不良番長

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不良番長』(ふりょうばんちょう)は、1968年からシリーズ化された日本映画主演梅宮辰夫製作東映東京撮影所製作、東映配給。全16作品。

解説[編集]

当時の東映常務取締役兼企画製作本部長・岡田茂(のち、同社社長)が梅宮辰夫を売り出すため、マーロン・ブランドの主演映画『乱暴者』(1953年)やロジャー・コーマン監督・ピーター・フォンダ主演でアメリカ暴走族(モーターサイクルギャング)ヘルズ・エンジェルスの生態を描いた『ワイルド・エンジェル』(1966年)などをヒントに、日本でもオートバイを駆使した不良映画を製作しようと企画した作品[1][2][3][4]。『不良番長』という題名も岡田の命名[3][5]東映ニューフェース(1958年)としてデビューしながら、今ひとつ伸び悩んでいた梅宮は、本シリーズで新しい不良イメージを確立した[6]。シリーズ作品のほとんどが、当時全盛期にあった東映の任侠映画と併映されたが[7]それらとは異なり、シリーズ初期は勧善懲悪ものの要素は薄く、主人公の神坂弘及び彼が率いる不良グループ「カポネ団」の面々の、己の快楽や欲望を満たすためにレイプ詐欺恐喝売春業の斡旋、ブルーフィルム製作等の悪事に手を染めるといった性格描写が、社会的アウトローのヤクザでありながら「正義感に熱く己の美学を貫くために悪事を許さない」勧善懲悪の形式に基づいた他のヤクザ映画の主人公たちと一線を画していた。

そのため、シリーズ初期においてはクライマックスの敵ヤクザとの抗争も、「堅気の人間を守る」、「仁義を貫く」、「恩人の仇討ち」、「理不尽な仕打ちに対する反抗」といった従来の作品に見られるヒロイズムに徹した観念は薄く、「仲間の敵討ち」もしくは「敵ヤクザとの利権争い」という側面を強調している。アクションは主人公が現代でいう暴走族に該当する設定から、バイクアクションを基本としており、アクション面でも他の作品との差別化を図っていた。

しかしながら、シリーズも回を追う毎に、当初の殺伐とした作風から、随所に下ネタやギャグ、社会風刺パロディを盛り込んだ方向性へと転換し[1][8]、主人公たちの性格も当初の反社会的なダークヒーローとしての側面は薄まり、他のヤクザ映画作品の主人公同様の人情路線に、社会の底辺を生き抜くしたたかさや滑稽な側面を加味した性格へと変遷していき、結果的に作品全体のカラーが序盤と終盤では大幅に変更されたものとなった。シリーズ終盤では「四十になっても番長だ!」という名セリフが吐かれた[1]

全体的なカラーの変更に最も影響を与えたのは『送り狼』から参加した山城新伍で、このシリーズを通して披露された並外れたコメディリリーフぶりは、山城自身のターニングポイントともなった[1][2][8][9]

梅宮辰夫が1964年の『暗黒街大通り』までの硬派な役から突如、プレイボーイ、女を泣かす役に変身したのは『暗黒街大通り』の後の『悪女』(1964年)からであるが[10][11]この方向転換を発案したのも岡田茂である[11]。岡田は普段の梅宮をちゃんと観察していて、梅宮の日常生活に近い役を当てた[10]。「今度こういう台本でやってくれと言われた時、毎日の俺と同じじゃねえかって。特に抵抗はなかった」と梅宮は話している。「夜の青春シリーズ」などを挟んで「不良番長シリーズ」に至った[11]。1972年にクラウディア・ヴィクトリアと再婚し、梅宮アンナが産まれ、アンナを溺愛して撮影所でおしめを交換していたら、岡田から「ちょっと来い!」と呼び出され「お前何考えてんだ、プレイボーイの役やる人間が赤ん坊のおしめ換えてるんじゃないよ! 監督が怒ってあいつじゃ撮らないって言ってるぞ」と言われ1本映画が流れたことがあるという[11]

