丸川珠代
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| 参議院議員 丸川 珠代 | |||
|---|---|---|---|
| 生年月日 | 1971年1月19日(37歳) | ||
| 出生地 | 兵庫県神戸市 | ||
| 出身校 | 東京大学 | ||
| 学位・資格 | 経済学士 | ||
| 前職 | テレビ朝日アナウンサー | ||
| 所属委員会 内閣役職 |
国土交通委員会 災害対策特別委員会 |
||
| 世襲 | 無 | ||
| 選出選挙区 | 東京都選挙区 | ||
| 当選回数 | 1回 | ||
| 所属党派 | 自由民主党(町村派) | ||
| 党役職 | 青年局広報副部長 | ||
| 会館部屋番号 | |||
| 丸川珠代公式サイト | |||
丸川珠代(まるかわ たまよ、1971年1月19日 - )は、兵庫県神戸市出身の自由民主党所属の参議院議員(1期)。元テレビ朝日アナウンサー。
目次 |
[編集] 経歴
母親は医師。多忙な母に代わり、祖母に育てられる。妹がいる(現在はアメリカ合衆国在住)。神戸大学教育学部附属住吉中学校(現、発達科学部)→大阪教育大学教育学部附属高等学校池田校舎→東京大学経済学部経営学科卒業。
2003年6月~2004年5月までニューヨーク支局に赴任。同じく2004年には地上デジタル放送推進大使。2007年5月にテレビ朝日を退社し、7月より参議院議員。
[編集] 参議院議員選挙へ出馬
2007年5月16日、自由民主党総裁の安倍晋三と会談し、第21回参議院議員通常選挙への出馬を要請された。それを受け、東京都選挙区(改選数5)に自由民主党(自民党)公認で出馬する事を決める(自民党は擁立の方針を決定)[2]。
2007年5月22日昼、自民党本部で幹事長の中川秀直と会い、出馬する考えを伝えた上、党本部で記者会見を行い、出馬を正式表明した。会見では「自分の思いを伝えるためには、政権与党に行くしかない」などと述べた。
テレビ朝日からの退職は会社に相談の無い唐突なものであったとされ、同社社長が定例記者会見で不快感をあらわにした。また社団法人デジタル放送推進協会は一部のテレビ局で放送を続けていた丸川が出演する地デジ推進CMの差し替えを余儀なくされた。丸川はCMの契約期間が終了したと思っていたと発言[3]。
2007年6月18日、「事務所開き」が行われた。選挙対策本部長は衆議院議員の平沢勝栄。
7月12日、参院選の公示に伴い正式に立候補。
7月16日、期日前投票をしようと新宿区役所を訪れた際には多くの報道陣が集まったものの、選挙人名簿に登録されておらず同区での選挙権がないことが判明[4]。このことにより、帰国以来3年間、投票に一度も行っていなかったことがマスメディアで大きく取り上げられ、世間の批判を浴びた。投票をしていない選挙は以下の通り。
- 2004年7月11日 第20回参院選
- 2005年7月3日 東京都議会選
- 2005年9月11日 第44回衆院選
- 2006年11月12日 新宿区長選
- 2007年4月8日 都知事選(統一地方選挙)
- 2007年4月22日 新宿区議会選挙(統一地方選挙)
計6回もの選挙を棄権していた事が明るみに出たことについて、同じ選挙区の候補者、川田龍平(無所属)から「政治を志すものとして、投票に行ってないなんて信じられない。これはきちんと有権者に判断してほしい」、横峯良郎にも批判された。当然ながら、選対本部長の平沢から叱責され「私もこれを聞いたときは怒りました。選対本部長なんてやっていられるか!」と演説する横で、有権者に詫びることになった。
