小杉隆
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
|
こすぎ たかし
|
|
|---|---|
| 生年月日 | 1935年9月25日(76歳) |
| 出生地 | 東京都目黒区 |
| 出身校 | 東京大学 |
| 前職 | 東京放送社員 日本野鳥の会会長 帝京大学教授 |
| 現職 | 日本野鳥の会名誉顧問 |
| 所属政党 | (自由民主党→) (新自由クラブ→) 自由民主党 |
| 称号 | 衆議院永年在職議員 教育学士 |
|
|
|
| 内閣 | 第2次橋本内閣 |
| 任期 | 1996年11月7日 - 1997年9月11日 |
|
|
|
| 選挙区 | (比例東京ブロック→) 東京都第5区 |
| 当選回数 | 2回 |
| 任期 | 2003年11月10日 - 2009年7月21日 |
|
|
|
| 選挙区 | (東京都第3区→) 東京都第5区 |
| 当選回数 | 6回 |
| 任期 | 1980年6月23日 - 2000年6月2日 |
|
|
|
| 選挙区 | 目黒区選挙区 |
| 当選回数 | 4回 |
| 任期 | 1965年7月23日 - 1980年6月9日 |
小杉 隆(こすぎ たかし、1935年(昭和10年)9月25日 - )は、日本の政治家、自由民主党所属の前衆議院議員(8期)、元東京都議会議員(4期)。東京都目黒区出身。
目次 |
[編集] 略歴
1959年、東京大学教育学部を卒業し、TBSの前身のラジオ東京に入社。1965年、最年少で東京都議会議員に当選。1977年、新自由クラブに入党。
1980年、第36回衆議院議員総選挙で東京都第3区初当選。新自由クラブ国会対策委員長。1986年、新自由クラブの解党により自民党へ移る。1996年、第2次橋本内閣で文部大臣。2000年、第42回衆議院議員総選挙で落選。その後、帝京大学経済学部教授に就任。
2003年、第43回衆議院議員総選挙で比例復活当選。2005年、第44回衆議院議員総選挙で小選挙区で当選。2008年1月16日、第45回衆議院議員総選挙に出馬しない意向を表明。2009年7月21日、衆議院解散に伴い政界引退。
[編集] 人物
国会までジョギングして登院したことがある。日朝国交正常化推進議員連盟に所属し、委員を務める。
環境政務次官、衆議院環境委員長を歴任し、1993年の環境基本法成立に取り組む。日本野鳥の会会長を務め、その後、名誉顧問となる。1992年、アル・ゴアの『地球の掟』を翻訳する。東京サイクリング協会会長を務める。
文部大臣在任の神戸連続児童殺傷事件につき「これからは心の教育が重要」と発言する。同じく文相時代に当時の教科書に掲載されていた「中国人を処刑する日本兵」につき「ほんとに教科書に載っているのか」と述べる。
後援会員らに借金をしたことなどによる夫人の問題が生じた後、政界を引退する。2010年、夫人が詐欺容疑で逮捕される[1]。
[編集] 著書
- 『東京は私たちのもの』創世記、1979年
- 『21世紀へ駆ける - 人間研究小杉隆』21世紀都市研究会、1981年
- 『失われた「心の教育」を求めて - 21世紀に贈る教育改革』ダイヤモンド社、1997年 ISBN 4478970297
- 訳著
- アル・ゴア『地球の掟 - 文明と環境のバランスを求めて』ダイヤモンド社、1992年 ISBN 4478870268
- アル・ゴア『地球の掟 新装版 - 文明と環境のバランスを求めて』ダイヤモンド社、2007年 ISBN 4478003688
[編集] 脚注
- ^ “架空話で詐欺容疑、小杉・元文部相の妻ら逮捕”. YOMIURI ONLINE (読売新聞). (2010年5月26日) 同日..閲覧。[リンク切れ]
| 議会 | ||
|---|---|---|
| 先代: 戸塚進也 |
1991年 - 1993年 |
次代: 原田昇左右 |
| 官職 | ||
| 先代: 奥田幹生 |
第124代:1996年 - 1997年 |
次代: 町村信孝 |