トラック野郎

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トラック野郎』(トラックやろう)は、1975年から1979年にかけて東映の製作・配給で公開された、日本映画のシリーズ。全10作。

本シリーズの大ヒットにより、車体を電飾で飾り、ペイントを施して走るアートトラック(デコトラ)が増加した。また、菅原文太演ずる本シリーズの主人公・星桃次郎が乗るトラック「一番星号」を模したプラモデルが子供たちの間にも大ヒットする等、映画の枠を超えた社会現象となった。

概要[編集]

主演は菅原文太愛川欽也。煌びやかな電飾と極彩画に飾られた長距離トラック(デコトラ)の運転手、一番星桃次郎(菅原)とヤモメのジョナサン(愛川)が巻き起こす、アクション・メロドラマ・お色気・下ネタ・笑い・人情が渾然一体となった大衆娯楽活劇である。監督は奇才かつヒットメーカーで、菅原とは無名時代からの友人でもある鈴木則文

仁義なき戦い』シリーズなど、これまでシリアスなやくざ役のイメージが一般的には定着していた菅原文太だが、コメディタッチのやくざ映画『まむしの兄弟』シリーズでの喜劇的演技が好評を博し、本作は本格的に喜劇作品に挑戦した作品ともいえる。

作品誕生の経緯とシリーズ化[編集]

『トラック野郎』誕生のきっかけは、ジョナサン役の愛川欽也吹き替えを担当していた外国テレビ映画『ルート66』(フジテレビ)の様なロードムービーを作りたいという構想を抱き、自ら東映に企画を持ち込んだのが始まり[1][2][3]。『ルート66』は、「若者二人がスポーツカーを駆ってアメリカ大陸を旅をする」という内容であったため、当時40歳になる自分がそのままやるのでは無理があると考えていた時、NHKドキュメンタリー番組内で、東名高速イルミネーションを点けたトラックが走っている映像を観て、「これならイケるんじゃないか?」と閃き、当時、愛川が司会を務めていた情報バラエティ番組『リブ・ヤング!』にゲスト出演して知り合った菅原文太に「何とか映画にならないものか」と相談[2][3][4][5]を持ち掛け、二人で「東映の岡田茂社長(当時)に企画を持ち込み直談判した所、すんなり企画が通った」、「東映は岡田社長の鶴の一声で決まるから」と愛川は証言している[3][5][6]。「トラック野郎」という題名はプロデューサーの天尾完次による命名[7]

シリーズ全10作の監督を務めた鈴木則文は、東映入社後、助監督時代から専属だった東映京都撮影所から東映東京撮影所に移って2年程経ち、この間、『聖獣学園』など3作品を演出、『女必殺拳シリーズ』など2作品の脚本を手掛けていた。当時の東映の看板路線だった実録やくざ映画の人気が下火になりつつあった時期にこの企画を持ち込まれ、やくざ映画に変わる新たな娯楽作を送り出そうと制作に意欲を示していたが、本社の企画会議で岡田社長から「バカヤロー! トラックの運ちゃんの映画なんて誰が見るんだ!」と一蹴され、一旦ボツになったが[8]、「当初予定していた別の作品が俳優の都合で頓挫し、岡田社長から「それでいいから作れ」と、急遽、穴埋めとして製作されることになった」、と幸田清元東映東京撮影所長らは話している[8]。鈴木は「わたしの映画人生の大恩人、岡田茂はヒットすると自分の企画案のように大絶賛していた」と話している[9]

企画から下準備、撮影を含め製作期間は僅か2ヶ月、クランク・アップは封切り日の1週間前であった。シリーズ化の予定はなく、単発作品としての公開だった[10]。こうして、過密な撮影スケジュールと低予算で製作された『トラック野郎・御意見無用』は1975年8月30日に公開された。ところが、いざ蓋を開けてみると、オールスターキャストの大作『新幹線大爆破』(同年7月公開)の配給収入の2倍以上の約8億円を上げたことから、岡田社長は「正月映画はトラックでいけ」、「トラ(寅さん)喰う野郎やで」、「(2作目の)題名は爆走一番星や!」と即座にシリーズ化を決定した[3][8][11][12][13]

