梅宮辰夫

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うめみや たつお
梅宮 辰夫
本名 梅宮 辰雄 (うめみや たつお)
生年月日 1938年3月11日(73歳)
出生地 満州国の旗 満州国 ハルビン
国籍 日本の旗 日本
民族 日本人
身長 174cm
血液型 A型
ジャンル 俳優タレント
活動期間 1959年 -
家族 梅宮アンナ(娘)
主な作品
不良番長』シリーズ
『夜の歌謡』シリーズ
『帝王』シリーズ
仁義なき戦い』シリーズ
はぐれ刑事純情派』他

梅宮 辰夫(うめみや たつお、男性、1938年昭和13年)3月11日 - )は、日本俳優タレントである。本名は 梅宮 辰雄(うめみや たつお)。愛称は辰ちゃん辰兄ィ梅辰身長174cm体重75kg血液型A型[1]。所属事務所は株式会社ピックルズ(東京・赤坂)。

映画会社・東映の『ニューフェイス』としてデビューし、俳優として映画等に出演していたが、後年には諸事業の経営や、娘・梅宮アンナに係わる騒動などで知られた。近年はバラエティ番組への出演が多く、料理の腕前や軽妙なトークや家庭の様子がテレビ番組でたびたび披露されている。

目次

[編集] 経歴

生い立ち

満州国ハルビン特別市(現在の、中国黒竜江省ハルビン市)に生まれ、終戦品川区西戸越に引き揚げた。弟と妹それぞれ2人ずつの5人兄弟[2]。実家は内科小児科を診療科目とする梅宮医院で辰夫は跡継ぎとして期待されていた[3]茨城県水戸市に移り、茨城大学教育学部附属愛宕中学校では陸上競技選手を務めたが、同中学校の後輩として、ジャーナリストで評論家の立花隆がおり、立花とは後年、テレビ番組の企画で共演している[4]早稲田高等学校を経て、日本大学法学部中退。

東映ニューフェイス

大学在学中に銀座でスカウトされ、1958年昭和33年)、東映のニューフェイス5期生に合格。翌年映画『少年探偵団 敵は原子潜航挺』シリーズでいきなり主演デビュー。新人時代は他に『遊星王子』等子供向けヒーロー映画に主演していた。以後は二枚目スターとして多くの主演映画が作られるも伸び悩むこととなる。すっかりかつての好青年ぶりが影を潜めてしまった1965年(昭和40年)には『ひも』『いろ』『だに』『かも』などの主演作品同様に私生活でも銀座と歌舞伎町夜の帝王といわれるほど非常な遊び人としての素行不良が取り沙汰され、さらにそれらの放蕩生活と加齢による形相の変化で、東映の首脳部からは問題児としてお荷物扱いされるまでになっていた。

そこで東映の岡田茂社長はピーター・フォンダの主演映画『ザ・ワイルド・エンジェルス』や、同時期のアメリカ映画『地獄の天使』をヒントに、日本でもオートバイを駆使した不良映画を製作しようと意気込む。それが1968年(昭和43年)から主演する事となる映画『不良番長シリーズ』だった。最初の数本こそシリアス・タッチだったものの、梅宮を軸にした集団コメディの色彩は回を重ねるごとに強くなり、後に公私共に盟友となる山城新伍がコメディリリーフとして加わってからは、ますます破壊的なギャグが繰り出されるシリーズとなっていった。しかし、この路線は観客の好評を得て、B面映画の傑作として16作も作られるシリーズとなった。続いて主演の『夜の歌謡シリーズ』もそこそこヒットし、更に1970年代からは『帝王シリーズ』を成功させ、個性派俳優としての地位を獲得してゆく事となった。

ベテラン俳優として

1972年(昭和47年)、自身が経営する事務所「梅宮企画」倒産などによる多額の借金で窮地に立たされるが、クラウディア・ヴィクトリアと再婚、同年にはアンナが誕生した。肥満が目立つようになると助演が増え、翌1973年(昭和48年)からは『仁義なき戦い』や安藤昇主演の東映実録路線で貫禄十分の独特の存在を醸し出した。同映画の監督、深作欣二とは同郷(茨城県水戸市)という縁もあった。