後続作品への影響[編集]

梅宮自身、「みなさんの中で役者・梅宮辰夫は『仁義なき戦い』の印象が強いかもしれないけど、僕の真髄は不良と女たらしを兼ねた『不良番長シリーズ』なんですよ」などと話すため[12]色物映画のようにとられるが、本シリーズは、不良グループ映画/番長映画/愚連隊映画/ヤンキー映画/暴走族映画/バイカー映画として元祖的作品である[3][6][13][14][15][16][17]。  

不良グループ映画

不良をテーマにした映画は、特に日活が得意としたジャンルで、これ以前から多いが、本作のようにアメリカの暴走族映画、バイカー映画をヒントに製作された作品は、日本では本作が最初[18][19]。タイトルに"番長"と付けられた映画も本作が最初で[19]、"不良グループ"を描いた映画も、この映画を切っ掛けに東映を始め、各社で多数製作された[6][18]

スケバン映画

本作以降、男の番長よりも、女の番長を主人公とする、いわゆる"女番長(スケバン)映画"が1970年代前半に一大ブームとなった[16][20]。この"女性版不良番長/女番長映画"を最初に作ったのは東映ではなく日活で、1969年長谷川照子主演『女番長 仁義破り』を製作した[19]。タイトルに"女番長"と付いた映画も『女番長 仁義破り』が初[20][19]。1970年、大映南美川洋子主演で『高校生番長』を、日活も長谷部安春監督・和田アキ子梶芽衣子主演で『女番長 野良猫ロック』を同年、同じ5月2日に公開し、どちらもシリーズ化して突如"女番長ブーム"が起きた[16][19][21][22]。『女番長 野良猫ロック』のヒットは、併映がハレンチ学園』だったからという見方もある[19]。この『野良猫ロック』シリーズは、出演者がバイクやバギーに乗る設定が『不良番長』からの影響が見られる[18]。大映、日活だけに儲けさせておくわけにはいかんと[21][23]、東映は同年6月13日、京都撮影所大原麗子夏純子市地洋子主演で『三匹の牝蜂』を製作公開[19][24][25]。東映の"女番長映画"も岡田茂企画のこれが最初。また東京撮影所で、同時期『不良番長』にも出演した大信田礼子を主演に『不良番長』のスピンオフ企画として[20]『ずべ公番長 夢は夜ひらく』(9月22日公開)を第一作に『ずべ公番長』をシリーズ化[16][24][26][27]、東西の撮影所で別々の女番長映画を製作した。「ずべ公番長シリーズ」は、毎回ズベ公達が刺激的な服装で登場する点で、コスプレものの元祖という評価もある[16][26]。東映の女番長映画は、岡田が「石井輝男のエログロ映画が終わり、ヤクザ映画以外にもう1本ラインがないと興行が弱い、若者のラインを何とか確立したい」と号令してシリーズ化させた[28]。岡田は"牝蜂"という言葉が好きで、『三匹の牝蜂』の続編も岡田が命名した『牝蜂の逆襲』というタイトルで製作を進めていたが、監督の鈴木則文が当時の取材中に耳にした"すけばん"という言葉の鮮度は捨てがたいと"女番長"と書いて"すけばん"と読ませることを発案し『女番長(すけばん)ブルース 牝蜂の逆襲』(1971年10月27日公開)というタイトルに変更した[29][30]。映像作品のタイトルに"すけばん"という言葉が使われたのはこの映画が最初。"すけばん/スケバン"という言葉はそれまでまだ一般的には知られていなかった[28]。この池玲子を主演とする『女番長(すけばん)ブルース 牝蜂の逆襲』が『女番長シリーズ』第一作とされているが[31]、すけばん"を片仮名表記の"スケバン"に変更したのは、1972年8月公開のシリーズ三作目の『女番長(スケバン)ゲリラ』で[32][33]、片仮名表記の"スケバン"とタイトルに付けられたのも本作が最初。東映以外の女番長映画は案外露出度は低かったが、東映の本シリーズは主演の池玲子が初のトップレス番長を演じ巨乳を披露した[19]。本シリーズは完全なバイカー映画で、『不良番長』の女性版という趣だった[19]。1973年1月13日公開されたシリーズ四作目『女番長 スケバン』が、『仁義なき戦い』1作目との併映。間もなく大映が消滅し日活もロマンポルノに移行するため、東映のみで「スケバン映画」が、池玲子杉本美樹山内えみこらの主演で製作が続き、内藤誠監督の1977年『地獄の天使 紅い爆音』で1970年代の「スケバン映画」は終了したとされる[20]。その後「スケバン映画」は、1975年に連載が始まった和田慎二の漫画『スケバン刑事』を実写化したスケバン刑事#実写化作品が1980年代後半に東映でテレビドラマ化、映画化され大ブームを起こした[16]

