レースクイーン

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レースクイーンの女性達

レースクイーン (Race Queen)とは、モータースポーツ(自動車、オートバイなどのレース)に参戦する各チームのスポンサーの宣伝広報員である。

目次

[編集] 概要と変遷

本来はレース主催者などに雇われた(選ばれた)数名の女性(例えば富士スピードウェイクレインズ等)で優勝者の表彰などレース運営の中で一定のシンボル的役目を担う者を指す言葉だったが、現在ではこの意味で使われることはまれである。上記のように各チームに所属する者は、本来はマスコットガール、またはキャンペーンガール(キャンギャル)と呼ぶのが正しい。また「レースクイーン」という用語は元々英語のPromotional modelのサーキット版というニュアンスで作られた和製英語で、英語では「race queen」の他に上記の「Promotional model」に加え「Paddock girls」などの名称が用いられている。

レースクイーンには見た目の美しさや華やかさに加え、バブル期以降においては強烈なセクシーさなどが求められる。同時にその仕事内容は分刻みのイベント活動や炎天下での長時間労働・極寒でも薄着で屋外に長時間立ち続ける仕事など、相応の体力や精神力を要する側面もあったことから、レースクイーンは(容姿の加齢なども考慮すれば)20代半ばでの引退が目安となっている。このためメディアへの進出は引退後の転身先として重宝され、さらにある程度の知名度が得られれば早々とタレント活動に軸足を移す傾向が強まっている。しかし、現実にはレースクイーンから大成できるのは100人中1人居るかどうかという状態であり、往々にして「レースクイーンになれば必ず芸能人になれる」という大きな誤解が生じがちになっている。

一方で1990年代の終盤辺りからレースクイーンの高年齢化が進み、2000年代初頭では20代終盤や30代のレースクイーンも多数存在していたが、後述のような事情もあり現在は再び20代前半で落ち着いている。

レースクイーンの分類としては、純粋にレースクイーンだけを生業とする者がいる一方で、学生やその企業の従業員が兼業で就業することもままある。またタレントや俳優として名を成した者もしくはグラビアアイドルなどでデビューした後に年契約でレースクイーンを務める、コスプレイヤーネットアイドルといった「アイドル予備軍」が参入する、など経歴や形態が多様化し、また現役女子高生レースクイーンの誕生といった低年齢化も進んている。

1999年男女雇用機会均等法改正に伴い「レースクイーン」の名称が消滅する可能性があったが回避されている。一方で均等法施行後は「サーキットレディ」という呼称がしばしば使われるようになっており、また中には求人広告に「18歳以上の男女」という表記をしているチームもある。

[編集] 歴史

起源は1960年代後半に小川ローザらがサーキットでモデルとして活躍したのがきっかけといわれている。以後その形態にあまり変化は無く、開会式や表彰式のアシスタントとして従事する程度であったが、1984年に開催された日本最高峰のオートバイ耐久レース「鈴鹿8時間耐久ロードレース」で、一部チームのキャンペーンガールがチーム名のロゴマークを入れた水着を着て応援し話題となった。

1980年代後半のバブル経済絶頂期に入ると、チームやスポンサー企業のロゴが入った極めて布地面積が少ないハイレグ・レオタードを身に纏った女性たちがサーキットに多数出現し人気を博した。それ以降、このようなスタイルがレースクイーンの主流として定着。特にオートバイのレーシングチームでキャンペーンガールを務めた飯島直子岡本夏生の大ブレイクで、レースクイーンはサーキットを飛び出し様々なマスコミの舞台へと進出するようになっていった。

[編集] 現状

現在はレースクイーン専門の芸能事務所が多数あり、その事務所がレースが行われない週末を利用してカメラ小僧向けのアマチュア撮影会を開催し、所属のレースクイーンをモデルとして出演させて収益を得る、といったことが行われている。そのため最近ではレースはスポンサーアピール以上に撮影会の開催の宣伝の場ともなっている(カメラ専門誌の広告にスタジオ主催の撮影会スケジュールが掲載されていることが多い)。

またメディアでは、つくばテレビエンタ!371のほか、ギャルズパラダイス・トップクイーンなど、紙媒体と連動した専門サイトがある。業態が変わって以降のつくばテレビは、レースクイーンの温泉紀行などの企画ものも含め、複数のコンテンツを持つ。

逆に「現役レースクイーン」の肩書き欲しさに、イベントコンパニオン関連の事務所(中でもパチンコ系のイベント会社)やアダルトビデオの制作会社(ソフト・オン・デマンドなど)が自社の資金でレーシングチームのスポンサーとなり、自社のコンパニオンやAV女優をレースクイーンに起用するといった例も見られる。特にAV女優をレースクイーンとしたソフト・オン・デマンドの例(2002年のフォーミュラ・ニッポン山本清大をスポンサードした)では、当時プレスのみならずレース関係者、一般の観客の間からも激しい批判が起こった。

