村上秀一
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村上 秀一(むらかみ しゅういち、「村上“ポンタ”秀一」とも、1951年1月1日 - )は、日本のドラム奏者。兵庫県西宮市出身。西宮市立西宮高等学校卒業。O型。愛称は「ポンタさん」。
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[編集] 来歴
学生時代には吹奏楽部でホルンを担当。ドラムを演奏するときに緊張することは少ないが、ホルンを吹くときは今でも緊張し恥ずかしくなることがあるという。
1972年、フォークグループ「赤い鳥」に参加。1973年に大村憲司らと「エントランス」を結成。1975年頃にバンブーに参加し、同年後半にはカミーノを結成する。1986年には渡辺香津美との全米ツアー、1987年には国際交流基金によるアフリカツアーを行った。
その後は、ジャズ、ロック、J-POP、歌謡曲などジャンルを問わず、国内外でセッションドラマー/スタジオ・ミュージシャンとして活躍。セッションドラマーとしては日本で最も有名な人物のひとりであり、最盛期には年間ライブ本数200本以上、1日に複数のアーティストのレコーディングを担当することもあったほどの人気を誇る。ドラマーとして参加したアルバムは1万枚を超えるといわれており、ビーイング系歌手、近藤房之助と2枚のカバーアルバムを出したことがある。また、PONTA BOXで活動を共にした水野正敏が、野村義男と結成したユニットJARGONのアルバム「JARGON」(1999年)にもゲスト参加した。
1998年発表の活動25周年記念アルバム「Welcome To My Life」と、2003年発表の活動30周年記念アルバム「マイ・プレジャー」には、それぞれ日本を代表するアーティストがゲストとして多数参加しており、セッションドラマーとしての幅の広さを伺わせる。
[編集] PONTA BOX と 3 VIEWS
「PONTA BOX」(ポンタ・ボックス)は村上がジャズドラマーとして結成したバンド。村上と佐山雅弘 (Pf) と水野正敏 (B) の3名で結成し、1994年にアルバム「PONTA BOX」を発表。以後、モントルー・ジャズ・フェスティバルに出演の他、1999年までに8枚のアルバムをリリースしている(途中でベースはバカボン鈴木に交代)。活動休止の後、2004年には若手ミュージシャンの石村順 (b)、柴田敏弥 (p & kbds)と新生PONTA BOXを結成し、「NEW PONTA BOX」をリリースした。PONTA BOXのアルバムは、愛称の“ポンタ”にちなんでか、タヌキの顔のイラスト(杉浦茂の「八百八だぬき」のもの)がトレードマークとなっている。
一方、2000年には村上・佐山と村田陽一 (Tb) の3人でオリジナルレーベル「3 VIEWS」を設立。3人でのアルバム制作の他、相互のソロ活動に参加するなどしている。2000年以後はPONTA BOXも3VIEWSからのリリースとなっている。
1999年にPONTA BOXとしてFNNスーパーニュースのテーマ曲の作曲をした(99年度)。曲名はWandering Stella(Love Circle)。
[編集] エピソード
かつて細野晴臣経由で来日中のマイルス・デイヴィスからのオファーが来たが「はにわオールスターズ(仙波清彦)」のライブシューティングの仕事が入っていた為(もちろん師匠が絡む大事な仕事なのでキャンセル出来ず)やむを得ずオファーを断り、現在となっては本当に惜しまれるが(もし実現していたらという想像が容易にできるので尚更)日本人にとっての夢の共演は実現しなかった。
ポケットトランペットが大好きで、過去、タモリの家に遊びに行った時にタモリのトランペットコレクションの中にベンジのポケットトランペットがあるのを見つけて、「これ貰っていい?」と、冗談半分でタモリに聞いたら快諾されてしまい、トランペットの価値におののいて慌ててそのトランペットを抱えたまま帰宅、後日、ドラムセット一式をタモリにお礼としてあげた経緯がある。
ドラムのレッスンをする時は、「なめんなよ!」とドラムに蹴りを入れて喝を入れることから始めるという。また、入手したドラムセットがどう対処しても鳴らない事に業を煮やし、新しく届いたドラムセットと共に河原に持って行き、二つのドラムセットを並べて、鳴らないドラムセットにガソリンを振り掛け、燃やしてしまった事がある。本人曰く「鳴らないとお前もこうなるんだからな」と、新しいドラムに対して叩き込んだという事である。
赤い鳥以来の盟友であったギタリスト、大村憲司が他界した際、通夜や葬儀の際、人前で涙を見せる事がなかったというが、その時ばかりは人目を憚らず嗚咽したという。「母親が亡くなった時だってあんなに泣いた事は無かった」と後に語っている。
[編集] ディスコグラフィー
[編集] 信之PONTAユニット
清水信之とのユニット
- The rhythm boxer (12インチシングル)
[編集] 主な参加作品
- 赤い鳥 - 「翼をください」初期アコースティクバージョンに次ぐ第二期「翼をください」(大村憲司も同時加入)
- 泉谷しげる - アルバム『吠えるバラッド』『IZUMIYA SELF-COVERS』『'90Sバラッド』『叫ぶ人囁く』(吉田建、仲井戸麗市、下山淳、などと共にバンド「LOSER」を名乗って活動した)
- 五輪真弓 - 「冬ざれた街」
- 井上陽水 - 「クラムチャウダー」「招待状のないショー」「傘がない」
- 宇宙戦艦ヤマト - 「宇宙戦艦ヤマトのテーマ」
- 尾崎豊 - 「遠い空」(アルバム『街路樹』収録)
- 加古隆 - 「スクロール」
- 角松敏生 - 「Sea Breeze」「T's BALLAD」「SEA IS A LADY」「Legacy of You」「ALL IS VANITY」
- カミーノ - 「Live1976」
- 桑山哲也 - 「アカプルコの月」
- 小林香織 - 「ファイン」
- ささきいさお - 「ミッドナイト デカレンジャー」(『特捜戦隊デカレンジャー』エンディングテーマ)
- 沢田研二 - 「彼は眠れない」など90年代前半の各作品(バックバンドJAZZ MASTERのメンバーとしてツアーにも同行)
- 椎名林檎 - 「シドと白昼夢」(シングル「真夜中は純潔」のカップリング)
- 須川展也 - 「シンシアリー・フォー・ユー」
- 高中正義 - 「虹伝説2」
- ハイ・ファイ・セット - 「LOVE COLLECTION」
- 原由子 - 「Miss Yokohamadult」
- 氷室京介 - 「Flowers for ALGERNON」
- 福山雅治 - 「Blues」(アルバム「f」に収録)
- 本田雅人 - アルバム「Illusion」
- 松岡直也 - 「Play4You」「シンシアリー」「Danzon」「TheShow」
- 松本孝弘 - 「Nothin' But The Blues」
- 山下達郎 - アルバム『SPACY』『IT'S A POPPIN' TIME』
- 山下洋輔 - 「Live and Then-Piccasso」
- 吉田美奈子 - 「Flapper」「minako II」
- 渡辺香津美 - 「MOBO SPLASH」「MOBO倶楽部」「桜花爛漫」「KYLYN」
- オフコース - 「この道をゆけば/オフコース・ラウンド2」「秋ゆく街で(中野サンプラザでのライブアルバム。1974年)」
[編集] 主な出演
[編集] テレビ番組
[編集] 外部リンク
- www.ponta.bz - 村上“ポンタ”秀一 オフィシャルサイト
- 3 VIEWS - ビクターエンターテイメントによる3 VIEWS公式サイト
- PONTA WEB=UNOFFICIAL - ファンによる非公式サイト

