中山成彬

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衆議院議員 中山 成彬
生年月日 1943年6月7日(66歳)
出生地 宮崎県小林市
出身校 東京大学
学位・資格 法学士
前職 大蔵省企画官
所属委員会
内閣役職
衆・予算委員会

衆・教育基本法に関する特別委員会

世襲
選出選挙区 宮崎県第1区
当選回数 6回
所属党派 自由民主党(町村派)
党役職 政務調査会 副会長
会館部屋番号 衆・第2議員会館701号室
ウェブサイト 中山成彬 WEB SITE

中山 成彬(なかやま なりあき、1943年6月7日 - )は、日本政治家自由民主党所属の衆議院議員文部科学大臣第5代第6代、小泉内閣)国土交通大臣(第10代、麻生内閣)を歴任した。

中山恭子は、大蔵省時代の同期であり、福田康夫改造内閣にて内閣府特命担当大臣拉致問題担当大臣を務めた。

目次

[編集] 経歴

東京大学法学部卒業後、大蔵省に入省。大蔵省大臣官房企画官などを経て1982年に退官し、政治家の道に入る。2004年第2次小泉改造内閣にて文部科学大臣として初入閣し、様々な教育改革を提案した。

町村派事務総長、かつて慰安婦問題で調査を行い、南京大虐殺は存在しないというレポート[1]を出した日本の前途と歴史教育を考える議員の会会長を務める。

2007年1月宮崎県知事選挙においては、自民・公明両党の推薦する持永哲志ではなく民主社民両党の推薦する川村秀三郎を応援し、東国原英夫が当選する一因ともなった。

2008年10月4日に次期衆議院選挙に立候補せず今期限りでの議員引退を表明したが[2]、同年10月16日に「やっぱり出る意思を固めた」として引退を撤回した[3]。この一連の発言が自民党宮崎県連から批判されたため、翌日には再び出馬を辞退した。二転三転する言動は、与党側からも「再出馬なんか認めたら国民から疑われる」と批判されている[4]。また古賀誠選対委員長にも出馬のために県連との調整を拒否されたのも断念の一因であるという[5]

自民党宮崎県連は中山の不出馬を受けて差し替え候補者の公募を行い、元参議院議員・上杉光弘の出馬が内定しているが、中山は上杉と長年にわたる確執を抱えていることから宮崎1区支部長職の交代に応じておらず、自民党本部レベルでの公認作業に支障をきたす事態となっている[6]

[編集] 政策

[編集] 歴史認識

南京事件否定論者である。慰安婦問題に対しても、連行過程や慰安所内での慰安婦に対する人権侵害、およびそれに対する日本軍・日本政府の責任を認めない立場である。これらは文部科学大臣在任中に開催された教育改革タウンミーティングで度々表明されている。2004年11月27日開催時は「やっと最近、従軍慰安婦や強制連行という言葉が(教科書から)減ってきたのは本当によかった」と述べたり、2005年6月11日開催時には「そもそも従軍慰安婦という言葉は当時はなかった。なかった言葉が(教科書に)あるというのが問題」と発言しており、信念となっているといえる。さらに映画「南京の真実」の国会議員向け試写会が上映された際には「婦女子に対する暴行とか、そんなことは全くなかった」と発言している。

2007年の米下院121号決議の可決後に、日本の前途と歴史教育を考える議員の会主催の記者会見で、米下院への反論を行うと明言した。

[編集] 文教政策

後述の「発言」に見られるように、日本教職員組合の存在と活動に否定的である。また、後述のように中山の文科相時に全国学力調査を提唱し、導入を推進した。また現在の性教育ジェンダーフリー教育についても批判的である。

「教育のガン」発言後の、2008年12月10日に自民党の森山真弓を会長とする「日教組問題を究明し、教育正常化実現に向け教育現場の実態を把握する議員の会」(略称:日教組問題究明議員連盟)が発足し。中山は顧問の一人として就任した[7]。この中で中山は「一般国民の目が届かないところで一部過激な日教組の組合員が自虐教育、過激な性教育、行き過ぎたジェンダーフリー教育など信じられないような教育を行っている。かつて社会党議員であった者が今民主党内にもぐりこみ、民主党の教育政策の主導権を握り、道徳教育反対等の日教組の主張が色濃く反映している」などと主張している。この点を国民に主張すれば次の選挙での勝利に結びつくとしていた[8]。このような中山の強い日教組批判の姿勢について、民主党の支持団体である日教組や自治労を攻撃することで、自民党を勝利に導きたいとの計算があるとの指摘もある[9]