暴走族映画

暴走族映画は同じく東映が1970年代後半、キャロル親衛隊だったクールスに在籍していた岩城滉一をスカウトして[34][35]、岩城主演で『爆発!暴走族』(1975年)など4本[15][36][37]舘ひろし主演で『皮ジャン反抗族』(1978年)など4本の暴走族映画を製作した[17][38]。舘はこの時期、岡田社長に誘われ東映に籍を置いていた[39]。岩城の『爆発!暴走族』は、ブラックエンペラーやジェロニモなど、実際の暴走族が登場する最初の商業映画と見られる。不良番長シリーズ』の影響下にあり[6][17]、1980年前後に最盛期を迎えた暴走族に先立つ1970年代に孤立する作品群である[17]。舘主演の映画は『不良番長シリーズ』のようなエロ要素はなく、黙々とオートバイを偏愛する姿が描かれる。またそれまでの映画の役柄のため、俳優がバイクを練習したというのではなく、実際のバイカーをスカウトして映画俳優にしたという特徴を持ち、これらシリーズの功績として、不良性感度の高い若者がストリートで注目を浴び、やがて芸能界に進む今日続く道程を作ったことが挙げられる[15][37]。1980年代以降は、暴走族漫画が大人気となり、これを実写化するケースが増え、今日までそれは続いている。暴走族漫画が現れるのは1980年代以降であるため[40]、それまでは映画、特に東映がこのジャンルをリードしていた。

ヤンキー映画

ヤンキー映画と呼ぶべき最初の映画は、きうちかずひろ漫画を東映系のセントラル・アーツが映画化した『ビー・バップ・ハイスクール』(1985年)といわれる[41]。『ビー・バップ・ハイスクール』は、"喧嘩に明け暮れる不良少年もの"というコンセプトが『不良番長シリーズ』の影響下にある[6][17]。東映の不良性感度は夜のネオン街からスケバン、そしてヤンキーへと流れていった[17][42]

逸話[編集]

