浜四津敏子
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はまよつ としこ
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| 生年月日 | 1945年1月6日(68歳) |
| 出生地 | 台湾台北州台北市 (現・ |
| 出身校 | 慶應義塾大学 |
| 現職 | 弁護士 |
| 所属政党 | (公明党→) (公明→) (新進党→) (公明→) 公明党 |
| 配偶者 | 夫・一般人のため氏名は掲載せず |
| 公式サイト | 向日葵通信 |
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| 内閣 | 羽田内閣 |
| 任期 | 1994年4月28日 - 1994年6月30日 |
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| 選挙区 | (東京都選挙区→) 比例区 |
| 当選回数 | 3回 |
| 任期 | 1992年7月27日 - 2010年7月26日 |
浜四津 敏子(はまよつ としこ、1945年1月6日 - )は、日本の政治家。公明党所属の前参議院議員(3期)。創価大学法学部客員教授。旧姓、高橋。
目次 |
経歴[編集]
- 1945年1月6日台湾台北市に生まれる。
- 1963年 東京都立戸山高等学校卒業。
- 1967年 慶應義塾大学法学部卒業。
- 1969年 司法試験合格。
- 1970年 結婚。
- 1972年 司法修習24期経て弁護士登録。
- 1984年 日本弁護士連合会女性の権利に関する委員会委員に就任。
- 1989年 東京弁護士会「子どもの人権110番」を担当。
- 1990年 日本女性法律家協会副会長に就任。
- 1992年7月26日 第16回参議院議員通常選挙に東京都選挙区から出馬し初当選。
- 1994年 羽田内閣の下で環境庁長官に就任。
- 1997年 9月公明から新進党に移籍。
- 1998年 新進党分党により公明代表に就任。
- 1998年7月12日 第18回参議院議員通常選挙に東京都選挙区から出馬。自由党や改革クラブの推薦、民主党の支援を受け再選。
- 公明党再結成。党代表代行に就任。
- 2004年7月11日 第20回参議院議員通常選挙に比例区から公明党公認で立候補。非拘束名簿式比例代表制で、3期目の当選。
- 2009年 「党の定年制[1]をきちんと守る」との理由で、改選となる第22回参議院議員通常選挙に立候補せず、政界を引退する意向を示した。
- 2011年創価大学法学部客員教授に就任。
人物[編集]
- 2006年 沖縄県知事選の応援演説における野党統一候補糸数慶子への発言に対して、「キラめく沖縄をつくる会」の事務局長喜納昌春は虚偽事項公表の公選法違反であるとして那覇警察署に告発した。
- 選択的夫婦別姓制度導入に賛同する。「男女の平等や共同参画を図る上で必要な制度であり、多様な生き方ができる社会が、本当に豊かな社会である」と述べている。
- 禁煙推進議員連盟所属
発言[編集]
- 2010年1月12日東京都内で開かれた、在日韓国人中央本部新年会の席上来賓として挨拶。「公明党は、日韓の間で一番の問題となっていた地方参政権問題について、必ず解決するとの覚悟で当初から取り組んできた。これからも、もう少し問題は残されているようだが、決してあきらめずに解決し、本当の意味での新しい100年、新しい出発ができるよう、全力を尽くしたい。本年が特別に素晴らしい年になるよう祈念しています」「公明党は日韓の間で一番の問題になってまいりました参政権の問題につきまして、当初から10年来取り組ませていただいてまいりました。それは私たち日本にとって韓国は文化の大恩の国である。兄弟、お兄さん、お姉さんの関係である」と発言した[2]。
役職歴[編集]
- 内閣
- 環境庁長官(羽田内閣)
- 参議院
- 公明
- 代表
- 公明党
- 代表代行
- 女性委員長
- 東京都本部顧問
- 環境部会顧問
- 選挙対策本部副本部長
- その他
- 日本弁護士連合会女性の権利に関する委員会委員
- 日本女性法律家協会副会長
- 日本ユネスコ国内委員会委員
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
脚注[編集]
- ^ 公明党の内規では、「議員在任中に66歳を迎えない」ことを選挙の公認条件としている。
- ^ <民団新年会>韓日来賓のあいさつ
| 官職 | ||
|---|---|---|
| 先代: 羽田孜 (事務取扱) |
第29代:1994 |
次代: 桜井新 |
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