南野陽子

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みなみの ようこ
南野 陽子
生年月日 1967年6月23日(44歳)
出生地 日本の旗 兵庫県伊丹市
血液型 B型
職業 女優タレント歌手
ジャンル テレビドラマ映画舞台
活動期間 1985年 -
配偶者 既婚(2011年 - )

南野 陽子(みなみの ようこ、1967年6月23日 - )は、日本女優タレント歌手。愛称はナンノ兵庫県伊丹市出身、堀越高等学校卒業。身長161.8cm。靴のサイズは23.5cm、血液型はB型。左利き。当初はエスワン・カンパニーに所属し、後にサザンフィールド(“南野”の英訳、個人事務所)、スイートベイジルを経て、現在はケイダッシュ所属。

目次

[編集] 略歴

[編集] 女優・アイドル歌手としてデビュー

兵庫県の小学校時代の先輩にタレントの石田靖がいる(2年先輩)。私立松蔭中学校卒業。松蔭高等学校在学中にオーディションに合格、高校2年生の夏に上京し、堀越高等学校に2学期から編入した。同級生に本田美奈子.岡田有希子宮崎ますみ石野陽子倉沢淳美長山洋子高部知子田中久美森奈みはる菊地陽子桑田靖子松本友里永瀬正敏片岡孝太郎がいる。本田美奈子とは堀越高等学校の編入試験の時から一緒だった。

[編集] 『スケバン刑事』でブレイク

デビュー当初は全くの無名だったが、地道な売り込み活動を行った結果、新人ながら『週刊少年マガジン』などのグラビアでは大量ページで取り上げられた。また同誌の発行元・講談社のアイドル雑誌『DELUXEマガジン』でも、早々に表紙を飾るなど大きく扱われた。当時、同誌では1982年からミスマガジンコンテストを開催しており、既に伊藤麻衣子斉藤由貴を輩出していた。そのため、時に同コンテスト出身とされることもあるが、実際にはコンテスト外で起用された「マガジンメイト」である。

1985年11月からはフジテレビ系ドラマ『スケバン刑事』シリーズ第2作『スケバン刑事II 少女鉄仮面伝説』の主役を演じ、一躍ブレイクした。このドラマでの土佐弁訛りを交えた決まり文句「鉄仮面に顔を奪われ十と七とせ、生まれの証しさえ立たんこのあてぇ〜が(私が)何の因果かマッポ(警察)の手先。二代目スケバン刑事(デカ)麻宮サキ。おまんらみたいに、○○(相手の悪事を挙げる)するやつぁ絶対に許さんぜよ!」は子供達の「ごっこ遊び」に反映され、中でも「おまんら許さんぜよ!」は若者の間でも流行した。しかし運動が極度に苦手で、アクションシーンの撮影に苦労する。例えば腕立て伏せができなかったため、ワイヤーで背中を引っ張り上げてもらい、何とかこれをこなした[1][2]

1986年10月2日からニッポン放送のラジオ番組『南野陽子 ナンノこれしきっ!』が始まり、1990年6月24日の終了までパーソナリティを務めた。

1987年2月公開の映画『スケバン刑事』に主演。主題歌の「楽園のDoor」で初のオリコンチャート第1位を獲得する。

[編集] トップアイドルとして活躍

その後も「話しかけたかった」「はいからさんが通る」「吐息でネット」「あなたを愛したい」「秋からも、そばにいて」などヒット曲を連発。8曲連続オリコン1位を記録(間をおいて「フィルムの向こう側」でも1位を獲得している。計9曲オリコン1位)。またフジカラーグリコJR西日本など多数の企業のイメージキャラクターに起用されCMに出演、幅広い年代層に認知された。こうして、中山美穂工藤静香浅香唯と共に、女性アイドル四天王の一人として活躍する。

