加藤晴彦

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かとう はるひこ
加藤 晴彦
本名 加藤 晴彦
生年月日 1975年5月13日(39歳)
出生地 日本の旗 日本愛知県名古屋市
血液型 O型
ジャンル 俳優タレント
活動期間 1989年 -
活動内容 ドラマ映画バラエティー
公式サイト アミューズによるプロフィール

加藤 晴彦(かとう はるひこ、1975年5月13日 - )は、日本俳優タレントである。愛知県名古屋市昭和区出身。株式会社アミューズ所属。

人物[編集]

身長公称175.8cm。名古屋大学教育学部附属高等学校を経て、日本福祉大学経済学部経済学科中退。

活動初期は俳優としてドラマや映画に出演、主役もしくは準主役などを務めていたが、その後はタレントとしてテレビのバラエティ番組に出演することが活動の中心となった。

名古屋出身であることを誇りに思っており、言葉の端々に名古屋弁を使用するとともに、「名古屋の女性が選ぶ抱かれたい男No.1」にも選ばれたことがある[1]

経歴[編集]

生い立ち
名古屋生まれ[2][3]。モノマネ芸人のコロッケとは遠い親戚である[4]
子役時代
1989年平成元年)、テレビドラマ 『中学生日記』(NHK教育)に、生徒役として出演。また、1991年(平成3年)には、テレビドラマ 『前畑がんばれ』(NHK) で、主演の清水美砂の息子役を演じた。
本格デビュー後
1993年(平成5年)、第6回「ジュノン・スーパーボーイ・コンテスト」で審査員特別賞を受賞し、翌年放送のテレビドラマ 『アリよさらば』(TBS) への出演で本格的に芸能界デビューした。1995年(平成7年)には、テレビドラマ 『走らんか!』(NHK朝の連続テレビ小説)で主人公の親友、白水悦夫役を演じ、その翌年には「アルペン」のCMに出演し、一躍アイドル的人気を獲得し広く知られるようになった。このアルペンには2014年現在もCM出演が継続されている。
2001年(平成13年)、映画『回路』で映画初主演。同年、ドラマ『早乙女タイフーン』(テレビ朝日)でドラマ初主演。2006年(平成18年)3月、番組開始から務めていたバラエティ番組『あいのり』(フジテレビ)へのMCとしての出演が終了した。2009年(平成21年)4月、それまで所属していた株式会社ロングブリッジから、株式会社アミューズへと移籍した。

受賞[編集]

2000年(平成12年) - 「エランドール賞」新人賞受賞

私生活[編集]

女優の内山理名との交際を経て、2006年(平成18年)10月には当時中京テレビアナウンサーだった本多小百合との熱愛が発覚した[5]。一時は結婚秒読みと呼ばれていたが、2008年の春頃に破局していたことがわかった[6]

2006年5月、空き巣に1,000万円相当の貴金属を盗まれる被害を受ける[5]

福山雅治ナインティナイン岡村隆史と同じマンションに住んでいたことがある(通称:イケメンマンション)[7]

中日ファンとしてのエピソード[編集]

  • 憧れの選手は立浪和義で、親交関係が深い。不定期で出演する『スーパーサタデー』内の「ドラゴンズHOTスタジオ」の春季キャンプ取材などでは、必ず立浪選手のもとを訪れる。将来は立浪が中日の監督になってくれることを夢見ている。立浪とは現在はオフシーズンに草野球をしたり、一緒に食事へ行ったりするほどの仲である。立浪の引退セレモニーにも参加した[1][2]
  • 東海テレビの『ドラゴンズHOTスタジオ』に準レギュラーで出演しており、毎年春の北谷キャンプ取材が恒例となっている。2000年に訪問した際、前年に宣銅烈が引退したために中日のエースナンバーである背番号20が空き番となっていたこともあり、当時監督だった星野仙一から20番のユニフォームをプレゼントされた。このユニフォームの背中の名前は「KATOH」ではなく「HARUHIKO」となっていた(東海地方では「加藤」という名字が特に多いため、星野はその辺を配慮したものと思われる)。また司会を務める峰竜太がドラゴンズ球団外広報に就任したという話を聞くや、自ら球団に出向いてアピールし、峰・板東英二に次ぐ3人目の球団外広報に就任した。
  • 2000年のテレビ朝日のドラマ『アナザヘヴン〜eclipse〜』に盗聴マニアの幕田ユウジ役で出演した際、最終回で公開されたユウジの部屋には数々の盗聴器とともに、いろいろなドラゴンズグッズが飾られていた。これらは全て加藤の私物で、ユウジの意外な一面を演出するために持ち込んだと言われる。

出演作品[編集]

映画[編集]

テレビドラマ[編集]

バラエティー[編集]

CM[編集]

その他[編集]

ラジオ[編集]

脚注[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]