[編集] 国土交通政策

「必要な道路は造っていかないといけない」「都会にも改良すべき道路はたくさんある」と述べ、地方の道路整備を進めると同時に首都圏でも道路の再整備を続ける方針を示している[10]。また、「公共事業の削減はもう限界。財政再建は必要だが、削減一辺倒という考えはやめてほしい」として公共事業への積極投資を示唆している[11]

[編集] 発言

[編集] 「ゴネ得」

2008年9月25日、成田空港拡張工事への反対派に対して、「戦後教育が悪かったと思うが、公のためにはある程度自分を犠牲にしてでもというのがなくて、自分さえよければという風潮の中で、なかなか空港拡張もできなかったのは大変残念だった。中国がうらやましい。」 と述べ[12]千葉県知事堂本暁子やアイヌ民族団体の北海道ウタリ協会加藤忠理事長より抗議を受けた。これは反対運動が混乱化したそもそもの原因は、政府と外地からの引揚げてきた開拓農民を主とする地元住民との間で事前の根回しがない「ボタンの掛け違え」があったにもかかわらず強引な手法で建設を強行した政府にもあり、必ずしも地元住民一方のみに責任が帰せられる問題ではなかった。にもかかわらず一方的に地元住民に非があるように受け取れる内容であった。


このような事情があるため、1995年に当時の亀井静香運輸大臣が謝罪したことで、政府の対応を評価しその後の2期工事への用地買収に応じる地主が出てきたことで、二本目の滑走路が完成した経緯があった。このように管轄官庁のトップとして、成田空港問題に対する正しい認識を把握していないことを公言した発言だった為、国土交通大臣辞任の最大の原因との指摘もある[13]

[編集] 「単一民族」

また、海外からの外国人観光客の誘致策を問われた際、「日本はずいぶん内向きな、単一民族といいますか、世界とのあれがないものだから内向きになりがち。まず国を開くというか、日本人が心を開かなければならない。」と述べた。「日本は単一民族といいますか」と発言した。

この発言は、2008年6月に衆参両議院で「アイヌ民族を先住民族とすることを求める決議」を否定する内容であった。さらに「アイヌの人々が独自の宗教、文化を持った民族であることは認識している」と発言し、北海道ウタリ協会より抗議を受けた。なお、同日晩に誤解を招く表現として前述の「ゴネ得」と「単一民族」発言について、撤回し、陳謝した[14]

[編集] 「教育のガン」発言

日本教職員組合#教育荒廃の元凶論」も参照

教育問題について、「(贈収賄事件のあった)大分県の教育委員会のていたらくなんて日教組ですよ。」「日教組の子供なんて成績が悪くても先生になる。」「(日教組が強いから)大分県の学力は低い。」と、日教組を批判した。この発言に対し、日本教職員組合書記長から抗議文書が送られた。また、文科相時代に全国学力調査を提唱した理由も、自説を証明するためであり、証明が完了した以上調査の役割は終わったとも述べた[15]

朝日新聞は13道府県を対象に、日教組の組織率と学力テストの点数が共に高かった例(秋田県)や、組織率と学力テストの点数が共に低かった例を挙げて、組織率と学力の相関関係はうかがえないとしている[16]。一方産経新聞は、「日教組の強さを勝手に組織率に置き換えている」と批判した上で、「日教組の組織率の高さと組合運動の強さが正比例しているわけではない。組織率が高くても、イデオロギー色が薄く互助組合のようなところもある。」と、組織率と組合活動の過激が比例しているわけではないとの解説を載せつつ、「日教組が強いとは、質の問題であり、イデオロギー色の強い活動をどれだけしていて、闘争的な組合員がどれだけ全体に影響を持っているかということであり、低学力地域には日教組が強い地域が多い」と反論した[17][18]。また、高崎経済大学教授の八木秀次は、「日教組の強さと、学力には相関関係があり、国民が肌で感じてきたことだ」と述べた[18]

