幻の女

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幻の女』(まぼろしのおんな、原題:Phantom Lady)は、コーネル・ウールリッチがウィリアム・アイリッシュ名義で1942年に出版したミステリー小説。アイリッシュ名義での最初の長編小説であり代表作に挙げられる。

1944年ロバート・シオドマク監督により映画化された。

日本では何度かテレビドラマが製作され放映されている。

概要[編集]

全23章で構成され、各章のタイトルには、「死刑執行前〜」となっている。第1章「死刑執行前150日午後6時」から始まり、死刑執行当日に向けて減って行く。第16章「死刑執行前8日」、第17章「死刑執行前7日」のように章題のみで本文がない章もある。

The night was young,」、稲葉明雄の翻訳では「夜は若く、」で始まる対句を使用した冒頭の一文[1]は、しばしば引用され、作家の小泉喜美子は「どれだけの人が衝撃を受けただろう」と指摘している。稲葉によれば、この文はポピュラーソング『恋人よ我に帰れ』(1928年)の詞(オスカー・ハマースタイン2世作詞)の冒頭「The sky was blue,」で始まる一文のもじりであるとのことである[2]。2015年には黒原敏行による新訳版が刊行されたが、冒頭の一文は1994年版の稲葉訳と同一である。黒原は新訳版の訳者あとがきにて、稲葉訳以外にはありえないと、稲葉の遺族から了解を得て、稲葉訳をそのまま使用している旨を記している。

日本での評価[編集]

江戸川乱歩太平洋戦争の終戦後にアメリカから流入した情報で、戦時中の新作「Phantom Lady」の評判を知り、手を尽くして1946年2月に原書を入手[3]、一読して「新しい探偵小説であり、すぐに訳すべきである」という高評価を与えた。このため1950年の黒沼健による初訳前からその存在を知られ、後年まで圧倒的な知名度を保っている[4]。1945年初頭にアメリカ軍の捕虜になった大岡昇平は、レイテ島の野戦病院で本書の原書を読んでいたという。

主な日本語訳[編集]

あらすじ[編集]

スコット・ヘンダーソンは以前からキャロル・リッチマンと愛し合っており、その日は妻のマーセラと外で食事をし、離婚を申し出るつもりだった。しかし、マーセラは話し合いを拒否する。激昂したスコットは家を飛び出して、バーで知り合った異様な帽子を冠った黒いドレスの女性(「幻の女」)を誘って、マーセラと観るはずだったブロードウェイの劇場へ行き、食事をしてから深夜前に女性と別れ、家に戻った。家にはバージェス刑事らがいて、スコットを逮捕した。家ではマーセラがスコットのネクタイで絞殺されていたのだ。

スコットは「幻の女」といっしょにいたとアリバイを主張したが、事情聴取を受けたバーテンダーらはスコットは目撃していても「幻の女」のことは知らないと証言した。このため、スコットは有罪が確定し死刑の宣告を受ける。

裁判に違和感を覚えたバージェス刑事は、スコットにスコットのために動いてくれる人間を問い、スコットの友人ジャック・ロンバートに連絡をする。ジャックはスコットに「幻の女」を探し出すことを誓う。また、スコットの愛人であるキャロルもジャックとは別に「幻の女」を探す。キャロルはスコットが一人だったと証言したバーテンダーや舞台ミュージシャンを尾行するが、関係者たちは不審な事故に遭い、次々と死んでいった。判ったのは、証言が嘘であり、証人たちは何者かに買収されたり脅されて、「幻の女」の存在を否定していたということだった。

スコットには劇場プログラムの角を折ってしまう癖があり、ショーの後に「幻の女」が今夜の記念としてスコットの持っていたプログラムを欲しがり、譲ったことを聞いたジャックは、新聞に劇場プログラムを高く買い取るという広告を掲載した。

死刑執行当日になって、ついに「角の折れたプログラム」を売りにきた女が現れた。ジャックは女を車に乗せ刑務所に向かいながら、スコットの無実を証言するよう迫った。女が証言に同意すると、ジャックは車を森の中で停め、女を降ろして銃を突きつけた。以前からジャックはマーセラと不倫関係にあり、あの夜、共に南米に行くことを提案したが、スコットと別れる気の無いマーセラはこれを拒否。ジャックは怒りにまかせてマーセラを絞殺してしまった。その後、ジャックはスコットの後を追い、バーテンダーらを買収していった。そしてスコットの無実を証言できる「幻の女」の口をふさぐために、ジャックは「幻の女」を捜していたのだった。

