遼寧省

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遼寧省
簡称: 遼 (拼音: Liáo)
遼寧省の位置
簡体字 辽宁
繁体字 遼寧
拼音 zh-Liaoning.ogg Liáoníng[ヘルプ/ファイル]
カタカナ転記 リャオニン
省都 瀋陽市
省委書記 王珉(前吉林省委書記、元蘇州市委書記)
省長 陳政高(前瀋陽市委書記)
面積 145,900 km² (21位)
人口 (2010年)
 - 人口密度
43,746,323 人 (14位)
289 人/km² (15位)
GDP (2010年)
 - 一人あたり
18,278.3 億 (7位)
41,788 (6位)
HDI (2006年) 0.822 () (7位)
主要民族 漢民族 - 84%
満州族 - 13%
モンゴル族 - 2%
回族 - 0.6%
朝鮮族 - 0.6%
シボ族 - 0.3%
地級行政区 14 個
県級行政区 100 個
郷級行政区 1511 個
ISO 3166-2 CN-21
公式サイト
http://www.ln.gov.cn/
瀋陽市 大連市 鞍山市 撫順市 本渓市 丹東市 錦州市 営口市 阜新市 遼陽市 盤錦市 鉄嶺市 朝陽市 葫芦島市
地級行政区画

遼寧省(りょうねいしょう/リヤオニンしょう、中国語:辽宁省、liáo níng shĕng、英語:Liaoning)は、中華人民共和国東北部満洲)に位置する。省都は瀋陽、他の主要都市として大連がある。旧称は盛京省、後に奉天省

地理[編集]

北東部を吉林省、北部を内モンゴル自治区、西部を河北省と接す。また南西部は遼東半島を境に海域が分かれる黄海渤海に面し、南東部は朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)と接する。

民族[編集]

遼寧省には満族モンゴル族回族朝鮮族シボ族など43の民族が住み、少数民族人口は655万人、全省の16%を占める。1950年代に阜新モンゴル族自治県と喀左モンゴル族自治県が成立し、改革開放後には新賓、清原、岫岩、本溪、桓仁、寛甸の6満族自治県、35少数民族鎮、105民族郷あるいは民族联連合自治郷が創設された。

歴史[編集]

近代以前[編集]

有史以前には紅山文化などの遼河文明がみられる。戦国時代の勢力が遼河流域に伸び、代に遼東郡が設置されたが、その後の中国の混乱により、鮮卑高句麗契丹女真など異民族が支配する地となった。代には再び漢人勢力が遼東に進出したものの、満州族が興起して朝を樹立、逆に全中国を支配した。北京遷都前の都であった盛京奉天府と改称されて副都として扱われた。満洲の地方行政は中国内地のような省制度によらず、駐防八旗の将軍たち(盛京将軍、吉林将軍、黒龍江将軍)によることとなった。現在の遼寧省一帯の行政は、当初は遼東に置かれた駐防将軍である遼東将軍が管轄したが、奉天に移され奉天将軍に改名され、さらに盛京将軍に改名された。朝は祖先の地である満洲に漢人の入植を禁じる封禁政策をとったが、ロシアの南下政策が顕著になってきた1860年に全面解禁し、山東省などから多数の漢族が入植した。やがて満洲をめぐるロシアと日本の勢力争いは日露戦争を引き起こし満州の各地は戦場となる。

近現代[編集]

清朝末期の1907年に奉天を省都とする奉天省が置かれ、同時に盛京将軍は東三省総督となり、かつて吉林将軍や黒竜江将軍が管轄していた地域をも管轄するようになった。清朝滅亡後の軍閥時代には張作霖とその息子の張学良の奉天軍閥がこの地方を実質支配した。1929年には省名を「遼寧」、省都を「瀋陽」とされている。その後張学良は父の死亡の原因(張作霖爆殺事件)が関東州(大連)を根拠地とした関東軍の陰謀と知ると日本色を一掃して対決姿勢を見せる。これに対して関東軍は1931年満州事変を起こし、清朝最後の皇帝溥儀を擁立して満洲国を樹立した。関東軍は張学良を追放するとともに先の改称命令を破棄して旧名の奉天省に復帰させるとともに1934年に奉天省、安東省錦州省の3省に分割した。当時の日本は満洲国に多額の重工業投資を行っている。

1945年、日本の敗戦に伴い満洲国は崩壊、中華民国政府は遼寧省安東省遼北省を設置したが国共内戦により共産党軍の実効支配下に置かれた地域では別の行政機構の遼寧省安東省(後に遼東省に統合)、遼北省(後に遼西省に改編)が設置されるなど複雑な行政区画変遷を経た後、1954年にそれらの統合が実施され現在の遼寧省が発足した。敗戦によって日本が大陸に残した鉄道や重工業設備など多額の対外資産は講和条約にて正式に放棄され、これらを中国が継承した。建国されて間もない中華人民共和国の経済地盤を支えたのはこれらの地域であった。中国は遼寧省を中国最大の重工業基地と捉え、多数の国営企業を建設した。