  • 当初監督は井上梅次の予定だったが、井上のギャラが当時1本270万円と高額だったため、10万円で済む社員監督・野田幸男が起用された[43]
  • シリーズ大半は、任侠映画との併映で全てが大ヒットだったため、梅宮自身「『不良番長』がヒットしていたかどうかは分からない」と話している[7]
  • シリーズは評判がよく、途中で監督が足らなくなり、プロデューサーの吉田達が岡田映画本部長(当時)に相談したところ「内藤にでもやらせておけば、大丈夫」と言われ、第4作『送り狼』で内藤誠は監督デビューを果たした[44]。シリーズ中、5作を監督した内藤は岡田に「ロジャー・コーマンの『ワイルド・エンジェル』で映画をやるから観て来い」と言われ、野田幸男と一緒に観に行ったという[4]。内藤は当時がもうコーマンばかり観て『白昼の幻想』を観てヒッピー文化を研究し『不良番長 出たとこ勝負』(1970年)で「同じように暴走族を100台集めてバイクの集団を走らせた。映画の撮影なのでルールを守って走りましょうと言ったが、誰も守ってくれず、あれで初めてパトカーに連行された」と話している[4]
  • 山城新伍は、第4作『送り狼』からの監督・内藤誠が喜劇的な内容にしないと持たないと京都撮影所所属の山城を呼んだ。山城も京都撮影所には錚々たるメンバーがいて上が突っかえているが、東京撮影所は手薄と判断して東京に出てきた。岡田から「山城新伍の起用は見事であった」とのお墨付きを得て、そのまま東京に居付いた[2][9]
  • 安岡力也は、傷害事件で一時芸能界を干されていたが、梅宮の尽力により『不良番長』で芸能界に復帰した[45]。安岡は梅宮を兄貴として慕っていた[14]
  • ひし美ゆり子1972年東宝との専属契約が切れ、女優は辞めるつもりでいたが、個人的な記念のつもりで撮ったヌードが「週刊プレイボーイ」に流出した[46]。これを見た各社のプロデューサーから続々出演のオファーが殺到したが、女優は辞めるつもりでいたため、マネージャーもおらず、あまり考えずに一番最初に連絡があった『不良番長』のプロデューサー・吉田達の誘いを承諾した[46][47]。しかし吉田の誘いの直後、ATG新藤兼人監督が撮る谷崎潤一郎原作『春琴抄』の主役のオファーがあり、「もうこんな文芸作品のオファーなんか来ないだろうから、ぜひこちらをやりたい」と東映に断りの電話を入れたら、「先に出演依頼をしたのはこっちなんだから、それを断るような不義理をしていると業界生きていけないぞ」と脅かされて結局『不良番長』に出演した(『春琴抄』は渡辺督子主演で『讃歌』というタイトルで映画化)[46]。ひし美は、その後東映で、「東映ポルノ」や「仁義なき戦い#新仁義なき戦いシリーズ」、東映製作のテレビドラマプレイガール』などに出演し、ふんだんにヌードを披露した[47]。ひし美は「もし『春琴抄』が実現していたらその後の道も変わってたんでしょうね」と述べている[46]
  • 和田アキ子は、シリーズ7作目の『一獲千金』(1970年4月18日公開)で映画初出演[48]、二週間後の5月2日公開の日活『女番長 野良猫ロック』で映画初主演した[16]。和田は当時20歳で、梅宮は「あの当時だとまだ女だよね。本当に可愛くて、40年前だと結構色気があったんだよ」と振り返っている[49]。この『野良猫ロック』は一作目のみホリプロの製作だった。テレビ番組で和田の昔の番長時代の話になると、このどちらかの映画の一場面が流れることが多い。 
  • 暇さえあれば女に手を出そうという出演者ばかりで、梅宮は「役者の数だけ女優を揃えてくれ」とプロデューサーに頼んだ[50][51]。シリーズ途中から映画の内容を知った女優のマネージャーたちが、地方ロケがあるとビビって女優を出してくれなくなり、9作目の『暴走バギー団』で、主演女優が見つからず、やむなく「見た目は女の子だから分からないだろ」「カルーセルなら誰も手を出さないだろう」とカルーセル麻紀を抜擢した[1][52]。カルーセルは梅宮らと六本木の飲み仲間で、「私の仲間(六本木のお吉)が『網走番外地』に出ている。私も出たい」と売り込みがあった[53]。カルーセルは「ズバリ脱いであげる。監督さん遠慮なさらないでね」と内藤監督に言ったが、映倫関係がややこしくなるのでハードなシーンは撮らなかった[53]。さらにピーターも出演した[1][53]。男連中はカルーセルやピーターにも迫ったといわれる[51]。逆にカルーセルは照明のお兄さんをみんな食ったともいわれる[51]
  • このシリーズのプロデューサー・吉田達は、『不良番長』シリーズは、岡田には「よう出来た、オモロイなー!」と手を叩いて喜んでもらえたが、他の重役や良識を持ったスタッフからは嫌がられ、俊藤浩滋には「“不良番長”なんか作ってたらロクなプロデューサーにならないぞ!」と言われたという[4]

