梶山弘志
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| 生年月日 | 1955年10月18日(56歳) |
|---|---|
| 出身地 | |
| 出身校 | 日本大学法学部 |
| 学位・資格 | 法学士 |
| 前職 | 会社社長 |
| 所属委員会 | 経済産業委員会 |
| 世襲 | 2世 父・梶山静六 |
| 選出選挙区 | 茨城4区 |
| 当選回数 | 4回 |
| 所属党派 | 自由民主党(無派閥) |
| 党役職 | 茨城県支部連合会会長代行 |
| 会館部屋番号 | 衆議院第2議員会館903号室 |
| ウェブサイト | 梶山ひろし オフィシャルサイト |
梶山 弘志(かじやま ひろし、1955年10月18日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(4期)。
父は自由民主党幹事長や内閣官房長官、法務大臣等を務めた梶山静六。
目次 |
[編集] 来歴
茨城県常陸太田市生まれ。茨城県立太田第一高等学校、日本大学法学部法律学科卒業。
日大卒業後、動力炉核燃料開発事業団(現動力炉・核燃料開発事業団)に入社し、1985年まで勤務した後、父・静六の秘書に転じる。1988年に非金属鉱物専門商社を設立し、代表取締役社長に就任した。
2000年、父・静六の死去を受け、6月25日投開票の第42回衆議院議員総選挙に茨城県第4区から出馬し初当選を果たした。
2003年11月9日の第43回衆議院議員総選挙では、2位以下の候補を大幅に引き離す得票数で再選された。2004年、衆議院議事進行係に就任している。2005年の郵政国会では、郵政民営化法案の衆議院本会議での採決において棄権。しかし、賛成しなければ党の公認を得られないため、賛成を表明する誓約書を執行部に提出し、自民党の公認を得て2005年9月11日の第44回衆議院議員総選挙で3選。2006年9月発足の安倍内閣で、国土交通大臣政務官に就任した。
2009年8月30日の第45回衆議院議員総選挙では自民党に猛烈な逆風が吹き荒れ、保守王国・茨城でも自民党は苦戦。赤城徳彦、丹羽雄哉らベテランが落選したが、梶山は民主党公認の高野守を約7千票差で破り、茨城県選出の自民党議員で唯一、小選挙区の議席を死守した(ただし、この選挙では初めて対立候補の比例復活を許した)[1]。
[編集] 所属団体・議員連盟
[編集] 脚注
- ^ “比例貢献が基準?公明が自民92候補を推薦”. 読売新聞. 2009年9月13日閲覧。