根津甚八 (俳優)

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ねづ じんぱち
根津 甚八
本名 根津 透
生年月日 1947年12月1日(64歳)
出生地 日本の旗 日本 山梨県都留市
国籍 日本の旗 日本
民族 日本人
血液型 B型
職業 演出家脚本家
ジャンル テレビドラマ映画
活動期間 1969年 - 2010年
活動内容 俳優、演出、脚本
公式サイト HUMANITE - ユマニテ公式サイト
主な作品
ドラマ
男たちの旅路
黄金の日日
誇りの報酬
田原坂
映画
影武者

タスマニア物語
ルビーフルーツ
備考
2010年9月、俳優活動をやめる報道

根津 甚八(ねづ じんぱち、1947年12月1日 - )は、山梨県都留市出身の元俳優演出家脚本家。本名は根津 透ねづ とおる)。ユマニテ所属。芸名は、真田十勇士の根津甚八に由来する。劇団「状況劇場」所属時に、主宰の唐十郎が苗字の「根津」に合う芸名として命名した[1]

目次

[編集] 人物

歯科医師の家の三男として生まれる。日本大学第三高等学校卒業、獨協大学外国語学部フランス語学科中退。1969年唐十郎が主宰する劇団・状況劇場に入団。状況劇場には1979年まで在籍した[2]

1978年にはNHK制作の大河ドラマ『黄金の日日』に石川五右衛門役で出演、翌年には同局制作の『失楽園'79』、映画『その後の仁義なき戦い』などで主演した。黒澤明監督の映画にも何度か主要な登場人物役で出演している(1980年の『影武者』、1985年の『』)。2007年現在、ユマニテに所属。

2002年頃から右目下直筋肥大という顔面の病気を患い活動を縮小していた。

2004年7月に交通事故を起こし、被害者を死亡させた[3]。警察の調べに対し「安全確認が足りなかった」と供述した。その後しばらくの間活動を停止していたが、2006年5月よりブログを運営している(2008年2月より一旦休止中)。

2009年、雑誌「週刊現代」8月22・29日合併号に掲載された夫人の手記において、うつ病を患っていることが明らかにされた。持病の椎間板ヘルニアも悪化しており、療養生活を送っていた。

2010年9月、夫人への取材から、俳優業に終止符を打つことが報道される。演出家や脚本家としての活動は行うが、テレビ出演など表舞台には立たないとしている[4]。また同時に、夫人自身の取材と回想によって闘病生活と俳優時代を回顧した『根津甚八』(根津仁香著、講談社)が刊行された。

[編集] 出演作

[編集] テレビドラマ

[編集] 映画

[編集] オリジナルビデオ

[編集] アニメ

二本とも押井守監督作品

[編集] 吹き替え

[編集] 舞台

  • 『太陽が死んだ日』

[編集] CM

[編集] 関連項目

[編集] 脚注

  1. ^ 根津甚八ダイアリー(2007年5月28日のエントリ) - ブログには「21歳の頃」とあり、状況劇場に所属していたのは1969年からなので、命名は1969年だと推測される。
  2. ^ ユマニテによる公式プロフィールの一部の記述による。公式プロフィールの全体は、ユマニテのサイトのトップページより閲覧できる(Adobe Flash形式)。
  3. ^ ZAKZAKニュース - 2004年7月7日
  4. ^ 根津甚八、俳優生活に幕…妻が激白「満足する演技できない」 スポーツ報知 2010年9月6日

[編集] 外部リンク

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