女が撃たれる直前にジャックの車を尾行していたバージェス刑事たちが駆けつけ、ジャックを真犯人として逮捕した。プログラムを売りに来た女は実はキャロルであった。バージェス刑事の捜査によって本物の「幻の女」は既に発見されていたが、あの夜の後に症状が悪化して今では精神病院に収容され、証言できる状態ではなかった。キャロルとバージェス刑事は、偽の「幻の女」でジャックを罠にはめたのだった。

真犯人のジャックが捕まり、スコットの死刑執行は中止となった。

登場人物[編集]

スコット・ヘンダースン
株式ブローカー
マーセラ・ヘンダースン
スコットの妻
キャロル・リッチマン
スコットの若い愛人
ジャック・ロンバート
スコットの友人
バージェス
主任刑事
幻の女
?
大きな羽根飾りのついたオレンジ色の南瓜のような帽子を被った女

映画[編集]

1944年公開のフィルム・ノワール

スタッフ
監督
ロバート・シオドマク
脚色
バーナード・ショーンフェルド英語版
原作
ウィリアム・アイリッシュ
製作
ジョーン・ハリソン
撮影
ウディ・ブレデル英語版
キャスト

日本のテレビドラマ[編集]

1962年版[編集]

1962年10月7日NETテレビ名作推理劇場」の1話として放映された。1963年3月31日に同じ「名作推理劇場」枠で再放送されている。

スタッフ
キャスト

1966年版[編集]

1966年4月30日に「都会の顔-ウィリアム・アイリッシュ「幻の女」より」のタイトルで、NHKテレビ指定席」の1話として放映された。

スタッフ
キャスト

1971年版[編集]

1971年10月12日から11月16日まで日本テレビ火曜日の女シリーズ」枠で放映された。全6話。

スタッフ[5]
キャスト[5]
日本テレビ 火曜日の女シリーズ
前番組 番組名 次番組
幻の女

1981年版[編集]

1981年9月12日に『幻の女 離婚殺人の罠』のタイトルでテレビ朝日土曜ワイド劇場」枠で放映された。

スタッフ
キャスト

1993年版[編集]

1993年7月5日に「幻の女・闇に消えたアリバイ」のタイトルで関西テレビ制作、フジテレビ系列にて、「サスペンス・魔」の1話として放映された。

スタッフ[6]
キャスト[6]

漫画[編集]

わたなべまさこが本作の漫画化を行っている。描き下ろし単行本として主婦の友社「TOMOコミックス 名作ミステリー」28巻として1979年に出版された。

1992年にはホーム社より刊行されたわたなべまさこ名作集の『幻の女 10月の罌粟』として再刊されている。なお、並録の「10月の罌粟」はアイラ・レヴィンの「死の接吻」の漫画化作品である。

また、わたなべはアイリッシュ(コーネル・ウールリッチ)の作品から「黒衣の花嫁」を「炎のカメリア」、「死者との結婚」を「6月の花嫁」として漫画化している。

脚注・出典[編集]

  1. ^ ハヤカワ・ポケット・ミステリの初版(1955年)は黒沼健の訳(1950年に『宝石』誌に掲載されたのが初出)では「夜はまだ宵の口だった。」で始まる。1975年に稲葉明雄訳となったが、ハヤカワ・ポケット・ミステリの通し番号はNo.183のままとされた。この稲葉による冒頭訳が広く定着している。
  2. ^ 世界ミステリ全集4『ウイリアム・アイリッシュ/コーネル・ウールリッチ』(1973年、早川書房) 巻末付録の座談会における稲葉明雄の発言より。
  3. ^ 神田の古書店店頭で『雄鶏通信』編集長・春山行夫に売約済みの原書を見つけ、春山から強引に横取りしたという。
  4. ^ 早川書房編集部(編) 編『ミステリ・ハンドブック』早川書房ハヤカワ文庫〉、1991年9月30日、23,26-27,130-132,305-310頁頁。ISBN 4-15-078501-5 
  5. ^ a b 幻の女”. テレビドラマデータベース. 2023年8月26日閲覧。
  6. ^ a b 幻の女・闇に消えたアリバイ”. テレビドラマデータベース. 2023年8月26日閲覧。

外部リンク[編集]