東映の興行の基盤となるドル箱シリーズとして1979年末まで盆と正月の年2回公開されていた。愛川曰くライバル映画の松竹男はつらいよ』と常に同時期の公開だったことから、「トラトラ対決」(「トラック野郎」と「さん」の対決の意)と呼ばれていた[14]

内容[編集]

内容は菅原自身も後に語っているように、ライバル映画であった松竹の『男はつらいよ』のスタイルを踏襲している。毎回マドンナが現れ、惚れては失恋するところは、『男はつらいよ』のそれに似ているが、寅さんが「静・雅」なら桃さんは「動・俗」と対極をなしている[注 1]。物語の中核を担うのは寅さんではありえない「下ネタ」「殴り合いの喧嘩」「派手なカーアクション」で、とりわけ下ネタのシーンは屋外での排泄行為やトルコ風呂(現・ソープランド)、走行しながらの性行為など、現在の視点から見るとかなり過激な描写も多い。なお、本作の人気が高まるにつれ、未成年者のファンも増加したため、トルコ風呂の場面はそれらの観客への配慮もあり、シリーズ後半以降はほとんど描かれなくなり、テレビで放映される際には時間の関係もありその辺りのシーンをカットの対象とされることが多かった。

青森ねぶた祭り唐津くんちなど、全国各地の有名な祭りの場面が登場するのも、このシリーズの特色である。また、由利徹をはじめ、せんだみつお笑福亭鶴光湯原昌幸桂歌丸松鶴家千とせばってん荒川ラビット関根など、当時人気のコメディアンや落語家がキャスティングされていることも特徴で、それぞれ一世を風靡した持ちネタや喜劇的演技を披露していた。

アクション、車両[編集]

喧嘩のシーンはシリアスなものではなく、必ずギャグが入る。また、カーアクションは毎回、物語のクライマックスで暴走する一番星号を追跡する白バイやパトカーが横転、大破するなど、警察をコケにした代物である。劇中に登場するトラックに関しては、第1作目で使用された一番星号(三菱ふそうT951型)とジョナサン号(同・T650前期型)は廃車両を譲り受けたものだったが、続編の製作決定を期に共に新車(正確には北海道・室蘭で東映が購入した新古車、車種は一番星号が三菱ふそう・FU型で、ジョナサン号は同・T652型)に代替され、最終作の『故郷特急便』まで使用された。

また、撮影にあたり、「哥麿会」などのデコレーション・トラックグループが全面協力[注 2]。実在のトラックも多数登場している。

ストーリーの骨子(プロット)[編集]

日本全国津々浦々を走る長距離トラック(白ナンバー)運転手、一番星こと星桃次郎(菅原文太)が主人公。やもめのジョナサンこと松下金造(愛川欽也)は子沢山の相棒。この二人が各地で起こす珍道中を描く。

シリーズ全10作に通ずる基本的なストーリーは、桃次郎が目の前に現われたマドンナに(たいてい便所や情けない姿をしている時に遭遇)一目惚れをし、相手の趣味や嗜好に合わせて(見当違いの)付け焼刃の知識で積極的にアタックしていく。また、個性の強いライバルトラッカーが現われ、ワッパ勝負(トラック運転での勝負)や一対一の殴り合いの大喧嘩を展開する。そして、「母ちゃん」こと松下君江(春川ますみ)を始めとするジョナサン一家、女トラッカー、ドライブインに集う多くのトラック野郎達等を絡ませ、人情味あふれるキャラクター・桃次郎を中心に、様々な人間模様が綴られてゆく。

結局、恋は成就せず物語はクライマックスへ。天下御免のトラック野郎に戻った桃次郎は、時間が足りない悪条件の仕事を引き受け、愛車・一番星号に荷(時には人も)を載せてひたすら目的地に向けて愛車のトラックで突っ走る。その走りぶりはアクセルを踏み込んだ時の加速力(メーターの上がり方)からしてもうかがえる。。追っ手の警察を蹴散らし、強化された検問を突破し、トラック野郎達の応援・協力を得て、道なき道を走り一番星号を満身創痍にしながらも(劇中に障害物で行灯が割れたり、泥水でトラックが汚れるなどの描写がある)時間内に無事送り届け、修理を終えた一番星号とジョナサン号が走り去る…というシーンで終わりを迎える(ただし、第1作のエンディングは一番星号がジョナサン号を牽引し、第3作ではジョナサン号が一番星号を牽引した。これは、激走の代償として自走不能となってしまったため)。

