安藤優子

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安藤 優子
Yuko Ando with Condoleezza Rice.jpg
米国国務長官コンドリーザ・ライス(右、肩書は当時)とのインタビューに臨む安藤優子(2005年3月19日
出生 安藤 優子
1958年11月19日(55歳)
日本の旗 日本千葉県市川市
出身校 上智大学国際学部比較文化学科(現:国際教養学部)
上智大学大学院グローバル・スタディーズ研究科
職業 ジャーナリストニュースキャスター
主な業績 FNNスーパーニュース』キャスター

安藤 優子(あんどう ゆうこ、1958年11月19日 - )は、日本ニュースキャスターで、ウェーブ産経代表幹事である。本名、堤 優子。旧姓、安藤。有限会社エイアンドアソシエイツ所属。千葉県市川市出身。身長164.5cm、血液型A型

経歴[編集]

市川市立八幡小学校、千代田区立九段中学校卒業。1974年東京都立日比谷高等学校に入学。高校在学中に交換留学生として、アメリカ合衆国ミシガン州ハートランド高校へ留学。私立オークランド・カレッジを経て帰国。上智大学国際学部比較文化学科(現:国際教養学部)卒業。

上智大学比較文化学科在学中はホテルウーマンを目指しており、再び留学してホテルマネジメント学を学ぶ費用捻出のために渋谷のパルコエレベーターガールのアルバイトをしていた時、外国人のお客と堪能な英語で話をしていたところをテレビ朝日のプロデューサーにスカウトされて報道に携わることになり、1980年に同局の「BIG NEWS SHOW いま世界は」でデビュー。その後「TVスクープ」「ニュースステーション」「CNNデイウォッチ」等でレポーター・キャスターを務め、民放連賞、「フィリピン政変」のレポートでギャラクシー賞個人奨励賞を受賞。大学を休学し仕事を続けた。

またこれと前後して、TBS系『全日本F2選手権』のピットレポーターも務めており、その関係から映画『F2グランプリ』(1984年東宝)に本人役で出演している。ちなみに、当時コンビを組んでいたのが今宮純。安藤が1994年のF1パシフィックGPにゲスト出演した際は久々のコンビ復活となった。

「ニュースステーション」降板後はテレビ出演を止め、28歳の時に大学へ復学したが、今度はフジテレビから声を掛けられ、1987年10月から「FNNスーパータイム」に出演。仕事と勉学を両立させ、1988年春に上智大学を卒業。1991年湾岸戦争では日本人ジャーナリストで、唯一現場取材をおこなった[1]1993年、かつてコンビを組んだ同番組初代キャスター・逸見政孝葬儀をレポート。生放送中に号泣した。その後、1994年4月から2000年3月まで深夜枠の「ニュースJAPAN」にてキャスターを務める。他にも多くの報道特別番組に出演。小谷真生子小宮悦子田丸美寿々三雲孝江らとともに、日本を代表する女性キャスターに成長。理想の上司ランキングでは常に上位にランクインしていた。

2000年4月3日から「FNNスーパーニュース」のメインキャスターを務めている。安藤が「スーパータイム」から「ニュースJAPAN」に移った1990年代半ばから苦戦していたフジテレビの夕方ニュースは、安藤の復帰から2年後、6年ぶりに視聴率1位に返り咲くことに成功した。また安藤はインタビューで「報道は気取りがある」「見ている方に通じないのであれば完全な送り手のマスターベーションでしかない[2]」と発言するなど報道番組ワイドショー化を肯定する発言をしている。また、2000年代頃からはメインキャスターで務めている兼ね合いから取材現場に出向くことが極端に少なくなってしまったが、安藤は自著などで「現場に行きたいが、自分が行ってしまった場合、東京のスタジオでニュースをさばく人がいなくなってしまうので、行かせてもらえない」という趣旨の発言をしている。

ハーバード大学大学院(ケネディスクール)の入学試験には合格したものの、フジテレビから約2年の休暇許可をもらえなかったため、2005年4月に上智大学大学院グローバル・スタディーズ研究科グローバル社会専攻(博士前期課程)へ入学し、2008年3月修了。2013年9月、上智大学大学院グローバル・スタディーズ研究科グローバル社会専攻(博士後期課程)単位取得満期退学。今後、博士論文を書き、博士号取得を目指している。[3]