シリーズ[編集]

不良番長[編集]

1968年 公開 第1作

不良番長 猪の鹿お蝶[編集]

1969年 公開 第2作

不良番長 練鑑ブルース[編集]

1969年 公開 第3作

不良番長 送り狼[編集]

1969年 公開 第4作

不良番長 どぶ鼠作戦[編集]

1969年 公開 第5作

不良番長 王手飛車[編集]

1970年 公開 第6作

  • キャスト
    • 梅宮辰夫 (神坂弘)
    • 谷隼人 (タニー)
    • 山城新伍 (桜井保)
    • 鈴木やすし (ジャブ)
    • 神太郎  (ダンプ)
    • 菅原文太 (滝川)
    • 夏珠美 (ヨーコ)
    • 渡辺文雄 (大門)
    • 由利徹
    • 安部徹 (大崎)
    • 長沢純 (バイキング)
    • 榊原史子 (飯塚アキコ)
  • スタッフ
    • 監督 内藤誠
    • 企画 吉田達、矢部恒
    • 脚本 松本功、山本英明
    • 撮影 星島一郎
    • 音楽 八木正生
    • 助監督 伊藤俊也

不良番長 一攫千金[編集]

1970年 公開 第7作

不良番長 出たとこ勝負[編集]

1970年 公開 第8作

  • キャスト
    • 梅宮辰夫 (神坂弘)
    • 谷隼人 (タニー)
    • 山城新伍 (五郎)
    • 鈴木やすし (ジャブ)
    • 夏珠美 (おたま)
    • 大信田礼子 (尾高銀子)
    • 渡瀬恒彦 (噂のジョー)
    • 鈴木やすし (ジャブ)
    • 待田京介 (テル)
    • 安岡力也 (アパッチ)
    • 小松方正 (黒柳)
    • 安部徹 (大滝)
    • 大泉滉
    • 由利徹
  • スタッフ
    • 監督 内藤誠
    • 企画 吉田達、矢部恒
    • 脚本 松本功、山本英明
    • 撮影 中島芳男
    • 音楽 八木正生
    • 助監督 小平裕

不良番長 暴走バギー団[編集]

1970年 公開 第9作

不良番長 口から出まかせ[編集]

1970年 公開 第10作

不良番長 やらずぶったくり[編集]

1971年 公開 第11作

  • キャスト
  • スタッフ
    • 監督 野田幸男
    • 企画 矢部恒
    • 脚本 松本功、山本英明
    • 撮影 稲田喜一
    • 音楽 八木正生
    • 助監督 岡本明久

不良番長 手八丁口八丁[編集]

1971年 公開 第12作

  • キャスト
    • 梅宮辰夫 (神坂弘)
    • 山城新伍 (明智大五郎)
    • ピーター
    • 大原麗子 (立花夏子)
    • フラワー・メグ (ヨーコ)
    • 鈴木やすし (ジャブ)
    • 地井武男 (サッポロ)
    • 安岡力也 (アパッチ)
    • 室田日出男
    • 松原光二
    • 浜かおる (色川マヤ)
    • 松井康子
    • 園佳也子
    • 丹下キヨ子
    • 由利徹 (バイク屋)
    • 玉川良一 (神主)
    • 大泉滉
    • 安部徹 (大滝)
    • 待田京介 (栄次)
  • スタッフ
    • 監督 内藤誠
    • 企画 吉田達
    • 脚本 松本功、山本英明
    • 撮影 山沢義一
    • 音楽 玉木宏樹
    • 助監督 三堀篤

不良番長 突撃一番[編集]