出演者[編集]

全10作に登場するのは、星桃次郎、松下金造のみである。

レギュラー、準レギュラー[編集]

星桃次郎(一番星)/ 菅原文太
主人公、独身。性格は短気で血の気も多いが情に厚く真っ直ぐで、卑怯な真似を嫌う純情タイプ。トラック仲間からの人望が厚い。ジョナサンと大喧嘩しても、心では親友と思っている。
着る服や腹巻には必ず「☆」マークが入っている。このほか、右肩には「☆一番星」の刺青がある。
オープニングでのクレジットは「一番星桃次郎」。ジョナサンや松下君江(母ちゃん)からは「桃さん」と呼ばれている。仲間のトラック野郎からは「一番星」と呼ばれる。女性(マドンナや、ドライブインのウエイトレスなど)からは、基本的に「桃次郎さん」と呼ばれる。
マドンナに自己紹介する時は「学者」、「運輸省関係」など職業を偽る(あるいは見栄を張る)クセがある。
腹が弱く、運転中によく便意を催し、耐え切れない時は野外で脱糞をすることもある。
住所不定のため、手紙はいきつけの川崎のトルコ宛に届けられる。自ら「心の故郷」と言うほどのトルコ好きである。無類の女好きで、ジャリパン(路上売春婦)とセックスしながら運転する事もあった。
東北の寒村の生まれだが、小学生の時にダム建設のため一家は村を追われ、父親の知り合いを頼って青森県下北半島へ移る。にわか漁師となった父親は、下北へ移って間もなく海難事故で死亡。その後、母親と妹と3人で極貧の中生き抜いてきたが、母親もその後病死している。妹は生死不明で、劇中でも殆ど語られる事はなかった。
自分の生まれ故郷がダムの湖底に沈んで無くなってしまった為か、「故郷」というものに対する想いは人一倍強い。
性格に似合わず、泳げない(いわゆるカナヅチ)ばかりか、犬(特に土佐犬)も苦手である。
松下金造(やもめのジョナサン) / 愛川欽也
桃次郎の相棒、妻帯者で子沢山。元警察官で、かつては鬼代官ならぬ「花巻の鬼台貫(だいかん)」と恐れられた。鬼台貫とは台貫(=重量測定器)を用いて容赦のない過積載取締りをする鬼代官(=警察官)であることを表した掛詞である。パトカーの酔っ払い運転で懲戒免職になり、トラック野郎になる。
性格は温厚で明るく人情家。男女の仲を取り持つのが得意だが、桃次郎とマドンナの仲は取り持てていない。
愛称の「やもめのジョナサン」は、当時ヒットした映画「かもめのジョナサン」のパロディ[4]。役名の「松下」は、愛川が出演した松下電器産業(現・パナソニック)ラジカセのCM内でのセリフ「あんた、松下さん?」にちなむ命名で、(当時の)日本一の金持ちである松下幸之助にあやかっている。
桶川玉三郎(三番星) / せんだみつお
第7作から第9作に登場。オープニングでのクレジットは「三番星玉三郎」。オープニングで役名がクレジットされるのは、一番星、ジョナサン以外では玉三郎のみである。
元トラック野郎だったが、初登場(第7作『突撃一番星』)の職業はインチキセールスマン。同作でトラック野郎に復帰した。桃次郎やジョナサンに弟子入りしたものの、無責任かつお調子者のため、失敗の連続であり、愛想をつかされる場面もある。
第8作『一番星北へ帰る』では、ライバルのBIG99のアシスタントに鞍替えした。
10作目も出演予定であったが、せんだの急病により取りやめとなった。
松下君江(母ちゃん) / 春川ますみ
ジョナサンの妻。第5作と第7作を除く8作品に登場。
子沢山で、実子は7人(第1作)から9人(第3作)に増加。さらに養女がいる。父は元警察署長。
ジョナサンが病気や怪我の時は代わってジョナサン号に乗る、パワフルな肝っ玉母ちゃんである。
松下家の子供たち
君江(母ちゃん)と同じく、第5作と第7作を除く8作品に登場するが、初代キャストは第6作まで(ただし、年少者などは何度か替わっている)。第8作以降は総入れ替えとなっている。
これは、「(浮気がバレたりして)ジョナサンに子供たちが詰め寄る」というシーンが考慮されている。子供たちが成長しすぎたため、「子供たちの体格が良すぎると、笑えるシーンじゃなくなる」と、監督の鈴木が判断したためだった。しかし、「(20作ぐらい続くと思っていたが)、10作で終わるのであれば、変えない方が良かった」と鈴木は回想している[15]
登場作では、横一列に整列しての点呼(年齢順に自分の名前をいう)が恒例になっている。乳飲み子等、まだ喋れない子達は、君江やジョナサンが代わって紹介する。その際、長男のみ苗字込み、以後は苗字を省略して名乗る。
ほぼ全員一緒に行動する。個人で見せ場があるのは例外である(第4作『天下御免』において3女・サヤ子が養女に貰われたり、第6作『男一匹桃次郎』で君江と幸之助がジョナサンを尾行するシーンなど)。
4女・由美の旧姓は寺山。第1作で松下家の養女となる。また幸六郎(6男)は第3作『望郷一番星』で誕生。
幸之助(長男)
梅地徳彦(第1-4・6作)、酒井克也(第8-10作)
幸次郎(次男)
梅津昭典(第1-4・6作)、桜庭一成(第8-10作)
美智子(長女)
白取雅子(第1-4・6作)、大久保和美(第8-10作)
華子(次女)
菊地優子(第1-4・6作)、文蔵あかね(第8-10作)
幸三郎(3男)
大久保純(第1-4・6作)、木村雄(第8-10作)
サヤ子(3女[16]
鈴本照江(第1作)、高橋直美(第2・3作)、吉田利香(第4・6作)、石井ひとみ(第8-10作)
由美(4女)
角所由美(第1-4・6作)
幸四郎(4男)
一条寛之(第1・2[17]作)、斉藤宙(第3作)、東剛(第4・6作)、中村太郎(第8-10作)
幸五郎(5男)
不明(第1作[18])、吉崎勝一(第2[19]・4・6[20]作)、東力也(第6作[21])、小椋基弘(第8-10作)
幸六郎(6男)
不明(第3作[22])、吉田絵里(第4[23][24]・6[25][26]作)、石井旬(第8-10作)