1988年NHK大河ドラマ武田信玄』に出演。一人二役を演じる。ブロマイド年間売上成績で第1位に輝く。同年、グレナダで発行された切手の題材になる。11月、「秋からも、そばにいて」がTBS系の歌番組『ザ・ベストテン』で第3位にランクインした際、歌唱中に突然、歌詞の一部を忘れてしまうハプニングに見舞われる。その後は歌いながらも緊張のあまりに手が震え、声も裏返る程であった。そして曲の終了後に悲痛な表情で涙を浮かべ、頭を下げながら謝罪した。その数年後、『ザ・ベストテン』のスペシャル番組で、その当時のことを「あの瞬間に私の歌手生命は終わったと感じました」と振り返っている。

1989年連続ドラマや映画出演はなかったものの、日本テレビ系列の『24時間テレビ』のチャリティーパーソナリティとして、カンボジアに赴きリポートを行った。また自身のシングルのカップリング曲「思いのままに (New Version)」が番組の主題歌として使われた。8月、「恥ずかしすぎて」から「はいからさんが通る」まで、CD化されていなかったシングル10タイトルがCDシングルとして再発。内9タイトルがオリコンシングルチャートにランクインした。こうした活躍の中で多忙を極め、体調を崩すこともしばしばあったが、ファンを大切にする姿勢は変わらなかった。ラジオ番組『南野陽子 ナンノこれしきっ!』で「ナンノで起きろ! 目覚ましカセット」を限定100本製作した際、応募葉書約15万通を受け取った。そこで、写真週刊誌が葉書の束を放り投げて紙吹雪にし、それをバックにした写真を撮ろうとしたところ、「ファンの皆さんから頂いた葉書を投げたり出来ません」と拒否。結局、5万通ずつ3つの山にしてデスクに積み上げ、その後ろで「皆さん、応募ありがとう」と微笑む構図に変えられたという。また、日本テレビ系『歌のトップテン』に出演した際には、南野本人をモデルにした作品を文化祭に出展したことがきっかけで、番組にゲストとして呼ばれた男子高校生と握手する時、衣装の長い右手袋をわざわざ取って、直に握手したというエピソードが残っている。

[編集] 個人事務所設立、歌手活動休止

1989年には、当時の所属事務所で都倉俊一が経営していたエスワン・カンパニーから独立し[3]、個人事務所サザンフィールドを立ち上げる。しかし円満独立ではなかったために、独立を画策した時期から一部週刊誌等で壮絶なバッシング記事が掲載され、後に社会問題にまで進展[要出典]、アイドルとしての人気は下降線をたどることになる。

その当時の状況や本人の心境は、雑誌『ザ・テレビジョン』の連載エッセイ「月夜のくしゃみ」で語られている。後に単行本化され、同名タイトルの曲を本人作詞で歌った。その後の雑誌や新聞等でのエッセイには「月待ちの窓」や「あしたは満月」のように「月」をタイトルに入れている。またCDのセールスが伸びなくなり、歌番組も減少した1992年、歌手活動を休止した。その後は女優業に専念する。

[編集] 本格派女優への転身

1992年、映画『寒椿』で初ヌードを披露した。続いて主演映画『私を抱いて、そしてキスして』でもヌードになる。同年、両作での演技が評価され、日本アカデミー賞主演女優賞を受賞する。

1995年3月に帝国劇場で公演された『ゆずり葉の井戸』により約10年ぶりの舞台出演を果たす。これより以後、大衆演劇への出演が女優としての活動の多くを占めることとなる。

1999年芸能事務所スイートベイジルから現在所属のケイダッシュへ移籍する。

2002年6月、昼ドラマの初出演作となったTBS系ドラマ愛の劇場一攫千金夢家族』で主役を演じた。昼ドラマとしては高視聴率を記録し、翌2003年6月にパート2が放映された。

