南極大陸

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衛星写真
ロス海東岸のハレット岬より望む秋のハーシェル山
観測基地
野外調査
ペンギンの群れ
南極が描かれた切手

南極大陸(なんきょくたいりく、: Antarctica)は地球上で最も南に位置する大陸である。南極地域最大の陸地であり、南極点を含んでいる。

目次

[編集] 大陸概要

南極の地理」も参照

面積は1千4百万平方キロメートルであり、六大陸中、オーストラリア大陸に次いで2番目に小さく、地球の全陸地面積の8.9%を占める。南極海に囲まれ、南極横断山脈によって地域的には東南極西南極に分けられる。南極大陸の特徴は、平均標高が高いこと、高度分布が他の大陸とは異なることである。平均標高は2,200mであり、六大陸中で最も高い。2位のアジア大陸 (960m) の2倍以上の値である。南極大陸以外は、高度1000m以下の部分が7割以上を占める。もっとも低地が多いオーストラリア大陸 (97.8%) はもちろん、高地の比率が高いアジア大陸 (70.7%) であっても7割を超える。ところが南極大陸では14.2%に過ぎない。

年間を通じて気候は非常に寒冷であり、ほぼの世界である(氷雪気候/EF)。全土の98%が氷で覆われている。気温が低く、水蒸気の供給が少ないため、ほとんど降水がない。海岸部分を除いて、大陸の内部は世界で最も大きい砂漠ともいえる。

このため、沿岸地域のわずかな動植物を除いて生物はほとんど棲息しない。ペンギンアザラシ蘚類地衣類藻類など、寒さに耐えることのできる動植物だけが棲息する。歴史上一度も人間が永住したことのない唯一の大陸である。

1959年に12の国が署名し採択した南極条約により、南極大陸を含めた南極地域は、各国が領有権主張は放棄しないものの領土主権行使と請求権が凍結され、どの国にも属さない土地となっている。南極大陸には大量の資源が眠っているが、生態系保護のため採掘は禁止されている。

大陸の各地に科学観測のための基地が設置され、現在では約4,000人が地球環境や天体観測などを行なっている。日本はドームふじ基地において2,503mの氷床コアを掘り出した。氷床コアは過去に降り積もった雪が固まって氷となったもので、当時の空気を含んでいる。これを研究することで過去の気象状況などを知ることができる。厚さ数千メートルの積雪層の重みにより南極大陸の地盤は徐々に沈下している。

日本国籍を有する者が上陸するには、南極条約に付随した環境議定書に基づき、事前に南極環境保護法に基づく環境省への届け出を済ませておく必要がある(外国政府の許可を得ていても必要)。そのため、南極観光ツアーなど、団体旅行の場合、旅行社が代行申請する。個人の場合は環境省で申請する。たとえ、南極海に接している国に旅行して、現地で変更して南極観光した場合でも、帰国後には、環境省からの呼び出しがあり、罰則が科される。

[編集] 歴史

詳細は「南極の歴史」を参照

  • 1世紀頃-北半球の大陸と釣り合いを取るために、南半球に巨大な大陸テラ・オーストラリスがあると信じられてきた。これはオーストラリアの語源であるが、オーストラリア大陸が発見された後も、より巨大な大陸があると考えられた。
  • 1772〜1775年-J・クック(英)第2回航海で、インド洋と太平洋においてヨーロッパ人として初めて南極圏に入るが、大陸発見には至らず。到達最南地点:南緯71度10分〈東太平洋〉。
  • 1800年代初頭-三人の探検家が最初に南極大陸に到達した候補として挙げられる。ドイツ人でロシア海軍のファビアン・ゴットリーブ・フォン・ベリングスハウゼン、イギリス海軍のエドワード・ブランスフィールド、アメリカの水兵ナサニエル・パーマー。
  • 1841年 - J.C.ロス(英)が南極沿岸を測量し、付近の動植物相を調査。
  • 1882〜1883年 - 第一回国際極年(12か国参加)
  • 1908年 - イギリス、西経20~80°の区域を領土宣言
  • 1911年12月 - R・アムンゼン(ノルウェー)南極点到達
  • 1912年1月 - R・F・スコット(英)南極点到達するも、帰路全員死亡
  • 1923年 - ニュージーランド、領土宣言
  • 1924年 - フランス、領土宣言
  • 1932〜1933年 - 第二回国際極年(44か国参加)
  • 1933年 - オーストラリア、領土宣言
  • 1939年 - ノルウェー、領土宣言
  • 1940年 - チリ、領土宣言
  • 1942年 - アルゼンチン、領土宣言
  • 1956〜1957年 - 第一次日本南極地域観測隊、昭和基地建設
  • 1957〜1958年 - 国際地球観測年日本の初代観測船「宗谷」接岸できず、第二次隊越冬断念
  • 1958〜1959年 - 第三次隊、昭和基地再開、「タロとジロ」生存を確認
  • 1961年 - 領土権凍結と国際協力・平和利用を定めた南極条約発効。昭和基地でオゾン層観測開始
  • 1967〜1968年 - 第九次隊、昭和基地―南極点間の往復調査に成功
    • 1968年12月19日 - 村山雅美隊長率いる第九次隊が日本人として初めて南極点に到達
  • 1969〜1970年 - 内陸調査の拠点「みずほ基地」建設。ロケット試射成功し、翌年からオーロラ・ロケット観測開始
  • 1973年 - 国立極地研究所創設、中・長期研究計画開始
  • 1982年 - 第二十三次越冬観測隊員が昭和基地上空でオゾンホール発見
  • 1991年 - 環境保護に関する南極議定書採択
  • 1995年 - ドームふじ基地建設、氷床深層掘削計画開始
  • 2007〜2008年 - 国際極年[1]
  • 2009年 - 「しらせ」後継船竣工・就航