1974年(昭和49年)には睾丸腫瘍の診断を受けた。癌細胞はにまで転移していたものの、抗癌剤による化学療法の奏効によって治癒した。梅宮は化学療法を受けた際、副作用脱毛が全く起こらず、主治医が驚いていたという。この病気の後、梅宮は夜遊びを止め、酒を減らし、早起きして料理に励むようになった。

1975年(昭和50年)、脚本家倉本聡に請われてテレビドラマ『前略おふくろ様』に出演、「渋い板前」役を演じて、役柄を広げることに成功した。

実業家、マルチタレント

これ以降は20代前半からの美食三昧で肥やした舌を活かし料理人としても徐々に活路を見出して行く。

1994年平成6年)から実娘・アンナが、タレントの羽賀研二との交際を始めると、前述のような自身の相当の遊び癖にも関わらずこれに公然と反対、これら3者の関係は、ワイドショーなどで盛んに取り上げられた。梅宮は実業家・料理家としての才能にも長けており、「梅宮辰夫の漬物本舗」や、名古屋で「梅宮辰夫の炭焼き家 炎園」などの事業も展開している。

[編集] 趣味、特技など

特技はライフル剣道で、高校時代には剣道部の初代主将も務めた。

料理にかける熱はかなりのものがあり、愛車のメルセデス・ベンツ Vクラスを都内のガソリンスタンドでスタッフがエンジンをかけたまま車から離れた隙に盗まれたことがあり、これが経緯で2002年(平成14年)自動車盗難防止キャンペーンのポスターのイメージキャラクターに選ばれた。その記者会見では「ベンツはいいから(積んであった特注の)包丁セットだけは返してくれ」と訴えた(その後ベンツは発見されたが、包丁セットは持ち去られていた)。 また俳優として料理の鉄人へ挑戦者として登場。道場六三郎と戦うが敗戦している。

また、釣りが好きで、サンテレビジョンで放送される釣り番組「ビッグフィッシング」への出演を希望したことがあると言われている。熱海港に釣り船「番長」を留めている。

[編集] 私生活、家族・友人

1968年(昭和43年)、3年間同棲し既に妊娠4ヶ月だった若井常代と一方的に婚約を解消[5]その後同年12月に結婚した最初の妻は、銀座のクラブ「姫」のホステス・大門節子(大門節江)で、散々熱を上げた挙句の結婚だったが僅か半年で離婚した[6]。現在の妻は米国籍で、銀座のクラブで働いていた梅宮クラウディア

タレントモデルの梅宮アンナは娘。俳優の梅宮万紗子は姪。声楽家の高橋好子は母方いとこ。俳優の高橋克典は母方の従甥(伯母の孫)である。元プレアイドル梅宮亜須香とは遠戚である。

芸能界にも友人は多く、『仁義なき戦い』など数多くの映画で共演した松方弘樹とは、バラエティで共演するたびに子供っぽいケンカをし、『スクール☆ウォーズ』で夫婦役として共演した和田アキ子とは「あんちゃん」「アッコ」と呼び合う兄妹のような仲である。安岡力也からは「兄貴」と慕われ、山城新伍とは「兄弟」と呼び合う仲。

[編集] エピソード

1962年(昭和37年)、たまたま訪れた有楽町の日活国際会館(日活ホテル)で小林旭美空ひばりを見かけ「東映で俳優をしている梅宮辰夫と申します!」と挨拶するも、知る人ぞ知る存在だったため小林から「知らないなあ。」と返され、梅宮は「いつの日か大きな態度で出てやる!」と心に誓う。後年、小林が東映へ移籍し『仁義なき戦い』で共演することが決まると「東映に来た今度こそ!」と意気込むが、小林に「やあ!」と挨拶されすっかり意気消沈してしまった(TVでの梅宮辰夫談)。

1975年(昭和50年)以降もヤクザ映画、そして東映Vシネマの大御所として200本を超える映画に出演。それがゆえに本人曰く、ヤクザ映画に主演し、警察署長役をした俳優は他にいないと『はぐれ刑事純情派ファイナル』の制作発表の時にコメントしている。また『仁義なき戦い』を特集した書籍のインタビューなどで、近年のヤクザ映画に対して「最近の若い役者は本物のヤクザと付き合ってないからダメ」と自身は付き合いがあることを公言した(「週刊実話」に梅宮辰夫が竹中正久組長と一緒に写っている写真が掲載されたことがある)。

