清水健太郎

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しみず けんたろう
清水 健太郎
本名 園田 巌
(そのだ いわお)
生年月日 1952年10月11日(59歳)
出生地 日本の旗 日本福岡県小倉市
(当時)
職業 俳優歌手
ジャンル 映画Vシネマテレビドラマ
活動期間 1976年 - 現在
活動内容 1976年:『失恋レストラン』で歌手デビュー
主な作品
オリジナルビデオ
首領への道』シリーズ
雀鬼』・『真・雀鬼』シリーズ
テレビドラマ
ムー』・『ムー一族

清水 健太郎(しみず けんたろう、1952年10月11日 - )は、日本の元俳優歌手。愛称はシミケン

株式会社田辺エージェンシーに所属していた。

目次

[編集] 経歴

1952年昭和27年)、福岡県小倉市(現:北九州市小倉北区)に生まれる。足利工業大学卒業。

[編集] 「失恋レストラン」でブレイク

学生時代、北九州市小倉魚町の東映会館前でスカウトされ、上京。若者番組『ぎんざNOW!』の「素人コメディアン道場」に大学の後輩である清水アキラが出場しものまねを披露する際、バックでギターを弾いていたのが好評を受ける。その後『ぎんざNOW!』のレギュラー出演が決まり、木曜日のコーナーを担当。そのアイドル的な顔つきで、大きな話題となる。

同番組から飛び出した楽曲「失恋レストラン」(楽曲提供:つのだ☆ひろ)が1976年11月にリリースされ、翌1977年にかけて爆発的な大ヒットとなる。その後も「帰らない/恋人よ」「遠慮するなよ」「泣き虫」などのヒット曲を飛ばした。1977年12月31日第19回日本レコード大賞最優秀新人賞を受賞、さらに『第28回NHK紅白歌合戦』にも出場した。

歌手活動と並行し、ドラマ『太陽にほえろ』で俳優としてもデビュー。人気ホームドラマムー』、『ムー一族』などにも出演した。また、アイロンパーマをかけてから髪を短くカットする「健太郎カット」が当時の男性の間で流行した。

[編集] 転落とVシネマでの復活

しかし、人気の絶頂が過ぎた1983年大麻取締法違反で逮捕される(起訴猶予)。1985年にはアメリカ人モデルと結婚するが、1986年にも同じく大麻取締法違反で2度目の逮捕(懲役1年執行猶予4年の有罪判決)。また、アメリカ人モデルとは1991年に離婚している。

以後はテレビなどの表舞台から遠ざかり、当時出始めだったVシネマを中心に仕事をするようになる。

[編集] 再犯と2度目の復帰

撮影でも段々貫禄が出てきており、一定の地位を築こうとしていた1994年、大麻取締法違反及び覚せい剤取締法違反で3度目の逮捕。懲役1年6月の実刑判を受けた。

出所後はどこからも声がかからず、当然ながら本人も役者の道に戻れるとは思っていなかったため、飲食店で皿洗いのアルバイトをしていたところ、夜通し働いているのを知った先輩俳優の岡崎二朗が、「こんなに頑張っているんだから、何とかしてやりたい」と、業界関係者にかけあい、芸能界復帰がかなった。

[編集] Vシネマで再びスターダムに

復帰後は主に極道の組長役が当たり役となり哀川翔竹内力と並んでVシネマの帝王と呼ばれるまでになった。

特に1998年からの『首領への道』シリーズはヒットとなり、ビデオ販売に大きく貢献した。また、青少年向けの薬物防止の講演も行い、「僕の歯は全て入れ歯です」などと自身の経験を踏まえて薬物の恐ろしさを説いていた。

[編集] 4度目の逮捕

2002年には22歳年下の女優森香名子と結婚し、公私ともに順調に見えていたが、2004年4月に離婚。同年5月29日、覚せい剤取締法違反で4度目の逮捕[1]。芸能界で親しい間柄だった力也(現・安岡力也)や梅宮辰夫も厳しい非難のコメントを出した。8月9日に実刑2年4月の判決を受け、群馬県前橋刑務所に収監される。2006年5月仮釈放となった[2]

