村上秀一

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村上“ポンタ”秀一
基本情報
出生名 村上秀一
別名 ポンタさん
出生 1951年1月1日(63歳)
出身地 日本の旗 日本兵庫県西宮市
血液型 O型
学歴 大阪教育大学
ジャンル ジャズ
ロック
J-POP
歌謡曲
職業 ドラマー
担当楽器 ドラムス
活動期間 1972年 -
共同作業者 赤い鳥
バンブー
カミーノ

村上“ポンタ”秀一(むらかみ ぽんた しゅういち、1951年1月1日 - )は、日本のドラム奏者。兵庫県西宮市出身。大阪教育大学中退。O型。愛称は「ポンタさん」。

ジャズロックJ-POP歌謡曲などジャンルを問わず、国内外でセッションドラマー/スタジオ・ミュージシャンとして活躍。

経歴[編集]

1972年赤い鳥のドラマーのオーディションに合格し、プロデビュー[1]するとともに上京。

赤い鳥脱退後すぐに、エントランス(村上、大村、高水健司)を結成。赤い鳥時代に知り合った五輪真弓のバックバンドを始める。

エントランス解散後、本格的にスタジオ・ミュージシャンとして活動を始め、アニメソングから歌謡曲演歌まで幅広いジャンルの曲のレコーディングに参加。1975年頃にバンブーに参加し、同年後半にはカミーノを結成するなどセッションミュージシャンとしても活動した。

1978年にドラムの海外修行を控えて行われた壮行コンサートの直後にヘロインの不法所持で逮捕される。出所後は再びスタジオ・ミュージシャンとして復帰。

1986年には渡辺香津美との全米ツアー、1987年には国際交流基金によるアフリカツアーを行った後、島健トリオ山羊智詞ソロプロジェクトを母体とした、ハードロックバンド「ザ・メーカーズ」を結成。1990年より、「山羊智詞赤羽楽団」に参加するなど、活動の幅を広げている。

1998年発表の活動25周年記念アルバム『Welcome To My Life』と、2003年発表の活動30周年記念アルバム『My Preasure』には、それぞれ日本を代表するアーティストがゲストとして多数参加しており、セッションドラマーとしての幅の広さを伺わせる。

PONTA BOX と 3 VIEWS[編集]

PONTA BOX」(ポンタ・ボックス)は村上が結成したバンド。一般的にジャズのカテゴリーに入る音楽だが、ポンタ自身はジャズだと考えていない。村上と佐山雅弘 (Pf) と水野正敏 (B) の3名で結成し、1994年にアルバム「PONTA BOX」を発表。以後、モントルー・ジャズ・フェスティバルに出演の他、1999年までに8枚のアルバムをリリースしている(途中でベースはバカボン鈴木に交代)。活動休止の後、2004年には若手ミュージシャンの石村順 (b)、柴田敏弥 (p & kbds)と新生PONTA BOXを結成し、「NEW PONTA BOX」をリリースした。PONTA BOXのアルバムは、愛称の“ポンタ”にちなんで、タヌキの顔のイラスト(杉浦茂の「八百八だぬき」のもの)がトレードマークとなっている。

一方、2000年には佐山雅弘と村田陽一 (Tb) の3人でオリジナルレーベル「3 VIEWS」を設立。3人でのアルバム制作の他、相互のソロ活動に参加するなどしている。2000年以後はPONTA BOXも3 VIEWSからのリリースとなっている。

1999年にPONTA BOXとして『FNNスーパーニュース』のテーマ曲の作曲をした(99年度)。曲名は『Wandering Stella(Love Circle)』。

ディスコグラフィ[編集]

信之PONTAユニット[編集]

清水信之とのユニット

  • The rhythm boxer (12インチシングル)

主な参加作品[編集]

あ行[編集]

か行[編集]

さ行[編集]

た行[編集]

な行[編集]

は行[編集]

ま行[編集]

や行[編集]

わ行[編集]

主な出演[編集]

ライブ[編集]

テレビ番組[編集]

脚注[編集]

  1. ^ ポンタは赤い鳥自体にはさほど興味が無く、ギタリストの大村憲司に興味があったという。『自暴自伝』 P.27

外部リンク[編集]

  • www.ponta.bz - 村上“ポンタ”秀一 オフィシャルサイト
  • 村上“ポンタ”秀一 - ビクターエンタテインメントによるアーティストページ
  • PONTA BOX - ビクターエンタテインメントによるアーティストページ
  • 3 VIEWS - ビクターエンタテインメントによる3 VIEWS公式サイト
  • Ponta's Support team - 村上"ポンタ"秀一 サポートチーム