1971年 公開 第13作

  • キャスト
    • 梅宮辰夫 (神坂弘)
    • 山城新伍 (石松)
    • 夏純子 (小川花子)
    • 小林千枝 (マユミ)
    • 鈴木やすし (ジャブ)
    • 安岡力也 (アパッチ)
    • 藤江リカ
    • 一の瀬レナ
    • 地井武男 (モグラ)
    • 佐山俊二
    • 大泉滉 (西山)
    • 花田達 (塚本)
    • 関山耕司 (都田)
    • 潮健児
    • 諸角啓二郎
    • 安部徹 (寺沢)
    • 藤原釜足 (小川徳之助)
    • 藤村有弘
    • 丹下キヨ子
    • 左とん平
    • 渡瀬恒彦 (カツ)
  • スタッフ
    • 監督 野田幸男
    • 企画 吉田達
    • 脚本 松本功、山本英明
    • 撮影 稲田喜一
    • 音楽 八木正生
    • 助監督 三堀篤

不良番長 のら犬機動隊[編集]

1972年 公開 第14作

不良番長 一網打尽[編集]

1972年 公開 第15作

  • キャスト
    • 梅宮辰夫 (神坂弘)
    • 山城新伍 (五郎)
    • ひし美ゆり子 (ヨーコ)
    • 真理アンヌ (真弓)
    • 安岡力也 (アパッチ)
    • 久保浩 (シック)
    • 鈴木やすし (ジャブ)
    • 室田日出男 (西島)
    • 堀田真三 (河合)
    • 八名信夫 (三木)
    • 誠直也     (サブ)
    • 大下哲矢
    • 花田達     (安田)
    • 内田朝雄 (大滝栄之助)
    • 京唄子・鳳啓助
    • 大泉滉 (酔客)
    • 由利徹 (牧師)
    • 福富太郎 (キャバレー太郎)
    • 藤竜也 (力石一)
    • 渡瀬恒彦 (新郎)
  • スタッフ
    • 監督 野田幸男
    • 企画 吉田達
    • 脚本 松本功、山本英明
    • 撮影 山沢義一
    • 音楽 八木正生
    • 助監督 小平裕

不良番長 骨までしゃぶれ[編集]

1972年 公開 第16作

  • キャスト
    • 梅宮辰夫 (神坂弘)
    • 山城新伍 (天草五郎)
    • ひし美ゆり子 (虎尾月子)
    • 太田美鈴 (北川奈美)
    • 藤山律子 (バンビ)
    • 安岡力也 (キック)
    • 久保浩 (ロック)
    • 鈴木やすし (サック)
    • 渡辺文雄 (大竹東一郎)
    • 花田達 (原)
    • 八名信夫 (高田)
    • 中田博久 (秋葉)
    • 花田達     (原)
    • 団巌 (記者)
    • 由利徹 (虎尾太郎左衛門)
    • 大泉滉 (新郎)
    • 谷本小夜子 (女中)
    • 丹下キヨ子 (新婦)
    • 小林千枝 (先生)
    • 植田灯孝 (土地の親分)
    • 藤竜也 (虎尾鉄男)
  • スタッフ
    • 監督 野田幸男
    • 企画 吉田達
    • 脚本 松本功、山本英明
    • 撮影 山沢義一
    • 音楽 八木正生
    • 助監督 福湯通夫