改革開放時代[編集]

しかし、1980年代以降、改革開放政策の進展にともない、上海を中心とする長江デルタや広州を中心とする珠江デルタが外資を導入して経済的に躍進すると、その反動で遼寧の国営企業は多額の負債を抱える時代遅れの存在となった。現在では大連を中心とする沿海地域が外資を導入し、経済的に成長している。

なお、建国後、遼寧地域は遼東省と遼西省及び瀋陽、旅大、鞍山、撫順、本溪の中央直轄市が成立したが、1954年8月遼東、遼西両省や中央直轄市は廃止され、遼寧省に統合された。

行政区域[編集]

下部に2副省級市と12地級市を管轄する。

遼寧省の行政区画 # 名称 政庁所在地 中国語表記
拼音
人口 (2010)
Liaoning prfc map.png
副省級市
1 瀋陽市 和平区 沈阳市
Shěnyáng Shì
8,106,171
2 大連市 西崗区 大连市
Dàlián Shì
6,690,432
地級市
3 鞍山市 鉄東区 鞍山市
Ānshān Shì
3,645,884
4 本渓市 平山区 本溪市
Běnxī Shì
1,709,538
5 朝陽市 双塔区 朝阳市
Cháoyáng Shì
3,044,641
6 丹東市 振興区 丹东市
Dāndōng Shì
2,444,697
7 撫順市 順城区 抚顺市
Fǔshùn Shì
2,138,090
8 阜新市 海州区 阜新市
Fùxīn Shì
1,819,339
9 葫芦島市 竜港区 葫芦岛市
Húludǎo Shì
2,623,541
10 錦州市 太和区 锦州市
Jǐnzhōu Shì
3,126,463
11 遼陽市 白塔区 辽阳市
Liáoyáng Shì
1,858,768
12 盤錦市 興隆台区 盘锦市
Pánjǐn Shì
1,392,493
13 鉄嶺市 銀州区 铁岭市
Tiělǐng Shì
2,717,732
14 営口市 站前区 营口市
Yíngkǒu Shì
2,428,534

経済[編集]

広い土地、長い海岸線を利用して、農業漁業が盛んであった。農業は乾燥地にも適したトウモロコシなどが主体であるが、鞍山以北、盤錦・錦州、丹東などでは水稲も栽培し、特に「盤錦米」は有名である。最近は大都市周辺での野菜・果物の栽培も多い。水産物は、渤海・黄海に面した海岸で盛んに行われていて、現在は日本・韓国への輸出も盛んである。

第二次世界大戦前・後を通じて、重工業が盛んであった。盤錦の遼河油田は中国でも第三位である。最近は、軽工業(瀋陽の自動車・航空機産業)、IT産業(大連のソフトウェア産業)なども盛んになってきている。

「五点一線」計画[編集]

遼寧省は2002年1月に長興島臨港興行区省級経済開発区に認定などしてきたが、2006年に遼寧省の「五点一線」沿海工業区計画をまとめて発表している。これは遼寧(営口)沿海産業基地、遼西錦州湾沿海経済区、大連長興島、大連荘河市花園口工業区、遼寧丹東産業園区を五点として、西の葫芦島綏中県から東の丹東東港市までの海岸を一線として高速道路などで結ぶ大計画である。[1]

メディア[編集]

  • 瀋陽(省都)
    • 遼寧広播電視台
中国地名の変遷
建置 1929年
使用状況 遼寧省
戦国
遼東郡遼西郡
前漢 遼東郡遼西郡右北平郡
後漢 遼東郡遼西郡
三国 遼東郡遼西郡
西晋 遼東郡遼西郡
東晋十六国 遼東郡遼西郡
南北朝 遼東郡遼西郡
柳城郡燕郡遼東郡
安東都護府
北宋/ 咸州東京道
南宋/ 東京路咸平路咸平府
遼陽行中書省
遼東都指揮司
盛京将軍
奉天省(1907年)
中華民国 遼寧省
満州国 奉天省
奉天省安東省錦州省
奉天省安東省錦州省通化省四平省
現代 遼寧省遼東省遼西省
遼寧省(1954年)

教育[編集]

大学[編集]

高等教育機関は二大都市である瀋陽大連に集中しているが、その他の主要都市にも配置されている。主なものを地域別にあげると、

世界遺産[編集]

参考[編集]

外部リンク[編集]