食べる料理にはをかけることが多い。芸能人(秘)密着24時!天使が見てるにてこの食生活の弊害(頭痛失禁認知症など)を指摘された際には「意地でもこの生活を変えない」と言っていた。

食通である一方、人気者でいこう!の格付けチェックの食感チェックを苦手としている(別コーナーの常識バトルでも叙々苑のカルビを間違え、浜田雅功に「(梅宮が名古屋で経営している)焼肉屋閉店や」と揶揄されたことがあった)。そのため、レギュラー期、単発期を含め未だに一流芸能人になったことがない(第11回のトンカツの食べ比べで黒豚を間違え、2009年(平成21年)の単発スペシャルでは石田純一と組んで最後のステーキで宮崎牛を間違えていて、初の一流を逃している。特に前者ではやはり浜田に「くいしん坊やってる奴は舌がバカなんですか?」と揶揄されたことがある。)。2010年(平成22年)の格付けチェックの食べ比べでは2問とも正解しているが、翌年はワインとすっぽん鍋を間違えている。(ただし、2010年の食べ比べの最初の問題は一緒に組んだ泉ピン子が不正解であった)また、伊勢海老ザリガニの違いが分からず、ふかわりょうと共に、全問不正解で番組初の、映す価値なし(画面から消えること)になった。ちなみに自身は映す価値なしをレギュラー期で2度、単発期で1度経験しており、「芸能人格付けチェック」の常連ではあるが苦戦していることが多い。また、梅宮と同様に思いの外成績が芳しくなく、「Mr.格付け」と称される石田純一共々司会者からは弄りの的になっている。その一方で2009年度の様に絶好調な時もあるが、やはりどこかしらで痛恨の不正解を出してしまう場面がある。