[編集] 歌手活動の再開・タレントとしての活動

2005年、歌手デビュー20周年にあたるこの年は、自ら「ナンノちゃん祭り」と称し精力的に活動を行った。20周年を記念してソニー・ミュージックエンタテインメントから6月22日に全アルバムを収納したCD-BOX『南野陽子 ナンノ・ボックス』を、9月28日に『ナンノ・DVDボックス』をそれぞれ発売。『南野陽子 ナンノ・ボックス』には14年ぶりにレコーディングされた新曲「最終(ラスト)オーダー」が収録された。また、TBSのテレビ番組『うたばん』の企画で、アイドル時代の代表曲である「はいからさんが通る/吐息でネット」をセルフカバー、ポニーキャニオンから7月27日にマキシシングルとして発売された。これをきっかけに歌手活動を14年ぶりに再開。7月31日には20周年を記念したファンイベントにおいて「はいからさんが通る」を披露し、その後、NHK第37回『思い出のメロディー』などのテレビ番組やラジオ番組に歌手として出演した。

2006年9月に、芸能生活20周年企画として、自身のドラマ・歌手・映画・舞台の各シーンを再現したフィギュア「NANNO FIGURE」を発売した。10月2日からニッポン放送のラジオ番組『南野陽子 今日はナンノ日っ!』がスタート。十数年のブランクを経てラジオ番組のパーソナリティを務めることになった。12月にはフィギュア第2弾として、デビュー当時の水着グラビアをもとにした「グラビア編」も登場した。南野本人曰く、「グラビア編」製作にあたり「自分のいい所は胸じゃなくて太腿だから」と、当初大きめに造型されていたフィギュアの原型の胸を、小さめに改修させた。

2007年4月4日より、フジテレビ系『森田一義アワー 笑っていいとも!』の水曜日レギュラーとなった。2008年4月3日より木曜日レギュラーへ移動し、2009年10月1日まで2年6か月間出演した。『笑っていいとも!』レギュラー出演が決まった際の会見では、控えめに「活躍は出来ないと思います」と語った[4]。しかし、2008年5月〜9月まで放送されたクイズコーナー「ザ・共通10」での正答率は高く、正解回数は1位だった。また最速正解記録も持っており、わずか6秒で正解していたことが「ザ・共通10ファイナル(最終回)」にて発表された。年末恒例の『笑っていいとも!特大号』の「ものまね歌合戦」コーナーにも出演、2007年はにしおかすみこを、2008年は鳥居みゆきをそれぞれ披露した。5月17日、フジテレビ系『とんねるずのみなさんのおかげでした』の「新・食わず嫌い王決定戦」のコーナーにゲスト出演、カリフラワーが大嫌いである事を告白した。しかも、カリフラワーを食べる間に「嫌い」を連発し、対戦相手の伊藤淳史木梨憲武を終始困惑させた。6月10日朝日放送のバラエティ番組『なにわ人情コメディ 横丁へよ〜こちょ!』にゲストとして出演。かつて刑事で、今は生け花の講師という設定で芝居に登場し、『スケバン刑事』を彷彿とさせるヨーヨーアクションも披露した。

2008年、出身地である兵庫県伊丹市から、同市をPRする「伊丹大使」の委嘱を受けた[5]

2008年12月、テレビショッピング専門チャンネルQVCにて、女優の普段着をコンセプトにした本人企画・デザインのブランド「Actress Princess」を立ち上げた[1]。特に新作が発表される放送日には南野本人が生出演し、自らモデルを買ってでて、解説している。また、翌日に他局で生放送がある際には、販売した商品と同じ物を衣装として着用して出演することが多く、購入者への気配りを見せている。 2011年3月に結婚報告会見をした際に着用していたピンク色のチュニックも、「Actress Princess」の商品である。

2010年、歌手デビュー25周年を迎え、11月11日に、『ナンノ・アニバーサリー25th』をリリースした。「はいからさんが通る」など11曲の新バージョンに加えて、アルバム『SNOWFLAKES』収録の「氷のダイヤモンド」に新しい歌詞をつけてレコーディングした「桜詩集」が収録され、5年ぶりの「新曲」となった。 2011年2月10日に、『ナンノ・アニバーサリー25th』をお色直しして『ReFined-Songs Collection~NANNO 25th Anniversary』としてリリース。3月3日、インターネット関連企業社長と結婚し挙式を行ったことを発表[6][7]