仮釈放後は身元引受人の新日本キックボクシング協会市原ジム(千葉県市原市)会長小泉猛の元に住み込み、再起に向け体を鍛錬する日々を送る。一方で、2007年3月22日日本テレビ系列の特別番組『あの人は今!?』で約3年ぶりにテレビ出演し「失恋レストラン」を披露した。同年4月、格闘家としてのデビューを発表し、俳優の押尾学にキックボクシング対決を申し込むが[3]、押尾は「自分は格闘技観戦は好きだが、戦う根性はない」といった内容の文章を自らのブログに掲載し対戦を拒否した。

また、2度の未成年喫煙の発覚で事務所を解雇となった加護亜依に対し、「覚醒剤で何度も逮捕された自分よりはやり直しがきく」とエールを送っている。

2008年1月31日、記者会見にて芸能界への復帰を表明。看板シリーズ『首領への道』の原作家である村上和彦を後見人とし、一か月ごとの覚醒剤定期健診を条件に、俳優・歌手業の再開を宣言したものの[4]、どこのプロダクションも清水を獲得しようとしなかった。

2008年2月6日宮川賢司会のラジオ番組『バツラジ』に出演し、薬物の怖さを語った。薬物に手を出したのは「大事なものが何なのかまだわかっていなかった」と言い、薬物から抜け出すには「その人(自分)を心配してくれる人がいたら止まる(やめる)んじゃないか」と語った。

[編集] 5度目はひき逃げにより逮捕

2008年10月27日午後に東京都台東区の交差点で乗用車を運転中、自転車で交差点を横断していた男性と衝突し、軽傷を負わせそのまま逃げた[5]。後日、警察に出頭し逮捕。

自動車運転過失傷害と道交法違反の罪で起訴され[6]2009年1月28日に懲役7月(求刑懲役10月)の実刑判決を受けた。

[編集] 6度目の逮捕

2010年8月18日に覚せい剤取締法違反(使用)容疑で逮捕[7][8]。薬物関連容疑での逮捕は5度目。

2010年11月1日に東京地裁で開かれた公判では「刑務所を出た時は薬物をやめられたと思い違いをしていた。振り返ると、これまではやめる努力をしたことがなかった。今回は薬物依存という病気を治すことに専念する」と述べた[9]。同年11月16日、懲役1年10月(求刑懲役2年6月)の実刑判決が下され、弁護側・検察側とも控訴せず確定[10]

[編集] 主な出演作品

[編集] テレビドラマ

[編集] バラエティ番組

[編集] ディスコグラフィー

[編集] シングル

  • 失恋レストラン/アイ・ラブ・ユーSO(作詞・作曲・編曲:つのだ☆ひろ) 1976年11月21日発売
  • 帰らない/恋人よ(作詞・作曲:つのだ☆ひろ、編曲:馬飼野康二) 1977年4月1日発売
  • 遠慮するなよ/アローン(作詞・作曲:宇崎竜童、編曲:EDISON) 1977年8月21日発売
  • 泣き虫/ジイジイ・ララバイ(作詞・作曲:つのだ☆ひろ、編曲:萩田光雄) 1977年12月5日発売
  • きっと今日からは/ブルー・トレイン(作詞・作曲:つのだ☆ひろ、編曲:大野雄二) 1978年3月21日発売
  • きれいになったね/今日のあいつ 1978年5月21日発売
  • さらば/いいじゃないか 1978年9月1日発売
  • ドロウ/スクリュードライバー 1978年12月5日発売
  • どんでん返しだベイビー/午後9時15分 1979年2月25日発売
  • デイ・ドリーム/リメンバー 1979年6月21日発売
  • くちびる/たそがれはもの憂いブルース 1980年6月21日発売
  • 湘南哀歌/バイ・ジイ・コメディー 1981年5月1日発売


[編集] 関連人物

[編集] 脚注

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