7月19日、品川区の武蔵小山駅前で丸川が禊ぎの黒いスーツ姿で登場して23秒間に渡り頭を下げて有権者に謝罪。直後に恥ずかしさのあまり号泣し、応援に駆けつけていた自民党の広報局長片山さつきに泣きついてしまう。片山は丸川に泣きつかれながら「こういう人間味のある人だから! どうぞよろしく!」とフォローした[5]。
更に住民税の未納疑惑も持ち上がったが、給与の支払者から特別徴収はされており、居住の実態があるため新宿区に納付されていたと丸川事務所側は釈明し、納税証明書を公開[6]した。
なお丸川の選挙カーには「期日前・不在者投票に行きましょう」の垂れ幕がかかっていたが、この件が明るみに出てからは撤去された。一方、丸川の公式ウェブサイトには期日前投票を呼びかけるコンテンツがあったが、これについては公職選挙法によりウェブサイトの更新が出来ず、選挙期間中もそのまま放置された。
自ら育った母子家庭の経験からの生活の不安定さ 弱者救済を訴える演説に反響が大きかったが、父親は死別ではなく存命。母親は医師であり、高額所得者ゆえに自分と妹を女手一つで育てることができたと各種インタビューで話していた。その母親も病気で医師活動ができなくなり、一時期、丸川自身が仕送りをして祖母と母の生計を支えたことから社会福祉のあり方を考えたとインタビューで語っている。丸川自身も、テレビ局に勤める高額所得者であったがゆえに、祖母と母に仕送りできたとインタビューで語っている。
2007年7月29日、第21回参議院議員通常選挙 東京都選挙区において、大激戦の末当選を果たした(4位当選)。しかし、改選議席の最後の椅子をめぐる形で同じく自民党で3期目を狙っていた保坂三蔵は落選してしまい(6位次点落選。自民党は2議席確保を目指していた)、当選後の万歳三唱はなかった。
[編集] エピソード
- チャームポイントの左目下のホクロがシンボルマークである。
- 『ビートたけしのTVタックル』でオープニングコント『(新)日本の景気を考える』の進行役を演じ笑いをとる。役のキャラクター設定は、ビートたけしのギャグにも表情を変えようとせず淡々と進行を行う司会者。
- アナウンサー時代、たこ焼き屋からの中継で、たこ焼きが熱々にもかかわらず我慢して1個を丸呑み。その時に、喉を火傷し入院したことがある。
- 政府広報番組『あまから問答』の司会を務め、多くの自民党議員、政府官僚と接触。
- 『やじうま6』の司会を務めたのち報道番組を中心に活躍、『朝まで生テレビ』で渡辺宜嗣アナウンサーと共に進行を務め、『スーパーJチャンネル』でも『ザ・激戦区!』のリポーターなどを務めた。
- 2005年、総務省、全国地上デジタル放送推進協議会(現:「デジタル放送推進協会」)より地上デジタル推進大使を委嘱される。
- 出馬表明・退職後の2007年5月21日に、退職前に収録が行われた『クイズプレゼンバラエティー Qさま!!』が放送され、丸川も「プレッシャーSTUDY」の解答者で出演していたが、丸川が映っているシーンはカットされていた(頭と声が数秒程度しかでていない)。ただ、肩書は「テレ朝アナウンサー」のままであった。番組冒頭で「この番組は2007年4月25日に収録したものです」というテロップが表示された。
[編集] 参議院議員選挙活動中のエピソード
- 2007年7月14日、この日開幕したイベント「お台場冒険王」の人出を狙って東京都港区のお台場のフジテレビ本社前で演説を行ったが、バラエティ番組の収録中であったため(選挙演説が音声に入るため、演説中は番組収録ができなかった)番組スタッフから猛抗議を受けた。
- 2007年7月15日、この日東京ドームで開催されていたプロ野球セリーグ公式戦読売ジャイアンツ-広島カープ戦の人出を狙って水道橋駅へ繋がる歩道で試合終了後から演説を行ったが、ドームから退出する観客の通行の妨げとなり多大な混雑を引き起こし道行く人々から批判を浴びた。