1990年代後半から、「レースクイーン・キャンギャル情報誌」を名乗る書籍(雑誌、ムック等)が雨後の筍のごとく次々と創刊されたが、「オートスポーツ」別冊として当初スタートした「ギャルズパラダイス」以外は大方ほんの数年で軒並み休刊廃刊に追いやられている。出版社自体は大概男性誌の出版社が殆どで、画像もレースクイーンがチームスタッフや広告塔としてではなく、明らかに性的嗜好のみを対象としている現実が浮かび上がってくる事例でもある。このような雑誌は18歳未満でも購入できるため、青少年の教育に悪影響を及ぼしているとも言える。動画共有サイトでも下半身だけを執拗に狙った盗撮まがいの映像が多く、ログイン無しで観覧可能なことも問題である。

またレースクイーンに群がるカメラ小僧の一部の「歪んだフェティシズム」や性的嗜好による盗撮行為等が相次ぎ、更にはストーカー行為等の事件にまで発展する事例も度々起こっている。しかし、サーキット内においてはそうした一連の行為に対する摘発等の対処は殆どといっていいほど為されていないのが実情である。一部には前記の男性誌等がそれらを助長させたという声も挙がっている。

国内モータースポーツで一番動員力があるSUPER GT(旧全日本GT選手権)は注目度も高いため、年々レースクイーンの数も増加の一途をたどった。特に2003年には飽和状態が激化し、1レースで200名以上、1台のマシンに10名以上が立つチームも現れた事から、後述するようなトラブルが続出し、翌2004年以降は競技の進行を円滑に行うため「1台につき4名まで」という制限が主催者より課せられている。さらにシーズン直前には各チームのレースクイーンの着用するコスチュームの審査が行われ、過剰な露出が見られるものに対しては参加を認めない条項を課しており、シーズン中に規定に反する物に変えた場合は当該レースクイーンを外すことも定められている。他に、1シーズン中に参加するレースクイーンは登録しているメンバーのみとし、問題行為などで人数が欠ける事態があっても欠員補充は一切認めないという規定が定められ、規制も厳しくなっている。これらの影響のせいか、近年は急激に世代交代が進み、2006年には顔ぶれはほとんど一新され、平均的にも若い世代がかなりの数を占めるようになった。

この状況に対して一部のファンからは「レベルが落ちた」という意見、そしてAll Aboutにおいても懐古回帰願望のような意見(参照:[1])が掲載されたが、これは裏を返せば年齢を偽ってまでレースクイーンを長年続けるモデルやタレントが多数いて、またそれを追い求めるファンとともに硬直化してマンネリに陥っていた証しでもある。現在流動化しているレースクイーンの世代とともに新しいファン層をつかむことが活性化への鍵ともいえる。

しかしその一方で、近年では特に日本国内に於いてレースクイーンがモータースポーツとの関連性が希薄になった事、レースクイーンの所属事務所や広告代理店関係者が、主催者やチーム関係者に楯突く等トラブルメーカーとなっている等の事象、チームの一員であるという意識に欠如した、あるいはそもそもそんな意識など無いレースクイーンによる軽率な行動による不祥事、そしてレースクイーンに群がる、マナー意識が欠如した所謂「カメラ小僧」によるレース関係者や他の来場者等とのトラブル等も加わり、レースクイーンに対してかなり厳しい意見が周囲から突き付けられているというのもまた事実である。近年の不況によるスポンサーやチームの撤退、レースカテゴリーの減少、経費削減等から、目下サーキットに姿を見せるレースクイーンの数も減少傾向にある。SUPER GTに至っては2009年シーズン前の会合において、行く行くはレースクイーン自体を廃止する方向で検討していく方針が示されたといわれている。しかしながら、レースクイーンには「広告塔」としての意味合いも強いため、スポンサーとの関係もあって完全な締め出しは非常に難しいところでもある。

2005年頃からは、SUPER GTでは決勝レースの前に行われるピットウォークの際に、レースクイーンをピットロードからコース上に「締め出す」形でピットウォークを進行させる等の動きが出てきている。ピットウォークに参加しているレースファンにはマシンやドライバーの周辺にレースクイーンがいないことからカメラ小僧とのトラブル等を回避することができるので、来場者には概ね好評である。しかし、この為チューニングカーのデモンストレーション走行など、レース事前に行われるサポートイベントではグランドスタンドの前で徐行を強いられるケースが見られ、ピット前のスタンドの観客からはデモ走行が見られない等の副次的な問題も起きている。

また近年ではレースクイーンから芸能界入りしたタレントの大方は、レースクイーンであったことがキャリアの妨げになるのではという見方が強いがために、レースクイーンであったことを「黒歴史」としてプロフィールから抹消するケースも少なくない。その一方で、上記の現役AV女優がレースクイーンとなるケースのほかに、かつてレースクイーンだった人物がAV女優に転身したり、レースクイーンをテーマにしたアダルトビデオが多数製作されたりなど、レースクイーンのイメージを一方的な「男性視線」から猥雑なものに貶めているという悪しき傾向も根強く存在する。前述した通りの悪質な盗撮行為も一向に後を絶たない。

