人間
  • 1954年 『夏』
  • 1957年 『ギロチン』

[編集] 外部リンク