- 第21回参議院議員通常選挙では自由民主党の苦戦が予想されていた。安倍首相が突如スカウトした丸川と同じ東京選挙区で自民党候補の保坂三蔵が自民党支持者票を奪い合う形になったため、自民党東京都連は長年の関係の深い保坂を優先し、丸川にきわめて冷淡であったので、事前の予想では組織票を一切あてにできず知名度だけで戦う丸川の苦戦が伝えられていた。ところが実際には議席を丸川、保坂が奪い合う「自由民主党同士討ち」の展開となり、新人の丸川が当選した(4位当選)代わり、自民党東京都連の押す保坂が落選(6位次点落選)する波乱の結果になった(5位当選は無所属の川田龍平)。これは、マスコミ各社の事前の情勢調査で、保坂は当選圏内にあり、丸川は当落線上と報じられたため、自民支持層が丸川に流れたことも一因といわれている。
[編集] 参議院議員当選後のエピソード
- 当選後の7月30日、テレビ朝日のスーパーモーニングに出演をした際、同じく参院初当選間もない新党日本代表田中康夫から、投票をしていないのに当選したのだから今後は外国人参政権のための運動を推進する気はあるのか?と問われ、肯定も否定も出来なかった。田中が引っ掛けようと「じゃぁ賛成なのね」と確認しても明確に否定をしなかったが、つられてうなずくこともなかった。
- 2008年4月9日、大塚拓と結婚することを発表した。交際期間半年のスピード結婚と報道される。同年6月16日に明治神宮にて挙式、ホテルオークラにて結婚披露宴を行う。丸川の挙式・結婚披露宴は国会会期延長中に行われたことや、秋葉原通り魔事件の1週間後と岩手・宮城内陸地震直後の混乱期に行われたことから『KY挙式』と報道された[7]。
[編集] 所属議員連盟
[編集] アナウンサー時代の出演番組
- Matthew's Best Hit TV+(準レギュラー、複数コーナー司会担当)
- CNNヘッドライン
- やじうま6
- ニュースステーション
- ビートたけしのTVタックル
- あまから問答
- スーパーJチャンネルANN(『ザ・激戦区!』のレポーター)
- 朝まで生テレビ!(進行)
- 内村プロデュース(クイズの出題者・学生時代の水着姿を出題映像として放映される)
- Sunday!スクランブル
- 速報!甲子園への道(テレビ朝日入社前の頃、朝日放送制作版に出演)
- ANNニュース(平日昼)
- ALWAYS' MUSIC(BS朝日)
- News Access(BS朝日、不定期)
- 全米・全英オープンゴルフ中継
- ロンドンハーツ
[編集] テレビ朝日同期アナウンサー
[編集] 脚注
- ^ 東京大学の同級生に法学部出身のテレビ朝日アナウンサー西脇亨輔がいる。いくつかのゼミで一緒だったという。ただし、西脇は大学在学中に司法試験に合格し、第47期司法修習を終え、1995年にテレビ朝日に入社したため後輩になる。また、フジテレビアナウンサーの佐々木恭子は同じ小学校・中学校・大学の2期後輩(大学は3期後輩)に当たる。
- ^ "テレ朝丸川珠代アナが参院選出馬へ" デイリースポーツ: 2007-5-22. 2007年5月22日閲覧.
- ^ 『丸川アナ出馬にテレ朝カンカン…参院選』スポーツ報知、2007年5月17日。
- ^ ニューヨークから帰国後、約3年間転入届を提出しておらず、2007年4月20日に区役所を別件で訪れた際に提出したものの、転入3か月以内は選挙権が無いため。
- ^ 『丸川珠代氏大泣き』 スポーツ報知、2007年7月20日。
- ^ 丸川がマスコミに公開した納税証明書の写真は下記文献で確認できる。
『ナメるな!――私は選挙権もなければ郵政選挙&都知事選選挙にも行ってませんッ――安倍首相のお墨付き――丸川珠代「日本一丸恥な元女子アナ候補」の素顔』フライデー1270号、講談社、2007年8月3日、20頁。 - ^ 『丸川珠代氏、大塚拓氏「KY挙式」』 サンケイスポーツ、2008年6月17日

