清水健太郎

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清水 健太郎(しみず けんたろう、本名:園田 巌(そのだ いわお)、1952年10月11日 - )は、福岡県小倉市(現北九州市小倉北区)出身の日本俳優歌手タレント足利工業大学卒業。愛称はシミケン。かつては田辺エージェンシーに所属していた。

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経歴

失恋レストラン

学生時代、小倉魚町の東映会館前でスカウトされ、上京。その後、若者番組『ぎんざNOW』のコーナーで人気となり、そのアイドル的な顔つきで話題となる。この番組から飛び出した楽曲「失恋レストラン」(楽曲提供つのだ☆ひろ)が1976年にリリースされ、爆発的ヒットとなった。

1977年、「帰らない」で第19回日本レコード大賞最優秀新人賞受賞、『NHK紅白歌合戦』にも出場した。またアイロンパーマをかけてから髪を短くカットする健太郎カットも流行した。

転落とVシネマでの復活

しかし、人気の絶頂が過ぎた1983年大麻取締法違反で逮捕される(起訴猶予)。1985年にはアメリカ人モデルと結婚するが、1986年にも同じく大麻取締法違反でジョー山中[要出典]と共に逮捕される(執行猶予4年)。

その後、華やかな表舞台からは去り、当時出始めだったVシネマの方向に仕事を変えていく。アメリカ人モデルとは1991年に離婚している。

再び転落と2度目の復帰

撮影でも段々貫禄が出てきており、それなりに地位を築こうとしていた1994年、大麻取締法違反及び覚せい剤取締法違反で3度目の逮捕。懲役1年6ヶ月の実刑判決となった。

出所後、どこからも声がかからず、当然ながら本人も役者の道に戻れるとは思っていなかったため、飲食店で皿洗いのアルバイトをしていたが、夜通し働いているのを先輩俳優の岡崎二朗が知り、「こんなに頑張っているんだから、何とかしてやりたい」と、業界関係者に声をかけ、再び役者の道に戻ることになった。

Vシネマで再びスターダムに

復帰後は主に極道の組長役が当たり役となっていった。ホンモノよりも貫禄があると言われる演技力、迫力でVシネマ界のスターダムをのし上がり、哀川翔竹内力と並んでVシネマの帝王と呼ばれるまでになった。

特に首領への道シリーズは当たり役であり、ビデオ販売に大きく貢献した。また、青少年向けの薬物防止の講演では「僕の歯は全て入れ歯です」などと薬物の恐ろしさを自分の経験と結びつけて教えた。

4度目の逮捕

順調に見えていたが、2002年に結婚した22歳年下の女優、森香名子2004年4月に離婚。同年5月29日、覚せい剤取締法違反で4度目の逮捕[1]。このことに関して、兄貴分であるタレント、力也は「今回はもう許さん。4回目だろ?」とコメント。俳優、梅宮辰夫も「一生刑務所に入っていろ!!」とコメント。8月9日に実刑2年4ヶ月の判決を受け、群馬県前橋刑務所に収監される。2006年5月仮釈放となったが[2]何処のプロダクションも獲得する意向は見せていないが、現在もファンから復帰を望む励ましの手紙が届いているという。

仮釈放後は身元引受人の新日本キックボクシング協会市原ジム千葉県市原市)会長小泉猛の元に住み込み、再起に向け体を鍛錬する日々を送っている。また2007年3月22日日本テレビ系列の特別番組『あの人は今!?』に約3年ぶりにテレビ出演し「失恋レストラン」を披露した。同年4月には東京スポーツ紙上で俳優の押尾学にキックボクシング対決を申し込んだが、押尾は「自分は格闘技観戦は好きだが、戦う根性はない」といった内容の文章を自らのブログに掲載。事実上の拒否発言だと思われる。

また、2度の未成年喫煙の発覚で事務所を解雇となった加護亜依に対し、「覚醒剤で何度も逮捕された自分よりはやり直しがきく」とエールを送っている。

復帰へ

2008年1月31日、記者会見にて芸能界への復帰を表明。看板シリーズ『首領への道』の原作家である村上和彦を後見人とし、一ヶ月ごとの覚醒剤定期健診を条件に、俳優・歌手業の再開を宣言している[3]

主な出演作品

テレビドラマ

脚注

先代:
1976年
内藤やす子
第10回全日本有線放送大賞
最優秀新人賞
(1977年)
次代:
1978年
渡辺真知子
先代:
1976年
内藤やす子
第10回日本有線大賞
最優秀新人賞
(1977年)
次代:
1978年
さとう宗幸
先代:
1976年
内藤やす子
第19回日本レコード大賞
最優秀新人賞受賞歌手
1977年
清水健太郎
次代:
1978年
渡辺真知子
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