中山は週刊誌の取材[要出典]にて「授業を無視してストライキをするようなことが生徒の学力にいいはずがない。それに組織率と日教組の強さは等しくない。例えば秋田県は組織率は90%を超えるほど高いがゆるい活動で知られ、実際に学力テストの結果は良かった。逆に組織率は高くないながら過激な活動で知られる北海道や大阪は学力は低い。」ちなみに、同誌の中で、文部大臣時代に全国の小中学校を視察したが大阪だけは日教組が阻止して実行できなかったことをあかしている。

これに対して、文部科学省の銭谷真美事務次官は、「かつて一部地域で不適切な活動があり、是正指導をしたのは事実」と行過ぎた組合活動があったことを認めた上で、「組合の組織率が高くても低くても成績のよい県はある。(関連があると)一概には言えない」との省としての見解を示した[19]

日教組に対する批判について、中山は、「撤回はしない。わたしは日本の教育のガンは日教組だと思っている。ぶっ壊すために火の玉になる」「何とか(日教組を)解体しなければならない。」と述べ[20][21][22]、千葉県知事・ウタリ協会代表からの抗議申し入れには直接応対したものの、日教組に対してはこれを拒否した。日教組側は「非常に憤りを感じる」「直接本人に会って、真意を伺うとともに、改めて辞任を求めていきたい」とコメントした[23]

成田空港問題や民族についてなど、過去の政府見解とは異なる私見を閣僚が発言したことについても批判が出た[24]大阪府知事橋下徹は、中山の発言について「表現方法は賛否両論あると思うが、本質をついているような発言なんじゃないですか」と語り、また自身の経験と重ねて、「(学力調査の公開には)教員が大騒ぎして大反対している。教員組合が強いかどうかはわからないが、教員が教育の中立性の名の下に府民の声を聞かなかった」などと述べ、中山を擁護した[25]

[編集] 「民主党政権になると日本が大阪府になる」

2008年9月28日国土交通大臣を辞任。在任期間は5日で、閣僚の在任期間としては戦後2番目の短命となった[26]。辞任した後も中山は9月29日朝のTBSの番組の中で、「私の次の選挙は本当に危ないが、政治生命をかけてでも国民に訴える責任がある」とし、さらに野党の民主党についても「民主党政権が誕生すると、日本全国が大阪府みたいになる。職員組合とのなれ合いで財政破綻にひんしている」などと発言した[27]

[編集] 「自作自演」発言

2008年10月8日、九州横断自動車道建設促進大会でのスピーチにて、一連の問題発言による国土交通大臣辞任について「自民党が(衆院選で)勝つため」に仕組んだ「自作自演シナリオ」だったと自ら説明した[28]。その上で、同席した宮崎県知事東国原英夫に対して「どうしても(衆院選に)出てもらわないと困る」と要請した[28]

東国原はこの要請に対し「あの場で言われても困惑する。考慮に値しない」と述べた上で[28]、「唐突に公の場で依頼されたことに驚きと違和感を覚えた。いかがなものかと思う」と批判し[29]、衆議院議員選挙に出馬しないことを同日改めて表明した[30]

[編集] 不祥事

[編集] 私設秘書給与の肩代わり

2003年8月、私設秘書の給与(1996年12月から1998年2月までの計300万円)が、大阪市の電子機器メーカーにより肩代わりされていたことが発覚した。

[編集] 献金

統一協会関連団体

中山が支部長を務める自民党宮崎1区支部が、2003年11月に世界基督教統一神霊協会(統一協会)の関連団体である世界平和連合から100万円の政治献金を受け取っていたことが報じられた。同支部は、「統一教会との関係は知らなかった。問題なら、返却することも検討する」としている。中山は、2004年9月、宗教法人を所管する文科相に就任していた。中山の地元事務所によれば、中山の地元の会合に世界平和連合のメンバーも出席したことがあったとされ、献金については「問題だとは思わなかった」としている[31]

村上ファンド

村上ファンドの元代表村上世彰から150万円の献金を受けていた。中山の事務所は、「村上氏が被告になったからといって返還はしない」としている[32]

消費者金融

消費者金融業界の政治団体「全国貸金業政治連盟」(全政連)からパーティー券購入などにより資金提供を受けていた[33]

