アホウドリ

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?アホウドリ

アホウドリ
保全状態評価
VULNERABLE
(IUCN Red List Ver.3.1 (2001))
ファイル:Status iucn3.1 VU.svg
分類
: 動物界 Animalia
: 脊索動物門 Chordata
亜門 : 脊椎動物亜門 Vertebrata
: 鳥綱 Aves
: ミズナギドリ目 Procellariiformes
: アホウドリ科 Diomedeidae
: アホウドリ属 Phoebastria
: アホウドリ P. albatrus
学名
Phoebastria albatrus
Pallas, 1769
シノニム
Diomedea albatrus
和名
アホウドリ
英名
Short-tailed Albatross
Steller's Albatross
長い翼を広げ洋上を帆翔する
アホウドリの若鳥

アホウドリ阿房鳥阿呆鳥信天翁 など。学名:Phoebastria albatrus)は、ミズナギドリ目- アホウドリ科に分類される鳥類の一種。または、アホウドリ科に分類される鳥の総称。

翼を広げるとその幅2.5m近くになる大型の海鳥。 地上において無警戒かつ鈍重な鳥とされ、そのため日本では不名誉な名を与えられているが、空にあってはきわめて高い飛翔能力を示す。

目次

[編集] 名前の由来

アホウドリはその長大な翼のために助走無しには飛び立てず、地上にあっては鈍重な鳥である。 その上、人間に対する警戒心が希薄なため、地上のアホウドリを捕獲するのは簡単であった。 それゆえに日本語では「阿呆な鳥」すなわち「アホウドリ」と呼ばれ、「阿呆鳥」もしくは「阿房鳥」と記された。 しかし、風を捉えて滑空する大型の海鳥は基本的に地上では鈍重であるため、これはアホウドリに限っての特徴ではない。 彼らの生態的利点はむしろ離陸後の滞空時にあり、そのが生み出す揚力は大きく余裕あるものであるため、長時間の滞空が可能であり、ゆえに広範な海域を餌場とする事ができる。 他に、鳴き声が「アホウ」に聞こえたことに由来とする説もある。

また、中国ではアホウドリは他の海鳥が落とした魚を漁ることで生活していると思われていたので、天から魚が降ってくる事を信じている馬鹿な鳥として「信天翁」と呼ばれた。

このような不名誉な名前を付けられてしまった本種であるが、洋上の飛翔能力は鳥類の中でも最も高い部類に入る。 ゆったりと洋上を飛ぶ様を表した日本語の呼称が「沖の太夫(おきの-たゆう)」である。

[編集] 生物的特徴

[編集] 形態・生態

全長約95cm、翼開長[1]約240cmの大型の海鳥である(比較資料1 E0 m)。 翼の先が黒く、(くちばし)はピンク色。成鳥は頭から首にかけて黄色で胴体が白い。 若鳥は背中全体が黒褐色をしていて、成長するにしたがい体の羽毛が白っぽくなってゆく。

グライダーのような細く長い翼をもち、海上を羽ばたく事なくゆったりと飛翔する。 この飛び方は「帆翔(はんしょう)」と呼ばれ、がたてる風の力を有効に利用してジグザグに飛行するという独特なものである。 その滑空比率は 40対1 で、すなわち1m落下する間に40mも前に進む事ができる。 長大な翼は風をとらえるのに都合がよいが、羽ばたくのは苦手で、海面や地面から飛び立つには向かい風と長い助走が必要となる。

[編集] 分布・繁殖

北太平洋の外洋域に生息するが、10月から6月の繁殖期には伊豆諸島鳥島尖閣諸島の南小島で繁殖する。 一夫一婦制で、一度つがいになると死ぬまで相手を替えない。 少産長寿で、寿命は約20年と考えられている。長谷川博氏の研究によると31歳で子育てをしていた例も確認されている。

[編集] シブリー分類体系上の位置

シブリー・アールキスト鳥類分類では、従来のミズナギドリ目コウノトリ目に統合されたため、アホウドリの分類も以下のように改められている。

シブリー・アールキスト鳥類分類
ミズナギドリ上科 Procellarioidea

[編集] 人間とのかかわり

明治時代以前は、アホウドリは日本近海に多数生息しており、繁殖地の鳥島では鳥柱が見られるほどであったという。

[編集] 乱獲の時代

開国・明治維新の後、八丈島出身の実業家玉置半右衛門は、西洋に大きな需要がある羽毛布団の原料となるアホウドリが鳥島に多数生息することを聞くと、1887年、東京府から鳥島無料拝借の許可を得て、数十人の人足とともに島に渡った。これがアホウドリ乱獲の始まりとなり、年間20万羽、15年間で推定約500万羽が捕殺されたとされる。

1902年8月9日に鳥島硫黄山が大噴火、当時の島民125名全員が死亡する惨事となり、「アホウドリの祟り」と怖れられた。

1927年には再び開拓団が入植、アホウドリ採取禁止となる1933年まで捕獲が続いた。1949年にはアホウドリ絶滅が宣言された。

[編集] 保護の努力

しかし1951年、鳥島にごく少数の個体が生存しているところを発見され、その後は保護団体による手厚い保護活動が続けられている。2003年には1840羽(うち尖閣列島300羽)まで生息数が回復した。

鳥島のアホウドリ繁殖地は、南東海岸の燕崎と呼ばれる崩れやすい火山灰地の斜面にあり、卵やヒナが斜面の崩壊に巻き込まれる事故も多発していた。そこで、島の西側の地盤の安定した地域である初寝崎にデコイ[2]デコイNo22)を設置して若鳥をおびきよせ、繁殖地を安全な地域に移す試みが1991年から行われていた。

その結果、2006年春には13羽の巣立ちが確認され、「デコイ作戦」は結実した。しかし、鳥島は活発な活火山であることから、噴火により大量の個体が一気に失われる危険性が常につきまとっている。そのため、今後のアホウドリの保護増殖活動は、明治時代以前の繁殖地であり、非火山性の小島である小笠原諸島聟島(むこじま)への移住作戦へ重点を移行する。これは鳥島で産まれたアホウドリのヒナの一部を聟島に運び、半人工的に育てる事で、聟島を新たな繁殖地として認識させようとするものである。

5年計画の初年となる2008年は、2月19日に約45日齢の10羽のヒナが鳥島からヘリコプターを使って聟島に移送された。ヒナは人間から給餌をされて順調に成育し、5月25日までに全10羽が無事巣立ちした。2009年は2月5日にさらに若い約30日齢の15羽のヒナが移送され、5月11〜25日に全15羽が無事巣立ちした。 今後も最終的に合計50羽程度の移送を続けられ、数年後には聟島に戻ってきた個体が自然繁殖を続けて新たなコロニーが生成されることが期待されている。

[編集] 保全状態評価

日本
中国

[編集] 関連事項

[編集] 関連項目

[編集] 脚注

ウィキメディア・コモンズ
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  1. ^ 翼を全開したときの左右の翼の端から端までの距離・長さ。
  2. ^ 狩猟で囮(おとり)に使う鳥の模型をいう。

[編集] 外部リンク