これらの事から、現況はレースクイーンという存在に対して風当たりが強い、非常に厳しい状況であると言わざるを得ない。

[編集] 日本国外での状況

韓国、中国でもレーシングガールなるキャンギャルがサーキットに華を添えている。これは明らかに日本のレースクイーンからの影響であり、こちらも芸能界、特に映画女優への登竜門的存在となっている。

欧米では婦人団体などからのクレームが非常に強く、特にテレビ放送があるモータースポーツなどではそもそもチームにキャンペーンガールなどいないことが多い。F1日本グランプリでもスポンサーのキャンペーンガールがメディアに登場するが、その多くはあくまでコース外のスポンサーブースでの活動であって、ほとんどの場合コース内やパドックには入場すら許されていない。ただしレッドブル・レーシングのように、F1の各グランプリにおいて「フォーミュラ・ウナ」(Formula Una)と題して開催国の美女を集め、パドック内でコンテストを開催するようなチームも存在する。

海外の有名レースでも、レース前のプラカードなどの掲示要員(グリッドガール)や表彰台でのアシスタントとして、サーキット側がキャンペーンガールを用意することは時折あるが、たいていは全員統一された普通のデザインの短パンと軽めのジャケットの組み合わせだったり、場合によっては単なるツナギ姿と、各チームの女性広報スタッフと大差ないことも多い。

モーターショーなどでも同様で、もともとアンダーグラウンド系の文化をフィーチャーした(前述のレッドブル・レーシングの例はこれにあたる)などの特殊な理由でもない限り、本来の商品と関係ない女性の露出度で集客しようとすることはまずない、といわれている。

[編集] コスチュームの変遷

コスチュームのデザインは同じチーム・スポンサーであっても毎年細部を含めて変更されており、その時代の流行が多く反映されている。

[編集] 1980年代以前

サーキットのイメージガールである、本来のレースクイーンの活躍が見られた時期。

コスチュームはTシャツタンクトップホットパンツの組み合わせに、足元はブーツといういでたちが一般的。季節によって、丈の短いジャケットが加わる場合もある。たすきは必携で、時代やサーキットによっては、ミニスカートティアラも見られる。

まだロングヘアはあまり見られない。

[編集] 1980-90年代前半

当時のエアロビクスブームの影響から、足ぐりの角度を極端に上げたハイレッグカット(ハイレグ)のワンピース型レオタードが主流となり、これにスポンサー名を直接プリントするか、またはたすきが用いられる。下には海外製を中心とした、ジャズダンス用のマチの見えない光沢のあるストッキングが組み合わされた。又、Tバックタイプのレオタードを着用するレースクイーンも多く見られた。

ピンヒールと大きな、そして当時流行の髪形(初期はレイヤー、その後ワンレンソバージュ)とともに、レースクイーンの象徴的なスタイルとして強い印象を与えた。フェイスメイクは色黒、太が主流であった。

[編集] 1990年代後半

ハイレグ路線から転換し、極端なミニスカートのワンピースが主流となる。ライクラ素材で作成された体のラインがそのままに出るものから、徐々にエナメル素材(PVC)のものへと変化していった。

ワンピースの利点は布地面積が広いことであり、スポンサーロゴが大きくプリントされ、企業やチームカラーで色とりどりにデザインされた。大きなが付いていることも特徴的だった。

ハイレグに代わるセクシーさを求め、大胆なスリットを設けたり、バストの部分をくり抜き、谷間を強調するデザインが現れた。

[編集] 2000年代初頭

大きな変化としてはワンピースからセパレートタイプへの移行が挙げられる。ウエスト部分を露出したアンダーバストまでの上衣(ホルターネック・チューブトップ・ハーフトップキャミソールが中心)とミニスカートに、ブーツ(夏季はサンダル)、春や秋には7分袖丈の上着を合わせるというスタイルが主流となった。ワンピース時代と比べスポンサーロゴは小さくなったが、カラーリングの組み合わせが容易になった。

またパンツスタイルも採用されるようになり、長ズボンスラックス)と短いホットパンツに大別される。この場合もサイドを網状にしたりカッティングしたりするなど大胆な露出が施されていた。

この時期ならではのものに、厚底靴コギャルメイクの導入が挙げられる。

[編集] 2000年代後半

引き続きセパレートタイプが主流となっているが、色や素材の違うパターンを織り込んで縫製された、細部にわたる複雑なデザインのものへと変化している。またアクセサリー・帽子・上着もチームによってさまざまに取り入れられている。さらにスポンサーによってはドレスメイド服セーラー服など、萌えコスプレを意識したデザインも登場しており、露出一辺倒からの転換がうかがえる。

見えないところでは、ヌーブラの登場により、それまでのガムテープによる豊胸術が影を潜めた。

[編集] レースクイーン出身タレント(50音順)


[編集] その他のレースクイーン出身著名人

[編集] 関連項目

ウィキメディア・コモンズ

[編集] 外部リンク

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