建設談合

中山が支部長を務める自民党宮崎県第1選挙区支部が、国交省と旧日本道路公団が発注した鋼鉄製橋梁工事で談合したとして2005年に公正取引委員会から排除勧告を受けた2社(サノヤス・ヒシノ明昌日本車輌製造)から、摘発後も計72万円の献金を受けていた[34]

[編集] 略歴

[編集] 参加団体

[編集] 関連書籍

[編集] 脚注

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  1. ^ 報告は戸井田徹議員のホームページではPDFファイル形式、白雲 南京問題小委員会の調査検証の総括ではプレーンテキストとして登録されており、書籍としても出版されている(水間政憲編『南京の実相』 日新報道 2008年10月 ISBN 9784817406675
  2. ^ 中山前国交相が衆院選不出馬表明 宮崎1区、後継は明言せず」 共同通信 2008年10月4日
  3. ^ 中山前国交相:やっぱり出る…引退撤回、衆院選出馬の意向 毎日新聞 2008年10月16日
  4. ^ 中山前国交相:八方ふさがり 党本部も「門前払い」 毎日新聞 2008年10月17日
  5. ^ 中山前国交相:衆院選「やっぱり不出馬」古賀氏が調整拒否 毎日新聞 2008年10月17日
  6. ^ 自民宮崎1区 9支部「上杉氏支援」 中山氏応じず 支部長交代進展なく 西日本新聞 2008年12月8日
  7. ^ 「日教組問題究明議員連盟(略称)」発足 中山成彬公式ホームページ 2009年2月8日閲覧
  8. ^ 自民党有志が「日教組究明議連」発足 選挙念頭に民主攻撃 産経新聞2008年12月10日配信、2009年2月8日閲覧
  9. ^ 朝日新聞2008年12月11日朝刊
  10. ^ 日経新聞 9月25日
  11. ^ 時事通信 2008年9月25日
  12. ^ 「成田反対ゴネ得」「日本は単一民族」 中山国交相「誤解招く」と撤回 産経新聞 2008年9月26日
  13. ^ 読売新聞 2009年9月30日
  14. ^ 毎日新聞 2008年9月25日、読売新聞 2008年9月26日
  15. ^ 中山国交相の発言内容要旨 朝日新聞 2008年9月26日
  16. ^ 「日教組強いと学力低い」中山説、調べてみれば相関なし 朝日新聞2008年9月27日
  17. ^ 組合と学力に関連性はあるか? 低学力地域は日教組票多く MSN産経ニュース2008年10月8日
  18. ^ a b 『SAPIO』2008年11月26日号
  19. ^ 文科事務次官:組合の組織率と成績関連言えぬ…中山発言で 毎日新聞 2008年9月29日
  20. ^ 朝日新聞 2008年9月27日
  21. ^ 中山氏「がんの日教組ぶっ壊す」 再び批判発言 共同通信 2008年9月27日
  22. ^ 中山国交相“日教組解体を” NHKニュース
  23. ^ 開いた口ふさがらない=中山国交相発言に「憤り」-日教組 時事ドットコム
  24. ^ 毎日新聞 2008年9月26日
  25. ^ 朝日新聞 2008年9月27日
  26. ^ 中山国交相 辞任会見でも持論 日教組批判 政府内「自爆テロ」 西日本新聞 2008年9月28日
  27. ^ 「国交相辞任の中山氏、日教組批判の持論繰り返す」 読売新聞 2008年9月29日
  28. ^ a b c asahi.com:国交相辞任、東国原知事出馬が「私のシナリオ」と中山氏 - 政治 朝日新聞 2008年10月8日
  29. ^ 「東国原知事が出ないと困る」 中山前国交相が“出馬要請” 宮崎1区 知事は不快感 西日本新聞 2008年10月9日
  30. ^ 東国原氏が衆院出馬を再否定 産経デジタル 2008年10月8日
  31. ^ 共同通信 2004年11月17日
  32. ^ 朝日新聞 2006年9月9日
  33. ^ しんぶん赤旗 2003年9月12日
  34. ^ 読売新聞 2008年9月27日

[編集] 外部リンク

官職
先代:
谷垣禎一
日本の旗 国土交通大臣
第10代:2008年
次代:
金子一義
先代:
河村建夫
日本の旗 文部科学大臣
第5・6代:2004年 - 2005年
次代:
小坂憲次
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