資料によって相違する部分は、出典を明記した上で併記した。なお、第8作以降の由美(4女)に関しては、『映画「トラック野郎」大全集』『トラック野郎 浪漫アルバム』ともにクレジットなし[27][28]

主なスタッフ[編集]

企画は1作目のみ単独、以後は連名。脚本は全作共同脚本(連名)である。

シリーズ一覧[編集]

桃次郎・ジョナサンの地元である川崎市は、『突撃一番星』を除いた全ての作品に登場するため一覧からは除外した。また、第10作のみダブルマドンナである。

No. サブタイトル マドンナ役 ライバル役
(ニックネーム)
主なロケ地
(イベント等)
公開日 同時上映
(主演)
1 御意見無用 中島ゆたか 佐藤允
(関門のドラゴン)
盛岡青森下関仙台
青森ねぶた仙台七夕
1975年8月30日 帰って来た女必殺拳
志穂美悦子
2 爆走一番星 あべ静江 田中邦衛
(ボルサリーノ2)
姫路長崎福岡天草
長崎くんち
1975年12月27日 けんか空手 極真無頼拳
(千葉真一)
3 望郷一番星 島田陽子 梅宮辰夫
(カムチャッカ)
広島釧路静内新ひだか)、札幌
ハイセイコー
1976年8月7日 武闘拳! 猛虎激殺
倉田保昭
4 天下御免 由美かおる 杉浦直樹
(コリーダ)
倉敷宇和島松山境港京都
闘牛
1976年12月25日 河内のオッサンの唄 よう来たのワレ
(川谷拓三)
5 度胸一番星 片平なぎさ 千葉真一
(ジョーズ)
新潟佐渡金沢山形
白根大凧合戦新潟まつり
1977年8月6日 サーキットの狼
(風吹真矢)
6 男一匹桃次郎 夏目雅子 若山富三郎
(子連れ狼)
唐津鹿児島東京熊本
唐津くんち、餅すすり大会)
1977年12月24日 こちら葛飾区亀有公園派出所
せんだみつお
7 突撃一番星 原田美枝子 川谷拓三
(なし※1
鳥羽下呂温泉東京
高山祭り
1978年8月12日 多羅尾伴内・鬼面村の惨劇
小林旭
8 一番星北へ帰る 大谷直子 黒沢年男
(BIG99)
花巻会津若松いわき福島
常磐ハワイアンセンター、輓馬大会)
1978年12月23日 水戸黄門
東野英治郎
9 熱風5000キロ 小野みゆき 地井武男
(ノサップ)
木曽上松松本安曇野長野魚津 1979年8月4日 ドランクモンキー 酔拳
ジャッキー・チェン
10 故郷(ふるさと)特急便 石川さゆり
森下愛子
原田大二郎
(なし※2
高知大阪高松銚子東京
闘犬よさこい祭り
1979年12月22日 夢一族 ザ・らいばる
森繁久彌郷ひろみ
  • ※1 川谷拓三演ずる桶川半兵衛は、トラック野郎ではない。そのため、「昭和の御木本幸吉」という呼称は、ニックネームで呼ばれる他のライバルたちとは意味合いが異なる[注 3]
  • ※2 桃次郎は独自のあだ名で呼ぶことがある(例:千葉真一の演じた新村譲治(ジョーズ)には「サメ野郎[34]」、原田大二郎演ずる垣内竜次「土佐犬(とさいぬ)」)。なお、「龍馬號」はあくまで垣内竜次の乗るトレーラーの名前である[注 4]
  • 6作目(澤井信一郎・田中陽造脚本)と8作目(澤井信一郎脚本)の、準備稿の存在が確認されている。どちらも設定が変更されて公開に至った[36]

備考[編集]