[編集] 人物

[編集] エピソード

  • スケバン刑事II』の麻宮サキ役でアクションをこなし、体に血糊や爆薬のついた状態で学校に向かう事もあったという。劇中でサキがリンゴを握りつぶす場面があるが、南野の握力では無理だったため、中身をくりぬいてなんとかこなした。
  • アルバム『GLOBAL』の初回盤付録CD「なんの相性診断げえむ」などで、デビュー当時の自分の人生計画として以下の点を公言していた。
    • 23歳の誕生日にプロポーズを受ける。
    • 24歳で結婚。その歳に長女を出産。
    • 26歳のときに長男を出産。
    • 70歳のときに、夫がこの世を去る。
    • 73歳のときに、本人がこの世を去る。
前述のとおり、実際には43歳で結婚することとなった。
  • 『スケバン刑事II』に出演していた頃にフジテレビ局内でとんねるず石橋貴明が彼女とすれ違った時、あまりの綺麗さに衝撃を受けたらしい。その後『とんねるずのみなさんのおかげです』で『寺内貫太郎一家』のパロディコントの共演を果している。とんねるずと一緒に口の中の味噌汁などの食べ物を吐き出すなどのコントをしていた。
  • 三枝の爆笑美女対談』のゲスト出演で、番組ラストのおもちゃのゲームで司会者の桂三枝が勝てばゲスト女性は彼にキスをするという罰ゲームでキスをすることになった(ゲームの詳細は『三枝の爆笑美女対談』の項を参照)。そこで三枝は目を閉じてキスを待っていたが、南野本人はキスを手にし、その手を頬にくっつけた。気づいた三枝は「しょうもない」と呆れ、観客の笑いを誘った(なお、当時の女性ゲストは概ね実際にキスをしていた)。
  • 1986年夏頃、当時まだ存在していた後楽園球場で、『ビートたけしのスポーツ大将』の野球の撮影のハーフタイムに堀江しのぶや八木さおりらと出演、「さよならのめまい」「風のマドリガル」等の歌を披露した事がある。
  • 「好きなヒーロー、テレビ番組は『超人バロム1』」と公言し、自身のラジオ番組『南野陽子 ナンノこれしきっ!』内でもしばしば話題に取り上げていた。
  • TBSで放送されていた『テレビ探偵団』において、子供の頃好きだった番組は「北斗と南が2人で変身するまでの『ウルトラマンA』」と答え、「二人で変身してこそエース、一人のは認めない」と発言している。
  • インスピレーションや思い立ったが吉日をすぐさま実行に移してしまうという。まとまった休みを取れないほど多忙な日々を送っていたトップアイドル時代に、急遽4日ほど休みが出来た。その際「ウエイトレスのアルバイトをしてみたい」と思い立ち、実家の近くの喫茶店に掛け合って短期のアルバイトとして採用してもらった。しかし、初日から客に「南野陽子さんですか?」「ドッキリの収録ですか?」などと声を掛けられ、翌日には店の前にファンが押しかけ鈴なりになり、3日目にはマスコミの取材が来てしまった。そのため、店に迷惑が掛かるとして最終日まで働くことなく辞めざるを得なかったという。近年でも「富士山に登ろう」と思い立ち、友人を誘うことがあるという。
  • 1988年から1991年まで、JR西日本のイメージキャラクターを務めた。この時、駅に貼られた南野のポスターがことごとく盗難に遭うという事態が続出し、同社が「500名にポスタープレゼント」という告知を出したところ、約20,000枚もの応募葉書が届いた。
  • 2002年『新・仁義なき戦い2』の製作発表では、「芸能界もやくざの世界なので、今と同じようにひょうひょうと漂っているだけ」と発言して共演者を苦笑させた。
  • 2004年頃から書店でサイン色紙の値段が上がっており、高水準となった(NHK『スタジオパークからこんにちは』より)。
  • おっとりした雰囲気と異なり仕事には非常に厳格で、野村誠一等関係者が「納得がいくまで周りと対立してでも自分の意見を口挟む」という趣旨の発言をしたことがある。アイドル時代、ドラマの撮影中に酷い歯痛(親不知)に襲われた際、休憩時間に近くの歯医者に駆け込み、「麻酔をすると台詞がきちんと言えなくなり、撮影に支障が出ると迷惑が掛かるから」と麻酔をせずに抜歯をしてくれるよう申し入れたという。
  • 関西出身にも関わらず、テレビではほとんど関西弁を話さない。しかし関西が舞台のドラマでは流暢な関西弁を使っている。また、もんじゃ焼きも好物としている。
  • プライベートでは山歩きを趣味にしていることを明らかにした[8]