人物・エピソード[編集]

  • フジテレビの報道番組に長年出演し続けていることもあり、フジテレビのアナウンサーと対外的に称されることが多いが、大学生の時にレポーターとしてスカウトされ、その後一貫してフリーランスの立場で活動しており、フジテレビを含めどの放送局にも社員・職員(アナウンサー、キャスター、記者、レポーターなど)として所属したことはない。テレビ朝日の専属のようになっていた時期にはむしろ、「ニュースステーション」の「金曜チェック」で手前味噌な項目まで作られたことがある。
  • 誤解されることが多いが、フジテレビ(共同テレビ)所属だった安藤幸代との血縁·親戚関係はない。
  • プロ野球は大の阪神ファン
  • 日経エンタテインメント!』の連載「テレビ証券」では『「ニュースはスタジオで起きてるんじゃない、現場で起きているんだ!」を地で行く人。』と称された[1]。得意の英語を使ったインタビュー取材も多数こなす。
  • 気分転換に料理をするそうで、仲間を自宅に招いてまったりと飲むことが多いという。和食派であり、その腕前はプロ級と評判である[4]
  • フィギュアスケート選手の安藤美姫のニックネーム『ミキティ』の名付け親である[5]。安藤美姫によると「(安藤優子さんが)取材に来られた時に、『ミキじゃ短いから何かつけようか』っていうことになって、それで決まった」とのことである[6]
  • 安藤が報道の世界に入った直後は完全な男社会で、特に20代の頃は何をやっても叩かれたと語っている。当時のことを「何かすると女のくせに生意気と言われ、泣いたら泣いたで怒られた。今は当たり前だけど、黒いスーツを着たら、小さいおじさんみたいだからやめろ、と言われた。」と振り返っている。一方で、周囲から女性であることで“げたを履かされていた”ところもあり、湾岸戦争の取材にいったことで会見を開かされたのは、そのためだと語っている[4]
「スーパーニュース」関連
  • 睡眠不足と責任感からくる極度の緊張から吐き気を催しながらスタジオに立つこともあるという[4]
  • 2010年5月20日、2011年3月2日、2011年6月29日、自身がメインキャスターを務める「スーパーニュース」を体調不良により、欠席した。
私生活

現在の出演番組[編集]

※これ以外にも、1988年以降の同局の報道特別番組選挙特別番組を含む)にはほぼ全て出演。逸見政孝、露木茂といった男性看板アナウンサーが不在となった2001年以降は特にその傾向が顕著であり、フジテレビも、局を代表するキャスターとして彼女を前面に押し出している。

過去の出演番組[編集]

著書[編集]

訳書[編集]

  • 『ウーマン・イン・パワー-世界を動かした女マーガレット・サッチャー』(フジテレビ出版、1991年、ISBN 978-4594007966

出典[編集]

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  1. ^ a b 「テレビ証券号外 ニュース番組の裏の華麗なる戦い」、『日経エンタテインメント!』第10巻第18号、日経BP社、2006年12月、 pp.99。
  2. ^ ベストライフオンライン. “私のベストライス『FNNスーパーニュースメインキャスター 安藤優子さん 第1回』”. 2008年11月18日閲覧。
  3. ^ club willbe(クラブ・ウィルビー). “サポーティングメンバーインタビュー”. 2013年11月26日閲覧。
  4. ^ a b c 「インタビュー 安藤優子 20年間のメインキャスター生活で、やっと分かったこと」、『日経エンタテインメント!』第10巻第18号、日経BP社、2006年12月、 pp.96、97。
  5. ^ 安藤優子、「ミキティ」名付け親だった 安藤美姫が「いいとも」で報告 ORICON STYLE 2014年1月15日閲覧
  6. ^ 安藤美姫「鳥としゃべれます」小学生時代はバードウォッチング部だった スポーツニッポン 2014年1月16日閲覧
  7. ^ asahi.com (2006年12月27日). “安藤優子キャスター不倫愛貫く”. 2008年11月18日閲覧。
  8. ^ SPONICHI (2006年12月27日). “安藤優子キャスター「入籍でけじめ」”. 2008年11月18日閲覧。

外部リンク[編集]