造語
「トラック野郎」という言葉は、東映が作った造語であるが、映画のヒットで大型・長距離トラックの運転手の俗称として一般的に使用されるようになった。また本作は満艦飾のデコレーショントラック(デコトラ)が巷に溢れるきっかけの一つとなった。
車両のデザイン、ペイント
一番星号・ジョナサン号・ライバル車といった、劇中に登場するトラックのデザイン及びトラックの箱(荷台)に描かれた絵は、本シリーズ全10作の美術監督を務めた桑名忠之がデザインを担当した。ペイントを担当したのは、塗装業務会社日展企画である[37]
シナハンと装飾
第1作の撮影前、鈴木則文と澤井信一郎とで、長距離トラックに同乗する5日間の取材旅行を敢行し、シナリオの執筆にあたった。一番星号の正面下部にある「雪の下北」、「はぐれ鳥」の装飾は、取材旅行で最初に同乗したトラックにあった装飾を、そのまま引き継いだものである[38]
流れ星の演出
本シリーズのお約束でもある、桃次郎とマドンナが初めて遭遇する場面で、アップで映るマドンナの周囲に無数の星が輝くカットがあるが、これを考案したのは第1作『御意見無用』、第4作『天下御免』の撮影を担当した東映東京撮影所のベテラン撮影技師・仲沢半次郎である[39]
警察との対立
トラックの「違法改造」の問題、また菅原文太が当初大型免許を所持していなかったことから、撮影時は警察との対立が絶えなかった。
方向性の転換
1978年8月公開の第7作『突撃一番星』までは全体的にコメディ色の強い作風であったが、同年12月公開の第8作『一番星北へ帰る』からはシリアスな面もかなり描かれている。
シリーズの終了
1979年12月公開の第10作『故郷特急便』は2人のマドンナを迎え、これまでの大ヒットには及ばないとはいえ、多くの観客を集めた。シリーズはすべてヒットし、盆と正月に公開される東映の興行の柱であった。第11作が予定されていた経緯(沖縄が舞台)もあるが、主演の菅原がNHK大河ドラマ獅子の時代』主演のためスケジュールが1年間拘束されていることもあり、1980年の春頃に東映がシリーズの打ち切りを発表、トラックも売却された。
テレビ放映
1978年12月に、シリーズ初のテレビ放映が行われた。第1作『御意見無用』が「土曜ワイド劇場」の特別篇として2時間拡大版として放送された(当時は1時間半枠)。翌年に第2作から第4作までが、ゴールデンタイムに順次放送されていった。
当時は、東映がテレビ朝日の筆頭株主だった(現在は2位株主)関係で、1980年代の中期ぐらいまでは、よく放送され[注 5]ており、特に年末年始は必ずといっていいほど放送があった。
また、1990年代初頭まではTBS土曜午後の映画枠(『土曜映画招待席』)の常連でもあった。2014年9月以降よりBS-TBSにて定期的に放送されている。
近年の地上波ではほとんど放送されていない。ただし、2010年代に入って本作の主人公格である桃次郎とジョナサンを演じた菅原文太と愛川欽也が鬼籍に入った後は、その追悼として放映された。
車両のその後
一番星号はレストア(復旧のための修理)が行われ現存している[注 6]。2007年に第9作『熱風5000キロ』仕様の一番星号のレプリカ車が製作された[42]
一方、ジョナサン号は所在を転々とした後、何者かによる解体(盗難?)で車両は現存しない(1994年頃までは荷台箱のみ現存していたが、2000年代に入る前に処分されている。[43]。2010年に群馬県にあるトラックパーツショップ「トラックパーツ歌麿」の手によって一から製作したジョナサン号(第9作仕様)が復活し、公式ウェブサイトでは『カミオン』誌に掲載した紙面とともに掲載されている。[44]
ゲスト車両では、第10作で垣内竜次の運転したトラックのコンテナが、後年フジテレビの『西村雅彦のさよなら20世紀』の企画で爆破された。
派生作品と続編の企画
東映は、1981年に新しいトラック野郎に黒沢年男を起用して『ダンプ渡り鳥』を公開するが、本作と比較すると興行は芳しいものとは言えなかった。
