仁科亜季子

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にしな あきこ
仁科 亜季子
本名 仁科 章子
別名義 仁科 明子(旧芸名)
生年月日 1953年4月3日(61歳)
出生地 東京都
国籍 日本の旗 日本
血液型 AB型
職業 女優
ジャンル 映画テレビドラマなど
配偶者 松方弘樹1979年 - 1998年
一般男性(2011年 -2013年
著名な家族 十代目岩井半四郎(父)
月城彰子(母)
岩井友見(姉)
仁科幸子(妹)
仁科克基(息子)
仁科仁美(娘)
主な作品
映画
はつ恋
テレビドラマ
大都会 闘いの日々

仁科 亜季子(にしな あきこ、1953年4月3日 - )は、日本女優である。本名、仁科 章子(読み同じ)。

仁科 明子」の名でデビューするも、活動休止を経て、1999年に芸能界復帰の際に芸名を「仁科 亜季子」へと改名している。東京都出身。ジェイ・ツー所属。

来歴[編集]

学習院女子高等科卒業。1972年昭和47年)、テレビドラマ 『白鳥の歌なんか聞えない』(NHK、銀河ドラマ)への出演で芸能界デビューした。 お嬢様女優として高い人気を得た。しかし1977年、俳優・松方弘樹との不倫騒動により、芸能活動を休止。松方と1979年に結婚。正式に芸能界を引退。2児をもうけたものの、1998年12月に離婚(2児の親権は仁科が持つ)。結婚中の1991年には子宮頸がんを発病し、入院治療を受けた。この際、抗がん剤治療に伴う脱毛に悩まされなるなどの体験をしたことから、その後「子宮頸癌予防ワクチン接種の公費助成推進実行委員会」の発起人を務めた。仁科は松方との離婚を機として1999年春に芸能界へと復帰、その際芸名の漢字表記をそれまでの「明子」から「亜季子」へと改名ししている。

2011年1月に息子の入籍とともに再婚を発表、2月に再婚。

2011年3月に東日本大震災が発生、子宮頸がん・乳がん検診を定期的に受けるよう訴える内容のACジャパンの差し替えCM(後述)が大量に流れたため「時期的にそぐわない」「しつこい」などの抗議が殺到し注目される事となり「自分ではどうしようもなく困惑している」と娘のブログへ連名でコメントを出す[1][2]

2013年2月に離婚。

人物[編集]

  • デビュー前、幼馴染の池畑慎之介と結婚を前提に交際していた。
  • 2012年11月に自身のブランドを立ち上げ、デザイナーとしてデビュー。

家族[編集]

父は歌舞伎俳優十代目 岩井半四郎で母は元女優の月城彰子の次女。 姉は女優の岩井友見で妹は女優の仁科幸子という芸能一家で育った。元夫は松方弘樹、元継子は目黒大樹(俳優・松方の前々妻との息子)、息子は仁科克基(俳優)、娘は仁科仁美(タレント・モデル・女優)。

出演作品[編集]

映画[編集]

テレビドラマ[編集]

インターネット動画[編集]

CM[編集]

著書[編集]

  • いのち煌めいて(1996年、小学館

受賞歴[編集]

脚注[編集]

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外部リンク[編集]