山口崇

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やまぐち たかし
山口 崇
本名 山口 岑芳
別名 杵屋 巳楓
生年月日 1936年11月17日(77歳)
出生地 日本の旗 日本兵庫県三原郡阿那賀村
国籍 日本
職業 俳優司会
ジャンル 映画テレビドラマ
家族 杵屋巳津也(長男)
杵屋巳織(長女)
主な作品
肝っ玉かあさん
大岡越前
クイズタイムショック

山口 崇(やまぐち たかし、1936年11月17日 - )は、日本の俳優・テレビ司会者・長唄三味線奏者・民話研究家。本名:山口 岑芳(たかよし)。兵庫県三原郡阿那賀村(現:南あわじ市)出身。所属事務所さち子プロ。長男は長唄唄方の杵屋巳津也(山口太郎)。長女は長唄三味線方の杵屋 巳織(きねや みおり)(山口由紀)。

来歴・人物[編集]

東京都立戸山高等学校卒業、早稲田大学教育学部中退。学生時代、同学部学生自治会委員長だった。

NHK俳優養成所、劇団三十人会、俳優小劇場ののち、1974年に小沢昭一らと芸能座を結成(1980年解散)。俳優業を行う傍ら、テレビ朝日系のクイズ番組『クイズタイムショック』では、1978年9月に降板した田宮二郎と交代して2代目司会者となる。前任よりさらに明るく親しみやすい語り口と、ユーモアも交えた名司会ぶりで人気を集めると共に、1986年3月27日放送の最終回まで同番組の司会を務めた[1]。その他、時代劇『大岡越前』では、徳川吉宗役を長年演じていたことでも知られる。また、NHK大河ドラマでは特にその草創期に、重要な役柄で多く出演を果たした。現代劇でも、松竹のメロドラマに始まってサラリーマン喜劇などにスマートな持ち味を発揮した。1970年前後には主役級でかなりの人気を誇った。その後は陰影のある脇役などもこなしている。

民話や邦楽にも造詣が深く、ドラマや舞台で三味線・琴・鼓などを披露をしている。近年は、長年のライフワークであった、民話研究家としての活動に比重をおいている。また、長唄では人間国宝七代目杵屋巳太郎に師事し、本人も名取で杵屋巳楓として活動している。また、年に1回、家族で演奏会を行ったり、一門の演奏会に出演している。

自身が出演した「天下御免」を録画した第1回と最終回のビデオをNHKに寄贈している。

出演作品[編集]

テレビドラマ[編集]

映画[編集]

  • 歌え若人達(1963年、松竹
  • おはなはん 第一部・第二部(1966年、松竹)
  • 春一番(1966年、松竹)
  • 横堀川(1966年、松竹)
  • なつかしい風来坊(1966年、松竹)
  • 命果てる日まで(1966年、松竹)
  • 若親分千両肌(1967年、大映
  • 若社長大奮戦(1967年、松竹)
  • あゝ君が愛(1967年、松竹)
  • 女たちの庭(1967年、松竹)
  • 夜明けの二人(1968年、松竹)
  • 夕月(1969年、松竹)
  • 別れの詩 (1971年、東宝
  • 辻が花(1972年、松竹)
  • 不毛地帯(1976年、芸苑社)
  • ふたりのイーダ(1976年)
  • 春男の翔んだ空(1977年、現代ぷろ)
  • 雲霧仁左衛門(1978年、松竹)
  • 翼は心につけて(1978年、翼プロ)
  • 裸の大将放浪記(1981年、現代ぷろ)
  • この子を残して(1983年、松竹=ホリ企画)
  • 想い出のアン(1984年、翼プロ)
  • 白い町ヒロシマ(1985年、現代ぷろ=共同映画)
  • 泰造(1985年、K&S)

舞台[編集]

  • 大岡越前
  • 鶴来屋おゆう
  • 花は散らない
  • 「天童よしみ くれない三度笠」(2007年、新宿コマ劇場

劇場アニメ[編集]

  • 三国志 - 諸葛亮孔明
    • 三国志 第二部・長江燃ゆ!(1993年)
    • 三国志 第三部・遥かなる大地(1994年)

吹き替え[編集]

ラジオ[編集]

  • 音とたかしと昔話(FM東京)※ギャラクシー賞受賞

バラエティ[編集]

その他[編集]

  • NNNドキュメント70(日本テレビ) - 進行
  • TIME21(日本テレビ)※ナレーション
  • LPレコード TW-9003「輝く巨人軍 七連覇達成のドラマ」※語り

著書[編集]

  • 『昔ばなし出逢いの旅』講談社 1975
  • 『音と崇と昔ばなし』榛谷泰明共著 山形民話の会 1981
  • 『とんと昔出逢いの旅 出羽路をたずねて』高陽堂書店 1982
  • 『こんな旅を知っていますか 自分だけの旅のつくり方・楽しみ方』PHP研究所 ライフ・カレント 1983
  • 『山口崇民話の出逢い』愛媛県文化振興財団 1984

脚注[編集]

  1. ^ その間、番組は約7年半に亘って継続し、司会者の交代したクイズ番組にその後間も無く番組終了を迎えるケースが多い中で、数少ない例外だった。
  2. ^ 三谷幸喜は山口主演の『天下御免』のファンだったため、そのオマージュとして出演してもらった

外部リンク[編集]