[編集] 交友関係

  • 尊敬する歌手(芸能人)として、同期の松本典子の名前を挙げた。
  • プライベートでは天海祐希と仲が良いとのこと。松任谷由実とも20年来の付き合いがある。
  • 同級生のアイドル歌手だった岡田有希子と仲が良かったが、1986年4月8日に岡田が自殺。その2日後の4月10日、TBS系『ザ・ベストテン』では「悲しみモニュメント」が南野自身初のランクインとなった。記念すべき同番組の出演であったが、エンディングで司会の黒柳徹子が岡田の訃報を涙ながらにコメントすると、南野も俯き加減に沈痛な表情を浮かべていた。
  • 2005年11月6日には、堀越高校編入以来の親友であった本田美奈子.が、急性骨髄性白血病のため38歳の若さで死去。本田の訃報を聞いたのは、舞台本番の合間のことだったが、余りのショックにそのまま泣き崩れてしまったという。本田の通夜に駆け付けた時には、「私のコメントとかと言うよりも、その分彼女の歌をかけてあげて欲しいな、と凄く思います」などと気丈に記者達に語ったものの、その後南野は涙が止まらないまま通夜の席を立ち去った。

[編集] ディスコグラフィ

※最高位はオリコン調べ

[編集] シングル

No. タイトル 発売日 最高位 備 考
1 恥ずかしすぎて 1985年6月23日 57位 デビュー曲
2 さよならのめまい 1985年11月21日 15位
3 悲しみモニュメント 1986年3月21日 6位
4 風のマドリガル 1986年7月21日 5位
5 接近 (アプローチ) 1986年10月1日 6位
6 楽園のDoor 1987年1月10日 1位
7 話しかけたかった 1987年4月1日 1位
8 パンドラの恋人 1987年7月1日 1位
9 秋のIndication 1987年9月23日 1位
10 はいからさんが通る 1987年12月2日 1位
11 吐息でネット 1988年2月26日 1位
12 あなたを愛したい 1988年6月18日 1位
13 秋からも、そばにいて 1988年10月8日 1位
14 涙はどこへいったの 1989年2月15日 2位
15 トラブル・メーカー/瞳のなかの未来 1989年6月21日 2位 両A面シングル
16 フィルムの向こう側 1989年11月29日 1位
17 ダブルゲーム 1990年6月1日 3位
18 へんなの!! 1990年7月1日 11位
19 耳をすましてごらん 1990年8月1日 7位 本田路津子のカバー
20 KISSしてロンリネス 1990年11月21日 9位
21 夏のおバカさん 1991年6月8日 17位
22 はいからさんが通る/吐息でネット 2005年7月27日 74位 既に発売されているシングルのセルフカバー

[編集] アルバム

[編集] オリジナルアルバム

No. タイトル 発売日 最高位 備 考
1 ジェラート 1986年4月21日 LP 2位
CT 3位
CD 2位
ファースト・アルバム
2 VIRGINAL LP 1986年11月1日
CT 1986年11月6日
CD 1986年11月1日
LP 2位
CT 6位
CD 2位
3 BLOOM 1987年5月2日 LP 2位
CT 2位
CD 2位
4 GARLAND 1987年11月1日 LP 1位
CT 1位
CD 1位
5 GLOBAL 1988年7月15日 総合3位 限定盤は「なんの相性診断げえむ」を含む2枚組
6 SNOWFLAKES 1988年12月14日 総合2位
7 GAUCHE 1989年7月12日 総合1位
8 Dear Christmas 1989年12月1日 総合5位
9 Gather 1990年6月23日 総合7位
10 夏のおバカさん 1991年7月1日 総合13位 全曲本人作曲、栗林誠一郎がコーラスで参加