めちゃイケのコーナー、爆烈お父さんの父で、加藤浩次演ずる加藤辰夫のモデルといわれている。

[編集] 主な出演作品

[編集] 映画

  • 母と娘の瞳(1959年2月、東映)
    今で言うイケメン風の男性としてエキストラ出演。姿ははっきり確認でき、デビュー当時の秘蔵映像として10数年ほど前のテレビ特番でも紹介されたことがある。
  • 少年探偵団 敵は原子潜航艇(1959年、東映)
  • 遊星王子(1959年、東映)
  • 拳銃を磨く男シリーズ(1959-1960年、東映)
  • 大いなる旅路(1960年、東映)
  • 不死身の男(1960年、東映)
  • ボス表へ出ろ(1960年、東映)
  • 野獣の眼(1960年、東映)
  • 海底の挑戦者(1960年、東映)
  • 第三次世界大戦 四十一時間の恐怖(1960年、東映)
  • 男の地平線(1961年、東映)
  • アマゾン無宿 世紀の大魔王(1961年、東映)
  • 赤いネオンに霧が降る(1961年、東映)
  • 霧と影(1961年、東映)
  • 八人目の敵(1961年、東映)
  • 誇り高き挑戦(1962年、東映)
  • ギャング対ギャング(1962年、東映)
  • 暗黒街最後の日(1962年、東映)
  • 裏切者は地獄だぜ(1962年、東映)
  • 人生劇場 飛車角(1963年、東映)
  • 人生劇場 続・飛車角(1963年、東映)
  • 海軍(1963年、東映)
  • 第八空挺部隊 壮烈鬼隊長(1963年、東映)
  • 地獄命令(1964年、東映)
  • 列車大襲撃(1964年、東映)
  • 暗黒街大通り(1964年、東映)
  • ひも(1965年、東映)
  • いろ(1965年、東映)
  • ダニ(1965年、東映)
  • かも(1965年、東映)
  • 地獄の波止場(1965年、東映)
  • 昭和残侠伝(1965年、東映)
  • 女番外地 鎖の雌犬(1965年、東映)
  • 昭和最大の顔役(1966年、東映)
  • ゴキブリ部隊(1966年、東映)
  • 地獄の野良犬(1966年、東映)
  • 北海の暴れ竜(1966年、東映)
  • 決着(おとしまえ)(1967年、東映)
  • 網走番外地 吹雪の斗争(1967年、東映)
  • 人間魚雷 あゝ回天特別攻撃隊(1968年、東映)
  • あゝ予科練(1968年、東映)
  • 産業スパイ(1968年、東映)
  • 不良番長シリーズ(1968-1972年、東映)
  • 夜の歌謡シリーズ(1968-1974年、東映)
  • 血染の代紋(1970年、東映)
  • 日本ダービー 勝負(1970年、東映)
  • 帝王シリーズ(1970-1972年、東映)
  • 最後の特攻隊(1970年、東映)
  • 夜のならず物(1972年、東映)
  • 銀蝶渡り鳥(1972年、東映)
  • 女番長ブルース 牝蜂の挑戦(1972年、東映)
  • 昭和極道史(1972年、東映)
  • 仁義なき戦いシリーズ(1973-1974年、東映)
  • やくざと抗争 実録安藤組(1973年、東映)
  • やくざ対Gメン 囮(1973年、東映)
  • 実録 私設銀座警察(1973年、東映)
  • 実録安藤組 襲撃篇(1973年、東映)
  • 安藤組外伝 人斬り舎弟(1974年、東映)
  • あゝ決戦航空隊(1974年、東映)
  • ルバング島の奇跡 陸軍中野学校(1974年、東映)
  • 山口組外伝 九州進攻作戦(1974年、東映)
  • 色情トルコ日記(1974年、東映)
  • 極道社長(1975年、東映)
  • 暴力金脈(1975年、東映)
  • 日本暴力列島 京阪神殺しの軍団(1975年、東映)
  • 県警対組織暴力(1975年、東映)
  • 資金源強奪(1975年、東映)
  • 仁義の墓場(1975年、東映)
  • 沖縄やくざ戦争(1976年、東映)
  • やくざの墓場 くちなしの花(1976年、東映)
  • 実録外伝 大阪電撃作戦(1976年、東映)
  • 子連れ殺人拳(1976年、東映)
  • トラック野郎 望郷一番星(1976年、東映)
  • やくざ戦争 日本の首領(1977年、東映)
  • 青春の門 自立篇(1977年、東宝)
  • 野性の証明(1978年、角川映画)
  • 雲霧仁左衛門(1978年、松竹)
  • 真田幸村の謀略(1979年、東映)
  • 悪魔が来りて笛を吹く(1979年、東映)
  • 不良少年(1980年、東映)
  • 徳川一族の崩壊(1980年、東映)
  • ダンプ渡り鳥(1981年、東映)
  • 鬼龍院花子の生涯(1982年、東映)
  • 大日本帝国(1982年、東映)
  • 小説吉田学校(1983年、東宝)
  • 最後の博徒(1985年、東映)
  • いきてるうちが花なのよ死んだらそれまでよ党宣言(1985年、ATG
  • 恋子の毎日(1988年、東映)
  • ビー・バップ・ハイスクール 高校与太郎音頭(1988年、東映)
  • 226(1989年、松竹)
  • せんせい(1989年、松竹)
  • 修羅の群れ(2002年)
  • 特命係長 只野仁 最後の劇場版(2008年12月公開、松竹) - 黒川重蔵

[編集] テレビドラマ

[編集] テレビアニメ

[編集] テレビ番組

ほか多数

[編集] CM

[編集] 歌唱

[編集] 出典

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  1. ^ 梅宮辰夫 - プロフィール” (日本語). YAHOO! JAPAN 人物名鑑. 日本タレント名鑑 (2010年10月). 2010年10月10日閲覧。
  2. ^ 東映の友 1963年7月号 18頁。
  3. ^ 東映の友 1961年5月号 2~3頁。
  4. ^ 『旧友再会〜梅宮辰夫と立花隆』(NHK) 2009年放送
  5. ^ 「ヤングレディ」講談社 1968年7月29日号 28~31頁
  6. ^ レコードを出したこともある大門は、広島市大洲(現在の南区)の出身。梅宮と離婚後、沢村忠と婚約したが結婚はしなかった。その後、広島に帰郷しお店を経営していたが、四国の一般人と再婚したという話。このあたりは山口洋子の著者『ザ・ラスト・ワルツ- 「姫」という酒場』に少し書かれている。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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