富永美樹

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

富永 美樹(とみなが みき、本名:堀内美樹(旧姓:富永)、1970年12月28日 - )は元フジテレビアナウンサーで現・フリーアナウンサー共同テレビジョンスターダストプロモーション所属)、タレントである。千葉県船橋市出身。O型。

目次

[編集] 来歴・人物

千代田区立一橋中学校東京都立九段高等学校卒業。九段高校在学中におニャン子クラブのオーディションに出演。その後1年間海外留学。

東京外国語大学外国語学部スペイン語学科卒業。1994年、フジテレビ入社。

同期入社は木佐彩子東京ヤクルトスワローズ埼玉西武ライオンズ所属の石井一久夫人)・佐野瑞樹武田祐子

1998年9月、寿退社。夫はシャ乱Qまこと

[編集] エピソード

フジテレビ時代は『UN FACTORY カボスケ』『フリップクリップ』、『来来圏』、『笑っていいとも!』、『めざましテレビ』、『FNNニュース ザ・ヒューマンWEEKEND』などに出演した。

とぼけたキャラと留学経験を買われ通訳役で『めちゃ×2イケてるッ!』に出演したが、「お笑いは好きですか?」を訳すことが出来ず「Do you like…お笑い?」と半疑問形で逆に岡村隆史らに問いかける失態をし、その後オファーはなかった。

1996年に放送された第10回の『FNSの日』でビートたけし明石家さんまタモリのトーク中に居眠りをしてしまい上司の露木茂から「また富永が眠りに入っています」と発言され、たけしからは「あの姉ちゃん体悪いんじゃねえのか?」と突っ込まれた。

『カボスケ』のロケで忘れ物をし、母親が届けた。その際、母親から「富永家の失敗作」と言われてしまったこともある。

なお、まこととの出会いはシャ乱Qのしゅう(その後、不祥事で脱退)、たいせー、まことと富永が大阪から東京までワゴンで帰るという企画による。

その後シャ乱Qと縁ができ、1997年つんくプロデュースの『虹色橋』でCDデビュー(同曲は山田花子木村祐一高山厳、つんくとの競作でリリースされた)。

フジテレビ退社後は主婦業に専念していたが、2006年から芸能活動を本格的に再開。主婦業の間に磨いた料理、家事に関するエッセイを多数寄稿するかたわら、レストランのメニューのプロデュースなども行っている。また、夫のまこととともにマウンテンバイクやアウトドアに興味を持っており、特にマウンテンバイクはレースに何度か出場したりしている。

子供はもうけていない。ペットに柴犬がいる。

2007年9月29日に行われた映画クローズドノート」の初日舞台挨拶での沢尻エリカの態度が問題視されたが[1]、この舞台挨拶の司会を務めたのが富永である。

10月1日付けの自身のブログで「同じ事務所に所属するモノとして、そして年上の女として、少しでも良い印象で終われるようにしてあげたかった…」とのコメントを綴ったが、同日午後になってそのコメントを削除した。また各スポーツ新聞で自身が沢尻に質問していたと書かれていた事に対しては、記事内容を否定した[2]

現フリーアナウンサーの城ヶ崎祐子は大学の先輩で、フジテレビの大先輩にあたる。

フジテレビ時代の先輩である八木亜希子を「姉さん」と慕っている。

[編集] 現在出演の番組

[編集] テレビ

[編集] インターネットラジオ

[編集] ラジオ

[編集] 過去出演の番組

[編集] フリー後の出演歴

[編集] 脚注

  1. ^ ご機嫌ナナメな沢尻エリカ、主演映画舞台挨拶で終始ダンマリ/ORICON STYLE
  2. ^ 富永美樹、沢尻エリカが「少しでもよい印象で終われるようにしてあげたかった…」/ORICON STYLE

[編集] 外部リンク

先代:
平松あゆみ1993年
FNSの日・フィナーレ恒例
フジテレビ新人アナ披露
最終読者・アンカーマン
第8代(1994年
次代:
森昭一郎1995年
先代:
西山喜久恵
めざましテレビ
スポーツキャスター(女性枠)
次代:
木佐彩子
先代:
-
FNNスーパーニュースWEEKENDスポーツキャスター
初代(1998年
次代:
島田彩夏(1998年~1999年