[編集] ベストアルバム・CD-BOX

No. タイトル 発売日 最高位 備考
1 NANNO Singles 1988年3月21日 LP 1位
CT 1位
CD 1位
2 YOKO'S FAVORITES 1988年7月21日 総合7位 シングルB面4曲とおしゃべりを収録したミニアルバム
3 NANNO SONGLESS 1990年7月15日 インストゥルメンタル集。
マイケル・ランドウジェフ・ポーカロTOTO)ら、
ロサンゼルスのセッションマンが参加。
4 NANNO Singles II 1991年1月1日 総合9位
5 Diamond Smile 1992年3月25日 総合51位 未発表曲「Misty Eyes」収録
6 Pearl Tears 1992年3月25日 総合52位 未発表曲「これっきりにしよう」収録
7 Affairs of Yesterday 1992年6月21日 総合79位 南野本人による選曲
8 Dear My Best 1992年11月21日 2枚組
9 GOLDEN J-POP/THE BEST 南野陽子 1998年8月21日 2枚組
10 2000 BEST 南野陽子 2000年6月21日
11 DREAM PRICE 1000 南野陽子/楽園のDoor 2002年10月9日
12 GOLDEN☆BEST 南野陽子 ナンノ・シングルス3+マイ・フェイバリット 2003年7月16日 2枚組
13 NANNO BOX 2005年6月22日 新曲を含めた全楽曲のCD10枚とDVD1枚
14 ナンノ・サウンドトラックス+ソングレス 2006年6月21日 主演映画のサウンドトラック、『NANNO SONGLESS』に
「なんの相性診断げえむ」を加えた6枚組
15 ナンノ・アニバーサリー25th 2010年11月11日 既発表曲の新バージョンと新曲1曲を収録
16 ReFined-Songs Collection~NANNO 25th Anniversary 2011年2月9日 「ナンノ・アニバーサリー25th」の収録曲11曲(内1曲は再レコーディング)に新バージョン5曲+1曲を追加収録した全17曲

[編集] サウンドトラック

No. タイトル 発売日
1 スケバン刑事II 少女鉄仮面伝説 オリジナル・サウンドトラック 1986年5月21日
2 スケバン刑事 オリジナル・サウンドトラック 1987年3月5日
3 はいからさんが通る オリジナル・サウンドトラック 1987年12月21日
4 菩提樹 オリジナル・サウンドトラック 1988年8月13日
5 幕末2001 OriginalSoundtrack 2001年10月23日

[編集] 映像作品・DVD-BOX

No. タイトル 発売日 備考
1 ときめき、ください 1986年6月21日
2 ファースト・コンサート 1986年11月1日
3 NANNNO CLUB 1987年7月22日
4 サマーコンサート 1987年11月21日
5 FROM サマー・コンサート 1987年11月21日
6 COLORFUL AVE. 1988年8月1日
7 ETE DU CINEMA YOKO MINAMINO SUMMER CONCERT '88 1988年12月21日
8 思いのままに YOKO MINAMINO SUMMER CONCERT '89 1989年11月22日
9 JUST SWEET LOVE 1989年11月24日 非売品
10 へんなの!! 1990年9月21日 ビデオシングルディスク
11 ABEND 1990年11月21日
12 時の流れに 1991年11月21日
13 Dear My Best 1992年11月21日
14 NANNO DVD BOX 2005年9月28日 全映像作品を収納したDVD12枚組