[編集] 南極大陸の地質学的歴史

南極大陸は、かつてのゴンドワナ大陸が分裂してできたものである。ジュラ紀までは現在のアフリカ大陸南アメリカ大陸インド亜大陸、オーストラリア大陸と陸続きだったが、白亜紀に入るとアフリカ大陸、インド亜大陸が分裂し、さらに5000万年前頃には南アメリカ大陸、オーストラリア大陸が分裂して完全に孤立した大陸となった。それまでは他の大陸に沿って暖流が流れてきていたので、現在とほぼ同じ位置に移動した後も温暖な気候を保っていたが、孤立の結果南極大陸を取り囲むように南極環流と呼ばれる寒流が生まれ、暖流を遮った。このため急激に寒冷化し3000万年前頃には現在のような氷の大陸となった。大陸移動によって南極圏を通過しているためにこの名で呼ばれるが、以前は南極圏外にあったし、将来は南極圏から離れる可能性もある。将来出現するといわれているアメイジア大陸に合流するかどうかは不明のようである。

[編集] 気候

詳細は「南極の気候」を参照

南極大陸は地球上で最も寒い場所である。これは北極と違い南極が大陸性の気候であることと標高の高さによる。ロシアが設営したボストーク基地では、1983年7月21日に、地球上で観測された最低気温である-89.2℃を記録している。これはドライアイスの融点よりも11℃低い。前述の通り、気候は年間を通じて非常に寒冷であり、夏でも氷点を超えることはなく、冬には-90℃にまで達する。内陸部では最暖月でも平均気温は-30℃未満、冬は-70℃を下回る。既述したように、水蒸気の供給が少ないために降水が少ない。そのため、南極点では年間の平均降水量が50mmである[2]

また、雪や氷に入射した紫外線はそのほぼ全てが反射されるため、南極における日光は雪眼や雪焼けといった深刻な問題を引き起こす場合がある。

東南極西南極と比べて標高が高く、気温も低い。気候は南極横断山脈によって分断され、大陸中央部は乾燥している。ただし、降水量は少ないものの気温の低さによって、降雪は氷河として長く残る傾向にある。

大陸周辺部では、広大な氷床に蓄えられた冷気からの強い滑降風が吹く。それに対して、中央部では比較的風は穏かである。夏の間は、地軸の傾きにより24時間太陽が静まない白夜という現象がおこる。

寒冷な気候と、緯度の高さによる白夜、極夜によって、他の地域と比べ人間の生活には殆ど適していない地域である。また、太陽風によるオーロラという現象も観察される。

[編集] 人口

南極には定住者が居ない。かつて、領有権を主張するいくつかの国が住民を送りこんだこともあったが、それらは失敗に終わっている。ただし、いくつかの国が科学的な調査のために観測基地を置いている(南極観測基地の一覧を参照)。南極観測基地は比較的緯度が低い南極半島に集中している。これらの基地で南極観測に従事する人口は、冬に1000人から夏に5000人程度であると見られている。

[編集] 南極大陸の動物

南極大陸の動物としては、沿岸部ペンギンアザラシが生息している。


[編集] 領有権主張

領有主張 範囲
1908 イギリスの旗 イギリス 西経80°- 20°
1923 ニュージーランドの旗 ニュージーランド 東経160°- 西経150°
1924 フランスの旗 フランス 東経136°11' - 142°2'
1929 ノルウェーの旗 ノルウェー ピョートル1世島
(南緯68°50'西経90°35')
1933 オーストラリアの旗 オーストラリア 東経44°38' - 136°11'
東経142°2' - 160°
1939 ノルウェーの旗 ノルウェー 東経44°38' - 西経20°
1940 チリの旗 チリ 西経90°- 53°
1943 アルゼンチンの旗 アルゼンチン 西経74°- 25°
領有権が主張されない部分 西経90°- 150°
マリーバードランドが含まれる)
ピョートル1世島を除く)
Antarctica, Chile territorial claim.svg Antarctica, United Kingdom territorial claim.svg Antarctica, Argentina territorial claim.svg Antarctica, Norway territorial claim.svg Antarctica, Australia territorial claim.svg Antarctica, France territorial claim.svg Antarctica, New Zealand territorial claim.svg
チリ イギリス アルゼンチン ノルウェイ オーストラリア フランス ニュージーランド

イギリス、アルゼンチン、チリ3国の主張範囲は重なり対立している。オーストラリアとニュージランドの主張範囲はかつてイギリスのものであったが、両国が独立したことにより継承した。オーストラリアは従来から領有権主張範囲内に多くの南極観測ステーションを設けていたが、2008年には領有するマッコーリー島ハード島とマクドナルド諸島から南極大陸方向へ排他的経済水域を拡大し、領有権主張を強化している[3][4]

[編集] 関連項目

ウィキメディア・コモンズ

[編集] 脚注

  1. ^ [1]
  2. ^ "Weather in the Antarctic". British Antarctic Survey.. 2009-12-02 閲覧。
  3. ^ ABC News (Australian) "Australian territory expands with continental shelf ruling" Mon Apr 21, 2008
  4. ^ AFPBB News「【図解】拡大されたオーストラリアの大陸棚」2008年4月30日

[編集] 外部リンク


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