1990年代に『新トラック野郎』としてシリーズを復活させるという企画が持ち上がり、『トラック野郎』第6作から第9作の脚本を担当した掛札昌裕が脚本を書いた。「主役は桃次郎ではないが二人組。トラックとよくすれ違う、60代の男が運転する謎の自家用車が出てきて、実はそれがもう余命いくばくかもない奥さんに日本全国を見せるために走っている事だっていうのが最後に分かる」という話。これを岡田茂に見せたところ、「お前、気が狂ったんじゃないか?」と一喝され却下されたという[45]。後に掛札はジョニー大倉が主演のオリジナルビデオ爆走トラッカー軍団』シリーズ(ケイエスエス)の全作で脚本を手がけている。
プラモデル、玩具
玩具メーカーのバンダイ(現・バンダイ・ホビー事業部)が版権を獲得し、発売した模型(1/48スケール)も月に10万台も売れる大ヒットとなった[要出典]。モーターライズで、プラモデル初心者にも作りやすいキットだったが、2010年代は店頭で見ることが稀になってしまったぐらいの貴重品である。
またそのバンダイの関連会社で、後にバンダイに吸収されるポピーのミニカー玩具「ポピニカ」から、『爆走一番星』・『天下御免』・『度胸一番星』にそれぞれ登場した桃次郎のトラックをキット化して発売した。いずれも乾電池によりキャビンとコンテナが光るギミックが搭載されている。この他にも、ポピーの関連会社「ロビン」から、ポピーの主力商品「超合金」と同じ素材で作られたダイキャスト製バッジ「超合金バッジ」にも、本作のトラックを象ったバッジが発売された[46]
その後1980年代に全長約55センチという1/20スケールの超大型モデルも登場し、映画が終了して30年近く経つ現在2000年代でも販売されているロングセラー商品となっているが、後述のアオシマから1/32スケールのモデルで発売された2009年以降店頭に並ぶことは皆無に等しい。
トラック野郎の版権を持つことが出来なかった青島文化教材社(以下アオシマ)は、「デコトラ」(商標を持つ)のシリーズ名でコンスタントにアートトラックの模型を発売しており、2009年には一番星号(『故郷特急便』版)が1/32スケールのキットとして初モデル化された。その後、『熱風5000キロ』版、『突撃一番星』版、『男一匹桃次郎』版、『天下御免』版、『一番星北へ帰る』版がモデル化されている(2015年現在)。なお、5作目の『度胸一番星』版が2015年6月にアオシマから発売予定である。他にも当時の映出車であるコリーダ丸(2007年及び2012年)、龍馬号(2007年)や、6作目のライバル車両である「袴田運送」(ただし一部実車とは異なる)などがモデル化されている。さらに、その他、チョロQや光るRCカー(1/32スケール)が新たに発売されており、2010年代もなお根強い人気を保っている。
シリーズ終了後の話題(2000年代以降)
2010年7月、シリーズ完結30周年記念として、研究本『映画『トラック野郎』大全集』が出版された。
2008年にテレビ朝日系列で放映された特撮テレビドラマ『炎神戦隊ゴーオンジャー』第37話「炎神バンキ!?」にて、デコトラをモチーフとした怪人が登場。怪人の台詞で当シリーズのタイトルが多数使用された。怪人の断末魔(最後の台詞)は「最終作は故郷特急便〜」だった。
2013年9月、スズキ・キャリイのフルモデルチェンジの際、テレビCMに菅原文太とはるな愛が出演した(のちに北斗晶もこのCMのレギュラーに加わる)。本作の世界観を踏襲しつつパロディ化した「軽トラ野郎」、「農家☆一番星」というキャッチコピーが使用された[47]
2014年1月にはニューギンよりパチンコ『CRトラック野郎』がリリースされる。
1978年、デビュー間もない頃のヴァン・ヘイレンが初来日時に東映の撮影所に訪れており、菅原と共に写真を撮影していた。2014年12月、菅原の訃報が報道されている時期に、この写真がネット上で話題となった[48]
2014年に主演の菅原文太が死去。そしてその後を追うように2015年には同じく主演の愛川欽也も死去した。これに伴う追悼番組として、テレビ東京の『午後のロードショー』で、2014年12月4日に菅原文太の追悼企画として『天下御免』が、2015年4月20日に愛川欽也の追悼企画として『一番星北へ帰る』が[49]、が放送された。

