ミゲル・アンヘル・アストゥリアス
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ミゲル・アンヘル・アストゥリアス(Miguel Ángel Asturias, 1899年10月19日 - 1974年6月9日。ミゲル・アンヘル・アストリアスとも)は、グアテマラの小説家。1923年に、サン・カルロス大学を卒業すると、フランスのパリに渡りソルボンヌに留学した。パリ留学時代のモンパルナスは、アンドレ・ブルトン、ルイ・アラゴン、ポール・エリュアールなどが集っており、芸術的な雰囲気であった。このころから、アストゥリアスも詩や小説を書き始めた。
1933年にグアテマラに戻ると、アストゥリアスはジャーナリストとなるが、1954年に時の政権に国を追い出されてしまう。しかし、その後に執筆した『混血の女』("Mulata") で広く作家として知られるようになり、政権が代わった後、ついには、1966年にフランス大使に任命される。同じ年、レーニン平和賞を授与される。そして、翌1967年ノーベル賞を受賞する。
[編集] 日本語訳のある作品
- グアテマラの独裁者エストラーダ・カブレラをモデルにしている
- 鼓直 訳『緑の法王』
- 岸本静江 訳『マヤの三つの太陽』
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