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f 東映キネマ旬報vol.2 2008年冬号、10-11頁東映キネマ旬報 2011年夏号 Vol.17 | 電子ブックポータルサイト 4頁
  2. ^ a b c 梅宮辰夫&内藤誠トークイベント(第1回 / 全2回) - Facebook
  3. ^ a b c 『Hotwax 日本の映画とロックと歌謡曲 vol. 7』 シンコーミュージック・エンタテイメント、120-121、126、135頁。ISBN 978-4-401-75111-2
  4. ^ a b c d 杉作J太郎・植地毅(編著) 『東映ピンキー・バイオレンス浪漫アルバム』 徳間書店、1999年、109-110頁。ISBN 4-19-861016-9
  5. ^ 内藤誠 『偏屈系映画図鑑』 キネマ旬報社2011年、131、183-184頁。ISBN 978-4-87376-381-1
  6. ^ a b c d e 杉作J太郎・植地毅(編著) 『トラック野郎 浪漫アルバム』 徳間書店、2014年、167頁。ISBN 978-4198637927
  7. ^ a b 『Hotwax 日本の映画とロックと歌謡曲 vol. 7』 シンコーミュージック・エンタテイメント、122頁。978-4-401-75111-2。
  8. ^ a b 特集VIVA! ニッポンのバカ映画」、『映画秘宝』、洋泉社、2007年11月、 23頁。
  9. ^ a b 〝新伍が逝った〟: 梅宮辰夫の不良番長 powered by ココログ
  10. ^ a b 梅宮辰夫さん インタビュー | 昭和キネマ横丁 - Part 2
  11. ^ a b c d 映画秘宝』2014年11月号、洋泉社、 78-79頁。
  12. ^ 「梅宮辰夫インタビュー」、『BIG tomorrow』、青春出版社、2010年8月、 77頁。
  13. ^ タランティーノ製作総指揮『ヘルライド』公開記念イベントに“元祖・不良番長”梅宮辰夫が登場!
  14. ^ a b 力也 安らかに…… 70~80年代の邦画を支えた著名人による追悼トークイベント&特集上映
  15. ^ a b c 映画のなかで、“疾走するバイクたち”。 - JAMA -JAMAGAZINE-
  16. ^ a b c d e f g スケ番が好き! 〜昭和に咲いた美しきズベ公たち〜 前篇 - 花の絵
  17. ^ a b c d e f ロックとバイクと舘ひろし! 70年代後期東映暴走族バイカーアクション」、『映画秘宝』、洋泉社、2010年4月、 82-83頁。
  18. ^ a b c 『ぴあシネマクラブ 邦画編 1998-1999』 ぴあ1998年、602-603頁。ISBN 4-89215-904-2
  19. ^ a b c d e f g h i 沢辺有司 『悪趣味邦画劇場〈映画秘宝2〉』 洋泉社1995年、135-137、139-146頁。ISBN 978-4896911701
  20. ^ a b c d 牝蜂! 野良猫! ずべ公番長! 70年代、お姐ちゃんたちは強かった!! スケバン映画よ永遠なれ!」、『映画秘宝』、洋泉社、2008年10月、 60-63頁。
  21. ^ a b 杉作J太郎・植地毅(編著) 『東映ピンキー・バイオレンス浪漫アルバム』 徳間書店、1999年、66頁。ISBN 4-19-861016-9
  22. ^ 『ぴあシネマクラブ 邦画編 1998-1999』 ぴあ1998年、532-533頁。ISBN 4-89215-904-2
  23. ^ 『ぴあシネマクラブ 邦画編 1998-1999』 ぴあ1998年、389-390頁。ISBN 4-89215-904-2
  24. ^ a b 不良性感度100%のオンナノコ列伝 ズベ公青春物語/ラピュタ阿佐ヶ谷
  25. ^ 杉作J太郎・植地毅(編著) 『東映ピンキー・バイオレンス浪漫アルバム』 徳間書店、1999年、39-65頁。ISBN 4-19-861016-9
  26. ^ a b “ずべ公番長”シリーズ、ついにDVD化! - CDJournal.com
  27. ^ 不良性感度100%のオンナノコ列伝 ズベ公青春物語/ラピュタ阿佐ヶ谷
  28. ^ a b 「東映『女番長』シリーズのすべて鈴木則文に訊く『女番長』シリーズ誕生秘話」、『映画秘宝』、洋泉社、2009年4月、 66-67頁。
  29. ^ 杉作J太郎・植地毅(編著) 『東映ピンキー・バイオレンス浪漫アルバム』 徳間書店、1999年、103頁。ISBN 4-19-861016-9
  30. ^ 鈴木則文 『東映ゲリラ戦記』 筑摩書房2012年、24頁。ISBN 978-4-480-81838-6
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