関連グッズ[編集]

  • DVD(全10作):東映ビデオ
  • ビデオ(全10作):東映ビデオ
  • サウンドトラック(全3枚):AMJ
  • ポピニカポピー(現:バンダイ
  • 1/48スケールプラモデル(8種類、2・3・4・5・7・9・10作目の一番星号及び2作目のジョナサン号):バンダイ
  • 1/20スケールプラモデル(5種類、4・5・7・9・10作目の一番星号):バンダイ
  • 1/32光るRC(7種類):青島文化教材社
  • 1/32スケールプラモデル(4・6・7・8・9・10作目の一番星号の6種類):青島文化教材社
  • チョロQ(10種・12台):タカラ(現:タカラトミー
  • モーター駆動で走って光る(4種類):スカイネット
  • CRトラック野郎(パチンコ):ニューギン

注釈[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 鈴木則文は後年のコラムで『男はつらいよ』=古典落語、『トラック野郎』=漫才と述べている。
  2. ^ 「一番星」の名は、哥麿会副会長のトラックの愛称が由来となっている。
  3. ^ キャスト一覧にてニックネームの記載なし[33]。『トラック野郎 浪漫アルバム』 94頁の「ライバル一覧」にニックネームの記載なし。
  4. ^ キャスト一覧にてニックネームの記載なし[35]。『トラック野郎 浪漫アルバム』94頁の「ライバル一覧」にニックネームの記載なし。
  5. ^ 特に1981年10月開始の『ゴールデンワイド劇場』(月曜 20:02 - 21:48)では、1982年4月まで常連だった。
  6. ^ 2014年現在、デコトラ団体「全国哥麿会」会長が前のオーナーから譲り受けて整備してイベントに「出演」している[40][41]

出典[編集]

  1. ^ 「アナーキー日本映画史1959-1979」
  2. ^ a b 爆笑問題の日曜サンデー』、TBSラジオ、2012年4月15日放送での愛川の言及。
  3. ^ a b c d 「愛川欽也インタビュー」『CIRCUS MAX』2014年4月号、KKベストセラーズ、96-98頁
  4. ^ a b #浪漫、198-205頁
  5. ^ a b “やもめのジョナサン”愛川欽也「トラック野郎」新作に意欲
  6. ^ 宮崎靖男が暴露 鈴木則文監督と菅原文太の「大ゲンカ」 - 日刊ゲンダイ愛川欽也 社会現象の「トラック野郎」暴動寸前初日とは?菅原文太と幻の11作目へ夢
  7. ^ #新風雲録、225、229頁
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  48. ^ 菅原文太とヴァン・ヘイレンが一緒に写った写真がツイッターで話題に amass 2014年12月2日
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参考文献[編集]