[編集] タイアップ一覧

曲名 タイアップ
さよならのめまい フジテレビスケバン刑事II 少女鉄仮面伝説』挿入歌
接近(アプローチ) フジテレビ『時をかける少女』主題歌
悲しみモニュメント フジテレビ『スケバン刑事II 少女鉄仮面伝説』主題歌
風のマドリガル フジテレビ『スケバン刑事II 少女鉄仮面伝説』主題歌
楽園のDoor 映画『スケバン刑事』主題歌
雪の花片 ONKYO「ラディアン」CMソング
昼休みの憂鬱 富士通パソコンFM77AV40EX」CMソング
秋のIndication グリコ「セシルチョコレート」CMソング
ひとつ前の赤い糸 ONKYO「ラディアン」CMソング
はいからさんが通る 映画『はいからさんが通る』主題歌
富士フイルム「フジカラー」CMソング
雨のむこうがわ ONKYO「ラディアン」CMソング
吐息でネット カネボウ「フィットネット口紅」「春のバザール」CMソング
秋からも、そばにいて グリコ「アーモンドチョコレート」「ポッキー」CMソング
カリブへ行きたい 富士通パソコン「FM77AV40EX」CMソング
あなたを愛したい 映画『菩提樹 リンデンバウム』主題歌
JR西日本「WENS」CMソング
JUST SWEET LOVE グリコ「セシルチョコレート」CMソング
リフトの下で逢いましょう JR西日本「スキートレインJRシュプール号」CMソング
涙はどこへいったの JR西日本「WENS」CMソング
トラブル・メーカー JR西日本「リゾート列車」CMソング
瞳のなかの未来 NHK青いブリンク』 オープニングテーマ曲
マニキュアがかわく間に ONKYO「ラディアン」CMソング
サマー・フレグランス JR西日本企業CMソング
耳をすましてごらん 日本テレビ24時間テレビ 「愛は地球を救う」』(1990年)スペシャルドラマ『いつか見た青い空』主題歌
思いのままに (New Version) 日本テレビ『24時間テレビ 「愛は地球を救う」』(1990年)メッセージソング
KISSしてロンリネス 浅田飴「クール、ニッキ、バッション」CMソング
Lonely Blue 名鉄「メディアカード」CMソング

[編集] 出演

[編集] テレビ

[編集] ドラマ

[編集] その他の番組

アイドル時代の多数の歌番組のほか現在も各種バラエティなどにゲスト出演しており、司会の経験もある。

など多数。

[編集] 映画

ほか

[編集] 舞台

[編集] ラジオ

[編集] レギュラー

[編集] 単発・ゲスト

  • 芸能生活25周年記念特番「今年で25周年にナンノ!」(2010年6月10日及び11月21日、ニッポン放送)
  • ヤンピース(ニッポン放送)
  • オリエンタルラジオのオールナイトニッポンR(ニッポン放送)
ほか

[編集] コマーシャル

[編集] 書籍

[編集] 単行本

[編集] 写真集

  • 陽子をひとりじめ……(1986年4月、講談社) - 撮影:野村誠一
  • スケバン刑事II写真集(1986年9月、白泉社) - 撮影:大松龍
  • 映画スケバン刑事写真集 愛のセーラー服戦士(1987年、バンダイビジュアル
  • 生のまま天使風来(1988年11月、ワニブックス) - 撮影:野村誠一
  • Yoko Minamino―my dear (TYO tiny pictures)(1991年1月、CBSソニー出版) - 撮影:野村誠一ほか
  • 南野陽子 Great―ALL SELECTION(1991年4月、講談社) - 撮影:沢渡朔ほか
  • FLOWERS(2004年10月、集英社) - 撮影:山内順仁

[編集] 連載

  • 夕刊フジ「あしたは、満月!」
  • 月刊『CIRCUS』(KKベストセラーズ)「賢者の贈り物」(2007年3月 - 2009年8月)
  • 月刊『からだにいいこと』(祥伝社)「月下美人対談」(2007年4月 - 2008年4月)

[編集] 脚注

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[編集] 外部リンク

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